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9/17

ワイ、おっさん、やっと港を出発するが咽び泣く


「隣の国が攻めてくる」


昔はそれなりだったおっさん。昔、事故を起こして悪役を被り、免許剥奪されて止む無く離職追放。

その時に拾った竜の子供と辺境でのんびりスローライフな日常をと決め込むが、そんな噂に踊らされ、慌てて本国に帰国するため、子連れで港町にやってきました。

おっさんは半ば強引に現役復帰させられ、やっと出発と相成りましたが、色々ざまぁな展開で泣きたくなります。


【!!!微グロ表現注意!!!】

「…突然、変な事を聞くようで済まないが、虹ってどんな形だっけ……?」

「何言ってるのおっさん、そんなの『まん丸』に決まってるじゃないか! 馬鹿じゃないの?」


赤い子はそう言うと預かり所まで急いで飛んで戻って行った。


赤い子が行ってしまって、戻る道が分からない。

慌てていたので赤い子の後ろに付いて来るのに精一杯で、戻る時も赤い子がいるものだと思っていたのだ。

「まぁ、何とかなるさ」と職員用通路を抜けていくと、医務室に出られたので順番を確認する。

あともう少しだ。少し出発時間を遅らせよう。


更に抜けていくと間違って管制塔へと続く渡り廊下に出た。ここは見晴らしが本当にいい。

下の子が歓声を上げる。寝ていた上の子もむにゃむにゃと目を擦って辺りを見る。


眼下に大平原が広がり、真下に大河が流れている。その流れは大きく左廻りに蛇行した後、北西に進路を変え、水平線の向こう側まで流れていた。


「すごーい!」

「きれー!」


一方、おっさんは顔を曇らせた。

確かに事前打ち合わせの通り、天候良好。積雲の発生状態も良し。

各所の吹き流しや狼煙を見ても「昇り風」は、滑空台に対して、まっすぐな向い風の状態で吹き入っており、風向、風量も安定し、教科書通りの左廻りの螺旋を描き、上空の風に流されることもなく、ほぼ真っすぐに一本柱ができている。

