裏アカで恋愛相談してきたのは、俺を避けていた幼馴染でした。〜どうやら彼女が好きなのは俺みたい〜
「でさでさ、そのウィスキーを一気飲みして、あの決め台詞言うんだよ。あれ、なんだったっけ……」
放課後の高校の廊下。
俺の隣を歩く、幼馴染の音羽 愛が、昨日見たというY○UTubeの話をしている。
無気力そうな声と、眠たそうな垂れ目が特徴で、結構かわいい。
「ふーん」
と、愛には悪いけど、俺は心ここにあらず。
昨日の夜から、ある事が気になって仕方がない。
「げっ…… 渡辺……」
ふいに、前から俺を呼ぶ声がした。
「なんだよ美香……」
目の前で立ち尽くしていたのは、愛と同じく、幼馴染の小林 美香だ。
ツヤツヤのボブヘアがよく似合う、ぱっちり二重の、めちゃくちゃ美少女。バスケ部の部長で、超陽キャ。
そんな学校一可愛いと名高い美香が、軽蔑するような目で俺を見ている。
「下の名前で呼ぶな」
「別にいいだろ。前からそうだったんだし。お前こそ、なんで苗字で呼ぶんだよ? 前は下の名前で呼んでただろ?」
「周りの人に、変な勘違いされたくないし」
さっきから辛辣な物言いだ。
「美香も久しぶりに一緒に帰ろ〜。アル中の話で、ハイになれるよ〜」
なんか誤解を招きそうな言い方やめろ、愛。
「…… ごめん、私用事があるから」
素っ気なくそう言うと、美香は足早に俺たちの横を通り過ぎていく。
「まだ仲悪いフリしてんの、二人とも?」
「フリなんかじゃねえよ……」
「もう一年くらいこんな感じじゃん。よっぽどヤバいことしない限り、こんな長い間、口きかなくなんないよ」
愛の言う通り。
約一年前まで、俺たちは毎週どこかに遊びに行くような仲だった。
だが、何がキッカケだったか。いつの間にか、今みたいな雰囲気になっていた。
「何でもいいけどさ〜。早いとこコクっとかないと、大学行ったら即お持ち帰りされちゃうよ、あんな可愛い子」
俺はギクリとする。一瞬、頭の中に嫌な光景が浮かんでしまった。
現在は高校三年の十月。今は皆入試のことで必死で、それが終わったらすぐに卒業。
「試験も大事たけどさ〜。将来の奥さんの方も大事だと思うな〜。小学生の頃、美香と結婚するって会う度に言ってたよね」
「そんなんじゃない…… てか、推薦組は気楽でいいな……」
「兄にも同じこと言われた〜」
俺は横目で、そっと後ろの様子を確認した。
美香がアッカンベーをしていた。拳で目の下を押さえる、奇怪なやり方で。
それを目撃した俺は、心臓の高鳴りを抑える切れないまま、家へと向かった。
「ただいま!」
家に帰ると、すぐ二階にある俺の部屋に向かう。
そして、着替えもせずに、震える手で携帯の電源を入れた。
「やばいやばいやばい…… ! マジだったのか…… !」
開いたのは、Twitte○の画面。そこに、DMの新着の通知が来ていた。
DMとは、個人間で直接メッセージのやり取りをすることだ。
『さっき、言われた通り、手をグーにしてアッカンベーしてきました!』
届いていた内容に、俺は生唾を飲む。
そして、手早く返信をした。
『反応はどうだった?』
『ん〜。ちょっと、驚いてたかも? チラッと見ただけで、そのまま行っちゃったんですけど』
俺は一度深呼吸をする。
「や、やっぱり、間違いない…… !」
DMの相手のアイコンをタッチし、プロフィール画面に飛ぶ。アカウント名は、"エロスちゃん"。
「エロスちゃんの正体…… それは小林美香だ!!!!」
エロスちゃんと連絡を取り始めたのは、二週間くらい前。
高一の時に始めた俺の裏アカで、先日"モテる秘訣"と題したツイートをしたところ、一件の返信が来ていたのだ。
『私、今好きな人がいて。でも、どうやって接すればいいかわからなくて。ぜひ、相談に乗ってもらえませんか?』
ちなみに、俺は年齢=彼女いない歴。恋愛の知識はゼロ。
この裏アカを始めた理由は、優越感にひたりたかったから。
