ワイ、おっさん、親子の感動の再会に咽び泣く
「隣の国が攻めてくる」
昔はそれなりだったおっさん。昔、事故を起こして悪役を被り、免許剥奪されて止む無く離職。
その時に拾った竜の子供と辺境でのんびりスローライフな日常をと決め込むが、そんな噂に踊らされ、本国へ向けて出発します。
何とか出発できましたが、早々に救難信号を目撃してしまい、渋々救援に向かいます。
逆走する迷子の子を助けて、父親と引き合わせますが、色々ざまぁな展開で泣きたくなります。
「おっさん! 助けてよ!」
「…大丈夫さ! 上空でまた会おう!」
「違う! あの子だよ!」
赤い子は、あの迷子の子を指した。どんどん高度と距離が開いていく。あの子は下へ。下へ。
迂闊だった。頭に血が昇り、迷子の子の事を忘れていた。
おっさんは、迷子の子に狙いを定めると、赤い子と同じ要領で、上から急襲する。
今度は邪魔が入らず、上手く下から回り込む事ができた。
…間に合った!
背面飛行に移り、そっと抱きかかえる。まだ辛うじて高度はある。
迷子の子と目が合う。ここは明るく。優しく。
「…やぁ! さっきも会ったね! こんにちは!」
上の子も続けて挨拶する。一方、下の子は知りたがった。
「ねぇ、おとうさん、おかあさんとは いっしょじゃないの?」
迷子の子は声も無く急に怯えだした。
おっさんも疑問に感じたが、安心させる事を優先する。
「…大丈夫! 追い払ったから!」適当な言葉を並べて微笑んだ。
迷子の緊急落下傘を確認する。包みが一回り大きい。大きすぎる。
嫌な予感がしたが、このままでは墜ちる。儘よと落下傘のグリップを引いた。
ばふん!
落下傘が大きく開き、急制動がかかった。パラパラと塵屑が振ってくる。埃とカビの臭いが鼻を衝く。
傘の模様が見慣れてしまった緊急用ではない。これは。
…大型貨物用じゃないか! あのバカ親!
おっさん達も、一緒に上に持って行かれる。速い。
思わず顔が引き攣る。動揺を隠すのに必死になる。口角だけ無理矢理上げてみる。
「…今までよくがんばったね! 大丈夫だよ!」嘯く声は掠れてしまった。
傘口を絞って速度を下げたい。爪を剥がした手に痺れが残り力が入らない。手繰り寄せるが上手くいかない。四苦八苦しながら傘口を縛っている間に、赤い子の高度に追いついてしまう。
赤い子と、迷子の子は、歓声を上げて喜んだ。お互いに手を伸ばす。感動の再会だが、やってはいけない。思わず怒鳴る。
「…馬鹿野郎! 離れろ! 死にたいのか! こうなるぞ!」血濡れた片手を見せびらかす。
途端、双方、脅えて手を引っ込めた。丁寧に説明したいが時間が無い。ヨシとする。
傘口を調整する。大分絞った。おっさんがぶら下ると降下する様になった。ヨシとする。
漸くおっさんの顔が少し緩む。赤い子と迷子の子に、注意点を説明する。
この落下傘が、昇り風を受け止めてくれるから、絶対に綱を離さない事!
絡むといけないから、お友達と絶対に手を繋いだりしない事!
煙の上に出たら、黒い紐を引いて、落下傘を外す! 後は自由に飛んでいい!
また迷子の子には加えて、
傘口の結び目は絶対外さない!
でも、高さが下がってきたら、すぐに結び目を外す!
と言い含めた。
本当なら復唱させたい。時間が無いので表情だけで判断する。ヨシとした。
仮免君達の所に戻りたい。早くあのバカ親を連れて来なくては。
「…上空で会おう!」おっさんは顔を笑顔の形に歪めて手を振った。
「ばいばーい!」 「またねー!」子供達も手を振り挨拶する。
場が少し和んだ。
そして、おっさん達は、あっという間に離れて消えて行った。
一方、あの迷子の子の母親は、妹の子の言った言葉に戸惑っていた。
ふと見上げると、丁度上空に兄の子と赤い子が浮かんでいる。落下傘が開いているにも関わらず、昇っている。
暫く唖然としていたが、我に返った。何か間違った事をしてしまったのか。
よく分からない義務感から、今更ながら、取敢えず呼びかけた。
「おにいちゃん! 待ちなさい!」
兄の子の表情は再び固まった。
今度は、妹を背中に乗せた母親が並走飛行してきたのだ。
一体どこから湧いて出て来たのか。
「お父さんの所に戻りなさい!」母親は呼びかけた。
この状態では、到底戻れる筈も無いのだが、自覚はない。兄の子は俯き見向きもしない。無言だ。
「お父さんの所に戻りなさい!」母親は、親らしく振る舞うためだけに口だけを動かした。
「おかあさん! それなら、ぼくは、どうやったら、おとうさんの所に戻れるの? 教えてよ!」兄の子は落下傘を指して母親を睨んだ。
母親は暫く黙った後、「それ位、自分で考えなさい!」と返した。
兄の子は、堰を切った様に言を重ねる。
「ほら! おかあさんは、いつも、僕に『できないこと』をいう! そして、怒る! 怒りたいだけなんでしょう? いらないんでしょう? だったら、ほっといてよ!」
「親に向かって何て事言うの!」
親らしく振る舞う。そのためだけに怒っているフリをしている。図星を付かれて母親は顔色を変えた。
傍らで様子を見ていた赤い子に悪戯心が芽生えた。
少し驚かそう。落下傘を絡めてしまえ。先刻は大丈夫だったじゃないか。
慌てて体勢を立て直している隙に逃げよう。
「これは落下傘なんだ! 気持ちいい! 楽しい! すーい! すーい!」
