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腹黒貴族と女スパイが世界を変える話

プロローグ&第1章

〜プロローグ〜


私はゴミ溜めの中で産声を上げた。


5年前まで、人類は人食い鬼達との戦争を繰り返していた。数多の戦いの中で多くの人の命が失われ、街は破壊され、燃やし尽くされた。しかし、ついに百田ロウら英雄達の活躍により鬼は退けられ、人類は世界の主権を取り戻した。


だが、鬼の支配から人類が解放された後も私達の街の日常は何も変わらなかった。自由になれるという人々の期待は裏切られ、支配するのが鬼から人間へと変わっただけ、戦後の人道支援も私達へは届かない。ここは辺境の島、世界から見放された場所だ。


このバーニャ島には戦争の遺物が毎日山のように運ばれては、捨てられてゆく。街の領主は、島の半分をゴミ処理場にすることを条件に政府から多額の補助金をもらっているらしい。彼らはその利益を市民に正しく分配すること無く、自らの私服を肥やすことばかり考えている。領主からの徴税は厳しく、貧乏人には船に乗って大陸へ渡る賃金さえままならない。私達には危険を犯して鉄くずを漁り小銭を稼ぐほか生きる術はなかった。


私が7歳の時、母は鉄くずを漁っている最中に不発弾の爆発に巻き込まれて死んだ。1人娘を連れて島を出ることを夢見てこつこつと真面目に働き、金も命も搾取され尽くした人間の哀れな最期だった。私はこんな場所で惨めに人生を終えるなんてまっぴらだ。母が死んだあの日、私は誓った。私達から金を巻上げて贅沢な暮らしをするあの憎たらしい大人共に一矢報いてやるのだと。世界が奪う側と奪われる側に分かれるなら、私は奪う側になってやる!


〜第一章〜


11歳になった夏、彼女は初めて盗みを働いた。


人気のない路地裏、洋館の2階の窓の隙間から這い出したのは、ボーイッシュな服装で、肩まで伸ばした緩やかに波打つ萌黄色の髪を持つ勝気そうな少女ーーキャロルだった。彼女は軽い身のこなしで窓枠にかけたロープを伝ってレンガの壁を降りると、洋館の表側で見張りをしていた妹分に声を潜めて呼びかける。

「スパイス、スパイス」

「ねえさんっ!」

銀髪のショートヘアの気弱そうな少女ーースパイスが、キャロルの姿を認めて、ほっと安堵した表情を見せる。

「こっちだ、行くよ」

キャロルは逃走経路に人がいない事を確認し、スパイスを手招きする。目的の物は手に入れた、家の者に気がつかれる前に早々に立ち去らなければならない。彼女達は痕跡を残さないようにロープを回収すると、狭い裏路地を駆け抜け、屋敷から離れて行った。


ゴミ山から300mくらい離れた集落にあるこぢんまりとしたバラック小屋。ここがキャロル達の家だ。彼女達は身寄りのない子供4人で四畳半の部屋の中、身を寄せ合うように生きている。

小屋に立てかけられた扉代わりの板の隙間から幼い少女がちらちらと外を覗いていた。彼女はソルト、同居人の中では1番年下の8歳の女の子でキャロル達にとっては妹のような存在であった。透き通るような白く長い髪を後ろで束ね、ブカブカの部屋着を身につけている。病気がちで体は痩せており、肌は非常に白い。

「あっ!」

ソルトは近づいてくる少年の姿を見つけると、小屋の中から飛び出していった。

「バケット~!」

バケットは4人の中で最年長の14歳の少年だ。ふわふわした小麦色の髪に、女の子みたいに綺麗に整った顔。いつもヘラヘラ笑っている兄貴分にしては頼りないモヤシ男だ。ソルトはバケットに抱きつき、彼の腹に顔を埋める。

