ワイ、おっさん、子供が自分の毒舌を真似して咽び泣く
「隣の国が攻めてくる」
昔はそれなりだったおっさん。昔、事故を起こして悪役を被り、免許剥奪されて止む無く離職追放。
その時に拾った竜の子供と辺境でのんびりスローライフな日常をと決め込むが、そんな噂に踊らされ、慌てて本国へ向けて、やっとの事で港町を出発できましたが、子供達が自分の毒舌を真似してしまい、色々ざまぁな展開で泣きたくなります。
…何てこったい! こんな筈じゃなかった!!
おっさんが率いる一行が、本国に向けて飛び立ったその頃、あの家族は出国検査場でまた一悶着を起こしていた。
子供達の分の考慮漏れによる荷重超過だ。父親は兄を、母親は妹を抱っこして飛ぶと荷重超過してしまう。
父親はまた例によって係官を怒鳴りつけた。
「ここまで抱っこして飛んできて全く問題が無かったんだ! だから大丈夫だろう?」
「よく皆さん言われます。ですが上空では空気が薄く、思ったより飛べなくなります。安全のためなんです」
「何かに署名すれば済むんだったら、幾らでも名前を刻むぞ!」
「そういう問題ではありません! あと、念のために編入表を……大丈夫ですか?!」
傍らで母親が混雑に気圧されて胃液を吐いていた。
「……おかあさん、あっちに、おいしゃさんがあるよ……」兄がおどおどしながら遊具広場を指す。
「何でそれを早く言わないの! 全くこの子は!」母親は咳き込みながら兄の子に向かって大声を出す。
「お前のせいで、こいつは吐いたんだ! 何とかしろ!」父親は後始末を係官に押し付ける。
家族は遊具広場に戻り、傍の医務室に向かった。
医務室は、先程の接触事故で、更に大混雑していた。
またここで兄の子は「独りで遊びに行きなさい」と両親から追い出されてしまう。
遊具広場に戻ると誰もいない。先程、あれ程沢山いた、遊んでいた子供達がいなくなっている。
誰かいないかと探すと、隅に転がっている埃に塗れた丸薬を見つけた。赤い子から貰った丸薬だ。
拾っていいのかそのままにしていいのか迷う。何でもない事なのに意を決して拾う。
拾ったら拾ったらで何故かいけない事をした気がして、心臓がバクバクする。
それを表情に出さないように懸命に堪えて見つめていると、
「おれ、これから飛ぶんだ!」後ろから不意に声をかけられた。
赤い子だ。あの事故を傍で見ていたにも関わらず、心躍らせ興奮している。戻ってきたのだ。
兄の子は慌てて丸薬を隠す。赤い子と「見せろよ」と「嫌だよ」の問答を繰り返した後、とうとう見つかってしまった。
兄の子は泣きだした。
「ごめんなさい……!」
「どうしたんだよ?」
「ごめんなさい……!」
「俺は別に怒ってなんかないよ」
「ごめんなさい……!」
赤い子は、兄の子を落ち着かせると訳を聞いた。そしてもう一度、誘いの言葉を囁いた。
「お前、俺の弟になれよ。そして一緒に飛ぼうぜ」
そして出国審査場を通らずに滑空場に抜けられる「迷路の抜け方」を教えた。
赤い子と別れ、医務室に戻ると、丁度、母親は看護士に切々と症状を訴えていた。
流石に父親も母親も、医者看護士には怒鳴らず控えめな態度だ。
看護士は奥の通路の棚から丸薬を持ってきた。
母親は、看護士から処方された丸薬を、宝物の様に恭しく受け取る。
兄の子は、埃だらけの丸薬と見比べた。それは、色形臭い共に全く同じものだった。
その頃、空に出たおっさんは、飛びながら大きく一つため息をついた。
…混雑を除けば、今日は本当に渡航日和なんだよなぁ
港全体をぐるっと大きく数回廻って昇り風の際を確認する。
周囲の地表は黒砂利が敷き詰められ真っ黒だ。その地表の中央に、鋭角な八角錐の構造物が建ち、その傍に木の棒の様な管制塔が細長く立っている。
視界に収まらない。巨大だ。
全体を白い石灰岩で覆われ、日に照らされ光り輝いている。
子供達は歓声をあげた。
「大きい!」
「ぴかぴか、ひかってるよ!」
その頂上に煙突口があり、そこから白い煙が細く長く高く真っすぐに立ち昇っている。
周囲の黒く染められた地表から熱せられた熱気を煙突口から高速噴出する事で常に昇り風を作り出している。
その周りを沢山の隊列がぐるぐる右旋回して、上空に昇っているのだが。
…まるでアリ塚から出た羽アリの大群だ
おっさんにはこんな雑な表現しか思い浮かばない。
そうこうしている間にも、前をのんびり昇っている、他隊の方とぶつかりそうになった。
事前に申し合わせた通り、隣隊の隊長が先に昇り上空で旋回待機し、副隊長が下で旋回待機している事を確認する。
被引率者の皆さんの様子も確認する。
自力で旋回上昇を行って貰うのが原則だが、その中で、補助が必要な方がいないか確認する。
おっさんの隊や隣隊の全翼が揃っているかどうかは、この混雑で数えるのを諦めた。取り合えず脱落しかかっている被引率者の方はなさそうだ。
港の北東部の地表が僅かに陰りだす。地表に写る自分の影との位置関係から、ちょうど港の東側上空だと判断する。
見上げて確認すると、霞がかる遥か上に、小さな皿雲らしき雲影がある。
午後になり、この港で作っている昇り風が「種」となって、雲が出来かかっているのだ。
上空で待機している隣隊隊長に低い地声で話しかけた。
-…上空に雲ができかかっている。一気に昇らないか?
