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03.いつかの花びら

 夢を、見ていた。いや夢ではない。過去を見ていた。


 手に持った剣からは留めなく鮮血が垂れ、地べたは赤く、顔には返り血を浴び視界は赤く、夕映えの下空さえ朱く、すべてが紅に染め上がっていた。


「俺は……仲間を、敵を、助けられなかった……」


 戦場での静けさは、生存者ゼロを酷に指し示している。自分のほかに誰も、立っている者はいない。無数に倒れた人々。何人が死んだか分からない。にも拘らずあまり動じていない自分の心が怖かった。

 慣れ、というのは怖い。死に慣れるなど、人として一番あってはいけないことだ。


「早く、この戦争を止めなくちゃ。こんなの、無意味だ」


 我が国であるサレトリア君主国と、隣国であるアマガレテス共和国間での戦争。


 戦争の発端となったことも、どんな事情があるのかもアトスは知らない。だがこの血が、無意味であることだけは直ぐに理解できた。

 アトスの朱色の瞳は爛々と夕映えを写したまま閉じることはない。この光景を目に焼いておこうと、目を見開いていた。


 ふと、そこで爆発音が響き、アトスは空を見上げる。


「――」


 思わず見惚れた。

 その空には、花が浮かび上がっていた。手も刃も届かぬ上空に、アトスは身を焦がす思いを抱く。


「綺麗だ」


 様々な色に変化し、咲き誇る一凛の華やかな空の花弁。得体のしれぬ高揚感。そして血生臭い戦場に、焦げ臭さが広がった。


「これは、火か……?」


 その花からは、焦げた匂いがした。だが不思議と、不快感はない。


 それを見た日から、アトスの頭の片隅には常にあの時の光景が浮かびあがっていた。

 戦いのない日は本を読み漁り花について調べた。


「あれは、魔法……」


 本を読み始めて数日後、遂にそれらしい記録を見つけた。それは隣国では建国記念日に、空へ高度な魔法を放つというものだった。

 限られた術者にしか使えない伝説の魔法だという。そんな大層なものを、自分は見たのだと嬉しくなったのを覚えている。


 そして、同時に自分もあの魔法を放ってみたいと思うようになった。

 だが、この戦争が続くうちはその望みは叶わない。


 ――だから、俺がこの戦争を終わらせる。


 そうして、アトスは大きな大きな大望を胸に宿した。




△▼△▼△▼△




「んん……俺はどうなって……」

「ああ起きた。心配しちゃったよ」


 意識が覚めて、俺はぼやけた視界を直すために目をこする。

 すると自分の下に柔らかな感触があることに気づき、次にノティアと目が合った。


「これは、えっと……」

「私が帰ろうとしたら君が倒れてて……純血の人たちに?」

「まあ、そうだ。俺は隣国出身で混血だし魔法が弱いから退学しろって、おもいっきりやられた」


 まだ微かに全身がひりひりと痛む。しかし目に見える外傷はほとんどなくなっており、俺は驚きに声を上げる。戦争の時にも、ここまで速く傷が塞がったことはない。


「なんで、なくなってるんだ。俺そんなに回復速かったか?」

「私が治癒魔法をかけといたよ。ほんとに、酷くやられてたね。もう大丈夫だよ」


 ノティアに膝枕されたまま優しく微笑まれて、俺は気恥ずかしくなり身体を起こす。そしてぐっと背筋を伸ばして手の骨を鳴らした。


「助かった。今後は自分一人で対処できるように鍛えないと」

「私は君に助けられたし、お互い様だよ」

「君、じゃなくてアトスでいい」

「ふふっ、じゃあ私はティアでいい」


 そう言って、俺たちは笑い合った。光の差さない暗い廊下でも、彼女の顔は良く見える。俺とは反対な紺碧色の綺麗な瞳。どこかで見た覚えがあるが、俺は思い出せなかった。


「じゃあ、帰ろるとするか」

「うん。アトスは、家はどこにあるの?」

「俺はこの学園から歩いて二十分ってところかな。そこに家を最近建てた」


 このアマガレテス共和国では戸籍を登録した際に家を建てることが出来る。無償では雨漏りのするような簡易的な家ではあるが、多少お金を払えばそれなりの家を建ててもらえる。なんでも国には広大な土地が余っており国民の数の低下が見受けられるため他国からの転居を快く受け入れているとか。

 王様が結構な額を払ってくれたので家は俺が一人住むにはもったいないほどの豪邸だ。


「最近家を建てたの?」

「最近引っ越してきてな。そこに一人で住んでる」

「一人、なんだ……」


 少しの間が置かれて、ティアがそう答える。

 思えば俺の境遇は特殊だ。戦争で両親を亡くしているし、かといって保護を受けているわけでもない。むしろ自立している。


「なんなら、うちに来るか? 一人だと有り余ってるからな」

「え! いいの?」


 子犬のような動きを見せて、ティアはこちらに近寄ってくる。前傾姿勢で胸が強調されているのから目をそらして、俺は言う。


「そっちの親がいいって言えばだがな。流石に無許可というのはだめだろう」


 するとティアは途端に先ほどまでの喜ぶ勢いを止めて、しゅんとうな垂れる。


「どうしたんだ?」

「いや、私もその……一人で暮らしてるんだ。両親は戦争で、死んだよ」

「……悪かったな」

「いや、いいの。アトスの言ってたことは正しい。名誉ある死だって、そう言われたよ」


 名誉ある死か、と俺は一人思う。俺が最初に両親の戦死を遂げられた時も、そう言われた。お父さんお母さんは名誉ある死を遂げたのよと。しかし、まだ幼かった俺には名誉も何も関係なかった。

 何故、お母さんは笑顔を残したまま去っていったのか。何故、お父さんは大きな手で頭を撫でた後、どこかへ連れていかれたのか。

 何故、二人はもう帰ってこないのか。


 途方もない絶望を感じた。俺の行く先には何もナックなってしまったと、そう思った。

 だからこそ、最後は両親と同じように散りたいと思い、俺は十一歳の時に徴兵の書類に乱雑な名前を書いて提出した。


「……二人の分まで、二人の思いの分だけ、ティアは元気に楽しく笑顔でいなきゃな」

「……え?」

「きっと両親はお前の笑顔を見てるさ。この空でな」


 そうして俺は天を指さした。いつかは紅にその色を染め、またいつかは満天の星々を煌めかせ、そしていつかは綺麗な花を咲かせる、そんな空を。


「うん、うん。きっと、そうだね」


 ティアの語尾が強まる。彼女の心の中でも、まだ戦争は終わっていなかった。

 きっと色んな人が、まだその内に戦争の傷を秘めている。


「さあ行こう。日が沈むとまだ少し寒い」

「た、確かに。ちょっと寒いかも」

 

 そして俺は、背中に響く足音を聞きながら、自宅へと向かっていくのだった。



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