ワイ、おっさん、子供におもらしされて咽び泣く
「隣の国が攻めてくる」
昔はそれなりだったおっさん。昔、事故を起こして悪役を被り、免許剥奪されて止む無く離職追放。
その時に拾った竜の子供と辺境でのんびりスローライフな日常をと決め込んでいたが、そんな噂に踊らされ、慌てて本国に帰国するため、子連れで港町にやってきました。
おっさんは半ば強引に現役復帰させられ、何とか隊の編成までこぎつけましたが、子供におもらしされる羽目になるという、色々ざまぁな展開で泣きたくなります。
あの迷子の子は、小鬼の騒動の後、主任さんに手を引かれ、預かり所まで連れて行かれた。
「それにしても、本当に臭いわね!」煙を翼で払いながら言う。
おっさんが聞いたら涙目ものだ。
名前や年齢、はぐれた場所等を聞かれた後、爪に日付の入った輪っかが取り付けられる。
預かり所には先客が沢山いて、大声で泣いている子、涙ぐんでいる子、黙りこくって俯いている子、蹲って不貞寝をしている子、色々いた。
確かに悲しいけれど、同じような子がいるので、なぜか安心してしまい、涙は引っ込んでしまった。
「泣かないの? 偉いわね。すぐに、お父さんとお母さんが来るから、少しここで遊んでいてね」
すぐに主任さんはどこかに行ってしまう。
そこに、さっきの赤い子が待ち構えていた。
「何だい、お前も『竜の子』なのかよ?」
「 どらごんのこ ってなに?」
「誰も迎えに来てくれない子の事をいうのさ」
「ぼくは、すぐに、おとうさん、おかあさんがきてくれるから」
「ふーん、そうなのか。だから、お前、泣いてないんだな」すると赤い子は謝った。「さっきは悪かったな! 頭痛薬が欲しいんだって?」
「うん」
「ついて来いよ」
赤い子は、迷子の子と一緒に、預かり所から抜け出て遊具広場の滑り台まで案内する。
辿り着くまで、様々な港の設備を模した遊具が置いてある。
燻煙通路風のトンネルを抜けた先には、出国審査場を模した遊具が置いてあり、本物さながら出国審査のごっこ遊びが行われていた。
翼長体重計を模した独り乗りシーソーの遊具があり、子供が係官役をしている。
「つばさのおーきさにたいして たいじゅーちょーかです! にもつをへらしてください!」
その次には、重心計を模したバランス遊具があって、別の子供が係官役として脇に立っている。
「だめですよ! じゅーしんばらんすを かくにんしてください! そうでないと、ついらくしますよ!」
最後にスタンプ台があり、別の子が手の甲にペタンとスタンプを押す。旅券に出国の刻印をする替わりだ。
「いってらっしゃい!」
赤い子は、独りシーソーを余裕で通過し、バランス台を片肢でクリアして、滑り台に立った。
迷子の子も何とかこなして、赤い子の後ろに続く。
「ねぇ、ここからどこにいくの?」
「まぁ、見てろ!」
信号器の表示が「滑空可」に変わると、赤い子は飛び立ち、遊具広場を超え、検査場も超え、子供用燻煙通路の入口まで、ぴゅーっと滑空していった。
遊具広場の外には飛んで行ってはいけない筈だが、赤い子には誰も注意をしない。
赤い子が向こう側から手を振る。「おーい! ここまで、来れるかい?!」
迷子の子は、赤い子を目掛けて、無我夢中で飛び立った。目の前の景色がびゅんびゅん変わる。
検査場手前で失速しかけたが、燻煙に熱せられた空気を翼が自然と拾い、ふわりを高度を持ち直し、弧を描く様して、赤い子の傍に降り立った。
心臓がバクバクする。こんな狭くて長い距離を、独りで滑空して成功したのは初めてだ。
「お前。なかなかやるな!」
こんなに褒められるのも初めてだ。嬉しくて顔が紅潮する。
燻煙通路の脇に別の入口がある。赤い子と一緒にこっそり入ると医務室の裏側に辿り着いた。
赤い子は戸棚をがさごそ漁る。やがて一つの丸薬を見つけて、迷子の子に手渡した。
「おかあさん」がいつも飲んでいる丸薬にそっくりだった。これだ。これで「おかあさん」の機嫌が良くなる。
元の場所に出ると、保育士さんが待ち構えていた。
……叱られる!