「おかえり!バケット!」

「ただいまソルト、体調はどう?」

バケットはソルトの背丈に合わせるように屈んで、彼女の顔を覗き込んだ。

「いつもよりへーき」

「うん、昨日より顔色が良くなったね」

ソルトがくすぐったそうに笑うと、バケットもにこりと笑顔を返した。

「薬を貰ってきたから、ご飯の後に飲むんだよ」

バケットはソルトの手の中に隠すように薬の入った小袋を握らせる。

「お薬……高いんじゃないの?」

「平気。友達に分けてもらったんだ」

ともだち?とソルトは首を傾げ、彼の発言を追求しようとしたが、バケットの背後に2人の少女の姿を見つけた瞬間に、些細な疑問はあっさりと吹き飛んでしまった。

「あーっ、キャロル!スパイス!おかえりなさい!」

「ただいま!ソルト!」

キャロルは笑顔で駆け寄ってきたソルトの頭を撫でてやる。

「ソルト、大人しく寝ていましたか?」

「うんっ!」

スパイスが尋ねると、ソルトは元気よく返事をする。

「君達、また仕事サボってどこへ行ってたのさ?」

バケットは呆れたような口調で言う。

「ふん、くず拾いなんて馬鹿馬鹿しい事やってられるかって」

キャロルはそう言ってバケットの非難を一蹴する。

「私達はも〜っと効率よく稼げるいいお仕事見つけたんですよ!ねっ!」

「いいお仕事って?」

スパイスの言葉にソルトが問う。キャロルはスパイスと顔を見合わせてニヤリと笑い、「入った、入った」とバケットとソルトに小屋の中へ入るよう促した。

「ほらっ!今日は大収穫だ!」

キャロルは懐から茶色の布袋を取り出すと、机代わりに使っている丸いラグの上でそれをひっくり返した。ジャラジャラと音を立てて豪華な宝石が転がる。

「す、すごーい!こんなに沢山の宝石、どこで見つけたの!?」

ソルトは驚いて目をぱちくりと見開いている。

「へへん!羨ましいでしょう?」

スパイスは誇らしげに胸を反らす。

「他の皆には内緒ですよー?実は――……」

スパイスが口の前に人差し指を立てると、ごくりとソルトが息を呑む。

「キャロルねえさんと領主の別邸に忍び込んでやったんです!!!あてぇっ!!」

「無駄に声がでかい!!」

外まで響き渡りそうなスパイスの大声を聞いて、キャロルは空かさず彼女の頭頂部に平手打ちを食らわせる。

「ええ~っ!」

ソルトは驚いてひっくり返りそうになって、バケットに背中を支えられる。

「姉さんは天才ですよ!レンガの壁を伝って窓の隙間から屋敷の中に侵入しちゃうんですから!あの身のこなしはまるで怪盗ルパンです!」

「あんなもの、コツを掴みゃチョロイもんだよ」

「すごいキャロル~!!」

ソルトはキラキラとした尊敬の眼差しを向けてくる。それを見たキャロルはすっかり気分を良くした。

「ねぇ、スパイスは?!スパイスは何をしたの?」

ソルトは純粋な目でスパイスに問いかける。

「見張りです!!!」

得意気に答えるスパイスにキャロルは思わず苦笑いをした。

「お金が溜まったら、いつかこの島を出て怪盗業で生計を立てていこうかって話しているんですよねっ、姉さん!」

「いいな、いいなぁー!2人ともカッコイイ~!」

「でしょ、でしょ!」

ソルトにカッコイイと言われたスパイスは照れくさそうに人差し指で鼻の頭をこする。

「そうだ、私達が街の皆を養えるくらいの大怪盗になったら、凱旋パレードをやって、景気よくカネをばらまいてやるよ!」

「よっ、ねえさん太っ腹~!」

「任せときな!」

キャロルは鼻高々にトンと胸を叩いてみせる。1度味わった成功に舞い上がり、彼女はすっかり何でもできるような気分になっていた。

「ふ、くく……くくく w」

その時、キャロルは声をおさえて笑うバケットに気がついた。バケットの態度に折角盛り上がっていた気持ちが一気に萎えていく。

「なーに、くすくす笑ってんのよアンタ!」

キャロルはバケットを軽く肘で小突く。

「コソ泥が凱旋パレードってw………出来るわけないだろ……キャロルは馬鹿だな……w」

「むっか……!」

バケットの言葉を聞いて、キャロルはカチンと頭にきた。

「バケットは怪盗やらないのー?」

というソルトの質問に、「やらない、やるわけないw」とバケットは小馬鹿にしたように笑い続ける。バケットはいつもそうだ。3つ年が離れているだけのくせに偉そうにして他人のことを馬鹿にする。

「ふん、何よこの意気地無し!アンタはそこで何もせずに指くわえて見てな!私達は絶対にやり遂げてみせるんだから!」

キャロルは立ち上がり、ビシッとバケットを指差した。

「ふふ、まあ、せいぜい頑張って?」

「くっそー!!バカにして~!今に見てろよ!」

キャロルはキーッと悔しがり地団駄を踏む。

「後で悔しがっても、仲間に入れてあげませんからね!」

ブーブーとスパイスのブーイングが飛ぶ。

「はい、はいw」

何を言ってもバケットには笑って流されるばかり。本当にムカつく、そうやって大人ぶっているつもりかとキャロルは腹を立てた。ふと、ソルトが目を輝かせながら熱心に宝石を見つめているのに気が付いてキャロルは手を叩いた。

「そうだ!ソルト、好きな宝石1つやるよ!」

「えっ、いいの?!」

「いっぱいありますからね!」

ソルトの顔にパアアァと笑顔の花が咲く。

「やったぁ!ありがとうキャロル、スパイス!宝物にするね!」

ソルトは少し悩んでから、「これっ!」と青い宝石がついた指輪を手に取った。

「わぁ、綺麗~」

キラキラと輝きを放つ宝石をうっとりと眺めるソルトを、キャロルは微笑ましく見守っていた。4人は決して血の繋がりがある訳ではない。けれど、同じ屋根の下で、笑いあったり、時に喧嘩をしたり、まるで本当の家族のように暮らしていた。



その日から、キャロルとスパイスは毎日のように貴族の屋敷に足を運んでは、隙を見て盗みを働くようになった。昼間には街へ偵察に行き、忍び込む家屋の目星をつける。条件としては人目につかない場所に扉や窓などの侵入経路があること、そして、逃走ルートが容易に確保できることだ。目星をつけたら、数日かけて家を見張り、住人の家族構成と平日のスケジュールを把握。留守の時間を狙って忍び込み、金目の物を盗む。すぐに犯行に気が付かれないよう、お宝は小さなものを少しずつ持ち出すようにしている。

この手口ですでに4度も盗みに成功し、もうすっかり手慣れたものだ。彼女達には罪悪感などまるで無く、殆ど遊びのような感覚だった。貧乏人を苦しめる悪い大人達を懲らしめているのだと思っていたし、何より屋敷に侵入した時の緊張感と、盗みが成功した時に込み上げてくる達成感が堪らなくて、キャロル達は新しく覚えたこの遊びに没頭した。


「ソルト、いい子にして待ってなよ!」

「今日は美味しいもの食べさせてあげますからね」

「いってらっしゃい、早く帰ってきてね!」

ソルトは手を振ってキャロルとスパイスが小屋から出て行くのを見送った。

「今日も行くの?」

バケットが小屋から出てきたキャロル達に気づいて呼び止める。彼は井戸から水を汲んで家に帰ってきたところだった。

「何よ、止めても無駄よ?」

「止めないよ」

相変わらずバケットはヘラヘラと呑気そうに笑っている。

「まあ、やるなら絶対バレないようにやりなよね」

そう言って彼は涼しい顔で小屋の中へ戻って行った。口を出すつもりもない、興味もないといった様子だ。

「フーンだ!」

キャロルはバケットに向けて、ベッと舌を出した。

「ねえさぁん、早く行きましょうよー!」

先を歩いていたスパイスがキャロルを急かす。

「はいはい!」

貴族の住む市街地に向けて走り出したキャロルとスパイスの姿は、深い闇の中へと消えていった。

現時点では街で泥棒が出たと騒ぎにはなっていないし、盗みがばれている様子もない、彼女達はとても運が良かった。だから、油断していたのだ。全てが順調に進んでいると、その時までキャロルはそう思っていた。



「ここにも、落ちてないなぁ」

翌朝、ソルトはいつもより体調が良く久々に仕事に出ていた。仕事と言っても体が弱く小さなソルトにとってはゴミ山のくず集めは危険が伴う難しい作業のため、道端に落ちている空き缶等を拾う。それを鉄工場へ持っていけば10缶で3円くらいのお金に換金してもらえるのだ。病気で寝込んでいた時に、キャロル達に迷惑をかけたことを気に病んでいたソルトは、少しでも皆の役に立ちたいと張り切っていた。

しかし、朝から歩き回っても中々空き缶は見つからず、収穫はたったの3缶。

(貴族街の方へ行ってみようかな……)

焦ったソルトは普段はあまり出向かない、貴族の住むエリアへと歩みを進めた。


レンガ造りの立派な建物、整備された綺麗な道路、慣れない場所にどぎまぎしながらも、ソルトは缶が落ちていないか辺りを探し回った。すれ違うのは自分とは違って、綺麗な身なりをしている人ばかりで悪目立ちしてしまって居心地が悪い。

(は、早く帰ろう……)

ふと、人の多い通りに視線を向けた時、道の中央に潰れた酒の缶が捨てられているのがソルトの目に映った。

「あっ!あった!」

ソルトは嬉しさのあまり、周りをよく見ないまま、道路に飛び出してしまった。

ドンッ

「邪魔だ、どけ!!」

「ひゃっ」

ソルトは恰幅の良い貴族の男にぶつかられ、尻餅をついた。その弾みで彼女はポケットに大事にしまっていた宝物を地面に落としてしまった。

「んん?」

足元に転がったそれを貴族の男は怪訝そうな表情で拾い上げる。それが高価な宝石のついた指輪だと分かった時、男は目の色を変えた。

「おい……こりゃ……なんだ……?」

「あ……」

男に睨みつけられ、ソルトの顔が引き攣る。

「何故お前のような小汚いガキがこんなものを持っている」

「あう……」

「さてはお前、誰かから盗んだんだな!」

ドスの効いた低い声にすっかり萎縮し、ソルトは何も言えなくなってしまった。



「あれ、なんの騒ぎですかね……?」

丁度、貴族街の偵察に出ていたキャロルとスパイスは、大通りに人集りができているのに気がついて足を止めた。

「この小汚いドブネズミが!!」

「痛い、痛いっ!」

男の怒声と女の子の悲鳴が聞こえてくる。

(あれは……ソルト?!)

