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腹黒貴族と女スパイが世界を変える話5

番外編 腹黒貴族との戦い

〜番外編〜


 早朝。遅くまで酒を飲んでいたせいか、キャロルは中々酔いが醒めず、机に突っ伏したままは動けずにいた。

「ねえさん……どうしてまたバケットにポーカーで勝負なんて挑んだんですか?正直、あれはねえさんが負ける未来しか見えませんでしたよ?」

「うう……うるさいわね……」

スパイスに背中をさすられながらキャロルは辛そうにうめき声をあげる。今、冷静に振り返ってみるとバケット相手では確実に負ける勝負だったと思う。酔った勢いもあり、まんまと勝負に乗せられてしまったのだ。結果、敗北したキャロルはテキーラを幾度も飲まされ今に至る。

「はい、水です」

「ありがと……」

スパイスから受け取ったグラスの水をキャロルは一気に飲み干した。

「はあ……私達って、何でいつもこうなっちゃうんだろう……」

頬杖をつきながら、キャロルが長いため息を零す。

「?」

「私……いつまでもこのままじゃ、いけない気がする…………」

(!こ、これはもしや…………)

物憂げなキャロルの表情を見て、スパイスがゴクリと唾を飲む。

(ねえさんがついに自分の気持ちに素直に……!?)

恋の進展の予感を覚えて、スパイスのテンションが急激に上がる。

「アイツと顔を合わせればいつも喧嘩になってさー……」

「はい!」

キャロルの人生の一大事。スパイスも心なしか前のめりになる。

「大抵、私がアイツの手のひらの上で良いように転がされてさ…………」

「はい」

「私ばかりが醜態晒して……ゴリラゴリラってからかわれて………ぐすっ……」

「あ、はい……」

子供のように愚図り始めたキャロルにスパイスはタジタジになる。

「悔しい……どうやったらアイツに勝てるの?!」

「目指す所そこでいいんですかね?!?!」

ガンと机に拳を叩きつけたキャロルにスパイスは驚いてツッコミを入れる。

「だって!アイツ、いつも人が怒っているのを見てヘラヘラしてぇっ……!あー、ムカつくぅうう!あの余裕ぶった笑顔……どうにかして歪ませてやる方法はないの!?」

「は、はあ……」

(段々、ねえさんは何かから遠のいている気がします……)

頭を振り乱して叫ぶキャロルに呆気に取られつつ、スパイスは彼女のことが色んな意味で心配になってきた。

「そうですねぇ。要するにねえさんはバケットの挑発に対する耐性が無さすぎるのが問題かと思います」

「耐性……?」

「バケットはねえさんを怒らせてその反応を見て楽しんでいるだけなんで、怒れば怒るほどバケットの思う壷なんですよ」

「ハア?何よそれ!どんだけ性格悪いのよ、アイツ……!」

スパイスの冷静な分析にキャロルは憎たらしそうに顔を歪める。

「まあ、あまり性格が良い趣味とは思いませんけど……挑発に応じず、大人の対応に徹していれば、バケットもいい顔はしないんじゃないですかね??」

スパイスの提案に「むむ……」とキャロルは唸り、何か考え込んでいる様子だった。


そして週末の夜。キャロルはある決意をもって行きつけのバーを訪れていた。

「どうしたの?今日はやけに静かだねぇ。ほら、いつもみたいにウホウホって鳴いてみなよゴリラ」

隣からバケットが流れるようにキャロルを挑発する。

「………………」

だが、キャロルは眉をピクリと動かしただけで応じようとしない。

(た、耐えた……!)

煽り耐性0だったあのキャロルの成長にスパイスは思わず拍手をしそうになる。今日のキャロルはいつもとは違う。追求を受けるような不用意な発言は避け、挑発には一切応じないようにダンマリを決め込むと心に誓っていたのだ。

「…………ふーん、なるほど」

バケットが目を細め、値踏みをするようにキャロルをじろじろ見る。

「……」

「挑発に応じなければ僕を負かせると考えている訳か。いじらしいねぇ」

(心の声だだ漏れかッ?!?)

完全に思惑が相手に露見している事にキャロルは驚愕した。

「いいよ、その勝負乗ってあげる」

(よ、余裕ぶりやがって、見てろよコンニャロー……絶対どんな挑発にものらないんだから!)