設定は盛り盛りで、"告白された回数百回超え"、"下駄箱には毎日のようにラブレター"等々。と、自分でもちょっと痛々しいと思う。
『相手も頑固だね。僕がそんなことされたら、一瞬で告白しちゃうよ』
とりあえず返信をしておいて、俺は床に寝転がった。
「まさか、あの美香が裏アカなんてやってとはな……」
最初は半信半疑だった。
だが、やり取りを重ねていく内に、エロスちゃんの置かれている境遇が、今の美香のそれと似ていることに気づいたのだ。
そして、昨夜ーー
『もし、その人と付き合いたいなら、去り際にアッカンベーをしてみて。手はグーにしてね。たぶん、君の好きな人はそういうのに弱いから』
と、勝負に出た結果があれだ。
俺の指示通り、美香はしっかりとあのポーズを取った。
「てか、なんだよエロスちゃんって……」
ド直球過ぎる。
「まあ、俺も他人のアカ名に口出しできるような立場じゃないけどな……」
なんて言ったって。
俺のアカ名は"超肉食系☆鎖骨王子"。
プロフィール画像は、暗い部屋で撮った自分の鎖骨。正直、キモ過ぎる。なんで当時の俺は、これがイケてると思ったのか。てか、フォロワーの一万人は、何に共感してくれたんだ。
俺は何の気なしに天井を見つめる。
「…… 美香は俺のこと好きだったのか」
胸がドキドキする。絶対に嫌われていると思ってた。
それに、今までにない優越感。まるで、心の中を覗ける超能力でも得た気分だ。
でも、なぜ美香は俺を避けるのか。
DMでも、『自分の好意を気づかせないようにしながら、相手を虜にしたいんです!』という、難しい注文をしてきた。
ピロリンっ、と通知音が鳴る。エロスちゃんからだ。
『でも、本当にこれで好きになってもらえるんですか? 今思い返してみたら、結構意味わかんないポーズだったような気もするというか……』
まずい! いくらなんでも、今日のお願い事は怪しかったか!
急いで返信を……
『そんなことないよ! 僕の言う通りにすれば、絶対大丈夫だかる!』
だかるっ! 焦りすぎて、最後誤字った! めっちゃ恥ずかしいやつ!
と、悶える間もなく、また通知音。
『最後誤字ってて可愛い笑。王子さんって、意外と天然なところもあるし、やっぱモテる感じします!』
「こいつ、意外と単純だな……」
変なやつに騙されないか心配になる。現に、俺なんかに騙されてるし……
「よし、後は告白を促すようなメッセージを送れば……」
向こうから、告白してくれるはず!
神様ありがとう。こんな所で、俺たちを引き合わせてくれて。
俺は画面に指を添える。
『たぶん、今告れば絶対オッケーもらえるはず。だから、エロスちゃんの方からーー』
なぜか文字を打つ手が止まる。
またとない機会を、こんな簡単に終わらせてしまっていいのか。もう少しだけ様子を見るのも、いいのではないか。
『この調子でいけば、いずれ向こうもエロスちゃんのこと好きになってくれるよ! 次はレッスン2だ!!』
俺は送信ボタンを押した。
翌日の放課後。
いつもの如く、俺は愛と一緒に下校していた。彼女とは同じクラスだ。
「でさでさ、そのゼウス神っていうのが、性欲やば男でさ。正妻がいるのに、他の女の子たちと子作りしまくるの。ヤバくね?」
「うん、それはヤバい……」
愛はなんでそんなエグい話を平然とするんだ……
昔から神話とかが好きなやつだったが。
にしても、今日は美香は現れないのだろうか。もうすぐ正門だ。
「わ、渡辺!」
美香の声。
俺は声の方に顔を向ける。
「美香……」
自転車にまたがる美香。なぜか表情がこわばってる。
まさか本当にやるのか…… ? あのお願い事を。
「わ、わざわざ呼び止めて。俺に何か用ーー」
俺は絶句した。そして、目をひん剥いた。
美香は真っ赤になったほほを膨らませ、軽く握った拳を頭の上に乗っけたのだ。
まるで熊さんのように! そして、極め付けは、恥じらいからか細められた目!! 最高!!! もう百点あげちゃうッ!!!!
