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ワイ、おっさん、救難信号を見なかった事にしようとするも咽び泣く


「隣の国が攻めてくる」


昔はそれなりだったおっさん。昔、事故を起こして悪役を被り、免許剥奪されて止む無く離職追放。

その時に拾った竜の子供と辺境でのんびりスローライフな日常をと決め込むが、そんな噂に踊らされ、慌てて本国に帰国しようとします。やっと本国へ向けて出発できましたが、早々に救難信号を目撃してしまいます。ビビッて見なかった事にしようとしますが、色々ざまぁな展開で泣きたくなります。

おっさんが上空で大量の編隊を誘導していた頃、竜の子の一行は、今、正に滑空台から飛び立つ所だった。

仮免隊長と係官が何度も点呼を取るが、皆、お喋りをして点呼にならない。安全確認も不十分だ。騒がしい。


その隙を付いて、例の親子が無断離陸をしようとしていた。


滑空台の隅の先端で、父親と母親のそろぞれが翼を広げ、子供達を手招いた。

兄妹は揃って、まっすぐ父親の方へ駆けて行った。

妹が父親の方へ駆け寄って行くのを知って兄の子は必死になった。母親の元では「いらない子」となじられ居場所が無い。

妹も必死だった。今度こそは父親の元に行きたい。母親の元では「可哀想」と始終固く抱き締められ、息もできない。


妹の方が僅かに速い。兄は妹の後ろ姿を睨みつけた。


 おねがい、おとうさんのほうに、いかないで!!

 ぼくには、おとうさんしかいない!!


それでも妹の子は父親へ駆けていき、先に肢元に辿り着いた。

父親は、妹の子を選んだ。

母親はその様子を見て無表情に翼を畳んだ。

兄の子は、悲しくなって目に薄っすらと涙を浮かべた。

目の前に母親がいたが、兄の目には全く入っていなかった。無視して、全力で父親の後肢に駆け寄り、抱き付く。そして父親を見上げ、目で必死に訴えた。


 おねがい、おとうさん! ぼくをえらんで!

 おねがい、おとうさん! ぼく、おかあさんのところに行けない!

 いもうとは、おかあさんのところにいけるけど、

 ぼくは、おとうさんのところにしか行けない!


