第一回 梧空 火焔山の火を消したあと人民を打ち殺す
初めまして!thule改め原海象と申します。
今回は『西遊記』のSS小説の一冊である神魔小説『西遊補』の一回目を編訳したものを投稿致しました。なお、原作のくどい話やあまり馴染がない用語や表現はカットしております。
原作は明の時代に書かれたとされております。原作者は董若雨です。
また本書は東洋文庫の「鏡の国の孫悟空」言われております
<西 遊 補>
第一回 火焔山の火を消したあと、孫梧空は人民を打ち殺す
取経の旅からでてから幾年もたちました。そのような旅のなかで梧空は火焔山の火を消して山を越えるには芭蕉扇が必要だと悟り。芭蕉扇の持ち主は元義兄弟の長兄であった牛魔王の妻羅刹女でした。そこで。悟空は牛魔王に化けて羅刹女から芭蕉扇を手に入れたが、、牛魔王に芭蕉扇をまたとられた為、哪吒太子が助けて芭蕉扇を再入手し、無事に火焔山の火を消しました。
それから火焔山を離れてから月日が経ち、三蔵法師の師弟四人は、またしても新緑の春となりました。三蔵法師は、「わたしら四人は終日の心労、いつになったら如来様にお目にかかれるやら。梧空や、西方への道筋、お前はもう何度も通っているが、まだどれほどの旅程があり、まだ妖怪も何匹いる?」
「師父、ご安心を。私ども弟子が頑張れば、とびきりでかい妖怪だって何も怖くありません」
言い終わらないうちに、ふと見れば前の山道にひとすじ、散ったばかりの花びらが一面に錦を敷き詰め、竹の枝が斜めにのびるあたりに牡丹が一本顔をのぞかせていました。
「師父、あの牡丹はもう赤いですね」
「赤くない」
「師父はどうやら春にポカポカ陽気で、目まですっかりやられましたな。こんなに赤い牡丹が、まだ赤くないとご不満だ。師父。さあ馬から下りて坐られ、俺が大薬王菩薩にお願いに行き、よく見える目にしてもらいましょう。目の病気を抱えて無理な道中はなりません。一歩、道をまちがえれば、他人の事に首を突っこなむともあります」
「あくたれ猿が!おまえ自分の目がくらんでいるくせに、逆に私をかすみ目にいいおる」
「師父の目のくらみでなきゃ、『何故牡丹は赤くない』と言われます?」
「牡丹は赤くない、と言ったつもりはない。ただ牡丹は赤いのではなく、と言ったのだ」
「師父、牡丹が赤いのではない、なら陽光が牡丹に照りつけて、それでこんなに赤いのですな」
三蔵は、梧空が陽光を持ち出し、思案がいよいよ的外れてしまったので、
「呆け猿、お前自身が赤いのだぞ。それなのに牡丹と言ったり、陽光と言ったり、ほんにらちもないことを引き合いに出しよって」と罵ります。
「師父こそおかしいや。俺の体には一面に黄色い毛、俺の虎の皮の袴はまた縞模様、俺の法衣はまた黒ともつかず白ともつかずで、師父はどこに俺の赤さを見つけられたのでので」
「私はお前の体が赤いとは言っていない。お前の心が赤いと言ってうんだ」
そこで三蔵は声高に「梧空、私の教義を解く四行詩を聞いておれ]
と言うと、馬上で四行詩を唱えます。
牡丹 紅ならず
徒弟 心紅なり
牡丹 花落ち尽くさば
正に未だ開かざると同じ
四行詩を唱え終わり、馬が百歩ばかり進みますと、ちょうど牡丹の木のそば、遊山の男女が数百人、かたまりになって立っており、花を摘んだり、草を結んで占ったり女の子と男の子が抱いたり手を引きあったり、じゃれあったり。
ふと、東の方から来るお坊さんが目に入ったもので、皆が袖を口元にニコニコと笑います。
三蔵はたちまち困惑し、すぐに大声で
「梧空や!私たちは他に枝道を探しに行こう。こんな青々した春の野に色若衆や女郎の一群、きっとまた厄介事に迷惑することに決まっているだろう」
「師父、俺にはずっと言いたいことが一つあります。貴方様と衝突するのが怖くて、簡単には言い出せませんでした。
師父、貴方様の人生には二大欠点があります。
1つは『石橋を叩きすぎです』もう一つは、『文字禅』です。石橋を叩きすぎとはミソも怖がり、クソも怖がるのがそうで。文字禅とは貴方様が何かといえば、詩歌を通じて禅理、古典や新刊、経文と四行詩を持ち出すのがそうです。