迷子の子は思わず身構えた。
「ダメじゃないか。ここには触っちゃいけないものが沢山あるから、子供だけでは来ちゃいけないよ」
保育士さんは、それだけ言うと「さ。戻ろう」と言って、迷子の子に優しく手を差し出した。
迷子の子は、ほっと安心して一息つくと、その手を取る。すっぽり包まれて暖かい。
そこに赤い子が寄って来た。
「楽しいだろ?」
「え?」
「お前、本当は、迎えに来て欲しくないだろ?」
自分でも気づいていなかった事をズバリと言われて、迷子の子はドキリとした。
いちいち、おとうさんとおかあさんの大声にビクビクしなくてもいい。
おとうさんやおかあさんが不機嫌にならないように、色々、工夫しなくてもいい。
おかあさんが具合悪い時に、何んにもできないけど、少しでも何かできないかを一生懸命考えなくていい。
ここなら、ずっと遊んでいられる。
優しい保育士さんがたくさんいる。
預かり所が見えてくると、聞き慣れた不機嫌な声が聞こえてきた。おとうさんの声だ。
「よかったね! おとうさん、おかあさんが迎えに来ているよ」保育士さんが言った。
迷子の子の瞳から自然にポロポロと涙が出てきた。嬉しいからなのか、悲しいからなのかよく分からない。
おとうさんは、預かり所の担当を散々怒鳴り散らした後、迷子の子を引き取った。
おかあさんも、相変わらず不機嫌で、妹をぎゅっと抱きしめている。
「……全く、おかげで出発が遅れちまう!」
家族は慌ただしく出国審査場に向かって行く。
「おかあさん……これ」と迷子だった兄の子は頭痛薬を不安げに差し出した。
「こんな薄汚いモノ! 一体どれだけ心配をかけたと思っているの!」
母親はその頭痛薬を一瞥しただけで払いのけた。
頭痛薬の丸薬は、ころころと道端を転がり、埃塗れになった。
「お前、俺の弟になれよ。そしてここで一緒に暮らそう。待ってるぜ」
別れ際に赤い子が耳元で囁いた言葉を思い出した。
その頃、おっさんは、ヤキモキしていた。
医務室の順番が中々進まないのだ。
皆さんとの初回顔合わせの後に医務室に顔を出し、事前の身体検査を行った後にまた顔を出した。
それでも進まない。
出国審査場を超えても医務室に行ける事を確認して、出国審査を受ける。
滑空台の割当番号が決まると、もういよいよ出発だ。
出発時刻を遅らせようかどうか迷っていると、下の子がモジモジし出した。
「おしっこしたい」
滑空場の付近は便所が少なく、どこに行っても行列だ。
どうしよう、どうしようと悩んでいると、例の赤い子が遊びに飛んできた。
赤い子は竜の子だ。つまり誰よりもこの港に詳しい筈。
おっさんは、ひょいと飛んでいる赤い子を掴まえた。赤い子はバタバタ羽ばたいて暴れる。
「この誘拐犯!」
「…黙れ小僧! さっきの騒ぎでは、お前の事をチクらなかったんだぞ!」
赤い子は黙る。
「…教えてくれ。ここら辺で、空いている便所はあるのか?」
「ないよ。出国審査場の前まで戻らなきゃ」
「…質問を変えよう。お前がココでおしっこしたくなったら何処でする?」
「便所だよ」赤い子は便所の行列を指した。
「…今からでも言いつけるぞ!」
「分かったよ。いい場所があるんだ。教えてあげる」
下の子を兜の上に乗せ、コクリコクリと居眠りをしている上の子を片腕で抱えた。
赤い子に連れられて、裏にある港職員専用通路に入り、職員用便所案内された。
少々狭くて汚いが背に腹は代えられない。
あと少しという所で、兜の上から、生暖かい液体が滴り落ちてきた。
「……ごめんなさい……」下の子が涙声で言う。
「…気にするな。たいちょーも小さい時によくやったもんだ」と慰める。
赤い子に、おもらしの後始末ができる、広くて目立たない場所として、すぐ隣の物置の様な会議室の様な部屋に入れて貰った。
部屋の隅に移動し、居眠りしている上の子を横たえ、下の子を降ろして、おもらしの後始末を始める。
すると外から、ドヤドヤと数名の一団が入ってきた。港長に副港長、部長連中に混じって、預かり所の主任さんに、何とあの若い仮免許の隊長君がいる。
皆、港長にペコペコしている。「どーも、どーも」と立ち話という名の密談が始まった。
「皆さん、72時間後にこちらも閉鎖となりますが、懸案となっていました、竜の子の扱いについて方針が決まりましたので報告します」
碌でもない話だ。
聞きたくない話だが、聞こえてくるものは仕方がない。
部屋の隅におっさん達がいるのが、分かっているのか、分かっていないのか。
結構な物音を立てているのに、全く無視される。余程、切羽詰まっているとも云える。
「ありがたい事に、こちらの方が、本国まで引率してくれるそうです! ご紹介します!」
仮免許君が紹介され、渡航の抱負を言わされる。
発せられる前向きな言葉に対して、その顔は蒼白だ。
竜の子、つまり誰も引き取り手のいない、生き別れの子や、迷子や、遭難事故の生き残りの子は、港から余り外に出た事はない。つまり余り上手に飛べない。
副隊長としてベテランの主任さんが1名付くらしいが、それでもおっさんには次の文言が簡単に思い浮んでしまう。
『港としては、ちゃんと本国まで帰国させようと努力しました。でも運悪く遭難してしまいました。全く残念な事です』
これは多分、おっさんの心が薄汚れているからだろう。
帰国限定の仮旅券の発行等、準備ができ次第、早々に出発する事が決まって、解散となった。
誰が決めてもこうなるのだろうが、久しぶりに胸糞が悪い。
『10隊を遭難させて生還し、尻ぬぐいもできて、やっと一丁前』
おっさんは、この業界で密やかに謂われている嗤うしかない冗談を思い出した。
一方、赤い子は、外の世界に出られると分かって興奮している。
ふと気になって、おっさんは赤い子に聞いてみた。
「…突然、変な事を聞くようで済まないが、虹ってどんな形だっけ……?」
「何言ってるのおっさん、そんなの『まん丸』に決まってるじゃないか! 馬鹿じゃないの? バイバイ!」
赤い子はそう言うと預かり所まで飛んで戻って行った。
おっさんは泣きたくなった。
まだまだ不慣れですので再投稿が多々あるかもしれませんが、ご容赦を。
誤字脱字などのご指摘もよろしくお願いいたします。
毎回のお願い恐縮ですが、☆マークを沢山つけて頂けると元気百万倍になります。
また本当にたった一言だけでいいですので感想を書いて頂けるとこちらでも元気百万倍になります。
ブックマークも大好物ですので、コチラもよろしくお願いいたします。
m(_ _)m
さて、次のお話は…
「ワイ、おっさん、やっと港を出発するが咽び泣く」
…です。