しかし上空の混雑ぶりはどうだ。

上昇していく隊が沢山いて「押し合い圧し合い」で、右廻り旋回を保持できていない隊も多い。いつ接触事故が起きても不思議がない。


「これから、どこに向かって飛んでいくの?」と上の子が聞く。

「…真下を流れる大河に沿う形で、北に向かって行くんだよ」


「あのみえなくなってる、むこうまでとんでくの?」と下の子は円弧を描く水平線を見て興奮している。

「…そうだよ! 今日はそこまで飛べるといいね!」


そしておっさんは、最初にあの綿雲の下を飛んで、次はあの綿雲の下を、その次はあそこに雲が現われるからその下をと、渡って行く雲の順番を指して教えた。

そんな事をしている最中にも、上空からは急旋回を行う羽ばたく音と共に、「危ない!」「邪魔だ!」「どけっ!」等の怒号が聞こえてくる。

おっさんは物凄く不安になった。


渡り廊下から引き返し、何とか滑空場前の待合広場まで戻ると、仮免君の一同がもう集められてた。

チラ見すると、竜の子は、赤い子を筆頭にして、青い子、黒い子、黄色い子、茶色の子、緑の子、白い子、紫の子と色取り取りだ。

主任さんが竜の子達に体遊びの体で装具の最終確認をしている。仮免君は顔面蒼白のまま、何度も航路図や天気図と睨めっこしている。


下の子や上の子が赤い子に手を振って挨拶しようとするが、おっさんは止めさせた。

こちらも余裕はない。仮免君に気付かれて頼られるとまずい。

おっさんは最終の待ち合わせで点呼すると、幸いなのか不幸なのか、3名程まだ来ていない。これを理由に出発時間を遅らせる。

出発間隔は、今現在は約5分間隔ととても短い。診療に90分位はかかると見込んで、待ち合わせ最後尾の隊長に、出発順の入れ替えの話を持ち出すと快諾してくれた。

これで順番的には、仮免君の方が早く出発する。その意味でもおっさんは少し安心した。

皆さんに、15分前までには戻る様に指示を出し、一旦解散する。


滑空台を見ると仮免君の竜の子の隊が次の出発だ。

心の中で彼らの渡航の無事を少しだけ祈り、おっさん達が医務室に向かおうとした時、恐れていた事が起きた。


滑空台から少し離れた上空で悲鳴が上がり、空中でバチン!という大きな衝突音がした。

直前に離陸した隊の1名が、昇り風を掴み損ねて失速した別の隊と衝突し、そのまま滑空台に滑り込んできた。

そして、脇で待機していた竜の子達に向かって、すっ飛んでいく行く。その直前に主任さんが翼を広げて竜の子達を庇った。

絡み合った状態で2名が突っ込んできた。ズドン!という大きな音と共に、何かが折れて、何かが砕ける音がした。


おっさんは隊長職として身に付いた保護義務からすぐに駆け付けたが後悔した。


衝突した方、された方のどちらかは、首があらぬ方向に向き、頭が砕けて中身がぶちまけられている。血生臭い。

主任さんは、衝突してきた塊の下敷きになっている。広げた翼はズタボロだ。もう飛べまい。

すぐに我に返り「子供達は? 子供達は大丈夫ですか?」と繰り返し呟く。

庇われた竜の子達は茫然自失しているが、大した怪我はなさそうだ。誰かが泣き出すと伝染して全員が泣き出した。


おっさんは、慌てて自分の翼を広げてその後ろに子供達を隠した。

これを直視させるのは教育上よくない。このまま傍観するのもよくない。黙って立ち去るのもよくない。

後ろで子供達が「見せて! 見せて!」と騒ぐが強引に押さえつける。


その声に主任さんが気が付いた。おっさんと目があった。血塗れの手を弱々しくおっさんに差し出す。


「子供達はっ? 子供達に怪我はありませんか?」

「…安心して下さい! 子供達は無事ですよ!」


おっさんは、後ろで騒ぐ子供達を背中と翼で押し付けて抑えながら、手順書通りの所作で穏やかに笑い、その手を握った。

看護士が駆け付けてくる足音がする。


「…もうすぐ看護士さんが来ますよ!」


おっさんはそう言い残すと、後ろからの上の子と下の子を拾い上げ、医務室に駆け込んだ。

ちょうど、おっさんの順番が巡ってきた所だった。


先生に急いでいる素振りを出さずに、下の子が小鬼の毒針が刺された事を手短に話し、応急措置した場所を見せた所で、外が騒がしくなった。

先生は、患部が熱を持っていない事を確認し、念のために化膿止めと痛み止めの丸薬を処方した所で、急患対応に切り替わった。


ギリギリ間に合った。


あの絡み合った塊と、主任さんが連れ込まれてくる。


「私は、飛ばなくちゃいけないの!」主任さんが半狂乱になって叫んでいる。

「痛み止めを下さい! 一番強力なヤツを下さい! 私、これから飛ぶんです!!」数名で押さえ付けているが暴れて手が付けられない。


医者が体の大きなおっさんに依頼する。

「援助要請! 保定にご協力頂けますか?」

看護士さんに子供達を預けて、おっさんは、主任さんの保定にかかった。