にこりと余裕の笑みを浮かべるバケットをキャロルはキッと睨みつける。両者はそのまま睨み合いの体制に入った。

「…………」

にこにこ。

「…………」

にこにこ。

「…………」

にこにこ。

「…………!?」

しかし、いくら経ってもバケットは笑ってこちらを見つめているだけで挑発するような言葉を発する様子はない。膠着状態に焦れたキャロルが思わず表情を歪める。

(ちょ……っ、 一体どういうつもりなのよ………!)

にこにこ。

(…………う)

何を考えているのか全く分からないが、バケットは本当に楽しそうに笑っているのである。

(…………負けてたまるかっ……!)

睨み合っているうちにムキになってきてキャロルは表情を引き締めて睨み返す。

「今日の勝負はにらめっこですか、斬新ですね……」

(な、何か思っていた展開と違う……)

ソルトがこの新しい余興を楽しそうに眺めている一方で、スパイスは予想していなかった展開に内心ハラハラとしていた。バケットは徐にキャロルのグラスにお酒をめいっぱい注ぎはじめる。

「!?」

相手の動きに警戒をするキャロルだったが、バケットは彼女の方を向き直ると、「ふふ」と子供っぽい表情でくすぐったそうに笑った。

「…………っ……………」

キャロルの顔が熱を持って熱くなる。どうも自分はこの表情に弱いらしい。

(くそっ………黙ってりゃこいつ、顔だけは……………)

正直、昔から顔だけならばいつまでも眺めていられるくらいに好きなのだ。

そう。顔だけ、ならば。

「君は喋らなくてもお喋りだね、そんなに僕の顔好き?」

「はあ?!自意識過剰も程々にしやがれ!!!」

恥ずかしさに耐えきれずキャロルが顔を真っ赤にして叫ぶ。

「はい。君の負け」

小馬鹿にしたような嫌らしい笑みで、バケットはお酒のグラスを突きつけるのだった。


逃げるように御手洗に駆け込んだキャロルが、後から追って来たスパイスに泣きつく。

「ううぅう。また負けたー!アンタの作戦全然ダメじゃない!」

「えええぇ、私のせい?!ねえさんが口を滑らせたから負けたのでは?!」

言い掛かりをつけられてスパイスが困惑する。しかし、恐ろしいのはバケットである。スパイスは彼がこんな作戦に出るとは全く想定していなかった。キャロルには怒りやすいという弱点に加えて、照れやすいという弱点があった。バケットはその弱点を把握し、たったの一言だけで彼女を負かしてしまったのだ。

(は!……そうだこれだ!)

その時、スパイスの頭の中に閃きの神が舞い降りてきた。

「そうだ!ねえさん!こうなったら徹底的にデレるというのはどうでしょう!」

「は?!デレる……?!」

「そうです!例えばバケットの良い所を褒め倒すとか!」

「そんな小っ恥ずかしいこと出来るわけ無いでしょー!?」

スパイスの新たな提案を聞いてキャロルは真っ赤になる。

「それです!ねえさんはいつもバケットを罵倒してばかりじゃないですか、だったらいつもと逆のことをやってみればいいんです!意外性抜群で流石のバケットもドキド……じゃなくて動揺するかもしれませんよ!」

「そ、そうかなぁ……?」

力説するスパイスに押され気味のキャロルだったが、スパイスは内心別の事を企んでいた。

(ねえさんがバケットに勝つ方法を提示しつつ、さり気なく素直になる機会を与える……私って天才では?!)

スパイスは確かな手ごたえを感じて拳を握り込んだ。


カウンター席に戻ってきたキャロルはチラチラとバケットの表情を伺いながら話しかけた。

「あの、バケットはさ………」

「?」

その様子をスパイスが横で固唾を飲んで見守る。

「頭いい、じゃん……?」

「うん?」

何の脈絡もない会話にバケットが首を傾げている。キャロルは恥ずかしくなったのか視線を逸らし、俯きながら言葉を続けた。

「そ、それと……顔は……その……そこそこ、綺麗…………だけど、ぶっちゃけ、童顔気味だし、ナヨナヨしてて、喋り方とかも、全然男らしくないし……っ!」

(それは褒めているのかー?!)

スパイスは思わず白目を剥いた。前半は辛うじて褒めていたが、後半は照れ隠しで畳み掛けるように罵倒していた気がする。

(ねえさん!モジモジしながら言っているだけで、それいつもと言っている内容、大して変わらないからー!!)