人集りの隙間から見えたのは、ソルトが貴族の男に髪を掴まれ、引きずられている姿だった。

「お前らは本当にゴミだな。何の役にもたちゃしないどころか、貴族のものまで盗むとは……」

「うっ!」

「身分をわきまえない者には懲罰が必要だな」

貴族の男が命じると、護衛役の男が帯刀していた剣を抜く。

「ねっ、ねえさん!ソルトが!」

スパイスはキャロルの肩を揺らす。

「アイツら……っ…………!」

大事な妹に何をしやがると、キャロルは怒りでわなわなと震えた。彼女はソルトを救うべく、護身用として持っていた小型の折りたたみナイフを構え、人混みの中へ突っ込もうとした。しかし、突如背後からナイフを持っていた手を取られてハッと振り向く。

「!?」

そこにはくず拾いの仕事に出ていたはずのバケットの姿があった。

「バケット……?!」

何故ここにバケットがいるのか一瞬、疑問が湧いたが今はそれどころじゃない。

「何よ、邪魔しないで!」

「君が出ると話がややこしくなる」

バケットは冷静にそう言うとキャロルを強い力で突き飛ばした。

「わっ」

「ねえさん!」

倒れてきたキャロルの肩を、スパイスが何とか支える。

「スパイス。そのままキャロルをおさえていて」

「えっ、えええぇ?!」

バケットに頼まれ、キャロルにはきつく睨みつけられ、スパイスはどちらに従えばいいか分からずにワタワタと慌てふためく。そうしているうちに、バケットは地面に落ちたキャロルのナイフを拾い上げると、折りたたんで自身のポケットの中にしまった。

「!バケット、何するつもり……?!」

まさか、貴族の男を殺すつもりなのかとキャロルは尋ねようとする。

「ちょっと……!」

しかし、バケットは彼女の問いかけには何も答えることなく、真っ直ぐ貴族の男を見据えると人集りをかき分けて行ってしまった。


「僕がやった」

バケットが名乗り出ると「ん?」と貴族の男が彼の方を見る。

「僕が盗んだのを彼女にあげたんだ。だから、彼女は許してくれる?」

男はバケットの言葉にククと喉を鳴らして笑う。

「はは、馬鹿なガキだ。わざわざ殺されるために出てくるとは………ん?お前」

 男はバケットの顔をまじまじと見て顔をしかめた。


「ウソよ……アイツ……ウソばっかり……!」

キャロルが思わず飛び出して行こうとするのを、スパイスが羽交い締めにする。

「ねえさん!出ちゃダメです!!」

「スパイス、離してっ!!!」

スパイスはフルフルと首を振る。

「ねえさんまで………殺される…………」

「…………!」

スパイスの血の気の引いた顔を見てキャロルは声が出なくなり、バケットの方を恐る恐る見た。貴族の男とバケットが何か小声で話している。しばらくして男は首を縦に振った。

「……良いだろう、今回は大目に見てやる」

貴族の男が目配せをすると護衛役は剣を鞘に収めて、鞭を手に取った。

「貴族にたてつけばどうなるか……二度と舐めた真似ができないように体に教えてやろう」

バケットは大人しく地面に膝をつき目を閉じた。男が鞭を振りかぶり、バチンと、弾けるような音が辺りに響き渡った。


バケットは何度も執拗に鞭で打たれ、それでも悲鳴1つ上げず、ぐっと唇を噛んでその痛みに耐えていた。貴族がいなくなった後、キャロルとスパイスは地面に打ち捨てられたバケットの元に駆け寄った。うずくまるバケットの側で、ソルトは放心し静かに涙を流していた。バケットの体にはあちこちに痛々しい生傷が出来ていて、それを見たキャロルは苦虫を噛み潰したような顔をした。

「……ひどい顔だね」

ゆっくりと体を起こし、こちらを見上げて薄らと笑ったバケットに、キャロルの怒りがふつふつと込み上げる。

「何で……。何でやられたまんまなんだよ……!やり返せよ!テメーは男の癖に弱虫だっ!」

どうしようもなくポロポロと悔し涙が流れてくる。何故、盗みを働いた自分ではなく、何もしていない彼が理不尽に痛めつけられなければならなかったのだろう。バケットを傷つけた貴族にも、それを簡単に受け入れてしまう彼にも腹が立った。

「これが最善だよ、被害を受けたのは僕1人だ……」

「庇ってなんて言ってない!」

「庇ってないよ。君があの貴族を殺しそうな勢いだったから……余計酷い事になりそうだなんだもの……君はもっと深く考えて行動すべきだね」

そう言ったバケットの顔はやっぱりいつものようにヘラヘラと笑っていた。

「………何で、よ………」

自分のことを少しも責めようとしない彼の態度は益々キャロルの神経を逆撫でした。

「何でそうやっていつも諦めたように笑うのよ!気に食わないことがあるなら怒りなさいよ!アンタのそういうとこが大嫌いなのよ……!!」

キャロルはバケットにそう怒鳴り散らして走り去った。本当はそんな言葉を言いたかった訳ではない。大事な人達を危険に晒し、その上で何も出来なかった自分自身にキャロルは一番腹が立っていた。けれど、苛立ちをぶつける先が分からず、バケットに八つ当たりしただけだったのだ。



それからしばらくキャロルは盗みを止めていた。バケットとも気まずくなって一言も話さなかった。

「ねえさん、いい加減バケットと仲直りしてくださいよ」

夕食時にスパイスがキャロルにこっそりと耳打ちする。

「仲直りって……喧嘩してないし」

キャロルは口を尖らせて言う。喧嘩というよりは彼女が一方的にバケットを無視しているだけだった。本当は自分が悪いと分かっているのだが、彼女はバケットに謝るきっかけを掴めないでいた。

「飯がまずくって仕方ないですよ~」

「飯がまずいのはいつもの事だよ……」

キャロルはちらりとバケットの方を見た。彼はいつもと変わらない様子でソルトと談笑している。

(傷は大丈夫かと聞くべきか……? いや、でもなんか今更だし……これまでもこういう喧嘩みたいなことはあったし……時が過ぎればきっと元通りになるはずだ……多分……)

そうしてキャロルは深く考えるのを止めた。



しかし、終わりは唐突に訪れた。


バケットとソルトは朝からくず拾いの仕事に出かけていて、キャロルはというと何もやる気が起きず小屋でダラダラと過ごしていた。

「た、た、た、大変です!」

慌てた様子でスパイスがバラック小屋に駆け込んでくる。

「ねえさん、警官が近くまで来てて、貴族の屋敷に泥棒に入った女の子2人を探してるって!」

「何だって!?」

それを聞いてキャロルは飛び起きる。

背筋が凍る思いがした。もちろん犯行がばれた時の事を想定していなかった訳ではない。だが、犯行から随分時間が経っていたため、このままばれないかもしれないという甘い考えを持っていた―――いや、そう願っていただけなのかもしれなかった。

「スパイス……」

また大切な家族を危険に晒すかもしれない。今のキャロルにとってはそれが1番恐ろしいことだった。貴族に捕まれば殺されてしまうかもしれない。バケットとソルトも共犯とみなされ、きっと無事では済まされないだろう。

