38.空に咲く 上
レックとの戦闘が終わり、重傷を負った俺とジャックはその後ティアの風魔法によって至急フェルヒネのいる保健室へ運ばれた。そして、目が覚めると。
「アトス! 先生、アトスが目を覚ましました!」
「ほんとかい! 今すぐに様態を確認するから、話はそのあとだ」
「「「はい」」」
複数の足跡が聞こえて俺から離れていき、そして俺の視界を覆うようにフェルヒネが現れる。その姿は、俺の何倍も生きているはずの置いた姿ではない。フェルヒネは、自分の体の細胞を治癒することで常に若さを保っている。
「調子はどうだ。どこか、動かないなどはあるかい」
「……ッ!」
そう言われて、俺は身体を置きあげるが、体全身に痛みが響く。
「動けるが、動くたびに全身が焼けそうなほど痛い」
「痛みを熱と錯覚しているんだろう。全身火傷にあばら骨三本、右腕に左足の骨が一本ずつ折れてる。内臓の損傷も激しい。生きてるだけでも奇跡だ」
「その奇跡を、あんたが作ったんだろうが」
ゆっくりと顔を上にあげ、全身を確認する。相変わらず包帯巻きなのは変わらないが、そこら中に治癒魔法を施された跡がある。命を助けてもらった。
「礼を言うんだったら、あの三人にも言ってやるんだね。精一杯あんたらの治療を手伝ってくれたんだから」
あんたら、とはジャックと俺のことだろう。では、あの三人とは。
「は!! リアーナとヤシュアは起きたのか!!」
「それは、直ぐに分かるさ。じゃあ私は少し用があるから外れる。しっかり話してやりな」
そう言うと、フェルヒネは保健室から出ていく。そのあとすぐに、もう一回扉を開く音が聞こえて。
「アトス!!」
最初に飛び込んできたのはヤシュアだった。ヤシュアが上半身を起こしている俺の横に駆け寄り、涙を流す。続いて姿を現したリアーナ、ティアも同じく涙を流していた。
「本当にありがとう! そして、君が帰ってきてくれたことも本当にうれしい!」
心からの歓喜が、俺を迎える。それは、もう何年も前に亡くしてしまったもので。
戦場から帰還しても、皆は憔悴しきった兵士たちの介護に忙しいし、それを抜きに喜んでくれる家族も、友も居なくなってしまったから。
ただひたすらに、それが嬉しかった。今は帰りを待ってくれる仲間がいるんだと、そう思うと目のふちが熱くなる。
「記憶が定かではありませんが、フェルヒネ先生から聞きました。あの……ありがとうございます」
リアーナとは、仲たがいをしてから一言も離さずに今ここまで来た。どこかもじもじとしている。
「リアーナ。俺が一人で戦って悪かった。全部俺のせいだ。お前の気持ちも考えずに、踏みにじった」
「……」
「これは返すよ。これに助けられた場面もあった」
そうして、俺は寝かされているベットの横に置いてある俺が来て居たジャージのポケットから杖を二本取り出した。リアーナから預かっていた杖だ。一本は、拾ったというほうが正しい。
準備室で一人残されたときは、意固地になって一人でもやれると高をくくった。
現状は、そんなことはなった。
俺は弱い人間だ。一人では、何もできない。ここまで来るのに、何人の手を借りてきたことか。きっと数知れない。一人でやれている気になって、その裏何百と手を借りてきた。
「では」
俺が杖をリアーナのほうへ向けると、リアーナは一本だけ杖を取る。
「ほら、これも」
そう言って、もう一本の杖も俺はリアーナのほうへ手渡すが。
「いいえ、これは私があなたにあげた物です。貴方のものですよ」
「……いいのか?」
「はい、二言はありません」
にこっと、リアーナは笑うと手を差し出してきた。それは、仲直りのしるしだ。
固く強く、俺はその手を握った。感じるリアーナの体温。学園の中庭で倒れていた時はどうなることかと思ったが、生きていてくれて本当にうれしい。
「あ、アト――」
名前を呼ばれそうになったのに気付き、振り向くとそこにはティアがいたが、突如息を切らして飛び込んでくるある人物が登場する。
「アトス!! いるか!!」
それは、大柄な体格に派手過ぎず豪華過ぎずの恰好をした、レイヒー王だった。生やした髭は、今は力なく垂れている。
「レイヒー。無事でよかった」
「そんな格好のそなたに言われると気が引けるが……」
「石化魔法は解けたか」
レイヒーは、レックが操っていたデルトに石化魔法をかけられ動けない状態だった。
石化魔法は魔術であるため、それを行使した当人が解くか息絶えるかでなければ解除できない。
デルトがレイヒーに石化魔法をかけたが、それを操っていたのがレックの為レックの魔術としてレイヒーの体には刻まれていた。
つまりは、レックが居なくなったからレイヒーの魔法は解けた。それを、確認したかった。
「三時間ほど前に溶けた。すぐにここに駆け付けたかったのだが、護衛達が慌てるもので、今は外に出たら危ないと」
俺が気絶していたのもちょうど三時間。時間は合う。
「まあ、何も知らなければそう思うのは必然だ」
「諸悪の根源は、またしてもアトス。そなたが斬ってくれたのだろう?」
「ああ、俺がやった」
間違いはない。俺やジャック、ティアの手によって、レックは塵となった。
そんな俺とレイヒーを見て、三人は驚きの顔を浮かべていた。
「お、王と……敬語も使わずに……」
