ワイ、おっさん、子供に黙って遊びに行かれて咽び泣く
「隣の国が攻めてくる」
昔はそれなりだったおっさん。昔、事故を起こして悪役を被り免許剥奪され止む無く離職追放。
その時に拾った竜の子供と辺境でのんびりスローライフな日常をと決め込んでいたが、そんな噂に踊らされ、慌てて本国に帰国するため、子連れで港町にやってきました。
半ば強引に現役復帰させられ、打合せでは帰路は無理ゲーだと分かって凹んで戻ってくると、子供達に黙って遊びに行かれ、色々ざまぁな展開で泣きたくなります。
「安心しろ! 安全だ! 順調だ! 全て良好だ!!」
港長は一通りの所作を終えると、さっと会場に戻っていった。
ややあって、おっさんはのっそりと便所から出て来た。酷い顔だ。泣き明かし、腫れぼったい。
誰にも信じて貰えない、知りたかったが知りたくなかった情報が満載でお腹が一杯だ。
打合せ会場に戻るが満席で入るに入れない。
打合せは各係官による詳細説明も終わり、港長による〆の挨拶に移っていた。
一方、相方と落ち合い損ねた連中が出口の両脇に並んで列を作っている。打合せが終わって出て来た所で、呼びかけて相方と落ち合うためだ。
大きな港ならではの光景だが、今日の列は本当に長い。それに何故か皆殺気立っている。
おっさんも慌てて同じように列に並んだ。そういえば、と思い出し編成表をあらためて確認する。
隊長以下、役付きの欄が全て空白だった。つまり各員で現地調達。
おっさんは頭を抱えた。偉くなったあいつが、さっきモチャモチャと説明していたのはこの事だったのか。
確かに昨日今日の大混雑を捌くにはこれしかないが、これでは事故率が上がる。どうりでさっきも今も皆、殺気立っている訳だ。
打合せが終わって、次々と編成表を掲げた各隊が出てくる。
おっさんも必死に声掛けをする。幾つかの隊からお声が掛かったが、免許証も旅券も再発行中で手元に無いのが痛かった。編成を断られる。
隊列が途切れると、その場に居残ってしまった連中で、自然と編成会議が始まる。
おっさんは、免許証も旅券も未所持な事が自然と知れてしまっていて、話の輪の中に積極的に入れなかった。
結果、その場には、おっさんと、おっさんが便所に駆け込む時に前に必死で板書を取っていた若い奴の2名だけが残った。
そろそろ午後の回に参加する役付き連中が会場に集まって来ている。2回戦目に挑戦しても、多分同じ結果になるだろう。
若い奴と目が合った途端、開口一番「無旅券、無免許の奴とは組めないね」
2回戦目を狙うのだろう。このまま居座るつもりらしい。
「…すみません。現在、再発行中なものでして」おっさんは下手に出た。「もしも仮に私と編成するのなら、隊長はどうします?」
「僕がやるに決まってるじゃないか」
「…許容します」
「おじさん、言い方が古いね。今時は『はい』は『許容』じゃなくって『了解』ですよ?」
「…了解しました。ところで、離昇時の陣形や役割分担はどんな感じにしますか?」隊長の好みや得手不得手で分かれるのでとても大切な点だ。
「へ? そのまま昇っていけばいいんじゃないの?」
ちなみに今時は『離昇』ではなく『離陸』だと訂正された。
用語云々は兎も角、何やら話が噛み合わない。何かが根本的に間違っている様な気がする。
まさかと思って、おっさんは育児相談の雑談の体で、子供でも分かる筈の常識を聞いてみた。
〈第1問 白い綿雲の下には、どんな風が吹いていますか?〉
「…時々、積雲の下で吹く気流の向きとか咄嗟に答えられないんですよ」
「気流? 普通に風が吹いているだけじゃないんですか?」
何だか悪い予感がする。気のせいだといいが。
〈第2問 南の国では天気はどの方角から変わりますか?〉
「…今時分、この港の近辺の天候ってどちらの方角から変わるんでしたっけ?」
「西天気です。西から東ですよね?」
「…まぁそうなんですけど、この港より南の場所も、天気はいつも西から東へと変わっていく西天気でよかったでしたっけ?」
「当たり前じゃないですか」
どうやら悪い予感が当たりそうな気がする。
〈第3問 虹はどんな形ですか?〉
最終問題だ。
「…変な事を聞くようで申し訳ありませんが、虹ってどんな形でしたっけ? たまに分からなくなるんですよ」
「半円に決まってるじゃないですか。何を言ってるんですか?」憐れんだ声で答えられた。
…コイツと組んだら、絶対に事故る!!
被引率者の皆さんとの集合時間が迫っている。
単独引率で渡航する腹を括り、踵を返して受付に戻った。
受付は、更に混雑していた。
顔を探すと、部門長自らも、この大混雑を捌くため、受付に出て受付業務をしている。
「先生、落ち合えましたか?」
「…全く! お蔭様で単独引率だ! 事故率が上がるぞ!」
「先生でしたら大丈夫でしょう? それに、この港に留まるより全然マシなんですよ?」とサラリと言う。
再び奥に通されると、新しい臨時免許証と、子供達を含めた3名分の仮旅券、そして捨てられなかった失効免許証が机の上に並んでいた。
おっさんは、手早く記載内容を確認すると、自分の臨時免許証と仮旅券の氏名欄を見て驚いた。
売れてる自分の長ったらしい悪名ではなく、それを縮めた俗名になっている。
「…本当にいいのか?」
「名前ですか? それは私が呼んでた先生の名前ですよね? それに仮発行ですし」
「…本当に本当に、何から何まで申し訳ない」
「あのときは、本当にお世話になりましたから、気にしないで下さい、先生」
次に、おっさんは子供達の分の仮旅券を確認する。と顔が強張る。
「ところで先生、あの子たちは、先生の名前を知らないとか?」そんな顔を窘める様に言う。
「…これから先、俺と顔見知りだと知られたら、困った事になるからな」
「随分とせがまれましたよ」
「…だからといって、これは無いだろう? もしかしたらこの名前で一生通す事になるかも知れないんだぞ?」
「いえいえ、部屋中を飛び回って、とても大変に喜んでました」
上の子の旅券には、おっさんの名前の上半分が、
下の子の方には、下半分の名前が刻んである。
「そして先生、もう一つ、お知らせしなくてはいけない事があります……」
急に受付部門長の態度が変わった。
その悪情報は何となく分かる。ついさっきまで綺麗だったこの部屋が取っ散らかっている。そして嘘みたいに静かだ。
あれほど静かに勉強して待っていろと言ったのに。
「…あいつら、黙って遊びに行きやがったな!!」
おっさんは泣きたくなった。
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さて、次のお話は…
「ワイ、おっさん、子供が外で怪我して咽び泣く」
…です。