「わ、私用事あるからっ!!!!!」
美香は猛スピードで、その場を去って行った。
隣に立つ愛は、ポカンと口を開ける。
「何今の? 求愛行動? 美香可愛すぎん?」
「あ、ああ、確かにーー いぃや! 別に全然!」
とっさに否定する。危ない、もう少しで愛に本心がバレるとこーー
「確かにって言ってるじゃん」
「…… 言ってない」
「言ってる」
「……」
負けた。
家に帰ると、俺はすぐにTwitte○を開いた。
『レッスン2完了! あいつめっちゃ驚いてましたよ! ちょっと恥ずかしかったけど、あれは絶対惚れてる!!』
案の定、エロスちゃんからの報告。
「うん、めちゃくちゃ惚れた……」
今思い出しても、口元が緩んでしまう。
まさか、本当にあんなポーズを取ってくれるなんて。普通、騙されてるって気づくだろ。
また、DMが届く。
『意外と男子ってちょろいですね!』
ちょろいのはお前もだぞ……
『まあ、そうだね。あと、一応確認だけど、本当にその男子のこと好きなんだよね?』
『はい! 大好きです!』
んんんんんっ〜〜〜!!!
あまりの衝撃に、俺は床にぶっ倒れる。
「はぁはぁ……」
危うくキュン死する所だった。可愛すぎる。
もっと色々聞き出してみたい。具体的にどこが好きなのかとか。だけど。
「さすがに、これ以上踏み込むのはダメな気が……」
美香も、匿名性があるからここまでオープンになっているはずだ。それを利用するのは、やはり罪悪感を覚えてしまう。
「てか、あいつが俺を好きなことわかってるんだから、もう俺から告白すればいいんだけどな……」
もう答えは出ていた。ずっと前から。
俺は美香が好きだ。
だが、変な意地があって、どうしても腹を括れない。それに、あのお願い事が意外と楽しい。
「も、もう一回だけ…… これが最後だ……」
そう決めて、最後のメッセージを送信した。
ーー はずだった。
「あぁぁぁぁぁ! やめられないぃぃぃぃ!!」
最初のお願い事から、もう二週間が経った。
なのに、全くやめられないのだ!
だって、美香が取るポーズが、毎回可愛すぎるんだもの!
「なんだよあれ…… ! 天使かよ…… !」
今まで受験勉強で、娯楽を断っていた俺にとって、それは麻薬同然だった。中毒性がやばい。
今日は日曜日で学校は休み。明日が待ち遠しくて仕方ない。
俺は落ち着くために、エロスちゃんからのDMを見返した。
『あいつ、今日はニヤついてました! 髪の編み込み見て、絶対興奮してましたよ!』
『今日のはマジでヤバかったです! メイドコス用のカチューシャ使うっていう考えは、天才だと思いました!』
ここ数日の、エロスちゃんからの報告だ。見ての通り、お願い事は段々と過激になっていた。
今週の金曜日は、時間がないとかでお願い事は却下されてしまったが。
『明日は少し初心に帰ってみよう。まず、手で猫耳を作って、にゃんにゃんって言ってみて。初歩的だけど、これは効果が高いはずだよ』
とりあえず明日のポーズの内容を伝えて、電源を切ろうとした時。
ピロリン。通知音が鳴った。
『すみません、王子さん。もうレッスンはいいです』
「え…… ?」
俺は数秒の間、固まってしまった。
なんだか嫌な予感がして、急いで返信をする。
『え? どういうこと?』
通知音。
『私、他に好きな人ができたので』
頭が真っ白になった。
何かの見間違いだ。そう思って、何度も読み返してみる。しかし、頭の中で変換される美香の声は、同じことを繰り返すだけ。
いや、送信する内容を間違えたのかもしれない。それか、俺をからかっているとか。
『好きな人って? 同じ高校の人?』
『まあ、そんな感じです。あ、今からその子と、私の家で遊ぶことになってるので。そこで、私から告白する予定』
「美香の家で…… ?」
また、通知音。
『今までありがとうございました』
文の後に、画像が送られてきた。
慌てて、それをタップする。
「これって……」
それは自撮りの写真であった。上半身の口元までが写っている。首にかかる髪の感じといい、間違いなく美香だ。楽しそうに笑っている。
問題はその隣。
同じく微笑んでいるそいつは、明らかに男。身長が高く、筋骨のたくましい運動部といった感じだ。
