冒険の匂い
……なんだかとても悪い夢を見ていた気がする。そうして身体を起こそうとする、全然動かん。そんなに寝てただろうか? こりゃ相当寝てたな。
何とかして目を開くことが出来た。うわぁ、もう太陽が真上にあるよ。勉強しなきゃ……
「おぅ?」
……外で寝てたんか? ……いや、ここどこ?
ちょっと身体が動くようになってきた。
「まっぱやん」
思わず声が出た。記憶をさぐってみる。なんだかすごく嫌な感じがした。覚えていないのか、覚えていたくないのか。
「これが自己防衛か、長文で読んだな……」
受験生であることはよく分かる。だから、勉強しないと――
何かが近づいてくる音がする。まずい! チンチン丸出しだ!
――かろうじて股間を手で覆うことが出来た。人が顔を覗いてくる。老人だ。しかも外国の人。何言ってるかわからん。日本語でおk。
「……あの、エクスキューズミー?」
こちとら英検2級だぞこの野郎。
「……アウチ、アウチ! ドンタップミー!」
どうやら英語は伝わらないようだ、くそ。
担がれて荷台に積まれた。
……馬車ァ? なんてまぁ時代遅れな。時代遅れとかいうレベルじゃねぇ。異世界か? ……え? 異世界? もしかして、異世界転生ですかァ!? うおー! やべー! 興奮してきた。
――昼起きたら、裸で異世界に放り出されてました!?
――どうやら家に着いたようだ。これまた異世界チックなお家だこと。
服を貸してもらった。すごい。毛だ。毛織物だ。暑い。暑くない? てかおじいさんもそんなに着込んで暑くないの?
……ん? なんだ? 自分のこと指さして何か言ってるぞ? ……あぁ! 自己紹介だ! 絶対これ自己紹介やん!
「……あー、ノノ……シュタウフェン……?」
「イエス!イエスイエス!」
「……イエス?」
「オー!イエース!アイムノノ・シュタウフェン!」
「……ディスイズイングリッシュ!!!!」
英語やん! えぇ!? 英語やん!!
「なんや、指さしてくんなや。……あ自己紹介ね。マイネームイズ……ルイ……あー、」
……日本名でいいのか? 馴染みづらいよな――
「ルイ! オーイエス! ルイ!」
――まいっか! 喜んでるし!
このおじいさんはノノ・シュタウフェンというらしい。……シュタウフェン? シュタウフェン…………かっこいい名前!
そしてまた、よく聞いたら英語なんだなこれが。だいぶ訛りひどいけど。文字も全部アルファベットだし! 数字もそのまま!さては結構イけるなこの世界。
「ディス、イズ、ア、ペーン!」
俺は今、英語を教えて貰っている。英検2級だぞ? 舐めるなよこの野郎。
「これは机デース!」
よし。もう慣れたぞ。3日も教わったらそりゃ慣れますよ。本まで読ませてもらったし。
ほぼ英語そのままだ。もう普通に会話だってできるさ。なんてったって英検2級。
「ねえノノさん」
「なんだルイ?」
ほらスラスラ英会話。
「そろそろ外の空気吸いたいなーって」
「……換気はしてるから」
もう3日もこの家から出ていない。何度か出ようとしたが、断固として家の外には出してくれないらしい。何故だろうか? 怪しいな、冒険の匂いがするぜ。
「……魔物か?」
あるいは魔獣? なんせ異世界ファンタジー。
「……なんだ? 聞いたことないな」
「えー、いないの? ほら悪魔とかさ!」
「……悪魔……、いや、いないさ、そんなもの」
……概念はあるんだ。ファンタジーだね!
……もう1ヶ月経ったぞ。カレンダーがまんまだからわかりやすい。……え? 俺いい子すぎか? なんでこんなに言いつけ守ってるん? 偉すぎるだろ。
――冒険の始まりはいつだってちょっとのヤンチャから!
……でも圧凄いからな。……いや、勇気を出せよ! 主人公!