父親は困った顔をした。

両方はおぶって飛べない。何とか滑空はできるが、重すぎて離陸できない。

妹の子は父親の胸元で兄の子を見下ろしている。兄は涙目で睨み付けた。

妹の顔から満面の笑みが消えた。

妹の子は昏い顔をして、イヤイヤをしだした。

父親は、仕方なく妹の子を手放した。

兄の子は、自力で父親の首元までよじ登ると、その大きな首に抱きついた。

目をつむった。脈打つ音が聞こえる。お父さんの首って暖ったかい。

赤い子の誘いの言葉が胸に浮かぶ。


 「お前、いい翼してるよ」

 「すぐに雲まで飛べるようになるよ」

 「俺の弟になれよ」

 「一緒に飛ぼうぜ」


ごめん。ぼく、おとうさんをかなしませたくない。

ここがいい。ここでずっとこうしていたい。


 刺す様な視線を感じた。


兄の子は恐る恐る目を開け、視線の元を見た。

母親と妹がこちらを見ている。

妹は母親の後肢に抱きついて、兄と父親を恨む様な顔で睨み付けていた。

母親の顔は「それ見た事か」と殺気を込めて嗤っていた。

兄の子は、恐怖を感じ咄嗟に父親の首の後ろに隠れた。

母親は、さっと顔色を変えて、妹の子を抱き上げた。

妹はその母親の顔に脅えながらも、じっとこちらを睨み続ける。


竜の子の一行は、仮免隊長が先に離陸し、係官が滑空台から竜の子を一翼ずつ放り投げて、強引に離陸させている。


その騒動の中、そろりと父親が滑空台から飛び立った。ややあって無言で母親もそれに続く。

夫婦の間に事務的な会話も無くなった。


一方、仮免隊長は焦っていた。

殆どの竜の子が、昇り風を上手く掴めず、離陸直後から小さな翼で懸命に羽ばたいている。

為す術がなく「がんばれ、がんばれ」と発破をかける位しかできない。

港の外周は約6km。早晩、力尽きてしまう。

色々焦っていると、救難信号の発煙筒を間違って落としてしまった。閃光と共に紫煙が立ち上る。

仮免隊長が独りで更にパニックになっていると、副隊長の係官が仮免隊長に近づいてきて提言した。


「緊急事態を宣言して、子供達を避難地点まで誘導しましょう!」


丁度、その上空では、おっさんが「さて次は、自分達が昇る番だ」と再び上昇旋回を始めようしていた。

子供達が下界の異変に気付く。


「たいちょー! あれ、なーに?」

「ぱちぱち火が、出てるよ?」


閃光と共に煙が、もくもくと立ち昇っている。


「…救難信号の発煙筒だね」とおっさんは教えた。


下を確認するとあの仮免隊長君だった。

離陸時に慌てて発煙筒を落として誤作動させてしまうのは「新米隊長あるある」だ。


「きゅーなんしんごーって?」

「…『助けて!』って事さ」

「たいちょー! たすけなくていいの?」

「…大丈夫! 発煙筒を間違って落としたんだ!」


その信号を見て碌に確認もせずに慌てて救援に向かうのもまた「新米隊長あるある」だ。

よくよく見ると、副隊長に任命されてしまった係官と並走飛行している。

おっさんは、念のため、その丁度真上を飛んでみた。


 「で、でも……離陸直後に緊急事態宣言なんて!」

 「貴方! 無事に引率できるんですか?! これ幸いです! 宣言しましょう!」

 「で、でも……なんて理由を付けたらいいか分からない!」

 「何だっていいじゃないですか! 悠長な事を言っている場合じゃないでしょう?!」


下から揉めている声が聞こえて来た。間違いでもないらしい。


「たいちょー! 何か困ってるみたいだよ?」上の子が心配して話しかけてくる。


おっさんの薄汚れた心に、ふと胸糞悪い言葉が思い浮かぶ。


『ちゃんと本国まで帰国させようと努力しました。でも運悪く遭難してしまいました。全く残念な事です』


続けて昔々の昏い記憶が薄らぼんやり思い浮んできた。


何度何度も悲壮な顔を作って頭を下げる。

毎回違う場所に出向き、毎回違う誰か達と相対して、予め決められた事だけを喋り、想定外の事を訊かれたら「申し訳ありません」を繰り返し囀る。

毎回違う観点・言葉で罵倒されるが、込められた感情を受け流し、何を言われたのか字面としての言葉だけを集中して聞き覚える。

辛い表情を浮かべて、相手の言葉をオウム返しする。隙を見て相手の手を握り、肩を抱く。相手の目から涙らしきものが見えたら、それに合わせて俯き嗚咽に似た声を出す。相手が激高したら怪我をしない内にすぐに離れる。

冷静に。冷徹に。それが真摯な対応なのだと思い込み、単純作業として数をこなしていく。


全て終えた時、物事の善し悪しや喜怒哀楽、物事の価値や意義、意味とは一体何なのか?

さっぱり分からなくなっていた。

辞めたのか、辞めさせられたのか。その記憶も今では曖昧だ。


前方、右斜め下60m程で、先程、おっさんが弾き飛ばした誘導係のおばさんがフラフラと飛んでいる。救援に行くとも、管制に報告も確認もする素振りがない。

おっさんは近寄り、朗らかに話しかけた。


「…誘導係さん、救難信号が上がってますよ?」


無視される。こちらをチラリとも見ない。

おっさんは、誘導係のやや前方の上から廻り込み、ピッタリと覆い被さる様に飛んだ。

何もしていないのに自然と、誘導係の背中の翼が、おっさんの腹に吸い付く。

これは、老齢の方や、体力の無い方を誘導するテクニックだ。


「ちょ、ちょっと! 私を何処に連れて行くつもりなのよ!」誘導係は慌てた。


幾ら抗っても離れない。おっさんの翼の方が大きい。体格を活かした技だ。


「…ちょっと白雲がガマ口を開けて待ち構えている所までさ」低い声色で言う。

「ひっ!」港職員の誘導係ともあろう者が怖がる。


おっさんはつまらない顔になった。雲底の高度まで誘導する。言い方を変えただけだ。

港の昇り風を受ける旋回ルートを大きく外れた場所まで誘導し、上空に誰もいない事を確認する。ここなら誰にも見聞きされない。

単刀直入に聞く。


「…どうして救援に行かない? 職務放棄だぞ!」

「上から、あの子達には構うなと云われているのよ」


子供達が無邪気に聞く。


「かまうなって、なーに?」

「…助けちゃいけないんだって!」

「えー?!」

「ひどーい!」

「五月蠅いわね! 私だって助けてあげたいわよ!」


思った通りだ。おっさんは本当につまらない顔になった。


『ちゃんと本国まで帰国させようと努力しました。でも運悪く遭難してしまいました。全く残念な事です』


今回は、それを仮免君に任される。初引率、初渡航で、初遭難。そしてそのまま消される。


「ねぇ、助けてあげて!」

「たいちょー! かわいそうだよ」


おっさんは無視しようとしたが、無理だった。忘れた筈のあの体感覚が戻ってくる。それが恐ろしい。

関わるな。巻き込まれる。それは分かっている。


 …見捨てろ!


そう思っただけで、あの下らない記憶がパッと蘇る。苦しい。

振り払おうとするが、頑なに頭の隅に仮免君の事が居残り、自分の身体が切り刻まれる様な痛みに襲われる。

あの狂気の世界から、やっと何とか戻って来た。再びあの闇に墜ちたら戻れない。それは身に染みて分かっているのに。


 …駄目だ。耐えられない


自分の気持ちとは裏腹に、身体が勝手に仮免君に向かって高度を落としていく。


「やったー!」

「さすが、たいちょー!」


子供達が歓声をあげる。子供達の可愛さに負けたのではない。

おっさんは己の弱さに負けてしまった。


 …この意気地無しの臆病者め!


おっさんは泣きたくなった。


まだまだ不慣れですので再投稿が多々あるかもしれませんが、ご容赦を。

誤字脱字などのご指摘もよろしくお願いいたします。


本当にたった一言だけでいいですので感想を頂けると元気百万倍になります。

☆マークも沢山つけて頂けると喜びます。

またブックマークも大好物ですので、コチラもよろしくお願いいたします。

m(_ _)m



さて次のお話は…


「ワイ、おっさん、遭難回数を自慢する羽目になり咽び泣く」


…です。

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