『文字禅』は真の悟りには無縁、石橋を叩きすぎはかえって妖怪を呼び寄せます。この二の欠点をなくしたら、釈迦如来様のいらっしゃる西方に行くができます」
三蔵はまったく不愉快でした。そこで梧空が言うには
「師父は間違われてます。相手は在家の人、こちらは出家の身、この一条の道をともにするも、ただ両条の心は要む、で」
三蔵はそれを聞いて馬に鞭うち進んでいきました。思いがけなく女たちのからかい、子供が8,9人飛び出してきて、ぐるぐる廻りながら、手をつないで男女の囲城をこしらえ、三蔵を取り巻き、ジッと見つめて、それから飛びはね、そのあと喚き散らし
「この子は大きいくせに、まだ幼児服を着て(幼児服は端切れで作り、つぎはぎだらけの袈裟と混同)」
三蔵は元々騒がしいのを好まず,子供たちがつきまとうのになんで耐えられましょう。
すぐに、なだめすかして離れさせようとしますが、一向に言うことを聞かず、叱ってもやはり離れません。ひたすら喚くばかりで
「この子は大きいくせに、まだ幼児服を着て」
三蔵はなんともならず、やむなく身に着けた袈裟を脱ぎ包みの中にしまい込み草の上に坐ります。
その子供たちは三蔵におかまいなしに、また喚きました。
三蔵は目をつむり、黙って答えません。八戒は三蔵の考えることが分からず、また男の子や女の子にちょっかいを出そうとしました。
梧空はそのありさまにイライラして、耳の中から如意棒を取り出し、それを手に持ち追いたてました。びっくりした子供たちはどれもこれも蜘蛛の子を散らすように行くので、梧空はまだ気が治まらず、子供たちに追跡して、如意棒を振り回しては殴りかかり、男児や女児を打ち殺して子供たちは春の野の鬼火となりました。
さて、牡丹のそばの一群の美女たちは、梧空が男児女児を打ち殺されるのを見て、手に持っていた花摘みの籠を投げ捨てて、めいめい川辺には入り、石ころをつかみ梧空に投げました。梧空は眉一つ動かさなく。軽々と如意棒を一振りし、あたかも箒で掃くかのようにこの一群の美女も打ち殺してしまいました。
がんらい大聖は勇猛であるけれど、慈悲深いのが天性です。
そのとき、すぐに棒を耳の中に納め、思わず涙を流し、我が非を悔いて
「天よ。この孫様は仏法に帰依してから,情と短気を抑え、一人だってむやみに殺したことがなかった。今日は突然憤怒にかられ、妖怪でもなく、強盗でもない、男女老若五十人あまりの命を奪ってしまった。罪業の深さを忘れていました」
梧空は二歩ばかり歩いて、また心配になり
「俺様は将来の地獄ばかりを考えて、現在の地獄をすっかり忘れていた。
俺様が先日妖怪を二,三匹撃ち殺したら、師父はすぐに経文を唱えようとし、強盗を何人か殺したら、即座に俺を放逐した。
今日師父がこの死体の山を見て腹を立て、あの経文を百遍も唱えられたら……」
このとき、心猿に一計の考えが浮かびました。
「師父は文芸を解する人だが、さらに慈悲深く、なんでも信じやすいところがある。ここで『恨みを送る文』を一つこしらえ、泣き面を作って、朗読しながら近づいて行く」
号泣する俺を師父が見たならば、きっと疑いの念が起こり「梧空、平生の気丈さはどこにやった?」と声をかける。
俺は「西の道筋に妖怪がいます」とだけ言う。
師父の疑念はにわかに広がり「妖怪はどこだ、何という名前か」と尋ねる
「妖怪は打人精と言います。師父がお信じにならぬなら、男や女がひとかたまりどれもこれも血まみれの亡者になっているのをよくご覧ください」
師父は妖怪が手ごわいと聞いて肝を冷やし、心臓を縮むにちがいない。
八戒は「みんなで解散しよう」と言い、沙悟浄葉「盲滅法に行った」という。
そこで俺様が連中の右往左往を見て、何とか安心させてやる。
「すべて南海の補陀落山の観音菩薩様のおかげで妖怪の根城には、今じゃあ瓦一枚も残っていません」と一言いう。そして梧空はホクホクしながら「恨みを送る文」を書くのでした。