ワイ、おっさん、誘導係を怒らせて咽び泣く
「隣の国が攻めてくる」
昔はそれなりだったおっさん。昔、事故を起こして悪役を被り、免許剥奪されて止む無く離職追放。
その時に拾った竜の子供と辺境でのんびりスローライフな日常をと決め込むが、そんな噂に踊らされ、やっと本国へ向けて出発できましたが、誘導係を怒らせてしまい、色々ざまぁな展開で泣きたくなります。
おっさんは、隣隊の隊長に向かって全力でニッコリ笑った。ぎこちない。
「…それでは、この場所ニて、旋回待機を、御願い致します! これから、私は一度下に降りて、こちら迄、皆さんを、誘導致します! ……それでは!」
そう言い残すと、慌てて身体を少し垂直に立て、副隊長の所まで一気に高度を下げた。
また、その頃。
医務室では、あの家族の母親が看護士に切々と症状を訴えていた。
流石に父親も母親も、医者看護士には怒鳴らず控えめな態度だ。
看護士は奥の通路の棚から丸薬を持ってきた。
母親は、看護士から処方された丸薬を、宝物の様に恭しく受け取る。
兄の子は、埃だらけの丸薬と見比べた。それは、色形臭い共に全く同じものだった。
父親がため息をつきながらぶつぶつ言う。
「また出国審査で荷重超過で引っ掛かる!全くなってこった!お前があそこで吐かなければごり押しで審査が通ったのに!お前のせいだ!」
母親は、家族の事なのに他人事を装って、妹の子をまるで縫いぐるみの様に抱きしめている。
父親が、一通り感情を爆発させた後、先頭に立って出国審査場に向かう。
母親は、父親の関心が自分から逸れ、目の前の出国審査で頭が一杯になっている事を確認した。そして一番後ろから付いてくる兄の子の耳元に重い言葉を埋め込む。
「お前が早く医務室に連れて行かなかったから、こんな事になったのよ!」
兄の子は、何とかこの事態を解決しようとして、小さな頭で考えた。
あの迷路の出口を教えれば、家族全員、にこにこ笑顔になってくれるかも知れない。
皆んな仲良くなってくれるかも知れない。
不機嫌な父親の先に回って、兄の子は口を開いた。
「……おとうさん、ぼく、『しんさ』を通らずに『かっくう台』に出られる道をしってるよ……!」
おっさんは、高度400m程で旋回待機している副隊長の所まで一気に降りようと、昇り風から外れて、身体を少し立てた。
翼上の風が乱れる。昇降笛が昇音で鳴る。同時に失速警笛が甲高く鳴り出す。
本気を出せば1分未満で降りられるが、子供達が怖がるので2~3分程時間をかけて降りる。
昇り風から十分外れた空域で高度を下げているにも関わらず、上限域で滞空している誘導係が下から地声で危険行為だと警告してくる。
さらりと無視し、副隊長の所まで高度を下げると、副隊長の傍で並走飛行する。
「…単独で誘導してみます?」と誘ってみる。
「無理ですよ! 昇り風の芯が分かりません!」
「…見えるようにすればいいんですね?」
子供達がうきうきし出す。
「ねぇ、たいちょー、もしかして、くるくる?」
「わーい! くるくるだー!」
副隊長は怪訝な顔をする。
おっさんはニヤリと笑い、数回旋回して、副隊長よりも少し高度上げた。
そして発煙筒を焚くと口に咥え、昇り風の真芯の付近で身体を少し立てながら、左廻りで小旋回を繰り返し、滞空する。
失速警笛の音、昇降笛の昇音、子供達の嬌声が周囲に響く。五月蠅い。
下で旋回上昇している他の隊からも注目を集める。
発煙筒の紫煙が、昇り風に導かれ、すっと渦を巻いて素早く立ち昇っていく。
程なく上空で待機している隣隊隊長まで届いた。
副隊長は思わず口笛を吹いた。これなら誰でも昇っていける。
おっさんは目配せした。副隊長は、親爪を立てて見せながら、皆さんを先導して、昇っていく。