すぐに地声で返事が来た。
-俺達だけならまだしも、誘導する自信がないなぁ。一般の方が一気に昇るのは無理だろう
-…どうせ、これからの航路も混雑するのだから、出来るだけ昇って空いている航路を飛ばないか?
-そうだなぁ、アンタが誘導をやってくれるなら構わないぜ
まずは、隣隊副隊長とおっさんで、隣隊隊長の高度まで昇り、副隊長はその高度で旋回待機。
次に、おっさんと隊長とで雲底まで昇り、隊長はそこで旋回待機。
副隊長が港上空まで、おっさんがそこから雲底までと二段構えで、数回に分けて誘導すると話はついた。
「…できる限り昇り風の外側を旋回して下さい」とお願いする。ちらと嫌な顔をされた。
おっさんが先導する形で隣隊隊長と一緒に出来かかっている雲の底まで昇る。
5分程、のんびり旋回を続けて昇っていくと、港の巨大な構造物全体が視界の中にやっと収まり出す。
ここまで昇ると、煙突口からの白煙が四散し視界が悪くなる。
更に昇ると空気が急に変わる。地上の喧騒が聞こえなくなり、穏やかだった昇り風が乱れだす。視界が一気に晴れ、ようやく白煙に霞む港全体の構造物が見渡せるようになる。
高度は大体600m前後だ。ここで、この辺りを旋回している上空誘導係官に警告を受けた。
「ここまでが上限です! これより上昇は禁止です!」
昇り風の中心をはっきりと「見える化」したのが煙突口からの白煙で、その白煙が無くなるその上は、各隊長の技量と度胸の世界になる。
ここで昇り風を掴み損ねて、すぐ傍の「吹き下ろし」の風に捕まり急降下、そして昇ってくる他の誰かと衝突するというオチはあってはならない。
その言い分は分かるが、今日は上を飛ぶ方が安全だ。
「…否認します! 衝突事故を回避したいんです」
更に昇る。
おっさんは、微かな煙の臭いと、両翼端に付いた昇降笛の音色と音量の違い、翼幕に感じる温もりと圧力で、雲まで続く昇り風の芯の見当をつける。鼻から耳に空気が抜けた。ツンと痛む。同時に腹が突き上げられる。遅れて昇降笛が昇音で唸った。芯に入った証しだ。8の字旋回で芯の大きさを確認する。昇降笛が鳴き止む。無風帯に入った。芯の中心だ。翼を深く傾ける。且つ首を上げて留まる様に廻る。隣隊隊長も真似をして廻り出す。
一緒に10分程廻る。高度は1800m位になり、視界一杯に広がっていた八角錐の港が、大体手の平に収まる大きさまで小さくなる。周囲の黒い土地も相まって、まるで巨大な目玉の様だ。
横風の当たりが急に強くなる。あと少しで雲の底だ。
今度はここで隣隊隊長が音を上げた。
「もう限界だ! これ以上、昇ったら雲に喰われる! 高度が維持できない!」
雲に喰われるも何も、雲塊がまだ形を成していない。これから夕暮れ前が本番で、更に天が高くなり、まだまだ昇れるのだが、飛べないものは仕方がない。また高度が上がる程、同じ場所で旋回滞空するのが難しくなるのは確かだ。
おっさんの頭上や首元の子供達が次々に不満を口にし出す。
「えー、おじさん、もっと、のぼろーよ!」
「そんなに吸い上げが怖い? もっと堪えようよ」等々
子供達は、隣隊の隊長に無邪気に心無い言葉を投げつけている。
おっさんの今の心の声そのものなのだが、言い方までそっくりだ。
子供達はおっさんの言動をそのまま真似しているだけだ。日頃の言動が悔やまれる。
おっさんは赤面しながら注意した。
「…そういう事は、いない所で言いなさい!」
注意してみてはじめて、自分自身も相当失礼な事を言っている事に気付く。何とも気まずい。
下を見ると、副隊長が全翼の港上空までの誘導が終わっている。これだ! 慌ててオベッカを並べる。
「…下ヲ御覧下サい! コの短時間デ全翼ヲ誘導スるとは流石デす! 御隊ノ飛翔技術ハ本当ニ素晴ラしいデす! 私デは、コう上手ク出来マせん!」
隣隊の隊長に向かって全力でニッコリ笑う。今更白々しいし、ぎこちない。
「…デは、コの場所ニて、旋回待機ヲ、御願イ致シマす! コれから、私ハ一度下ニ降リて、コちら迄、皆サんヲ、誘導致シマす! ソれでは!」
そう言い残すと、慌てて身体を少し垂直に立て、副隊長の所まで一気に降りる。
色々恥ずかしくなって、おっさんは泣きたくなった。
色々不手際等で再投稿が多々あるかもしれませんが、ご容赦を。
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m(_ _)m
さて次のお話は…
「ワイ、おっさん、誘導係を怒らせてしまい咽び泣く」
…です。