言われてみれば、確かにこの三人からしてみれば異様な光景だ。
どう説明すればいいか、迷っていると。
「アトスは、私の息子のようなものだ」
「「「!?」」」
唐突に、レイヒーがそんなことを言い出し俺ですらも驚く。息子になった覚えはない。
「養子にこそしなかったものの、本当のことだ。私が現役の騎士だったころ、後輩としてアトスの父が入ってきた。最初は気が合わなかったが、いくつかの死線を潜りぬっけて、私たちは戦友となった。そして、彼は戦死していった」
「そんな、ことが」
初めて聞くことだ。父は戦死したとは聞いていたが、まさかレイヒーと同じ部隊にいたとは。
「そして託された。息子を頼むと。その目は、アトス、そなたが騎士になることを疑っていなかった」
「父さん」
父は、笑って死ねただろうか。
そんな疑問が俺の中で浮かぶ。
もう何人もの死を見てきた俺だからわかる。本当の名誉ある死というのは、笑って死ねることだと。
しかし、その疑問を口にするのは止めた。知らないままでいい。自分の記憶の中で父は、笑っているのだから。
「このまま、表彰式をしようと思うんだが。アトス動けるか?」
「……は?」
「もともと、私が表彰式は優勝メダルを渡すはずだったんだ。今からでも、出来るだろう?」
笑みを浮かべてそう言ってくるレイヒー。動くたびに激痛が走るので、断ろうとして。
「それでは、私が彼を支える形で壇上に上がりましょう」
「リアーナ!?」
兄を言い出すのかと、思えば。まともに歩くことさえできない俺を、リアーナが支えると。
「私たちは、ペアとしてのことを何一つできませんでいた。最後くらいは、手伝わせてください」
「そうとなれば決まりだ。もう観客たちはいなくなってしまったから、もう一回呼ぶか?」
「――だったら、俺の水晶で表彰式を映し出してやる」
声の主は、隣のベット。意識を取り戻したデルトのものだ。
「デルト」
「俺は狂ってた。レックに操られていたというのもあるだろうが、自分の意志もあそこにはあった。本当に、悪かった」
そうして、デルトは深々と頭を下げる。生徒会長として自分の都合よく学園を操ってきたデルトの罪も、レック同様に重い。生徒のトップに立つ立場でありながら混血をバレぬように迫害し、追いやってきた。それで、退学者が何人出てきたことだろうか。
「……混血は嫌いか?」
「……嫌いじゃないといえば、嘘になる」
正直に、デルトは語り始める。
「実を言うと俺は、真の純血じゃない」
「……」
その告白に、誰もが驚くとおもっわれたが、反応は薄い。皆、薄々感じていたことだ。
「母は混血。父は純血。それでも戸籍上では、純血として俺は生きてきた」
「じゃあなんで混血を恨む」
母が混血だというのなら、もっと理解があってもおかしくはない。
「俺たちが住む村では、混血と純血が対立していた。そのため純血の父と結婚した母は混血の者から嫌われていたんだ。そして、毎日のように嫌がらせを受けていた」
「……」
「そんなある日だった。朝起きたらいつも立っているはずの台所に母はいなかった。必ずいたはずなのに、その日はいなかった」
語られていく物語の真実が、俺には共鳴するかのように分かってしまった。
「それを不審に思って、俺は一人で母の自室へ行った。そして、見てしまった」
その言葉の続きは、否が応でも聞かなくてはいけない。
「母は、首を吊って自殺していた――」
「なっ」
「積み重なるような嫌がらせが、母の精神をすり減らしていった結果だった」
そして、それを乗り越え此処に立っているデルトは、当然のごとく。
「だから、俺は混血が嫌いだ」
「ダクトは、それを知っているのか」
あの態度を見るに、弟であるダクトは混血を嫌っているようには思えない。
「ダクトには、母が自殺していたことは伝えていない。まだ幼かったのもあって、精神的な負担が大きすぎる」
「そう、か」
「長々と話したが、それはその時俺の周りにいた混血の話だ。お前らは関係ない。それなのに巻き込んじまって、悪かった」
そう謝罪するデルトの肩にレイヒーは手を置いて。
「君も表彰式に出なさい」
「……え?」
困惑。なにを言っているのか、といった表情だ。
「君は準優勝だろう。表彰式は二位までにメダルを与える」
「でも、俺はそんな資格が」
「――ある。強き者は、それだけ守るものがあるということだ。君は君なりに、守りたい矜持があった。それだけの話ではないか」
「――ぁ」
心の中の氷が氷解していくように、デルトは涙を流した。それを、レイヒーは優しく見届けている。
そんな中、俺は手に持った本をデルトとは反対の隣側のベット、ジャックの寝ている方へそっと置いた。
「これは、レックからお前へのものだ。目、覚めてるんだろ?」
「……俺は馴れ合いがあまり好きじゃない」
当の前に目を覚ましていたジャックが小さな声でそう答える、あまりに彼らしい返答に思わず笑いがこぼれ、本をおいて。
「ジャックらしい。これ、読んでみてくれ」
そうして、再び背を向けたジャックから目を離す。
「それでは、表彰式を始めようか」
街の行事にもなっている試験の表彰式は、デルトの魔法である水晶が映し出す中、街の者や学園の生徒ほとんどの者の注目を浴びながら行われた。




