ハンドアウト①402号病床:会社員
【402号病床・会社員】
なんということだ。
401号病床の彼が殺害されたらしい。
短い付き合いではあるが、私と似た境遇の彼には、親しみを持っていた。
友人を失い、今は、とても深く哀しい。
彼に手をかけた犯人が憎い。
しかし、それと同時に恐ろしい。
何故かというと、もしかしたら、彼を殺したのは私なのかもしれないからだ。
私の中には、私ではない、もう一人の人間が存在している。
私は、二重人格者なのだ。
――――――――――――――――――――
【プロフィール】
私は半年前に、この病院に入院させられた。
自分の知らぬうちに、もう一人の私が、他人に大怪我をさせてしまったらしい。
私は、その場で、すぐに逮捕された。
その後、起訴されたが、精神疾患を理由に無罪、措置入院となった。
そもそも、いつから私が『こう』なってしまったのか、正確にはわからないが、心当たりはある。
十年前、私は妻と結婚した。
その三年後に、子どもも生まれた。
しがない会社員だった私は、妻子を養うために、身を粉に働いた。
良き夫、良き父、良き社員であるために、善良な紳士としてありたかった。
家族にも、職場にも、良い人間でいたい私は、己の中の、『不満』や『愚痴』といった、悪い感情を押し殺して生きていた。
だが、私は、私の中の悪意を殺しきれなかった。
行き場のない悪意は、日に日に蓄積してゆき、いつしか、私の中に、もう一人の人間を作り出していた。
やがて、私の中にいる、悪意でできた私は、少しずつ表に出てくるようになった。
それは、私が眠っている間、夢遊病のようにさまよいながら、悪意の衝動を吐き出して帰ってくる。
はじめは、私自身の持ち物を壊すだとか、些細なことだったが、日を追うごとに悪意は肥大化し、他人様に暴力を振るうようになった。
他人だけではない、私が何よりも大切にしていた、妻や子にも、知らず知らずに暴力を振るっていたらしい。
私が、その事を知ったのは、妻が子を連れて家を出た後だった。
妻子が消えた、その日、会社から帰宅した私を唯一待っていたのは、がらんとした家の、卓袱台に残された妻からの手紙。
逮捕されたのは、置手紙を読み、愕然としていた、その夜のことだ。
私の哀しみ、嘆きは、絶望は、大きな悪意を持った、もう一人の私となって表に現れた。
その時の私は、町ですれ違っただけの赤の他人を、顔が見えない程に、真っ赤に血で染まる程に、強く、何度も、何度も、木の棒で殴打していた、らしい。
――――――――――――――――――――
【事件当夜の行動】
事件の直前、21時の消灯時間。私は、いつも飲んでいる、鎮静剤と睡眠薬を飲んでから床についた。
『悪意の私』を封じ込めるためだ。
処方箋を服用してから床に入ったものの、私は、なかなか寝付けないでいた。
というのも、今の主治医の処方箋は、薬効が弱い。
前の主治医の出してくれていた薬は、とても効果が強力な反面、副作用も強く、頭痛や眩暈、吐き気に苦しんだ。
だが、夢遊病のように出てくる『悪意の私』を押さえつける効果は抜群だった。
同室の他の患者たちも同じようで、効果の弱い現主治医の薬に、不安と不満を募らせていたところに、この惨劇だ。
21時10分頃に、患者全員が薬を飲み終わると、看護師によって室内の灯りが消された。
だが、私はどうにも寝つけなくて困っていた。
22時をまわる頃、夜勤の看護師が病棟を巡回してきた時も、私は、寝つけずに寝返りばかりうっていた。
看護師は心配して「大丈夫ですか」と声をかけてきた。
落ち着くために、看護師に白湯をいれてきてもらい、飲んでから横になると、ようやくして、眠くなってきた。
それが22時30分頃だろうか。
私がぼんやりと眠りに落ちていく時、被害者のベッドのほうで、ゴソゴソと物音がし始めた。
彼も、薬の効き目が弱くなると、夜中に夢遊病のように起きだして、徘徊することがある。
これはよくあることなので、私は特に気にせず眠りについた。
そして、23時過ぎ。
事件が発覚して、看護師に揺り起こされ、被害者の遺体を見た私は、驚愕した。
ああ、あの時、被害者が起き出したあの時、もし、私が眠らずに、彼のことをよく見ていれば、彼は死なずにすんだかもしれない。
嘆きながらも、ふと、私は、自分の病床の変化を見つけた。
いつも几帳面に整理整頓している、卓上や戸棚の物が乱れていた。
「おかしい……。」
そう思った私は、病床内の戸棚を開け、いつも必ず、そこに置いてあるはずの物を探した。
悪い予感は当たっていた。
……無い。無いのだ。
必ず、いつも同じ場所に置いている、妻が嫁入りの時に持ってきた、小さな鼈甲細工のついた帯紐が無くなっていた。
――――――――――――――――――――
【あなたの目標】
真犯人を見つける。 +4
殺人犯に投票する。 +4
――――――――――――――――――――
【あなたの事件前後の行動】
21:00 消灯。処方箋を服用。
睡眠薬を飲んだが、眠れない。
22:00 眠れないでいたところを巡回の看護師に見つかる。
白湯をもらって気分を落ち着かせる。
22:30 ようやく眠りにつく。
被害者のベッドで物音。
23:05 事件発覚、看護師に起こされる。
――――――――――――――――――――
【あなたの持ち物】
『日記』
日記をつけるのが、私の毎日の日課だ。
入院以来、欠かさず毎日書いている。
『鉛筆』
卓上の日記の横に揃えて置いておいたはずのもの。
なぜか床に散らばっている。
『写真立て』
私と妻と子が映った写真が入っている。
いつの間にか表面の硝子にひびが入っている。