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ワイ、おっさん、これは無理ゲーだと分かって咽び泣く


「隣の国が攻めてくる」


昔はそれなりだったおっさん。昔、事故を起こして悪役を被り免許剥奪され止む無く離職追放。

その時に拾った竜の子供と辺境でのんびりスローライフな日常をと決め込んでいたが、そんな噂に踊らされ、慌てて本国に帰国するため、子連れで港町にやってきました。

半ば強引に現役復帰させられ、事前打合せで本国への帰路が「無理ゲー」だと分かり、色々ざまぁな展開で泣きたくなります。

「午前の最終回が始まってます。今入れば間に合います。打合せ後に戻ってきて下さい。新しい免許証と旅券をお渡ししますので」

「…ありがとう!」


おっさんは、子供達をその場に預け、編成表を持って、急いで事前打合せの会場に向かった。

大体の場所の見当はついている。向かうと会場はすぐに見つかった。というより分かった。


役付き連中が、会場に入りきらず、溢れ出ている。

入口付近で、係員が拡声器を持って何やら喚いている。

強引に首を突っ込む。まだまだどんどん入ってくる。後ろから押されて、会場に押し込まれた。

本来なら隊毎に役付きが集まって整然とした状態で打ち合わせをするのだが、芋洗い状態で、打合せも何もあったものではない。

各隊の役付き達が落ち合うためにお互いの名前を呼び合う怒号が飛び交う。

各隊に配られる配布物も(あったのだろうが)すでに無くなって、取り合いの小競り合いが所処で行われている。

すぐ前で若い奴が懸命に板書を取ろうとしていたが、もみくちゃになって全く板書になっていない。


 似ている。あの時に。


途端、おっさんの心臓が早鐘の様にバクバク鳴りだした。

やがて会場の壇上に港長が現れ一喝した。


「港長命令!! ご一同、黙れ!!」


港長の命令で、会場の役付き連中は皆一斉に黙った。


一呼吸おくと港長は「直れ!」と命令を解き「俺達が騒いでどうする! 皆が不安がるだろう!」そして「今朝時点で航路閉鎖情報、気象警報等の悪情報は一切無い!!」


堂々とした態度、ゆっくり明朗とした声、朗らかな笑顔。


「ですから、ご一同方々、ご安心頂きたい!」


安堵の空気が会場全体に広がっていく。

港長は、会場が落ち着いたのを見計らうと自信満々で堂々と概況説明を始めた。


一方でおっさんは体調の急激な変化に焦っていた。 

冷や汗がダラダラと額から滴り、手足がガクガク震える。胸が腸が何かに鷲掴みされた様にキリキリ痛む。


 そうだった、思い出した。あの時は、俺はあちらの側だった。

 あの時、俺は皆を安心させるために一芝居打ったんだ。

 似ている。あの時に。とてもよく似ている。


おっさんは隊長としてこの場で収集するべき最低限の情報を懸命に頭の中で整理した。


 一、各地の気象情報および、低中高層気象予想地図と今後の見解

 一、熱上昇風発生予想地図、地形特性による吹上げや吹下がり、風の分岐合流の発生状況

 一、各中継地点の場所は勿論、天気、設備、資材、混雑状況

 一、推奨航路例および迂回例、計画策定方針の当局見解


 …ダメだ


話が全く耳に入ってこない。頭が回らない。体が言う事を聞いてくれない。

諸々確認しなくてはいけない事は山程あるのに。

副隊長や先導、世話係などの相方も見つけなくちゃいけないのに。

何よりあの噂に関する情報を仕入れる必要があるのに。


 …ダメだ。早くここから離れないと


おっさんは、もがくように会場から抜け出すと近くの役付き専用の便所の一角に駆け込んだ。


糞壺の中に口を突っ込む。吐きたいのに吐き出せない。

涙鼻水涎を絞り出し、自分で自分の体を抱え込んで呼吸を整える。

数を数えろ。数を数えろ。数を数えろ。


ようやく息が整ってくると、隣に別の誰かが駆け込んできた。

げーげー吐く音がする。悪態が聞こえてくる。それは先ほど演説をぶちかました港長の声だった。


 そうだった。俺もそうだった。

 堂々とした態度、ゆっくり明朗とした声、朗らかな笑顔で、全て良好! 順調! だと演説した後、便所に駆け込んで上から下から全部吐き出した。

 そう。狭くて四角いこの中が唯一、素に戻れる場所だった。


おっさんの目から涙が止めどもなく出てくる。懐から紙を取り出して拭こうとするが上手くいかない。

小さく畳んであるからだ。

震える手で広げると、それは昨晩、子供達と一緒にやった自学自習の藁半紙だった。


 もんだい1) しろい わたぐもの したには どんな かぜが ふいていますか?