手から携帯が滑り落ちる。俺は近くの壁に、力無くもたれかかった。
「大学行ったら即お持ち帰りされちゃうよ、あんな可愛い子」
数週間前の、愛の言葉がふいによみがえった。
「そうだよな…… あいつ、可愛いもんな……」
なんとなく大学生になるまでは、美香は誰とも付き合わないのだと思い込んでいた。
だが、そんな訳がない。あいつは、学校一可愛い。
対して、俺は顔も性格も平均くらいの、パッとしない男。好意を抱かれていただけでも、奇跡に近かったんだ。
「あんなバカなことしてなければ…… 先延ばしになんてしてなければ……」
もっと早く、自分から告白していれば。
「…… せめて、最後に俺の気持ちだけでも伝えたかった。でも、もう今頃家でーー」
嫌な妄想が頭一杯に広がる。まだ小さい頃の美香の無邪気な笑顔が、一緒に遊んだ思い出が、黒く塗りつぶされていく。
全てが遅かった。
「はぁ……」
視線を落とすと、携帯の画面が目に入った。さっきの画像。どこか外で撮ったものらしいがーー
「あれ?」
俺は携帯を拾い上げる。
「ここって、駅前の本屋…… ?」
背景に写ってるガラス張りの店。間違いない、俺もたまに行く駅前の本屋だ。
さらに、店の奥に見える時計。少しぼやけているが、短針は一時を指している。
「今って」
携帯に表示された時間は、一時五分。
「あそこから、あいつの家まで大体十五分くらい…… 俺の家からも大体そのくらいだったはず……」
昔はよく遊びに行っていたから、行き方はわかっている。
たぶん、今更行ったって勝ち目なんてない。軽蔑されるだけかも。それでもーー
俺は勢いよく立ち上がった。
全速力で走って数分。見えてくる、一軒家。
あれが美香の家だ。
「じゃあ、私の部屋で待ってて」
美香の声だ!
彼女は家の門から出てきた。なぜか神妙な顔をしている。
「美香!!」
「うわっ!? え、ちょっ、なんで渡辺がここに!?」
明らかに動揺している美香。おそらく、今家に入ったのが、あの男だろう。
って、そんなことはどうでもいい。俺は息を整えた。
「その…… 今更何言ってるんだって、思うかもしれないけど…… どうしても伝えておきたいことがあって……」
「なに? 私、忙しいから手短に伝えてくれる?」
いつもの如く、ぶっきらぼうな対応。
どんな顔をされるのが怖くて、俺は美香を直視できなくなる。
「好き…… でした…… ずっと前から……」
美香から返事はない。
「そ、それだけだ! その…… 好きな人と幸せにな!」
そう言って、俺はそそくさと踵を返す。早くここから逃げたくて、仕方なかった。
「ま、待ってよ!」
美香に呼び止められ、俺は立ち止まってしまう。
「今のって…… 本当なの?」
「ああ……」
「じゃ、じゃあ、なんで逃げようとするの?」
「だから、それは…… お前が好きな人がーー」
「わ、私の好きな人…… 渡辺だよ……」
「え?」
俺は耳を疑った。
ゆっくりと振り返ってみる。
「今、なんてーー」
「私は、渡辺 心が好き! ずっと前から!」
赤らんだ頬。震える唇。今にも泣き出しそうな瞳。
「え、で、でも…… 今、家に好きな子がいて、告白するって……」
「は…… ? 何の話…… ?」
なぜか困惑気味の美香。嘘をついているようには見えない。
と、美香の家の方から、扉が開く音。
「いや〜、日曜のお昼に、こんな閑静な住宅街で。お熱いね〜、お二人とも」
「え、愛…… ?」
家の門から出てきたのは、愛だった。
「なんで、お前が…… だって、美香は好きな人と家に……」
俺の頭に変な誤解が生まれる直前。
愛が取った行動に、俺は驚愕した。
「お前…… ! それって…… !」
「にゃんにゃん」と。そう言ったのは、手で猫耳を作った愛。
俺がさっき送ったお願い事と同じことだ!
「初めまして、王子さん」
「エロスちゃんって、愛だったのか!?!?」
「そうだよ?」
得意げな顔で答える愛。
まさかの事実に、俺は言葉を失ってしまう。今まで、美香だと思ってやり取りしていたのが、全部愛だったなんて。
「え、待って…… じゃあ、お前の好きな人って……」
「エロスって神様が、ギリシャ神話にいるんだよね〜。愛の神様って言われてて、ローマ神話で言うキューピッドみたいな」
キューピッド?