主任さんと再び目が合う。その瞳は何かを思い出したようだ。「賢者さん! 貴方、大賢者さんよね!」


おっさんは顔を歪めた。確かにそう自分で豪語していた昔がある。今となっては過去の事。大賢者様なんてどこにもいない。


「そうなのね! やっぱり貴方、賢者さんなのね!」主任さんは嬉々として喋り出した。

「賢者様、お願いします! 私に代わって一緒に飛んで! お願いします!」主任さんは続ける。

「私、貴方を恨んでたわ! あの時に私は子供と夫を亡くした!」まだまだ喋る。

「でも、ようやく今になって、分かったの! あの時は仕方がなかったんだって!」まだまだ喋る。

「ねぇ、お願い! あの子達は本当に飛べないの! 私が付いてないとダメなの! 付きっ切りで補助してあげないとすぐに失速して墜落するわ!」まだまだ喋る。


おっさんは苦し気な顔で首を横に振った。主任さんは怒り狂った。


「何よ! 岩山だって、飛ばす事ができるって言ってたじゃない!」


この世界にそんな魔法の類は一切無い。


「この患者さんに鎮静剤を直接噴霧します! 皆さん、息を30秒程止めてください!」医者が言った。

「止めて! ねぇお願い! 私! 飛ばなくちゃいけないの!!」主任さんは暴れる。


医者は、鎮静剤を口に含むと両手で主任さんの顔を挟んで押さえ、その鼻口に鎮静剤を直接吹きかけた。

やがて主任さんは静かになった。


「保定にご協力頂き、ありがとうございました。この方とはお知り合いですか?」

「…いいえ、初見です。興奮して錯乱されていたのでしょう」

「そうですよね」


そこに、この事故の報告を受けた港長と副港長がやってきた。

色々な場所で、色々な役付きと、色々な立ち話をしてきたのだろう。色々な物事の整理が進み、港長の顔は心なしかスッキリとしている。

事故の詳細の報告を受けるとみるみる表情が険しくなる。


港長は辺りを見回し、隊長兜を装着しているおっさんを見つけると口を開いた。

「港長命令! 御隊に引率の御協力を……」


「…否認します! 申し訳ありませんが協力できません」おっさんは即座に拒否した。

「…超過編成気味で単独引率なんですよ」編成表を見せて理由を説明する。


出国審査は済んでいる。法規上では飛んでいるのと同じ。港長と対等の身分だ。

港長の目はすぐさまこの場にいる地上職員を探す。そして赤い子を見送りにきていた検疫の係官を見つけた。

おっさんも遊具広場で一緒になったので顔を覚えている。


「君! 確か免許持ちだったよね?」

「私ですか?! ええ、確かに補助職の免許を持ってますが?」

「港長命令! この子達の引率をお願いしたい」


係官が憮然とするが港長命令だ。


「……了解しました! 引率に同伴します」


おっさんは顔には出さずに暗く嗤う。


 …普通だったら、即時渡航中止だろう? どれだけ厄介払いしたいんだ


滑空台に戻ると閉鎖されていない。

散らかった屑は片付けられ、衝突跡は防水布を被せ見えなくしただけ。血痕は綺麗に拭かれて、臭いを誤魔化す燻煙剤が焚かれている。

30分程、全離着陸が一時中止されたらしいが、今は再開され、何事も無かったかの様に、順次、各隊が離陸している。

つまりそういう事なのだ。


出発の順番が近づいている。おっさんは最終点呼を行い、数が揃っている事を確認する。

合わせて自分の装備を爪差し最終確認をする。


 隊長兜の顎紐の緩み無し - ヨシ!

 隊旗の翼幕の装着    - ヨシ!

 昇降笛の両翼端の装着  - ヨシ!

 失速警笛の両翼の装着  - ヨシ!

 荷物のベルトの緩み無し - ヨシ!

 角笛の装着       - ヨシ!

 背面確認鏡の装着    - ヨシ!

 救難信号発煙筒の装着  - ヨシ!

 緊急落下傘の装着    - ヨシ!


その様子を見て、子供達が燥ぐ。


 「うわぁ、たいちょー! かっこいい!」


満更でもない。抱っこ紐で首元に上の子を、頭上に下の子を固定して乗せる。

重心を確認して、さぁ管制官とやり取りしようと低い地声を出そうとすると、隣隊の隊長から無駄に体力を消耗するだけだと止められた。


「今日は、管制は全く機能してないぜ」と信号器を指す。


信号表示は『注意して離陸せよ』という意味の黄表示だ。


「朝一番からあの表示のままで、事故った時もあのままだったよ。ようやく確認が取れたと思ったら『御隊のタイミングで離陸願います』だとよ!」


よく話をすると同じ様な超過編成気味の隊長と副隊長の2名体制だ。上空までの誘導を相互に補助し合おうと話を持ち掛けると向こうも喜んで乗ってきた。


「離陸時の第一声はどうしてる?」と隣隊の隊長が聞いてきた。「俺はいつも悪態を叫ぶ事にしているんだ。到着までずっとニコニコしてなきゃいけないだろ? いいストレス発散になるぜ?」

