ワイ、おっさん、一度に二兎を追おうとして咽び泣く
「隣の国が攻めてくる」
昔はそれなりだったおっさん。昔、事故を起こして悪役を被り、免許剥奪されて止む無く離職追放。
その時に拾った竜の子供と辺境でのんびりスローライフな日常をと決め込むが、そんな噂に踊らされ、慌てて本国に帰国しようとします。
何とか出発できましたが、早々に救難信号を目撃してしまい、渋々救援に向かいます。
信号を出したのは竜の子達を率いた仮免君でした。確認すると赤い子がいません。すると赤い子達が逆走して行きます。おっさんは一度に二兎を追って助けようとしますが、色々ざまぁな展開で泣きたくなります。
仮免君がやっと緊急事態を宣言した頃、兄の子は赤い子を探していた。
「赤っ! 赤っ!」兄の子は、高度を落としながら叫ぶ。「赤っ! 赤っ!」
その掛け声は、誰もいない遊具広場で赤い子と事前に話し合って決めたものだ。
しばらくすると下の方から呼びかける声が聞こえてきた。
「黒っ! 黒っ!」
赤い子だ。
お互いに自然と高度を合わせると、並走飛行の体勢になった。声を掛け合う。
「赤!」 「黒!」 「赤!」 「黒!」
声を掛け合う。それだけなのに、一心同体になった気がして楽しくなる。
どちらからともなく、笑い声を上げた。
「来たんだな」
「うん」
突然起こりだす父親、いつも不機嫌な母親、そして可哀想な妹。
今までは、何もできないのに、いつも誰かを心配しなければいけなかった。
これからは、そんなできない事をしなくてもいい。
「いつまでも一緒だぜ!」
「うん!」
兄の子は、生まれて初めて心の底から笑った。
身も心も翼も軽くなる。ただ笑う。それがこんなに楽しい。嬉しい。
「お兄ぃちゃーん! お父さんだよー!」遠くから声がする。
笑顔が一瞬で凍り付いた。
父親だ。急に胸がしめつけられる様に苦しくなる。あんなに優しいお父さんなのに。
すぐに見つかり、傍まで近寄ってきた。
「どうしたんだい? 急にいなくなるから、心配したよ?」
「ほら、お父さんの首に捕まりなさい!」
「ほら、無理は止めなさい! ほらほら、お父さんの首だよー!」
兄の子は何故かポロポロと涙を流し始めた。
赤い子は兄の子の父親を窘めた。
「止めろよ! 泣いているじゃないか!」
「俺は、この子の父親だ!」
「助けて下さい! 誘拐犯! 誘拐犯です! 俺達を誘拐しようとしてますー!」
「何だと?!」
そして、兄の子に声をかけた。
「無理して戻る事なんかないよ! 一緒に逃げよう!」
兄の子は更に涙を流し始めた。訳も無く嬉しい。嬉しくて涙が出てくる。初めてだ。
兄の子は頷いた。
赤い子は、その場で急旋回すると、左廻りの逆走飛行をする。
兄の子も追って、くるりと旋回すると、一緒に逆走飛行しだした。
「お前が、唆したのか!」
父親は激昂した。同じく旋回し、逆走して追いかける。
赤い子が先導する形で、昇ってくる他の竜を器用に避けて、縫うように飛ぶ。
兄の子も、赤い子の尾っぽを追いかけて飛ぶ。
「赤!」 「黒!」 「赤!」 「黒!」
お互いに声を掛け合い、位置を確認する。
前から、矢の様に、びゅんびゅんと他隊が飛んでくる。
「危ない!」 「どけ! 馬鹿野郎!」 「きゃあ!」 「脇に避けなさい!」
前から怒号も途切れる事無く飛んでくる。
そして後ろからは、あの父親のドスの効いた怒号が追いかけてくる。
「おい! 待て! 止まれ! 絞めるぞ!」
おっさん達も気が付いた。
おっさん達の上空を、赤い子と別の子が逆走飛行して、あっという間に後ろに消えて行く。
程なく、別の竜が馬事雑言を叫びながら、あの子達を追いかけ、同じく逆走飛行して行った。
どこかで見た顔だ。あの迷子の子とその父親だ。
…このままでは、皆、必ず誰かと衝突する!