「――帰ったぞ〜、ルイ。今夜はシチューだぞ〜」
――1番好きなやつっ! 意地でも逃がさない気か!? クソ! ひとまず断念だ……
「ん〜! じっくりコトコトでうめぇー!」
ノノさんのシチューは本当に美味しい。
「……ルイ。この家は街から少し離れたところにある。」
「まあ、そうなんだろうね」
窓から見える景色は緑でいっぱいだ。
「そろそろ雪が降る頃だ。雪が降ればこの辺りには全く人が来なくなる。」
「雪が降るにはまだ暖かくない?」
「お前はほんとに体温が高いな……」
確かにノノさんはいつも暖かそうな格好をしている。低血圧かな?
「……雪が降ったら散歩にでも行こう」
「え! マジで?」
旅立ちの時が来たようだ。
「といっても、同じ景色が続くだろうがな」
「えー、街行こうよ街」
「街は行かん。……死ぬぞ……?」
「そんな治安悪いの……?」
「あぁそうだ! 絶対に死ぬ!」
「……それは、こわいね」
いやさすがに嘘だろう。いつも買い物してくるじゃん。そんなに行かせたくないか? なんで? もう逆に怖くなってきた……
……雪だ。まだ半袖なんだが? 異常気象やん。どういう原理? やっぱ異世界は違うわー。
「ルイ、もう少し雪が積もったら散歩に行こうな」
「もうだいぶ積もってるけど?」
「まだ足りんよ、あと3日ぐらいだな」
「待ちきれないよ」
このまま3日も振り続ければ歩けなくなりそうだけど。さては結局外に出さないようにしてるか?
「――じゃあ街に行ってくるから、大人しくしてろよ?」
「はーい、パパ」
「いい子だ」
……出るか? 出ちゃおうか?? ノノが帰ってくるまでに帰って来れるか? ……街に行きたいが方向が分からん。とりあえず辺りの探索からだな。ワクワクしてきたぞ。
特に鍵なんかはされていない。ノノさんは俺の事をだいぶ信用しているようだ。罪悪感で苦しいな? 許せ! ノノさん! 俺の物語がこれから始まる! !
雪のおかげで馬車の跡がくっきりと残っている。街まで行けるやん! ラッキー!
結構歩いた。30分ほどだろうか。街が見えた。立派な街だ。高い城壁で囲まれている。もうあと30分も歩けば着くだろう。
――おっと? 人の話し声が近づいてくる。隠れるか? うん、一応隠れるか。ちょっと怖いし。
「――離してください! ほんとに困ってるんですから!」
「ちょっ! 大丈夫だって! すぐ戻ってきますから!」
「いいえ! もう騙されませんよ! 自分の手で取り戻します!」
「取り戻すなんて、そんな今すぐ持ってきますから!」
ノノさんだ。そして女の人だ! 久しぶりに女の人見た! あー、出てったら怒られるだろうか? いや、女の人いる手前でそんなみっともないことしないだろう!
「ノノさん!」
「!?」
草むらからいきなり飛び出してみた。ビックリしてるビックリしてる。……ビックリしすぎじゃない?
「キャァァァァァ!!!!」
「うわっ!? え? ごめんなさい……?」
そんな悲鳴上げなくても……
「ルイ! お前なんでこんなとこ――」
「誰かーっ!! 誰かーーっ!!」
女の人は走っていってしまった。え? いやえ?
「……ルイ……!」
「ごめんなさい……」
ノノさんは怒っている感じではなかったが、素直に謝ってしまった。
「……帰ろう……家に」
頷き、黙って着いていく。
え? 俺のせい? 俺なんかまずかった? わからない。どうやら本当に街に行ってはいけなかったようだ。何よりもノノさんを裏切ったことへの罪悪感が凄い、胸が苦しい。
でもどうして逃げていくようなことがあるだろうか? 最初と違ってチンチンだって出していない。もしかして、人生ハードモード?