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07.伝説の騎士

 身体が震えた。それは迫りくる死の恐怖からなのか、それともこの平和ボケしていた身体が久しぶりに感じる戦場の空気に武者震いしているからなのか。はたまた純粋な恐怖からくるものなのか。真相は定かではない。


 ただ、久しぶりに意識が研ぎ澄まされてゆく感覚に身を任せて、俺は剣を振るった。

 さきほど、この試合はつまらないといっている者がいた。この剣技は、どうだろうか。見る者を魅了できているだろうか。


 伝説の騎士の剣技は、届いているだろうか。




△▼△▼△▼△▼




 それは、長年魔法と親しみ、魔法を鍛えてきた僕には信じられない光景だった。

 僕の最大威力を出した【極氷槍アイススピア】を、突如として表れた剣でこいつは斬った。


「嘘だ。そんな……お前は、最弱・・だろう!?」


 最弱と、そう有名な奴だ。

 勿論、聞いただけでは信用に足らない。そのため戦闘の最初は十分警戒していたし、魔法も温存しておこうと選んで戦っていた。それなのに。


「なんで、剣で魔法が斬れるんだ!!」

「この剣も一応、魔法だよ。俺の想像によって生み出された、独自の」


 まさかこの一瞬で、自己流の魔法を作った?

 そんなの、この最高峰の学園トップレベルの技だ。


「こんなのありえない! お前最初から仕組んでいたんだろう!? 剣を隠し持っていたんだろう!?」

「この期に及んでそんなこと言うのか。お前も俺が剣を生み出すのを見てたろ」


 あり得ない、あってはならない。生徒会長の弟である僕は、常に優位を保っておかなければいけないのだ。常に対する者は自分よりも弱者でなければいけない。

 僕は人並み以上に魔法の才があった。幼いころには神童と呼ばれ、今は天才と呼ばれた。その僕が、こんな最弱に、負けるなどあってはならない。


「僕は、お前なんかに負けていい奴じゃない!!」


 もう残りわずかな魔力を使って、僕は最弱へ向けて魔法を放つ。

 しかし、それも料理をするかのような軽やかさで呆気なく斬られてしまう。


「そもそも、ここは魔法の学園にもかかわらず何故お前はそんなにも剣が扱える……?」

「そんなの、どうだっていいだろう」


 剣は、戦争を繰り広げていた隣国のサレトリア君主国の象徴ともいえる。あの国は魔法を使う我が国に、剣で対抗していた。魔法を、斬っていたという。


「まさか、お前は……!」


 漆黒の髪に、血色の瞳。それは、隣国を代表する混血の特徴。

 迫りくる殺気に、研ぎ澄まされた一閃、軽やかな身のこなし、赤い瞳。

 こちらの千をも超える軍勢をたった一人で退けたという伝説の騎士に、似ている。


 だがその伝説の騎士がこの学園にいることなどありえない。だからそれは勘違い、勘違いなのだが。


「戦場の空気を知らないお前が、俺に勝とうなんて早すぎたんだ」


 その鬼神たる剣を持った立ち姿は、伝説の騎士にも見劣りしないように思えた。

 低く呻くような声でそう告げられて、自然と身体が震えた。まるで戦場を知っているかのような口ぶり、だが不思議と納得がいった。狂気的な光を発する彼の瞳は、常人のそれではない。


「ひっ……!」


 気が付けば後ろに回られていて、首に剣を当てられている。動けば、死ぬ。

 初めて間近に感じた死であった。


「負けを認めろ」

「わ、分かった。だから、その剣を離してくれないか」


 両手を上げて降伏の姿勢を見せると、彼はその剣を地に立てた。

 これで、隙が出来た。


「死ねええ!!」


 その隙に、僕は力を振り絞り最後の魔法を放つ。全力の風魔法。当たればひとたまりもない威力だ。

 