「し、仕事はできるし、いざとなると頼りがいがある……ような、ないような……私が困っていても助けてくれないし、意地悪ばっかりするし、ほんと性格最悪……」

(ああ、そうか……これがねえさんの精一杯のデレなんですね……)

素直になりたくてもなれない。

(可哀そうな、ねえさん……)

それでも健気に言葉を紡いでいるキャロルを見ていると悲しくなってきてスパイスはしくしくと目尻を拭った。

「それで?」

「それで……って………わ、わ、わた……私は………アンタの…………」

キャロルが顔を上げてバケットの方を見る。

「ん?」

バケットはカウンターに頬杖をついて、いつもより優しい表情でキャロルの言葉を待っていて、彼女は胸がいっぱいになった。

「わ、私、アンタのことなんて何とも思ってないんだからああぁ――――!!」

バタン!!!

キャロルは顔を覆って一目散に御手洗に駆け込んでいった。

「逃げた……」

「何ですかあれ……」

スパイスが唖然とし、ソルトが怪訝な表情を浮かべている。

「……ぶ、はっ、あはは、ははははっ!もう何なの……?? お腹痛い……っ……あはっ、あははは!」

(む、滅茶苦茶、笑われている……!)

バケットは可笑しそうにケラケラと腹を抱えて笑い出す。

「全く……あの子に変な入れ知恵したの、スパイスでしょう?」

「ぎくぅ」

バケットに指摘されてスパイスの心臓が飛び跳ねた。

「新鮮で面白かったけれど……ふふっ。結局、何やってもキャロルはキャロルでしかないんだねぇ」

しみじみとバケットが言うと「なによそれぇ……」とトイレからくぐもった声が聞こえてきた。


それから2時間後……。


 酔いもよく回ったところで、スパイスが突然席から勢いよく立ち上がった。

「そうだ、今日は喧嘩禁止の日にしましょう!」

「なあにそれー?」

スパイスの唐突な宣言にバケットが首を傾げる。

「今、私が勝手に決めました!たまには人を怒らせるより、人を笑わせることを考えましょう……ということで!!今日は一発芸大会を実施しま〜す!」

パチパチと自分で拍手をするスパイスに、ソルトだけが便乗してくれる。

「一発、芸……?」

後の2人は急過ぎる展開に着いてこられないようだ。キャロルは部屋の角にスパイスを引っ張っていき、ひそひそ話をする。

「ちょっとどういうことよ?」

「だってねえさん、チェス、ポーカー、オセロ、ダーツ、ビリヤードと、これまでバケットと色々な勝負をしてきましたけどこれくらいしかバケットに勝てることなくないですか?」

「ハア――!?誰が一発屋のお笑い芸人じゃっ……!」

馬鹿にしているのかとキャロルはブチ切れそうになるが、スパイスがどうどうと押さえる。

「落ち着いてねえさん!バケットが1番しなさそうなことを私なりに考えてみたんです!」

「!」

「これはねえさんが勝てる勝負ではなく、バケットが確実に負ける勝負ですよ!」

「…………」

チラリとキャロルがバケットの方を振り向く。

「?」

バケットは訳も分からずとりあえずにっこり笑っておいた。

「なっ、なるほど………確かに………!」

確かにあのバケットに一発芸ができるイメージが全く湧いてこない。貴族のフランセとして世間のイメージもあり、一発芸とは全く無縁の世界で生きてきたはずだ。

「でしょ?バケットに大恥かかせてやりましょうよ!」

「そうね!!」

スパイスとキャロルは意気投合し、ガッチリと手を握り合った。

「はーい。キャロルがゴリラのモノマネしま〜す。何と片手だけでこのグラスを粉々に」

「しないわよ!!」

バケットが勝手な事を言い出すのでキャロルが怒って突っかかろうとするが、スパイスが咄嗟に間に入る。

「もう駄目ですよ、バケット!すぐにねえさんをいじって遊ぼうとするんですから~!確かにねえさんならこんなグラス片手で割るのは容易いでしょう!ですが今日は喧嘩禁止です!」

スパイスに諌められ「はーい」とバケットは楽しそうに返事をする。

「ではトップバッターはキャロル&スパイス!マジックショーをしま〜す!」

スパイスがマイクを手にし、キャロルが舞台に立つ。

「見てください。ねえさんの手の中に落花生が握られています。今からこの落花生が姿を消します!」

キャロルはおつまみの落花生を拳の中に握り込む。

「ふんぬ」

彼女が力を込めると落花生はあっという間に粉々に粉砕されてしまった。

「ほら不思議。ねえさんの手の中にあった落花生が消えてしまいましたぁ!」

「ぷっ、ふふ……」

とんでもない力技にソルトがクスクスと肩を震わせて笑っている。

(よっしゃ、ウケてるウケてる!)