「私達だとばれるのも、時間の問題だ、ここに居るのは危ない……この街を出よう!」

「えっ」

「船の貨物に紛れ込むんだ、私達なら体が小さいから……きっとできるよ!」

スパイスの瞳がゆらゆらと揺らぐ。

「ねえさん……2人は置いてくんですか……?」

悲しそうに表情を歪めたスパイスを直視できず、キャロルは顔を背けた。

「連れていけない………足でまといになるし、もう危険に晒したくない……」

「…………」

スパイスはしばらく黙り込んだ後、何も言わずにこくりと頷いた。



キャロル達はその日の夜遅く、2人が寝付いたころに荷物をまとめて街を出発することにした。証拠が残らないように盗んだ宝石類も鞄に詰め込んだ。

「ソルト……元気でね、いい子にしてるんだよ」

キャロルはソルトを起こさないように小さな声で呼びかける。

「ううっ…」

我慢出来ず、スパイスが嗚咽を漏らし始める。

「泣くな、起こしちまう」

キャロルが注意すると、スパイスは両手で口を抑えて、こくこくと頷いた。バケットはこちらに背を向けて寝ていた。自分達のこの選択もきっと彼なら受け入れるだろう、そう思って声はかけなかった。

「行こう」

中々重い腰を上げようとしないスパイスを急かし、キャロルはバラック小屋を後にした。

スパイスは名残惜しそうに何度も何度も小屋を振り返る。

「バケット…………」

スパイスがぽつりと呟いたのを聞いて、キャロルは思わず振り返った。

(……起きていたのか……)

バケットは小屋の前に立ち、じっとキャロル達を見つめていた。

「アンタも来る??」

キャロルはバケットにそう呼びかけた。

「え」とスパイスが驚いた顔でこちらを見る。

何故そんな言葉が飛び出したのか、キャロルは自分でもよく分からなかった。もしかすると、彼がどんな反応をするのか見てみたかったのかもしれない。

「ううん、僕は残るよ」

バケットは少しも動じる様子を見せず、そう言って笑った。こんな時まで笑うのかとキャロルは呆れたような、一周回って感心したような気持ちになる。

「あっそ……」

フンとキャロルは鼻を鳴らす。

「アンタはそうやって一生ヘラヘラ笑って、貴族様に頭下げて生きていけばいいさ……私達は奪われる側の人間にはならない……奪う側の人間になってやるから!」

キャロルはそう言ってバケットに背を向けた。この場所と決別するため、自分を振るい立たせるために言った言葉だった。

しかし、後になってキャロルはこの時のことを後悔することになる。バケットに、ソルトに……もう二度と会えなくなると分かっていたら、一体どんな言葉をかけていただろう。




10年後。


首都へ向かって航行していた大型貨物船の船内は思いがけぬトラブルに見舞われたことにより混乱を極めていた。船のあちこちからは、もくもくと白い煙が立ち上り、船員の慌てた声が飛び交っている。

「一体、何処から出火している!?」

「こっちだ、水を持ってこい!!」

その混乱の中に1人、黒い布袋を抱えて甲板へと急ぐ船員の姿があった。船員は甲板に辿り着くやいなや、海上を見渡して何かを探している様子だ。

「ねえさーん!」

声のする方を向くと小さなボートに乗って貨物船と並走する女の姿があった。船員は彼女を見つけてニッと笑みを零す。

「スパイス受け取れ、お宝だ!」

船員、否―――キャロルはスパイスに向けて、お宝の入った布袋を放り投げた。



それから1ヶ月後。


キャロルとスパイスは図らずも故郷のバーニャ島に戻ってくることになった。勿論、世に名を轟かす大怪盗になって凱旋パレードをする為――ではない。大型の商業施設が島にオープンするのを記念して祝賀パーティが開かれるのだ。パーティには政界の権力者や有名貴族、名だたる大企業の社長が参加する。キャロル達にはこのパーティに忍び込み、あわよくばお宝の情報を得ようという魂胆があった。

「10年ぶり、か…………」

正直、あまり気乗りはしなかった。この街には未練が残り過ぎていたからだ。10年前、あれだけ大口を叩いて街を飛び出したものの、世の中はそんなに甘くはなかった。貨物船に忍び込み大陸に渡ることに成功した、までは良かった。しかし、見知らぬ土地で子供2人が暮らしていくのは想像を絶する苦労があったのだ。高架下やダンボールの家で天風を凌ぎ、スリや空き巣をして日銭を稼ぐのに精一杯。島を出れば何かが変わると思っていたが、結局自分達は何処へ行ってもドブネズミのままだと思い知らされた。

最近になってやっと貨物輸送船で有名な絵画を狙った盗みを成功させた。

オークションに出品される商品が運ばれているとの情報を入手し、船員に扮して忍び込んだのだ。絵画は結構な値で売れた。しかし、結局は偽造した身分証の作成、変装道具と武器、火薬の準備、船の手配、協力者への分け前の支払い等で出費がかさみ、手元には半分もお金は残らなかった。怪盗も世知辛いものだ。世に名の轟く大怪盗にはまだまだ程遠く、本当ならもっと大きなことをして「ざまあみろ」と胸を張って帰ってきたかった。

バケットとソルトには島を出てから1度も連絡していない。というか連絡手段がなかった。住む場所が見つかり、落ち着いてから手紙を送ってみたのだが、届かずに戻ってきてしまったのだ。キャロルは人伝に聞いたとある事件の情報から、その理由をなんとなく察していた。


キャロルとスパイスはぶらぶらと歩いて街の様子を見て回った。

「この街、随分変わりましたね、前はごみ溜めみたいだったのに……」

「ほんと……見違えるほど綺麗になったわね」

あまりの街の変貌ぶりにキャロル達は唖然としていた。事前に調べた情報によれば、当時の領主は度重なる不祥事を起こして左遷されたらしい。今はバーニャ・カウダという貿易商社がこの街を仕切っていた。

港には商人達がせわしなく行き交い、競りが行われている。大通りにはマーケットが開かれ、客で溢れかえっている。まさに活気のある商人の街という雰囲気だ。数年後には大陸と島を結ぶ橋が開通し、流通も今より便利になるらしい。

(治める人間が違えば、ここまで変わるものなのか……)

そこはまるで自分の知らない場所のようだった。幼い頃あんなにも強大に見えていた悪徳な貴族達はあっさりと居なくなっていて、どんなに足掻いても貧しさから抜け出せないと思っていた街の暮らしはすっかり豊かになっている。

(何だろう、この感じ……)

チリチリと胸が痛んだ。焦り、苛立ち、もどかしさ。色々な感情が入り混じって胸を突き刺している。まるで自分達だけが過去にとり残されてくすぶっているような、そんな錯覚に陥った。

「ねえさん、大丈夫ですか?」

「えっ、ああ……」

ぼんやりとしていたキャロルの顔をスパイスが心配そうに覗き込んでいる。こんな事で動揺して妹分を不安にさせてしまうなんて。頼られるねえさんとしてしっかりしなければと彼女は気を持ち直した。