おっさんは急いで地声で宣言した。
-…貴隊の緊急事態宣言を受信した! 当隊、只今から救助支援を行う!
これで形式上は整った。
「当隊って、あんた独りじゃないの!」
「ひどーい! ぼくがいるもん!」
「ぼくもだもーん!」
色々騒がしい。おっさんは係官に念のため確認する。
「…あの子達は、緊急落下傘は装備しているのか?」
係官は黙ってしまった。先程から確認した感じでは、竜の子達は十分な装備をしていない。
「…教えてくれ!」
おっさんは真剣だ。係官は苦しそうな表情で告白した。
「まちまちです。数が全く足りなかったんです。一応、練習用のオモチャ程度のものは……」
「…全翼、付けているんですね?」
「肯定します。その通りです」
係官は頷いた。おっさんは、口角を無理矢理に上げて笑ってみせる。
次は腹にくっ付いている誘導係のおばさんに声をかけた。
「…出番ですよ! 逆走飛行を止めて下さい!」
「そんなの無理よ! 追いつけないわ!」
「…追いつけなくても、地声で警告! あの手の輩は、役付きに滅法弱い!」
「そんな! 無茶苦茶でしょ!」
仮免君がおどおどと聞く。
「ぼ、僕等は、どうすればいいんですか?」
おっさんは口角を上げたまま説明する。
「…隊長殿と、副隊長殿は、全翼に緊急落下傘の強制放出をさせて下さい!」
「ひ、否認します! あの子達には、無理です」
おっさんは口角を下げた。途端、地獄の門番の様な表情に変わる。
「て、訂正します! 並走飛行で丁寧な声掛け指導で、放出を試みます!」
おっさんは再び口角を上げた。
「緊急落下傘を開いた後はどうするんですか?」係官が冷静に聞く。
…今すぐにでも、あの子達を追いかけたい!
おっさんは目元も強引に笑顔に歪め、段取りを手短に説明する。
上手くいけば、落下傘は昇り風を孕み、逆に上昇する。上限高度一杯で落下傘を外す。
その後は自由滑空させ、何とか編隊を組む。
上手くいかない場合は、避難地点に誘導して降ろす。
本当に上手くいかない場合は、無誘導で降ろし、その後は港側に任せる。
最悪の場合は、放置となる。
対応は、竜の子それぞれで違って構わない。
「了解しました」係官は強張った顔で応えた。
仮免君も真っ青だ。一応は腹に落ちたと判断する。
「たいちょー! 僕たちは?」
「…色々、これから少し怖い飛び方をする。しっかり捕まってしてくれ!」
上の子と下の子は、それぞれ自分の抱っこ紐の緩みを確認して締め直した。
「だいじょうぶだよ!」
「ゆるみなし、よし!」
おっさんは一度、外に向けて急降下した。速度を付けると宙返りをして反転し、逆走飛行の体勢に移る。
誘導係のおばさんも腹に張り付けたままだ。滅茶苦茶な叫び声をあげる。
逆走の左廻りでは、昇り風は追い風になり、一旦、風を摘かめば一気に高度を稼げる。
一方、混んでいる中では衝突の可能性がある。危険だ。
おっさんは、空いている中心部の煙に近付く。吸い上げも強くなる。チリチリと熱気も伝わってくる。
「止めて! 上昇煙に近づくなんて! 危険よ危険! 巻き込まれたら火傷する!」
おばさんは一々五月蠅い。つられて子供達も不安がって声を上げ出した。
それは分かっている。急いで昇るにはそれしかない。
1分も経たない内に120m程の高度を稼いだ。安全を確認しつつ前傾直進し外周に出る。
下を確認する。あの子達はすぐに見付かった。飛び交う怒号が聞こえてくる。
最初に見かけた時は一緒に飛んでいた。
先頭に赤い子、そのすぐ後ろに迷子の子、それを追う形で父親が飛んでいた筈だ。
今は散り散りになっている。
皆、前から飛んでくる竜達を避けるのに精一杯だ。追う追われる所か、風も掴めていない。
徐々に高度を下げている。
「追いついたわ! それでどうするの?!」
目算としては、狩りの要領で上から襲い掛かり、子供達を捕らえる。
その後、そのまま抱えながら、背面飛行に移行し、緊急落下傘を開いた後、そっと離れる。
