ワイ、おっさん、受付で即身バレして咽び泣く
「隣の国が攻めてくる」
昔はそれなりだったおっさん。昔、事故を起こして悪役を被り免許剥奪されて止む無く離職追放。
その時に拾った竜の子供と辺境でのんびりほのぼのとしたスローライフな日常をと決め込んでいたが、そんな噂に踊らされ、慌てて本国に帰国するため、子連れで港町にやってきましたが、即身バレするざまぁな展開となり泣きたくなります。
『隣の国が攻めて来る』
そんな噂が、真しやかに且つ密やかに、皆の口に上る様になったのは、いつの頃からだろうか?
曰く、『大滝の相互利用水利協定を口実に開戦を仕掛けけてくる』だとか
曰く、『協定締結日となる、今夏の新年祭が開戦日となる』だとか
曰く、『新年祭以降は、本国への渡航が全くできなくなる』だとか
曰く、『この所の嵐は、天地の心様が嘆いているせいだ』だとか
曰く、『暫定国境線上に続々と軍が集結している』だとか
そのためだろう。今季の本国への渡航者(というよりも引揚者というべきだろう)は例年にない程だ。
ここ連邦特別州の副首都の港町も、例年なら、真夏の新年祭の一週間前といえば、本国からの来賓を迎えるため、迎賓側の広場が大勢で埋まる。今年は全く逆で、出発側の広場が大混雑していた。
その広場の奥の受付の隅では、ある家族が担当者と一悶着を起こしていた。
「身分証をお見せ下さい」
「受付票なら、ここにあるだろう?!」
「先程からも申し上げてます通り、4名の方、全ての旅券もしくは身分証の提示が必要です」
「本国の母親が危篤なんだ! この混雑じゃ、今から出発しないと間に合わない!」
「心中お察し申し上げますが、最近、不法渡航者が続出しておりまして……ところで受付票は写しを取っても宜しいですか?」
「な゛?! お、俺達を疑ってんのか?!」
父母と幼い兄妹の4名家族だ。父親が担当者とがなり合っている。母親は少し離れた所で妹の方を抱いてうずくまっている。混雑に気圧されて気分を大分悪くしているようだ。荒い息で「頭が痛い」と繰り返し呟いている。それを妹が母親の腕の中から心配そうに見上げていた。
父親の足元では兄の方が何度も足を引っ張っていた。
「……おとうさん、おとうさん……!」
「手前ぇ、俺達が汚い身形してっからって見下してんだろ?!あ゛?!」
「……おとうさん、おとうさん……!」
「そんな事は御座いません。受付票を確認してですね……」
「……おとうさんっ!」
幼い兄は、全体重をかけて足を引っ張った。
父親はやっと足元の子供を見た。
「ん゛?! なんだ、どうした?」
「……おかあさん、だいぶぐあいが、わるそうだよ……?」恐る恐る言う。
「放っとけ! あんな奴!」
「……え……でも……」
「いいんだ! いい気味だ! 何んにもしねぇ癖に!」
「……そんな……」
「いいんだ! 今、お父さんは忙しいから、ちょっとそこらで遊んでなさい」
と父親は懐から小遣いとして錫玉を1つ取り出して渡し、その小さな背中を押した。
幼い兄は、笑顔と怯えた表情を入り交えながら、恐る恐る母親の方に近付いて行った。
「……おかあさん……だいじょうぶ……?」
母親は、うずくまった姿勢のまま、妹をきつく抱き直す。そして兄の方を睨み付けた。
「……いいわね? あなただけお小遣いを貰えて? 可哀想に。この子は何にも貰えない……!」
どうしていいか分からない。なおも恐る恐る近付いて行くと、邪険に払い退けられる。
「……お父さんのいう通り、独りであっち行って遊んでなさい……!」
激しく言い合いをしている父。殺気を籠めて睨む母。不安に見上げる無力な妹。お小遣いを貰った優越感。でも何んにもできない自分。
どうしていいのか全く分からない。父とも母とも離れた場所で彫像の様に固まるしかなかった。
激しく言い合っているその脇で、別の親子と思しき3名が、別の担当者に受付票を差し出した。
「どの隊でも構わないので、すぐに北方面に出国できる隊に組み入れて頂きたいんですけど」
「抽選になります。親子3名ですね? 家族枠での申し込みになります」
「他2名を全区間で抱っこして行きます。ですので家族枠ではなく、単身枠での申し込みをお願いします」
足元から幼い声がする。竜の子供だ。
「……たいちょー!」
足元の竜の子供が飛び跳ねて受付を覗こうとする。頭上で何が起こっているのか興味があるらしい。
「全旅程を2名も抱っこしていくなんてご冗談でしょう? そもそも、そちらは3名で、内2名は子供ですよね? 単身枠での申し込みは難しいです」
「そこを何とか」
ぴょんぴょんと跳ねて、小さな頭がその都度に受付卓の上に見え隠れする。
「……たいちょー!」
頭が机の上に跳び出た瞬間、竜の子供と担当者の目が合った。不機嫌な担当者も思わずにっこりと笑みを返す。
幼い竜の子供は大喜びで、もっと勢いを付けて跳ね出した。
「やめろよ! 静かにしなきゃ!」後ろについていた別の竜の子供がたしなめる。
「やだもーん! みんな、うれしんでるもーん!」
「たいちょーの命令を守ってないじゃないか! 静かにする!」
子供達が喧嘩を始めそうになる。
「…すぐ終わるから、じっとしてなさいっ!」声色を変えて叱り付けた。
「隊長?」担当者は訝しんだ。
「…いえいえ。この子達、私の事をそう呼ぶんですよ」
「でも、ほんとうに『たいちょー』だったじゃない?!」跳ねながら言う。
「ほら、やめろよ! たいちょーが困ってるじゃないか」
「ねぇ僕たち、それは本当なの?」
「うん!」
「……」
下の子の方は元気よく、上の子の方は黙りこんでしまった。どうやら本当の事らしい。
「免許証も拝見して宜しいですか?」
「…いえいえ。そんな免許なんて大層なものは持っていません」
「うそだー! まいばん、おやすみまえにみせてもらってるもん!」
「嘘つくなよ! 持ってないんだってば! たいちょーを困らせちゃダメだ!」声を荒げる。
「ちがうもん! ほんとだもん! うそつきじゃないもん!」顔をしわくちゃにして泣き出した。
「うるさい! 黙ってろよ! ここに来る前にみんなで決めたじゃないか!」泣くのを止めようと上の子が下の子に手を出し始めた。
いよいよ本格的な取っ組み合いの喧嘩に発展しそうになる。
…ああ、もう!
男は懐から免許証を取り出して子供達にかざした。
「…隊長命令!! 総員、黙れ!!!」
余りの大声量にその場にいた全員が、隣で騒いでいた4名家族も含めて、黙って固まってしまった。
最初に魔法が解けたのは担当者だった。
「免許証、お持ちですよね? 拝見してもよろしいですか?」
男というよりも中高年のおっさんは……泣きたくなった。
色々不手際等で再投稿が多々あるかもしれませんが、ご容赦を。
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さて次のお話しは…
「ワイ、おっさん、半ば脅されて現役に復帰して咽び泣く」
…です。