赤い子は見せびらかす。妹の方は誘いに乗ってきた。
「おかあさん! あれ! やりたい!」
「止めなさい! 今、おにいちゃんと話をしているの!」
途端、妹の子が声を上げた。
「ねぇ! どうして、わたしをみてくれないの?! おにいちゃんは、いらないんでしょう?!」
母親の顔の前まで身をせり出してきた。相変わらず、逆光で表情は読めない。
そして、影の様に両手を伸ばしてきた。
母親の眼を塞いだ。全体重を乗せてくる。母親の重心が前寄りになる。
「ねぇ! わたし、『かわいそう』なんでしょう?!」
母親は振り解こうとするが、妹の子は抗う。
「止めて!」 「いや!」 「痛いわ! 止めて!」 「それなら、おかあさんもやめて!」
前傾姿勢になる。堕ちていく。切る風の速さも増す。分かるが、それどころではない。
「ねぇ! わたし、おかあさんのもの、なんでしょう?」
「前が見えない!」
「ねぇ! だったら、おかあさんも、わたしのもので、いいでしょう?」
「お願い!」
「だって、わたし、『かわいそう』なんだから!」
母親は何とか妹の手を振り解く。気が付けば、白い石壁が眼の前に迫っている。
「嫌やぁぁっ!」
母親は、一気に首を上げた。急上昇して何とか激突を回避する。
束の間だった。ほぼ垂直になり、止まってしまった。
途端、一度、左右に大きく振れた。錐揉み状態になる。妹の子と一緒に、頭から真っすぐに墜ちていく。
母親は、緊急落下傘を開いた。大きく開き急制動がかかる。
もう一押しだ。赤い子は羨ましがった。
「いいなぁ。 大きいなぁ。 かっこいいなぁ!」
上から声をかける。妹の子は、やりたがった。
「私も! 私も!」
「その首の紐を引くと開くよ」
「これ?」
「そうさ!」
母親はこれから何が起こるか分かっていない。
妹の子がおとなしく云う事を聞いてくれるのならばと逆に手伝う。
ばふん!
妹の子の落下傘は開いてしまった。
先に開いた落下傘が、後に開いた落下傘を前に引きずる形で、前後に大きく分かれて開き、V字の様な形になる。
そして、ほぼ前後一直線に2つ落下傘が並び、両方の落下傘が同時に萎んだ。
すとんと高度が落ちる。その弾みで、再びそれぞれが開こうとするが、2つは複雑に絡み合い、開らけない。
もう風を受け止めるものは何も無い。そのまま真っすぐ墜ちていく。
昇降笛や失速警笛が出鱈目な短い旋律を奏でた後、鈍い低音が響き、地面が僅かに揺れた。
母娘は声をあげる間もなかった。
赤い子は驚いた。おっさんの言う通りだった。本当に堕ちてしまった。ピクリとも動かない。あっけない。まるで叩き潰された小鬼の様だ。
救護要員が駆け付けるのが見える。小鬼の死骸に群がる蟲の様にしか見えない。どんどん小さくなっていく。
下からの救護員の安否確認の呼び掛け声や、追加の要請を呼ぶ大声も、だんだん遠のいていく。
高度は約420m。白く輝く八角錐の港の建物より少し高く昇った辺りだ。
やっと落ち着いて辺りの景色を見渡せるようになる。
目の高さにある地平線が徐々にクッキリと青白く輝きだす。
下に広がる緑の大地の中で、大きく蛇行する大きな川の形がだんだん分かる様になる。
もうアイツ達らは豆粒だ。
「ざまぁみろ」兄の子の口からふと出てきた。
「そうさ! ざまぁみろだ!」赤い子も続けた。
兄の子は、はっとした。ざまぁみろ。ざまぁみろ。口の中で繰り返す。その言葉が全身に染み渡る。
ああ。やっといなくなったんだ。
焚き火にくべた生木に火が付く時の様に、ぶすぶすと激情が沸いて出て来た。
「ざまぁみろ!」 「ざまぁみろ!」 「ざまぁみろ!」 「ざまぁみろ!」
兄の子は繰り返した。赤い子も一緒に繰り返す。汚い言葉は、全て青空の中に吸い込まれ、消えた。
「これで、俺達、兄弟になったな!」赤い子は笑った。
「……うん!」兄の子は満面の笑顔だ。
更に高度が上がると途端、白煙柱が四散する煙雲の中に突入した。
赤い子と兄の子は同時に咳き込む。それも可笑しい。楽しい。
すると白い煙雲の中から、大きな黒い影が近寄ってきた。周りをゆっくり旋回している。
「…ああ、よかった! 君達! 来れたのか!」 おっさんだ。
落下傘を外すやり方をおっさんに確認する。もうそろそろ煙雲から抜け出る。
上の子、下の子が数を数えだした。
「…もう少しだぞ!」おっさんも数を数えだした。
赤い子、兄の子も声を合わせる。
「3! 2! 1! 出た!」
白煙が薄れ、視界が急に開けた。
空気が変わり、横風が強くなる。今まで聞こえて来た地上の物音がしなくなる。
すぐ傍で、おっさんが平行飛行している。上の子が首元から、下の子がおっさんの頭上から手を振った。
そして、その隣に別の誰かが飛んでいた。
目が合ってしまった。笑顔だが、その目は全く笑っていない。
「……おとうさん!?」兄の子は声を詰らせた。悲鳴に似た声だ。
感動の再会だ。おっさんは思わず泣きたくなった。
まだまだ不慣れですので再投稿が多々あるかもしれませんが、ご容赦を。
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m(_ _)m
さて、次のお話は…
「ワイ、おっさん、雷にビビッて咽び泣く」
…です。