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06.勝利への道

 時は流れ、放課後。俺は席から立ち上がり隣の教室へ足を運ぶ。ティアのところへ今日は一緒に魔法練習戦を見れないかもしれないと伝えに行こうと思ったのだが。


「あれ、いないか……」


 このクラスは比較的和やかで、純血と混血がお互いに干渉しあわないうえで平和が成立している。そのためいつもティアは混血の者たち同士で窓際に立っているのだが。


「あの、ノティアさんどこにいるかわかる?」


 そのティアがいない。俺はティアとよく一緒にいる生徒に声を掛けた。


「えっと、ティアちゃんは……」

「? なにかあったのか?」

「私には分からないけど、すごく急いでどこかへ走っていきましたよ」

「そうか。ありがとな」


 ティアにも急用が出来たのだろうか?

 しかし、そんなことを気にしている時間ももうないようだ。


「俺もそろそろ行くか」


 教室から出て俺は先日の魔法威力測定で使った魔法人形のある魔法練習場へ向かった。しかし今日使用するのはその魔法人形の横を通り抜け、廊下を渡った先にある戦場だ。


「ここが、バトルドームか」


 大理石のような白い石で出来た四角い足場がいくつも連なり、それを囲うようにしてずらりと並ぶ観客席。この学園の生徒全員が座れるんじゃないかと思うほどの大きさだ。この魔法練習場は天井も特殊な結界が張られており絶対に魔法が漏れない。しかし万が一があるため、学園の建物に囲まれた中央にこのバトルドームはあるのだ。

 バトルドームという名前の通り、絶えず模擬戦が行われている。はずなのだが。


「なぜ、こんなにも静かなんだ……」


 観客席に人は無数にいるが、肝心の戦いは誰一人としてしていない。ざわざわという話声だけが聞こえてきて、その声は俺を侮辱しているようにも聞こえた。どこからそんな後ろめたい思考を拾ってきたのかは知らないが、俺は俺を突き通すだけだ。王城でも、そうしたはずだ。なのに「こんな場所ごときで、なにを緊張している。

 静寂というのは、人を敏感にする。ピリピリとした場の空気感が肌を刺した。


「よく来たね。アトス君」

「約束通りの時間だが、なぜ俺たちしかここを使っていない」

「それはね。僕の兄はこの学園の生徒会長を務めているんだ。だからその特権を使ってね、いまこの時だけは使用を避けて貰ってる」


 訳の分からにことを言いだしたダクトに、俺は首をかしげる。


「要するに、僕の晴れ舞台なんだ。だから盛大に、ね」


 さわやかな笑顔をこちらに向け、ダクトは大理石の戦場へ足を一歩乗じた。それにつられて俺も入場する。もう、逃げられない。


「僕が勝ったら、僕はリアーナお嬢様と結婚をする!!」

「「うおおおお!!」」


 場が盛り上がり、勇ましい歓声が上がる。


「お前、朝お付き合いだって言ってただろう」

「僕とお付き合いを重ねればリアーナお嬢様はきっとわかってくれるはずだよ。僕のこの大きな愛に」


 そうして、俺はお嬢様の方へと顔を向けた。俺らの戦場となる四角い大理石のすぐ横の観客席に彼女は座らされていた。顔は、今にも泣きだしそうである。後ろにはガイザが控えており叫ぶにも叫べない状況なんだろう。


「さて、お話はもういいかな! 早速、始めよう。花嫁の取り合いを!!」

「俺は一度も彼女が好きだなんて言ってない」


 全身の骨を鳴らし、俺は左手で右腕の手首を掴み肩まで上げて斜めに振り下ろした。俺が戦いの前に必ずやるルーティーンだ。向こうでは『鬼の袈裟切り』なんて異名をつけられていたが、それはこの国では気にすることはない。


「ふん。まあ君は勝った時のことなど考えている余裕はないだろう」

「まあそうだな」


 図星を突かれた。初歩的な魔法だけで戦えるだろうか。そんなとりとめもない言葉を繰り返しながら、この試合の審判をするという魔法人形が現れる。

 どうやら、本来の使用意図はこういうものらしい。近くにいるため必然的に損傷する。だから治るよう設計されて。


「すげえな。魔法」

「それでは、互いの誇りと尊重をもって、充実した試合を行いください。試合開始」


 人ならぬ人形の機械的な声が響き、試合が幕を開ける。

 最初に仕掛けたのはダクト。詠唱の振りもなく無言で氷槍をこちらへ飛ばしてきた。


「っと危ね」


 それを身を回転させて躱し、俺は続けざまに放たれる氷槍の威力を少しでも弱める為に炎を展開する。


「ヒートブラスト!」


 手のひらサイズの炎の塊が周囲に現れ、氷槍を溶かすかと思いきや。


「ッ!!」

「その程度の威力で相殺できると思わない方がいい」


 氷槍が炎を貫通し、俺の肩に裂傷をつけた。血が流れ、どくどくと脈打っているのが分かる。しかしそんなことをいちいち気にしているほどやわではない。すぐさま次の魔法を展開する。