なかなか無茶な算段だが、それしか思いつかない。やるしかない。
「違うわよ! 私よ! あの逆走飛行者をどうやって止めるの?!」
おっさんの腹の下から世迷言が聞こえてくる。
一瞬、考えてしまう。
その下では、父親が赤い子に向かって何かを投げ付けた。父親は歓声を上げた。当たったらしい。
赤い子はコマの様にくるくる廻りだした。途端、おっさんは激怒した。全身の血が沸騰する。
「…適切に、対応処置、願います…」腹の底から声を絞り出す。冷徹な声色におっさん自身も驚いた。
「え? どういう事?」おばさんは訳が分からない。
おっさんは翼を畳んだ。そして真っすぐ急降下した。
十分に速度が付いた所で、おばさんの肩を蹴って強引に引き剥がし、あの父親に投げ付けた。
おばさんは意味不明な声をあげた。
「そういう事なら、早く言ってよーー!」
「そこの逆走飛行者! 止まりなさーーい!」
「あと! 誰か私を止めてぇーーっ!」
それでも自分の仕事をしているのは立派だ。
反動を使って赤い子に狙いを定める。赤い子に辿り着くまであと数秒。
眼の前を別の誰かの翼が横切る。反射的に軌道を僅かに逸らす。おっさんは舌打ちした。
目算が外れた。抱きかかえるつもりだったが、それができない。
赤い子の首元から緊急落下傘のグリップも飛び出て廻っている。
咄嗟にグリップを掴もうとして片手を横に伸ばしたが後悔した。
回転する赤い子の脇を掠める。下に回り込むと同時にグリップがおっさんの手に絡み付く。
まずい。もうどうしようもない。このまま引っ張る。手応えがあった。
おっさんは、強引に反転し、背面飛行の姿勢に移った。
…さて今は、どんな状態だ?
赤い子の回転は止まり、緊急落下傘も開いている。
というより、おっさんが、落下傘の開いた赤い子を背面飛行で引っ張っている。
赤い子と目が合った。今にも泣きそうだ。おっさんは絡まっていない方の手を振って微笑む。
赤い子は憤怒の形相で捲し立てた。
「なんで、邪魔して割って入ったんだよ!」
「…こうなるからさ!」
おっさんは絡まった方の手を指して見せる。
赤い子は、泣きそうな顔を膨れさせてプイと顔を背けた。もうこの子は大丈夫。
風が翼をくすぐる。翼幕が細かくさざ波立つ。同時に失速警笛が詰った音色で、か細く鳴りだした。
「たいちょー! へんな音がするよ?」
上の子が首元から、おっさんの顔を仰ぎ見た。
音が変なのは背面飛行だからだ。明らかに墜落中だ。首を強引に地表に向けて倒す。
おっさんは余裕の笑顔で嘯く。口笛を吹きながら、綱が絡まった手を何度か振り回す。外れない。
おっさんは冷静に慌てた。仕方がない。絡まった手はそのままに、首の方を持っていき、齧り付く。
絡みついた縄を舌で舐め湿らせ、ガリガリ噛んで、爪先に寄せる。骨付き肉の軟骨を刮げ落す要領だ。
そこから先が上手くいかない。縄が固く締まり外れない。爪は鬱血し黒変していく。
幸い痺れて何も感じない。おっさんは自分の爪を喰い千切った。
と同時に口の中が爪で引っ掻き回される。血だらけだ。
慌ててペっと爪と絡んだ綱と血塊を一緒に吐き出した。
赤い子の落下傘は昇り風を受けて一杯に膨らみ、ふわりと昇りだした。
色々誤算も重なったが、一応は計算通りだ。
「おっさん! 助けてよ!」
「…大丈夫さ! 上空でまた会おう!」
「違う! あの子だよ!」
赤い子は、あの迷子の子を指した。どんどん高度と距離が開いていく。あの子は下へ。下へ。
…しまった!
迂闊だった。頭に血が昇り、迷子の子の事を忘れていた。
おっさんは泣きたくなった。
まだまだ不慣れですので再投稿が多々あるかもしれませんが、ご容赦を。
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m(_ _)m
さて、次のお話は…
「ワイ、おっさん、親子の感動の再会に咽び泣く」
…です。