キャロルは記憶を頼りにかつて共に住んでいた家の場所を探した。

「この辺りかな……」

彼女達が暮らしたバラック小屋は、ゴミ山と一緒に綺麗さっぱりなくなってしまっていた。代わりにゴミ山の跡地には公園があり、小さな慰霊碑が立っていた。スパイスがきゅっと息を詰める。

「ねえさん……」

「…………うん」

刻まれている名前を1つずつ辿り、指を止める。やはり……と納得した。

それはキャロル達がバーニャ島を出てすぐの出来事だったらしい、ゴミ山で大規模な火災があったのだ。積み上げられたゴミは1ヶ月もの間燃え続け、周辺の家屋にまで燃え移ったのだという。2人はその火事で逃げ遅れた……。

涙は出なかった。事実だけを突きつけられたところで、何も実感が湧いてこなかったし、何より自らこの場所を捨てて生きることを選んだのだから、悲しむ資格は自分にはないと思った。

皮肉なのは、領主の権力を失墜させたのはこの事故の対応における過失が最大の要因だったということだ。結局、2人は貧しいゴミの中の世界しか知ることなく一生を終えてしまった。まるで彼らの命が、島の発展のための生贄だったかのように。


(そんなのは……あんまりだ)

せめてもとキャロルはスパイスと2人で花を買って慰霊碑に供えた。今思えば、貧しくともあの四畳半の空間は心地が良かった。バケットは意地悪な兄でソルトは無邪気に笑う可愛い妹で。もう二度と取り戻せなくても、あの時あの瞬間、自分達は紛れもない家族だったのだ。

「ただいま、帰ってきたよ」

キャロルがそう呟くと、隣で静かに手を合わせていたスパイスが途端、わんわんと泣き出すものだから、落ち着かせるのには苦労した。

もし街をとび出していなかったら、本当はここで死んでいるはずだったのだろうか。いや、何なら自分の死体は母や友と一緒に今ここに埋まっているのかもしれない。何故だかキャロルにはそう思えた。



そして、パーティ当日。キャロルはワインレッドのドレスに身を包んで貴族の令嬢に扮し、スパイスは髪を固めて制服に着替えウェイターに扮して記念パーティへと潜入した。パーティは新しくオープンする商業施設のレストランで行われた。


(どうもこういう役は息が詰まるな……)

ゴミ溜め出身のドブネズミに、令嬢の役は荷が重い。キャロルはふぅと小さなため息をついた。

「このようなパーティに参加されるのは初めてですか?」

「えっ……」

不意に若い男に声をかけられてキャロルはドキリとした。

「慣れていらっしゃらないようでしたので……」

彼はチャコールグレーのベストとスーツを綺麗に着こなし、ウェーブのかかった前髪が右目にかかっている気品のある青年だった。青年は心配そうにキャロルの様子を伺っている。不味い。そんなに目立つ行動をとってしまっていただろうか。

「あ、いえ、少し人が多い場所が苦手で……疲れてしまったみたいです」

キャロルは何とか取り繕おうと、虚弱な女性を演じる事にした。

「これだけ人が多ければ致し方ありませんね。奥にテラスがあるので、ぜひそちらでお休みになられて下さい」

青年はそう言って微笑むと、キャロルの手をとって比較的人の少ないテラスの方へ案内してくれた。

(確か、この男は……)

キャロルは青年の後をついて歩きながら、事前にスパイスが調べた情報を思い出していた。彼の名はフランセ。バーニャ・カウダ社の社長……そしてこのパーティの主催者でもある。若干18歳にて起業し、運送業〜飲食業に至るまで手を伸ばして脈々と頭角を現したやり手社長だ。貴族にも関わらず、彼はこの街の人間に好意的に受け入れられている。理由は明確で彼の会社が新たな産業を生み出したことで街に雇用が増え、労働環境が劇的に改善したためである。

初見では見目の良い好青年という印象だ。それにしても随分若い。自分と同じ――それとも、年下だろうか?

(ケッ、これだから貴族は……)

貴族のお坊っちゃんは努力せずとも親の力で楽をして出世できるのだからいいものだと、無性に吐き捨ててやりたくなる。

テラスは施設全体を見渡せるような開けた空間になっていた。この施設は長大なアーケードの広場を中心とした公園のような造りになっており、一般市民にも広く解放されているらしい。広場の花壇には色とりどりの花が植えられ、その間には水路が張り巡らされている。

「とても綺麗なお庭ですわね……」

「お褒めいただけて光栄です。ここは市民の憩いの場所になればと思っているのですよ」

フランセは綺麗に笑う人だった。物腰も柔らかく上品な印象を受ける。

「お酒はお好きですか?」

「ええ、たしなむ程度ですが……」

嗜むどころか毎日浴びるように飲んでいますとは流石に言えない。

「実は今、新しい事業に取り組んでいまして、この街のブドウでワインを作っているんです。今日はブランドの売り込みもしたくて、試飲サービスを行っているんですよ」

「凄いですわね、商業施設の次はワインですか……」

キャロルはそう言って愛想笑いを浮かべる。

「市民の皆さんにはいつもお世話になっていますから。私は出来る限り地元に還元したいと思っているんです」

フランセはニコニコと穢れのない笑顔を見せる。

「……」

(何だか調子が狂う……)

悪い人ではないのだろうなとキャロルは思った。彼はきっと小汚く貧しい暮らしとは全く無縁の綺麗な世界で生きてきたのだろう。だが、ほだされてはならない。市民から金を巻き上げる貴族が、世のため人のためなど、所詮は偽善に過ぎないのだとキャロルは思い直した。

「どうぞ」

ワイングラスをウェイターから受け取ったフランセが、キャロルにそれを差し出す。

「ありがとう」

手渡されたのは地元で作っているという赤ワインだった。

「折角なので楽しんでくださいね」

軽く会釈をして、彼はキャロルの元を立ち去った。

(ふう、何とか誤魔化せたか)

どうも、ああいうタイプは苦手だ。その良い人面をはがしてやりたくなる。

「フランセ様~ぁ!」

途端、甲高い声がしたかと思えば、フリフリのドレスを来たお嬢様達がフランセを囲んだ。

「もぉう、どちらに行かれていましたのっ?私達と一緒にお話しましょうよ~!」

お嬢様は存分に可愛子ぶってフランセに媚を売る。

(うっわ)

ハイエナのような女子の群れにむせ返り、キャロルが目線を移そうとした時、ふと彼女達の会話が耳に入ってきた。

「今日は御祝いの品をお持ちしましたのよ。ご覧ください、以前フランセ様が欲しいとおっしゃられていた純金製のペアグラスですぅ……」

お嬢様が合図をして執事に運んでこさせたワゴンの上には、眩い黄金の光を放ち、宝石に縁どられた豪華なグラスが2つ、桐箱に収められていた。

「これは……見事な装飾ですね。この特徴的な紋様は旧王朝時代の物ですか?」

 フランセが感嘆を漏らす。


「…………」

贈り物を受け取るフランセを横目に、キャロルは赤ワインを一気に飲み干す。丁度、スパイスが空のグラスを回収する振りをして、キャロルに近づいてきた。

「ねえさん、どうでした?」

「スパイス……ターゲットが決まったよ」

キャロルはニタリと笑い、即座に脳内で電卓を叩いた。純金製のグラスならば2つセットで500万は下らない。しかも、豪華な宝石の装飾が施されており、歴史的価値も高い。恐らくはもっと高値がつくはずだ。大きな獲物を前にキャロルの心はうずうずと沸き立った。