「やったか……」

「ヒートブラスト!」


 やすっぽけな詠唱が聞こえて、あったはずの僕の魔法は斬られ、顔に炎の塊が直撃した。

 痛みに喘ぎ、僕は地面に倒れる。すると背中をおもいっきりに蹴られて、壁にぶつかった。


「ぐっ!!」


 そのままずるずると壁を蔦って地面へ腰を下ろす。そして意識が落ちる直前、最後に耳に届いたのは。


「場外、お前の負けだ」


 そんな言葉だった。




△▼△▼△▼△▼




「勝者アトス・ベルゴーン。皆さま、盛大な拍手を」


 魔法人形がそんなことを言うが、そこに賛美の言葉はなく、場はしんと静まり返っている。

 俺を恐れる視線や、向けられる懐疑の視線。何か仕込んでいたんじゃないか、と。


「身の潔白を証明する、なら」


 俺は剣を消した。魔力を消費して使っていた剣だ、俺が使うのを止めれば剣は消える。

 これが、魔法であることの証左。疑いの目がたちまち驚きの目に変わり、場がどよめく。


「アトス! 心配だったよ……!」


 走ってティアが登場し、俺はほっと一息つく。彼女がいてくれたからこそ、俺は勝つことが出来た。


「お前のおかげで勝てた。ほんと、ありがとうな」

「こちらこそ本当にありがとう。今回の勝負でお付き合いを要求されてたリアーナは私の昔からの親友で、私が混血でも関係なく接してくれた。だから最初話を聞いたときは心配で、走ってこの練習場に来たの」


 だから教室にいなかったのか。急いでどこかに行ったというのも納得がいく。


「あ、あと、それでさ……」

「? どうしたんだ?」

「……アトスは、これでリアーナと付き合うの?」


 ティアが上目遣いでそんなことを訊いてくる。俺は最初から付き合うなんて言ってないのだが……。ここはきちんと答えていないとあらぬ誤解を招きそうだ。


「俺は付き合わない。勝った報酬は要らない」

「……そっか。そうだよね、うん!」


 何故か上機嫌になったティアに微笑む。

 お嬢様の方へと目を向けると、後ろにいたガイザにこれ以上ないほどに睨まれた。そして、踵を返していく。これ以上はなにもされないようだ。


「ほんとうに助かりました、ありがとうございました」


 深々と頭を下げてくるお嬢様。腰まで下ろした金髪に、黄金色の瞳の上品な見た目だ。こういうところがやはりお嬢様らしい。


「そんな、頭なんて下げないでください。俺は自分の意地の為にやったようなものですから」

「しかし相応のお礼はしたいです。何か、出来ることがあれば……」


 そう言われても、俺がお嬢様にして欲しいことは何もない。強いて言えば、これからもティアと仲良くしてやってくれというくらいだ。


「……本当に、お付き合いしてもいいんですよ?」


 なぜか少し頬を赤らめてそんなことを言ってくるお嬢様から恥ずかしくなり顔を背け、ぶっきらぼうに言った。


「仮に俺がお嬢様のことが好きだとしても、こんな形では付き合いたくないな」

「……そうですか。それもそうですね。では、本当に何をしなくても?」

「ああ、勝ったのもたまたまだ」


 少し残念そうな顔をした後、お嬢様はティアの方へと身体を向ける。そして、からかうような目に変わった。


「まさか……ティアと彼はもうすでにお付き合いされているの……?」

「そ、そんなわけないでしょー! 私がアトスとなんて、なんて……」


 微妙に語尾が弱まっているがティア。それを見てお嬢様は満足そうだ。そんな二人の姿を見ていると、とても仲睦まじげで微笑ましい。純血と混血の隔たりがない平和な世界。全員がこのようになればな、と俺は一人思った。


「俺はもう疲れたから帰る。二人は遊んで帰るのか?」

「それならさ、三人で甘いものでも食べに行かない? 打ち上げ行こ、打ち上げ!」


 ティアがそんな提案をしてくる。それにリアーナもうなずく。最近は魔法に根詰めていたし、たまにはゆっくりしてもいいか。


「分かった。行くか」

「やった!」

「では今日は私の奢りでいいですよ。どんと行きましょう!」


 そんな会話を交えながら、俺たちは魔法練習場から離れていく。気絶したダクトには数人が治癒魔法をかけているので心配ないだろう。

 久しぶりに剣を握った手のひらを見る。少し前まで、一日たりとも握らなかった日はなかった剣。衰えているかと思ったが、今になって更に研ぎ澄まされたような気がした。


 今も、手がじんじんと疼いている。


 

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