そして被引率者の皆さんを向いて「離陸時に悪いモノ全部言葉に出して捨てていくと事故に遭わないゲン担ぎがある」等と適当に理由を説明して、悪態を叫ぶ事を勧める。


いい考えだ。おっさんも真似させて貰おうと決め、同じ様に自分の隊の皆さんに説明した。


「じゃぁ、先に飛んでるぜ! ……それでは、皆さん、参りましょう!」と隣隊の隊長は飛び立つ。

そして「俺だって、お前の事、色々手伝ってるじゃないか! 細かい事でいちいち文句を言うな~~っ!!」と叫んだ。


隣隊の一行が何事かを叫びながら次々と飛び立っていく。


次はおっさんの隊の番だ。おっさんは滑空台の先端まで進んで信号表示を確かめる。

信号表示はやはり黄表示のままだ。


 …さて、何を叫ぼうか


思えば、今頃はもっと上手くやってる筈だった。旅券をちょろまかし、単独枠で入隊し、今頃はとっくに空の上で、もしかしたら最初の中継地に到着していたかも知れない。

そうやって本国まで飛んで行って、モグリの運び屋でもやって日銭を稼ぎ、この子達を食わしていく算段だった。


そしたらどうだ? 港では即身バレし、半ば脅される様な恰好で隊長職に復職し、本国までの引率を強引に任されてしまった。

しかしそれは、子供達のためにおっさんが自分で決めてやった事だ。


子供達は、ピタっと体をおっさんにくっ付けている。

上の子はおっさんの首元に、下の子はおっさんの頭上に。それぞれの温もりが伝わってくる。

息をして膨らむ胸やお腹の形が分かる。コトコトと心音が伝わってくる。

これからの空の旅に緊張していると同時に「たいちょー」であるおっさんを100%信頼し全身全霊で身を委ねている事が分かる。


 …この子達がいなければ、こんなバカな事をしでかすつもりなんてなかった

 …この子達がいなければ、自暴自棄になって、とっくの昔にどこぞで野垂れ死にしていただろう


色々想いを巡らしていると、首元にいる上の子が話しかけてきた。


「たいちょー、僕たちがかわりに叫んでもいい?」

「…え? それは別に構わないが……」


すると、上の子も頭の上までよじ登ってきた。

下の子は右耳に、上の子は左耳の傍に顔を寄せる。

「えへへ……」下の子が笑う。


信号表示は依然として黄表示のままだ。青表示にも、赤表示にも決して変わらない。

おっさんは経験と勘と度胸でタイミングを見極めると、「…では皆さん! 行きますよー!」と声かけをして飛び立った。

子供達が両耳元で叫んだ。


「せーの、 たいちょー! だいすき!!」


心の中に温かい気持ちが広がる。

先程から浮かんでは消える薄暗い感情と混じり合い、おっさんの顔はぐちゃぐちゃになった。


「…たいちょーも、大好きだよ!!」とおっさんも返した。


翼は昇り風を力強く掴んで一杯に張ると、おっさんの体と心を上へ上へと引っ張り上げた。

下後方から、皆さんの笑い声が追いかけてくる。


 …何てこったい! こんな筈じゃなかった!!


おっさんは泣きたくなった。


こうして、おっさんが率いる一行は、本国に向けて飛び立った。

まだまだ不慣れですので再投稿が多々あるかもしれませんが、ご容赦を。

誤字脱字などのご指摘もよろしくお願いいたします。


毎回のお願い恐縮ですが、☆マークを沢山つけて頂けると元気百万倍になります。

また本当にたった一言だけでいいですので感想を書いて頂けるとこちらでも元気百万倍になります。

ブックマークも大好物ですので、コチラもよろしくお願いいたします。

m(_ _)m



さて、次のお話は…


「ワイ、おっさん、子供が自分の毒舌を真似して咽び泣く」


…です。

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