その日からキャロルとスパイスは徹底的にフランセ邸をマークした。

メイドに扮したスパイスを屋敷に送り込み、建物の構造、従業員の人数構成など、その全容を把握。しばらく屋敷を見張り、警備が手薄になったタイミングを狙って盗みを働く算段だ。

そして今夜、遂に作戦は決行となった。フランセは仕事のため海外出張に出ており、屋敷には数人の召使いしか残されていない。

キャロルは建物の傍に生えていた柳の木から、塀を飛び越え屋敷の敷地内へと侵入した。先に屋敷に潜伏していたスパイスと合流した後、警備の目を掻い潜って建物の裏手へと回る。それからキャロルは2階のバルコニーにフックをひっかけてロープをよじ登ると、ガラス窓の隙間に細い棒を突っ込み、外側から鍵を開けてやった。ここまでは予定通りだ。

「スパイス、見張りをお願い。何かあったら合図を送るんだよ」

「任せてください」

庭にいるスパイスに呼びかけると、彼女はぐっと親指を立てて応えた。侵入した部屋は書斎で、夜は施錠されるためほとんど人は訪れない。スパイスの事前調査では目的のお宝は見習いの召使いの身分で入れる場所には見当たらなかったという。であれば地下金庫の中か……もしくはフランセの部屋にあると考えるべきだろう。こういう時は泥棒の勘が役に立つ。

キャロルは足音も立てず素早く廊下を駆け抜けると、フランセの部屋へと向かった。針金で扉の鍵を開けて難なく部屋の中へ入る。フランセの部屋は非常にシンプルな作りだった。必要最低限の家具しか置いておらず、貴族特有の豪華な装飾品は一つも見当たらない。唯一、目に付いたのは大きなガラス棚があることだった。その中には様々な種類の酒のボトルが保管されている。

(こりゃ顔に似合わず結構な酒豪だな………)

と思いながらガラスケースの中を眺めていると、そこにはパーティで見た黄金のペアグラスが置いてあった。

(あった!!)

ガラス棚には鍵すらかかっておらず、扉を横にスライドするだけで簡単にグラスを取り出すことが出来た。あのお人好し、不用心にも程がある。

「くくっ」

こんなに簡単に大金が手に入るなんてあまりにチョロすぎる。キャロルは込み上げてくる笑いを抑えるのに必死だった―――。


「やあ、いらっしゃい」


突如、何者かに背後から声をかけられる。不意打ちすぎてキャロルは心臓が飛び出しそうになった。バクバクと鼓動が痛い程に脈打つ。全身がブワリと粟立ち、嫌な汗が滲んでくる。ゆっくり、ゆっくりと振り向くとそこには出張中のはずのフランセが腕を組み、壁にもたれ掛かるようにして立っていた。

「お前……、どう……して……?」

キャロルは数秒間パニックを起こしていたが、すぐに冷静になり、見張りをしていたはずのスパイスのことを思い出す。

「スパイスは……私の仲間はどうした……?」

「安心して、彼女には別室で休んでもらっているよ」

フランセはパーティで見せた綺麗な笑顔のまま、何でもないことのように言ってのける。

(何だ、こいつは―――?)

キャロルは得体の知れないこの男に恐怖を覚えた。いや、そんな事より早くこの状況から切り抜けなければ―――。

「悪いね、アンタに恨みはないが……顔を見られた以上、生かしておくわけにはいかない!」

キャロルは折り畳みナイフを取り出し、フランセに襲いかかった。しかし、フランセはナイフをかわし、あっという間に彼女の手首を掴むと背中で両腕を締め上げて拘束した。

「ぐ……っ……!こんの…………」

キャロルは必死にもがくが、フランセの力が思いの外強く抜け出す事は叶わなかった。

絶体絶命――――。

(スパイス、ゴメン………!)

キャロルは覚悟し、目をぎゅっとつぶる。その時、フランセの口からふっと笑い声が漏れた。

「残念。こっちが奪う側だったね……キャロル」

耳元で名前を呼ばれてキャロルは頭の中が真っ白になってフリーズした。


なんで。


「なんで……名前………」

やっと発することが出来た言葉はそれだけだった。キャロルの体から力が抜けたことを確認した彼は、あっさり拘束を解いた。

「ふふ、くくく……」

目頭を押さえ、可笑しそうに笑う彼をキャロルはおぞましい物を見るような目で見た。

「僕だよ、僕。バケットだ」

「バケッ、ト…………?」

(えっ)

ちょっと待って、上手く状況が飲み込めない。

「ば、バケット?!だって……アンタ……死んだんじゃ!それがなんでバーニャ・カウダの社長……?!」

「驚いたでしょ?こんなカタチで再会するなんて」

キャロルは言葉を上手く発せず、鯉のように口をぱくぱくとさせていた。驚くのも当たり前だ。誰がこんな展開を予想できるものか、だって、そうだと言われた今でも信じられない。本当の、本当に、バケットなのか?

「こっちはソルトだよ。懐かしいでしょう」

バケットに促され、部屋の中に入ってきたのは、白い髪を後ろで束ねたスーツ姿の美しい女性だった。パーティでも見かけた――確か、フランセの秘書だ。

「は…………」

乾いた声が漏れる。

「そんな、まさか…………」

キャロルがよろよろと後ずさりすると、トドメと言わんばかりにバケットからニコッと面影の残る笑顔を向けられる。

「…………最、悪…………」

がっくりと膝から崩れ落ちると、バケットは腹を抱えてケラケラと笑い出した。

「あはは、その反応最っ高だね!!」

「何が、何だか―――」

あまりの衝撃に目眩がして、しばらく立てそうにない。

「いつから私達に気がついていたのよ……?」

バケットはキャロルの腕をとって助け起こす。

「君達、先月貨物船に忍び込んでオークションの品物を盗んだだろ? あれ、うちの船なんだよね」

「え」

「全く、酷いよ。せっかく貴族に高値で売りつけようとしてたのにさ~」

ポカーンとしているキャロルに構わず、バケットは話し続ける。

「ま、盗品を買い戻すのにはさほど苦労しなかったけど……どうせなら盗人の顔を拝んでやろうと思って。調べてみたら、君達に繋がったってわけ」

バケットの顔はムカつくほどニッコニコだ。

「そんな時から、私達のこと…………」

「うん、気がついてた。感心したよ、手口も中々巧妙だった。船員として怪しまれることなく紛れ込み、ボヤ騒ぎを起こした後、混乱に乗じて荷物運び出して、海上で待つ仲間へ引き渡す……ここまでは良かったけど、詰めは甘かったね。今後は喧嘩を吹っかけた相手をちゃんと確認した方がいい。うちのネットワークは広大で、盗品を売れば簡単に足がつくんだ」

「うっ」

「もし相手が僕じゃなかったら今頃、君達どうなっていただろうね?」

「……ぐ……」

嫌味のたっぷり篭った指摘に、キャロルは何も言い返せず、悔しそうに歯ぎしりをした。

(ハッ)

