江津、土産物屋でお弁当
山陰道をゆっくりとドライブ。
久しぶりの休暇の旅行。
益田市を出発して、海沿いを行く。
島根県内の温泉に宿泊、心に余裕を持った運転、一人旅。
途中の目的地は太田市の干物屋。
のどぐろの開きが有名だが、穴子の干物が俺のお勧めだ。
少し財布の中身を補充するため、江津市の郵便局で金をおろす。
郵便局の周囲を何の気無しに見渡すと、道沿いに土産物屋があった。
ちょっと興味をそそられた。
ガラス戸の開きを右に滑らせて入る。
可愛らしい店員が、客のお兄さんに弁当を渡していた。
愛想が良く、ハキハキとしている。
店内を見渡すと、生活雑貨と土産物が半々というところだ。
土産物は、蜂蜜、ジャム、陶器などで、特に変わり映えはしないか。
店内に客は俺一人になった。
12時を少し回り、店員は俺の方をチラチラ見ている。
特に買うものは無いか、そう思った時、店の片隅にあるホットケースに気がついた。
唐揚げ。
握りこぶし半分くらいの鳥の唐揚げが、5つ。
衣は薄め。
茶色は濃いめで、いかにもうまそうだ。
俺の行く予定の干物屋は、カフェを併設しており、パンケーキが美味い。
しかし干物屋まではあと40分はかかる。
ここは唐揚げを買って車内で食うのが良いだろう。
他の品物も物色する、桑の実のゼリーが良い感じだ。
よし、唐揚げと桑の実のゼリーで決まりだ。
あと、店員が良い感じなので江津市のお勧めの場所でも聞いてみるか。
そう考えながら店員のいるレジに向かうと、俺の背後の入り口が開き、宅配のお兄さんが入ってきた。
お兄さんは手にダンボール箱と伝票を持っている。
昼時だ。
俺は時間に余裕がある。
お兄さんは仕事中だし、この後昼飯も慌ただしく食べるのだろう。
俺はレジから離れて、土産物を見繕うふりをして、宅配のお兄さんに順番を譲った。
俺が土産物の棚を眺めていると、お兄さんは店員さんに伝票の処理をしてもらって、こう言った。
「唐揚げください」
え。
「今残っているやつで。」
はあ?
店員がニコニコしながらホットケースの唐揚げを袋に詰め、お兄さんに渡した。
店員さんのトングは5つの唐揚げをホットケースから取り出し、ホットケースは空となった。
俺は平静を装っていたが、心の中では嵐が吹き荒れていた。
店内には俺と店員のみ。
気を取り直して、店員に告げた。
「あの、桑の実のゼリー4つと、チキンカツカレーの持ち帰り1つ。」
そう、唐揚げは無くなったが、店内を見渡すと、土産物屋なのにカレーの持ち帰りと書かれた小さな看板があったのだ。
少し冷える時期だ。
途中休憩でカレーも悪くない。
「あの、カレーは15分くらいかかるんですが。」
あいえええ?
愕然とした俺は、おそらく10歳は年下の可愛らしい店員に、無様な落胆顔を晒した。
なんてことだ。
しょうもない俺の勝手な気遣いは、後悔しかうまないのか。
「あの、日替わりのお弁当が1つあるんですが、それじゃダメですか?」
俺の落胆を見かねたのか、店員に優しく告げられた。
よく見たら、店員の横の机に、弁当が1つ残っていた。
幕の内弁当。
なんで旅先で幕の内弁当。
店の特徴の出る唐揚げやカレーを逃した俺には、平凡な幕の内弁当がお似合いなんだろうな。
だが、店員の無邪気な笑顔は、俺のささくれた気持ちを癒してくれた。
「じゃ、それで。」
店員がニコニコしながら幕の内弁当にご飯を詰める。
店員はビニール袋に幕の内弁当と桑の実のゼリー4つを詰めた。
「桑の実のゼリーは開ける時に気をつけてください、溢れることがあります。」
店員にお礼を言って店を出た。
店員に江津市のお勧めを聞く心の余裕は無かった。
車で少し走り、海沿いの駐車スペースで幕の内弁当を出した。
小さなチキンカツに、少量のカレーソース。
うん、チキンカツがさっくり、カレーソースも良い感じだ。
15分待ってカレーを持ち帰るべきだったか?
チキンカツの下の素パスタ。
真っ白な素パスタに胡椒がよく効いて、俺の好きな味だ。
小アジの南蛮漬け。
アジ、味が良い、青魚の旨み、臭みなし。
一緒に漬けてある野菜、シャッキリ。
切り干し大根の煮物、美味い。
茶色の煮しめ具合、ご飯が進む。
他の付け合わせも一つ一つ美味い。
ご飯、量が多く感じる。
俺の体格に合わせてくれたのか?
米が美味い。
美味いおかずをしっかりと受け止めてくれる。
いや、お土産物屋の弁当が、しっかり美味い。
店員さん、ありがとう。
いつになるかわからないけど、今度は唐揚げとカレーと、弁当を買うために江津市に行くよ。
太田市の干物やで海を見ながらパンケーキとミルクの軽食を摂り、身体を癒すため温泉へ。
明日の帰りに江津市の土産物屋によるのは、がっつきすぎだろう。
だが、あの土産物屋、あの店員の仕草は、温泉旅行中の俺の心を大きく揺さぶるのだった。