その様子を下から見ていた他隊も真似をして昇りだす。
上限域で滞空してい誘導係が、追い抜かれる度に警告し、応答として、その隊長から馬事雑言を浴びるという事を延々繰り返す。
子供達がもう十分だから止めてと催促する頃には、おっさんの口に咥えていた発煙筒も煙が消えていた。
「くらくらー」
「ふらふらー」
子供達も満足気だ。
小旋回を止めて、通常の旋回滞空に戻り、あらためて周囲を見渡す。
真白の港の構造物の上で、各隊列は黒い点塊となり、黒い筒状の柱の形を成し、天まで昇っていく。
おっさん達は、丁度、その真ん中にいる。
…まるで巨大な蚊柱だ
おっさんは、また雑な事を思い浮かべた。
そこにあの誘導係が、おっさんの高度まで下りてきた。殺気立っている。
「アンタ! 一体全体、何て事をしてくれるのっ!!」
金切り声を上げ、おっさんに急接近し、尻尾に噛みついてくる。
「…危険飛行です!」
「アンタに言われたくないわ!」
まさかと思ったが、本気で尻尾を食い千切りに来た。
「あの、おばさん、怖い!」
「こわいよー!」
子供達が怖がって泣き出す。
おっさんは子供達と荷物を背負っている。圧倒的に不利だ。
おっさんは高度を下げ、四散する煙突煙の中に紛れた。
誘導係官も果敢に突っ込んでくる。
白煙の中、おっさんは、尾っぽと首を大げさに動かし、急旋回する振りをする。その度に昇降笛の昇音と降音が同時に鳴り、不協和音を響かせる。
誘導係官は、何度も飛び掛かり、噛みつこうとするが、当たらない。
旋回戦では、攻める相手の軌道の先を読んで飛ぶのが定石だが、どうもアテが狂っているらしい。
そのまま直線的に的を狙えばいいのだが、白煙の視界不良の中、おっさんが大げさに動き、昇降笛が鳴り響くので、すっかり惑わされている。
「どうして、当たらないのよ!」
「…止めて下さい! 危険です!」
おっさんは、恐怖に慄く表情で嗤う。
…悪かったな! こちらは重くて、急動作をしても、真っすぐにしか飛べないんだよ!
そして観念した体を装い、翼の先を真っすぐに伸ばして誘ってみた。翼が重くなる。失速警笛が僅かに鳴りだす。
誘導係は誘いに乗ってきた。
歪んだ笑みを浮かべて、翼を畳み、首の伸ばし、口を大きく開けて、おっさんの翼の先に噛みつこうとした。
おっさんは前傾姿勢になった。失速警笛がピタリと鳴き止み、ストンと一気に高度が下がる。翼の先端が風を切り裂き、ビリビリ痛む。
誘導係は、おっさんの翼が切り裂いた風の乱流に巻き込まれ、螺旋を描き、昇降笛の不協和音を響かせ弾き飛ばされていった。音が遥かに遠のいていく。
振り返ると、普段は目に見えない乱流の渦の形が、白煙によってくっきり浮かび上がっている。
煙が目に染みて痛む事に今更気付く。子供達も安堵したのか、煙いだの、目が痒いだの騒ぎ出す。
更に高度を下げ、煙から抜け出ると空気が変わった。地上の露店街の喧騒や立ちこめる匂いに包まれる。
大分高度を落としてしまった。眼下一杯に、港の構造物が広がる。
再度、港上空を大きく一度、周回した。
見上げると、巨大な蚊柱は消失し、2000~3000mの上空で、大きく複雑な逆V字隊形を描き、今まさに、北へと向かう所だった。
大隊の先頭を務めるのは、あの隣隊隊長だ。
地声で声援を送ると、ありったけの馬事雑言と、渡航の無事を祈る定型の挨拶文が返ってきた。
おっさんは泣きたくなった。
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さて、次のお話は…
「ワイ、おっさん、救難信号を見なかった事にしようとするも咽び泣く」
…です。