「アクアショット!」


 この魔法には少し工夫を凝らした。それは放たれる水を細くすることで加速させ、ピンポイントな狙撃が可能になるわけなのだが。


「ほんとに、なんでこの学園に入れたのか分からないな」


 上級生でも難しいという炎の壁を展開する魔法を、ダクトは無詠唱で展開して見せた。息を呑む音が観客席から聞こえて、更に失望のため息が聞こえた。


「相手が弱すぎて面白くねえ! さっさと終わらせちまえ!」

「そうだそうだ! それで二戦目を他の奴でやろう!」


 次々と俺を否定する声が聞こえて、一瞬だけ身体を止めてしまった。


「止まったね。君の負けだ」


 その声と共に胸を穿つ衝撃が走り、俺は場外すれすれまで吹き飛ばされる。風だ。不可視の風がハイトの胸を抉ったのだ。


「ぐはっ!!」


 それでもなんとか城内へ踏みとどまったのは、単なる意地だったのかもしれない。口の中を切ってしまい血を吐き出す。肺が潰されて呼吸が思うようにできない。ぜえはあと浅い呼吸を凝り返す。一回息を吸うたびに、ミシミシと身体が軋んだ。


「アイスエアー」

「く、はっ……!」


 俺の周りの空気が凍り、息が吸えない状況に陥る。四つん這いになって蹲る俺を、ダクトは見下しながら言った。


「これでもまだ意識があるだけすごいよ。普通ならとっくに降参してるだろう」

「アース、ブレイブ……」

「ちっ、いつの間に」


 なんとか魔法を発動させた。これは大地を操る魔法で、俺を守るように大理石の石を移動させたのだ。とは言っても、こんな石の壁すぐに破壊されてしまう。今の内に、何か状況を打破するものを。


 魔法はイメージが大事。なら――。


 思考がまとまるより先に防壁にひびが入り、氷槍によって破壊される。そして押し寄せてくる炎の壁に焼かれる。


「うがあああああ!」


 直前にアクアショットで頭から水をかぶりなんとか致命傷を避けた。そしてその時に、俺は見た。ダクトの目が、戦争の時に何度も見た殺意に溺れた目になっていることを。


「ほんとにしぶといな。そして並外れた身体能力。君、魔法使いの身体じゃないね」

「少しだけ、鍛えてるからな」


 ダクトは歪んだ笑みを浮かべて、こちらへ歩み寄ってくる。



 先ほどの続き。魔法はイメージが大事だ。イメージの通りに魔力を変換することで魔法は発動する。つまりは、イメージさえあれば魔力はどんな形にも変換できる。

 俺に、誰よりも鮮明に、より詳しくイメージできるもの。それは、ひとつしかないだろう。


 ――それは、剣だ。


 剣ならば、誰よりも握っている自身がある。


 しかし俺は一度は剣を捨てた身。今更使うことを許されるか?


 騎士を捨て、剣士も捨てた男に、再び剣を握ることは、出来るだろうか。


「これで最後にしよう。苦しめるのはあまり趣味じゃない」


 すぐそばまで歩み寄ってきたダクトの手のひらに、俺の身体ほどもある氷槍が現れる。マズい、死ぬ。それだけは嫌だ。死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。

 恐怖が絶望に変わり、俺を支配しようとしたとき。


 ――その時、目が合った。


 ダクトの後ろにある観客席から身を乗り出すティアと、ばっちり目が合った。合ってしまった。その顔を悲嘆なものに変えて、こちらを見ている。俺の身を案じてくれている人がいる。だから。


 ここで、死ぬわけにはいかない。


 剣は使うものだ。使われるものじゃない。いつ捨てたって、拾たっていいじゃないか。一度剣を捨てた俺だからこそ、剣に縛られずに使うことが出来る。


「魔剣レーヴァテイン。ここに来い」

「……何を」


 俺の手に、黒々と輝く魔剣・・が現れる。それは、この場にいる誰をも魅了する妖美な剣であった。


「この剣で、斬る」

「剣などという荒唐無稽なもので魔法が斬れる筈が無い」


 心底落胆した声でそう言い、ダクトは俺へ向かい氷槍を放つ。

 視界が氷槍で覆われ、無秩序に、無慈悲に死が近づいてくる。


 ――必ず、生き抜く。


 会場が、大きく揺れた。







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