 こたえ) そよかぜ ←おしい。あたたかい のぼりかぜが ふいています


 もんだい2) みなみの くにでは てんきは どのほうがくから かわりますか?

 こたえ) おひさまが のぼる ほーこー ←あたり。よくできました


 もんだい3) にじの かたちは どんな かたちですか?

 こたえ) あなの あいた あげぱん ←あたり。こんど いっしょに たべようね


おっさんは、クスリと笑うと脱力してヘナヘナとその場に座り込んでしまった。

さっきまで苦しんでいた症状が嘘の様に収まっている。

藁半紙を繰り返し読み返し、息を落ち着けた。


 …もう大丈夫。俺は冷静でいられる。


港長の呪いの様な呟きが漏れ聞こえてくる。その声は先程のものとは全く違う。弱々しく震え、時折、嗚咽が混じる。よくよく聞けば、それは打ち合わせの読み上げ原稿の練習だった。知りたかった事が分かるかもしれない。おっさんは聞き耳を立てた。


一、各地点の気象情報および、低中高層気象予想地図と今後の見解

一、熱上昇風発生予想地図、地形特性による吹上げや吹下がり、風の分岐合流の発生状況


「……大気・気流は安定し、午後も定常的に昇り風が発生。夕凪前のお支え風も確実に発現する。過度な地形効果は無く、安心して渡航に臨んで頂きたい……」


「……これについては、今現在の西天気が48時間前後の荒天後、東天気となるが一切触れない事……」


一、各中継地点の天気、設備、資材、混雑状況


「……各中継地点の閉鎖情報は現時点では全く無く。各拠点共に、天気良好、資材に不足無し。只、各中継地点ともに、今朝から混雑しており、滞空にご協力頂きたい。なお昇り風が午後も安定的に発生するのでご活用頂きたい……」


「……これについては、どこの上空も満杯で、降りる処か、滞空なんてできっこない……が不安を煽らず軽く済ませる事……多分、今頃は、どこも資材切れの筈だ……でも俺は今朝時点の情報しか知らないのだから……」


一、推奨航路例および迂回例、計画策定方針の当局見解


「……推奨渡航は、新航路……代替航路は、旧航路……所謂、ポンコツ航路です……」


「……これについては所定時間内に本国に戻れる手段は新航路以外に無いので、それとなく誘導する事……」


「……ここで冗談を入れる事……一度、新航路から離脱する事と復帰するのは今回は特に難しいからな……ひたすら雲を伝って旧航路を抜けていく大変な旅となる……」


「……なお、排泄は原則、小鬼生息地域内で行って下さい……排泄禁止区間は本日は金字塔群から独眼鬼山麓までです……勿論、急を要する場合は、その限りではありません……」


「……今更、どこで糞しようが関係ないけどな……」


「……航路から外れた場合は、躊躇せず直ちに緊急事態を宣言して下さい……」


「……緊急事態宣言なんかしても誰も救援には来ないだろう……ここは定型的な周知で……絶対に悟られない事……」


「……最後に……あの噂を全力で否定する事……何も知らないし……何も知らされていない……72時間後にこの港も撤収なんて……全航路が原則封鎖なんて俺は知らない……安心しろ! 安全だ! 順調だ! 全て良好だ!!」


そして港長は、台詞の練習を終えると、狭い四角い部屋の中で、独り自分に喝を入れた。

鼻をかみ、口を濯ぐ音がする。一通りの所作を終えると、さっと会場に戻っていった。


 …なんてこったい! 俺の時より酷い話じゃないか!


おっさんは、また泣きたくなった。


多々修正が入るかもしれませんが、何卒ご容赦を。

誤字脱字のご指摘も歓迎いたします。


毎回のお願い恐縮ですが、☆マークを沢山つけて頂けると元気百万倍になります。

また本当にたった一言だけでいいですので感想を書いて頂けるとこちらでも元気百万倍になります。

ブックマークも大好物ですので、コチラもよろしくお願いいたします。

m(_ _)m



さて、次のお話は…


「ワイ、おっさん、子供に黙って遊びに行かれて咽び泣く」


…です。

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