「まさかとは思うけど……私達がここに来るのも分かっていたの?!」

「まあね、今回は君達をおびき寄せるために、あえて大々的に告知をしてみたのだけれど……、ふふ、まんまと引っかかってくれたね」

「げえっ……」

(最初っから、コイツの掌の上だったなんて……)

何も知らずに罠におびき寄せられたキャロル達を見るのはさぞかし面白かったことだろう。しかし、解せない―――。

「どうしてわざわざこんな、罠に嵌めるようなマネを……」

「そんなの決まってる、君を試したかったからさ」

「!?」

バケットが手を取って真っ直ぐに見つめてくるので、キャロルは思わず目が泳いでしまう。癪ではあるが昔から顔だけは本当に綺麗だった。

「僕は君が欲しい」

「は…………へえっ??」

バケットの口から思いがけぬ発言が飛び出て、キャロルは激しく動揺する。

「君のこと、すごく魅力的だと思って―――「ちょっ、ちょ、ちょ、ちょっと待った―――!」

妙な雰囲気に耐えかねて、キャロルはバケットの言葉を無理やり遮った。殆ど家族のような関係だったというのに、それはない!幼馴染の間で交わすにはあまりに恥ずかしい言葉に、顔から火を吹きそうになっていると、バケットが怪訝な顔をした。

「ん?」

「あー」

「いや、違う、違う、違う、そういう意味じゃなくてだね」

バケットからすとんと笑顔が抜け落ち真顔になる。笑ってばかりかと思っていたら、お前そんな感情のない顔もできたのか。

「間違っても君みたいな脳筋は僕のタイプではないから安心して?」

そんなに必死に否定されても逆にムカつく。相変わらず人を小馬鹿にしたようなこの態度。そうだ、こいつはこういう奴だった。

「僕はビジネスパートナーとして、君が欲しいんだよ」

「ビジネスパートナー……?」

バケットはコクと頷く。

「ねぇ、今のこの街を見て君はどう思った?君が見限った街がこんな風になっているなんて思いもしなかったろ?」

確かに街に着いた時はそのあまりの変貌ぶりに驚かされた。そして、そこにまさかバケットが絡んでいるなんて微塵も思わなかったのだ。

「アンタ……一体、どんな手品を使ったのよ……」

ふっとバケットが息をつく。

「どんなことだってやってきたさ。武器や薬の運び屋もやった、必要なら体も売ったし、何なら人も殺した」

「…………」

そう言って薄笑いするバケットは凍りつくような冷たい目をしていて、思わずキャロルは身震いをした。この男は本当に自分の知っているバケットなのだろうか。彼女の知らないバケットがそこにはいた。

「僕は容姿には自信があってね。自分がどのよう振舞えば、相手にどういう印象を与えるかよく理解しているんだ。

まずは金持ちで孤独な馬鹿女に取り入って養子になった。

それから仕事のツテでマフィアの後ろ盾を得たのを良いことに、女の家と財産を乗っ取り、今の地位を手に入れた。もちろん昔の僕の経歴は全て抹消済みだ」

バケットは口元に笑みを浮かべながら淡々と話したが、その内容は少しも笑えるものではなかった。

「領主を街から追い出すのには苦労したよ。ある事ない事でっち上げて陥れてやった。あの火事だって全部偽装だ。本当は誰も死んでないしゴミ処理の手間が省けただけさ。今頃彼、何処かでゴミくずでも拾っているんじゃないかな」

「…………」

自身がごくりと息を飲む音が、煩いくらいに聞こえた。ただただキャロルはバケットの話に圧倒されていた。自分は彼のことを完全に見誤っていたらしい。

長いものに巻かれて、ヘラヘラと呑気に笑っている、ナヨナヨした頼りないモヤシ男―――だなんてとんでもない!こいつは闇に潜み、獲物を食らう魔物の類だった。

「僕はね、いずれここを世界の中心にしたいんだ。流通の拠点として世界中から物を集め、事業を拡大して雇用を生み出し、有能な人間をたくさん集める。そして、世界と戦える競争力を身につける……。素敵だと思わないかい。誰もがゴミだクズだと馬鹿にした僕達が世界を支配するんだよ……想像しただけで気持ちが良くて仕方ないだろう?」

恍惚とした表情で夢を語る彼の言葉はあまりに恐ろしく、それでいて甘美で。

キャロルは思わず魅入ってしまった。

ゴミの中から生まれたドブネズミにも、世界を動かすことが出来るというのだろうか。いや、この男ならばやりかねない……。

ゾクゾクと心が芯から震えるのを感じる。キャロルは今確かに、堪らなく興奮していた。彼には一体。何が、どこまで、見えているのだろう。出来ることならその景色を自分も見てみたい……。

悔しいがこの男はキャロルよりも遥か先を歩いていた―――。

「キャロル、真に奪う側の人間は、日銭を稼ぐために人の家に盗みに入ったりはしない、組織を作り、人を使って金を集めるんだ。

折角だから僕は、馬鹿で可哀想な君の前で、それを証明してあげたかったのさ」

彼はまるでいたずらに成功して喜ぶ子供の様な口調で言った。

「……っ……アンタ、ほんっとにいい性格してるわ……」

悩ましげに頭を押さえたキャロルを見て、バケットは満足そうに笑う。

(完敗だ。化け物だ、こいつ)

「僕は君にも協力して欲しい。君の能力を僕は高く評価している。身体的能力はさながら、情報収集能力、獲物を嗅ぎ分ける嗅覚。何より僕は君をよく知っている。下手な人間に頼むよりも断然信頼できるからね」

バケットはキャロルの前に、手を差し出す。

「僕の目と耳になって世界を飛び回ってくれないか」

「駄目かな?」とバケットは首を傾ける。


答えなんてわかりきっていた。こんな力を見せられては認めざるを得ないじゃないか。コイツとなら世界を変えられるかもしれないなんて思ってしまうじゃないか。キャロルは拳をきつく握りしめた。

「いいよ、やる……やってやる」

彼と並び立った場所から、どんな景色が見えるのだろうか。そう思ってしまった時点で、キャロルはもう差し伸べられた手をとるしかなかったのだ。

バケットはご満悦そうに笑うと、キャロルが盗み損ねた黄金のペアグラスを手に取り、シャンパンを注いだ。

「乾杯しよう、この街と君の帰還に……。僕達はどう足掻こうがこの街の人間さ。ドブの中で生まれ落ちて、ドブの中で生きていくんだ」

「ふん……上等だね……!」

キャロルとバケットはシャンパンの入ったグラスを突き合わせた。


キャロルはそのままバケットと、彼の部屋で夜通し飲み明かした。ソルトも誘ったのだが、「職務中ですので」の一点張りでお酒には口を付けず、大人しくバケットの隣に座っているだけだった。話しかけても「はい」とか「そうですね」と簡単な相槌を打つだけでほとんど喋らないし、ニコリとも笑わない。こんなにクールな子だったかなと、キャロルは少し寂しい気持ちになった。

スパイスはというとバケットの用意した催眠ガスのせいで、ソファの上でぐっすり眠っていた。隣でギャーギャー騒ごうが全く起きる気配はなく、まぬけな寝顔を晒している。後で目を覚ましたら、きっとものすごく驚くだろう。自分と違ってスパイスは単純だから、バケットとソルトが無事に生きていたことを知って、素直に泣いて喜ぶかもしれない。