あの、矢で打たれたら恋をしてしまうとかいう?
「本当は、こんな詐欺っぽいことしたくなかったんだけどね〜。どっちも意固地になって、面倒だったからさ〜」
「ちょ、ちょっと待って! 二人とも何の話してるの!?」
完全に蚊帳の外に立たされる美香。
愛は得意げに腕を組むと、口を開けた。
「説明しよう」
愛の話はこうだ。
彼女は、だいぶ前から俺と美香をくっつけようと画策していた。しかし、高三になってから、美香とはクラスが離れ離れ。おまけに、美香は急に「渡辺に嫌われたい」と、愛に相談し始めたという。
どうしようか悩んでていた矢先、ちょうど俺の裏アカを発見した。昔の投稿で、俺だとわかったらしい。身バレこわい。
そこで、愛は美香のフリをすることを思いつく。そして、DMで受け取った俺の指示を、"嫌われるポーズ"と称して美香に教えていたらしい。
「後は、心がその気になって、美香に告白するのを待ってたんだけど…… 調子に乗って、指示を長引かせやがって…… めっちゃムカついたんですけど」
愛はいつも通りの口調で、物騒な言葉を使う。
「ご、ごめん……」
とりあえず謝罪する。
「え、じゃああのポーズって、渡辺に好かれるやつだったの!?」
美香は驚いたように聞く。
「うん。心、めちゃくちゃ興奮してたよ」
「「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」
俺と美香は別々の恥ずかしさから、その場で悶える。
「待って。じゃあ、あの画像の男は?」
「あれは兄。買い物したついでに、三人で撮ったんだ〜」
それを上手く切り取って、二人の写真に見せかけた訳か。
てか、俺はずっと愛の手のひらの上で踊らされていたのか。
「な、なんか…… 急に疲れが……」
「まあまあ、いいじゃん。めでたく二人は付き合えたわけだし」
愛の言葉で、俺と美香は顔を見合わせる。
これは付き合っているということになるのか。一応、好きとは伝えられたけど。
そう思うと、今度は彼女のことを見るのが恥ずかしくなってきた。それは向こうも同じようだ。
「それよりもさ。なんで美香は急に、心に嫌われたいとか言い始めたの?」
「た、確かに。急に俺を避けるようになったよな?」
美香はしばらく押し黙っていたが、観念したように口を開けた。
「…… 二人が付き合ってると思ったから」
今度は、俺と愛が顔を見合わせることになる。
「なんか同じクラスでいつも楽しそうにしてて…… 友達が、あの二人は絶対付き合ってるって…… それで、どうせなら思い切り嫌われた方が、清々するかなって……」
それで一年間、あんなに俺を避けてたのか。
「美香乙女すぎ。超可愛い」
「確かにーー あ、いや、別に……」
つい否定しようとしたが、もうそんな必要はない。
「確かに、可愛いな……」
恥ずかしすぎて、めっちゃ声震えた。対する美香は、思い切り顔を逸らしてしまっている。
「あら〜、いいですね〜。初々しいですね〜」
愛は完全に面白がっている様子。まあ、今回の立役者は彼女だから、あまり文句は言えない。
「さてと、じゃあ私は帰るから」
「え? なんで急に…… ?」
美香が尋ねる。
「お邪魔しちゃいけないからね〜。後は二人で楽しんで」
それだけ言うと、愛は俺たちに背を向け歩いていってしまう。
なぜだかその姿に、俺はちょっと恐怖を感じた。次は愛が離れていってしまうのではないか。せっかく三人揃ったのに。そんなの嫌だ。
今度は、ちゃんと言葉で伝えなくては。
「「待って」」
俺と美香は、ほぼ同時に愛を呼び止めていた。
「せっかく三人揃ったんだし、みんなで遊ぼう。前みたいに」
俺は自分の思いを伝える。
愛が振り返る。なんだか照れ臭そうな顔をしていた。
「うん。いいね、それ」
こちらに戻ってくる愛。
「それで、何して遊ぶ〜?」
「ん? 勉強会」
「え?」
「俺たち受験生だし」
「いや、でも私推薦だからーー」
「みんなでやれば楽しいよ? 勉強」
「いや〜! あのまま帰ればよかった〜!」と、駄々をこねる愛を連れて、俺たちは玄関ドアを開けた。