キャロルは手応えを感じてガッツポーズをする。

「続いてこちらにある何の変哲もないバットですが、このバットが2つに増えます!」

スパイスがそう言って何処から取り出したのか木製のバットを掲げると、

バッキィ!!

キャロルの華麗なキックがバットを真っ二つにへし折った。

「わー!凄いバットが2つに増えたぞー!」

スパイスがわざとらしくおどけてみせる。

「ふふふ……」

ソルトはそれを見てお腹を押さえて笑っている。

(あれ?おかしいな。グラスを片手で割るのと大して変わらないことをしている気が……)

ハテ?とキャロルは我に返るが、

「うふふ、ふふ……」

ソルトが笑っているのを見て、彼女があんなに楽しそうにしてくれているのなら、「まあ、いいか」と思い直すのだった。

一方、バケットの反応はどうだろうと思って見てみると……すごく手を叩いて喜んでいる!!

「凄いや、動物園でもないのに猿まわしが見れるなん……」

「わ―――次行きましょう次!!」

バケットの暴言を遮るようにスパイスが大声で叫んだ。


「ソルトは何かやります??」

「わ、私は見ているだけで充分ですっ……!」

(可愛い……)

スパイスに尋ねられ、アワワと慌てるソルトを見てキャロルはほっこりする。

「ふん。じゃ、次はバ……」

「はい。次、僕ね」

「……やりたがりか?!」

キャロルはバケットに無茶ぶりをしようとしたが、思いの外、彼は一発芸を披露することに積極的だった。

「モノマネやります。フランセが相手した女のモノマネ」

「は???」

バケットはおほんと咳払いをする。


「あたし~ぃ、フランセ様のことだーいすきっ(裏声)」


「?!?!」

「今夜はフランセ様と離れたくないなぁん。たくさん融資するようにパパに言うからどこにも行かないでぇ~!(裏声)」

「ぶっ はww」

「なっ、何よ……それ……ww」

「…………っ…………w」

スパイスが吹き出し、キャロルが小刻みに震える。ソルトに至っては声すら出ていない。

「だから、僕がこれまで相手した女のモノマネ」

バケットはさらりと答えるとモノマネを続ける。

「フランセ様ぁ。うちの財産ぜ〜んぶフランセ様にあげるからぁ、私のこともぜ〜んぶフランセ様のものにしてぇ~♡(裏声)」

「いや、ちょっ ww」

「ねぇ、いくら欲しい? 1億?10億?フランセ様のためならお金なんてぇ、幾らでも用意しちゃうんだから!だって、こんなに愛してるんだもぉ〜ん♡(裏声)」

「ちょっと待ってってばwww」

「ねえ。フランセ様、私の事ぉ、好きって言っ……(裏声)」

「やめぃ!!やめぃ!!!」

キャロルが手を振って制止を求める。

「なんで止めるの、僕の十八番なのに」

「なんで止めるの、僕の十八番なのにぃ、じゃなーい!!アンタそんな顔してるくせにそういうこと平気でやっちゃうわけ?!」

「え、ダメ??」

「ダメよ、二度とやらないで!!」

コテンと首を傾げるバケットに、キャロルは非常に強く念押しする。

「大体それをいつ練習して、何処で披露してんのよっ?!」

キャロルに問われて、バケットはしばらく考え込む。

「……おじさん?」

「アンタら仲良過ぎか?!ここにペペローニ呼ぶか?!」

マフィア幹部がそろって何をやっているのだと、キャロルは激しいツッコミを入れざるを得なかった。


「さーて、これにて両者の演技が全て終了しました!キャロル&スパイスとバケット!2チームの勝負の行方は……?!ドゥルルルルル ドンッ!」

スパイスがボイスパーカッションで鳴らすドラムの音と共に、投票の丸札が掲げられる。

キャロルとスパイスがキャロル&スパイスの札を上げ、バケットとソルトがバケットの札を上げる。

「2対2で、引き分けで〜す!」テヘッとスパイスは舌を出し、

「意味あるかー!こんな勝負――!!」とキャロルは札を床に叩きつけた。


お酒を飲んで、くだらない事で騒いで、罵り合って喧嘩して、いつもと変わらない日常だった。

キャロルはこんな毎日がずっと続くのだと信じて疑わなかった。しかし、この日を境に彼らがこの場所に再び集まることはなかったである。



今回はギャグ回ですが次回から本編に戻ります。


全8〜9話予定。感想など頂けると励みになります!

次回投稿は2/15 17時を予定しています。

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