「ねえ、1つだけ教えてくれる? アンタさ、私達を庇ってぶたれたことあったでしょ」

「そんなこと、あったっけ?」

「あの時、どうして殺されなかったの……?」

バケットはニコと意地悪な笑顔を浮かべる。

「あの人、僕のお得意様」

「何の?」

「薬の」

「ああ…………」

キャロルは瞬時に理解した。バケットは薬をネタに、あの男に取引を持ちかけたのだと。いや、というかもうそんな頃から薬の運び屋をやっていたのか。色々、言いたいことはあったが、何を言ってもコイツに負けたことを認めるような気がして悔しかったから、シャンパンと一緒に喉の奥へと流し込んでおいた。


1年後。


社長室で事務作業をしていたソルトはちらりとバケットの方を盗み見た。今朝からバケットは随分と機嫌が良さそうだった。と言っても口や態度にはっきり出すわけではない。彼はかなりのポーカーフェイスで感情が読みづらいタイプだ。しかし、ソルトは長年一緒に居るせいか、小さな行動の一つ一つから気分の浮き沈みが自然と読み取れるようになっていた。

「邪魔するわよ」

勢いよく社長室の扉が開かれ、キャロルとスパイスが現れるとバケットは薄く唇に笑みを浮かべた。

「流石。早かったね」

「当然でしょ」

バケットと短い言葉を交わすと、キャロルは長椅子で胡座をかいた。

「ありがとう、君達のおかげでシュガー会長の弱みを握れたよ。さて、このネタで会長を揺すって、我社に沢山投資をしてもらおうじゃないか」

バケットはそう言って満足そうに笑う。

「それで……報酬はどれくらいで?」

ニヤニヤしながらスパイスがバケットの傍に擦り寄ると、彼は2つ折りにされた小さな紙を胸ポケットから取り出し、人差し指と中指に挟んで渡す。

紙を広げて中を見たスパイスは「うへへ」と嬉しそうに舌舐めずりをした。

「今日は気分もいいし、このまま飲みに行こうか、ソルト。車を回してくれ」

バケットはそう言って徐に立ち上がると、黒いコートに腕を通した。

「何ボーッとしているんだい? 君も行くんだよ」

「……はいはい」

声をかけられたキャロルは渋々、椅子から立ち上がった。


バケットが行きつけにしているとあるバー、お店の裏の秘密の入り口から入ることができるVIPルームに通されてから3時間。お酒も程よく回ってきたところで、バケットとキャロルの応酬が始まった。議題は先月の潜入任務についてだ。

「あの時は力ずくで何とかするしかなかったんだから仕方無いじゃない!」

「出たよこの脳筋女。頭使ってよ、ゴリラじゃないんだから……あ、ゴリラに失礼か?」

「はぁー??誰がゴリラじゃ!このデリカシー皆無の最低男!もげて死ね女の敵!!」

「心外だなぁ、僕はこれでも女性の扱いには定評があるのだけれど……ああ、でもメスゴリラは女性として扱ったことないんだ、ごめんね〜」

「殺す……殺す……」

「ねえさん落ち着いて」

思わず灰皿を持ち上げて立ち上がったキャロルをスパイスが落ち着かせる。

「ハ……!女性の扱いに定評がある?よく言うわよ!すーぐ女をとっかえひっかえしてるくせに!一体、何人泣かせたら気が済むことやら……」

「うーん?それは遠まわしに僕がモテるって褒めてくれているってことかなー?」

わざとらしくバケットはコテンと首を傾ける。

「はぁ?ンなわけないでしょ!何でも都合よく解釈すんな!頭湧いてるんじゃないの?!」

「君の単純で空っぽな頭からは、なーんにも湧いてこないんだから可哀想だよね」

「ああ言えばこう言う……アンタはよくもそう人を不快にする言葉を思いつくわね!?」

いがみ合う2人を横目に、スパイスは酒を啜る。

「なんでこの2人喧嘩ばっかりなのに毎度飲みに行くんすか…………」

「さあ……」

ソルトもつられるようにウーロン茶を啜る。

「アンタなんか大っ嫌い!!」

「わあ、奇遇だね、僕も君の事嫌いなんだぁ」

昔もこうやって2人はよく喧嘩をしていた。賑やかに騒ぐ彼らの様子を、ソルトは内心複雑な気持ちで見ていた。


それから4時間後、キャロルが酔いつぶれたため、会はお開きになった。

「うっ、ぎもちわるい」

「君は馬鹿なの??」

気分が悪そうにうずくまるキャロルを見下ろしながら、バケットは可笑しそうにケラケラ笑っている。

「僕と飲み比べなんて勝てるはずないのにさ」

「ムカつく、ケロッとしやがって……言っとくけど別にアタシは弱くないわよ!アンタが異常に強すぎんの!」

「負け惜しみ? ふふ、いい気味だね、君はそうやってずっと僕に負け続けるといいよ」

キャロルはスパイスに支えられながら何とか立ち上がる。

「うっぷ、マジ死ね……」

「うん、また飲もうねw」

バケットは嫌がらせのようにキャロルの頭をぐしゃぐしゃと撫でながら揺さぶった。

「揺らすなぁ~」

「あはは」

その時、ソルトはバケットの表情がふわりとやわらいだ瞬間を、それが情に満ちたものであったことを見逃さなかった。


「……社長は色恋の駆け引きだけは、致命的に下手ですね」

キャロルとスパイスと別れた後、帰りの静まり返った車内の中で、ソルトはぽつりとそう零した。こんな事を言うなんて性格が悪いと思う。それでもソルトはほんの少しだけ意地悪をしてみたくなったのだ。

「色恋の駆け引き……まさか。あんなのはペットと戯れているようなものだよ」

バケットは鼻歌でも歌うような調子で軽くかわしてくる。

「そもそも僕達が恋仲なんて似合わないでしょう。気持ち悪くて鳥肌たっちゃうね。せいぜい今の関係が一番心地いいのさ」

バケットはそう言っていつも通りの隙のない態度をとった。

(今日は楽しかったなあ……)

キャロルとのやり取りを思い出して、バケットの口元にふっと笑みがこぼれる。悔しがるキャロルの顔を見るのは楽しい。叩いても、叩いても、元気に跳ね返ってくる。子供の頃から変わらず、彼女はバケットを飽きさせることがなかった。

(君は知らないだろう。あの時、死んでいた僕の心に火をつけたのは、君が無様に足掻く姿だった)

「ふ」

(僕が君に感化された、だなんて。死んでも教えてあげないんだから……)

「~♪」

バケットは無意識に子供の頃に聞いた歌を口ずさんでいた。上機嫌に鼻歌なんて大分酔っているのかもしれない。ああ、街の光が煌々と空を照らしている。夜の喧騒がこんなにも心地よい。

戦後の整備が進んでもっと国内が豊かになれば、いずれ自分のような汚い人間は用済みになり、世の中から淘汰されてゆくのだろう。どれほど富を積み上げようが、どれだけ街を大きく発展させようが堕ちる時は一瞬―――――。

(まぁ……いける所までいってやるさ、何処までいけるか楽しみだね……)


全8話〜9話を予定しています。感想など頂けると励みになります!

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