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37.伝説の騎士・真

 その場には、静寂が広がっていた。いや、そうと言うには不自然。周りが、一寸たりとも動かない。固まったまま瞬きもせずに眼球だけが動いている。

 その眼が、全員何が起こったのかという疑問を抱ていた。俺以外の全員が、この場で唯一動くことのできる俺に視線を向ける。


 何をしたのか。


 そう問いかけられた気がする。しかし、俺は気にせずに剣を持ち。

 

「ッ……!」


 レックが、喉を鳴らして俺に視線を向ける。だがそれだけだ。抵抗も、反論も何もできない。これは、俺のテリトリーだ。

 そして、そっと、撫でるように。


 慣れ親しんだ剣を、大きく振りかざした。




△▼△▼△▼△▼




「はあああああ!!」

「うらあああああ!」


 互いのけたたましい雄叫びと共に、戦いが始まり火花が舞う。

 今まで戦ってきた度の物よりもレックはずば抜けている。日々の研鑽の結果と、類い稀なる先頭のセンスがきらめいているように思えた。


 俺は、どちらかというと才能はないほうだ。兵として戦場へ赴いた最初はまともに動くことすら出来なかったし、それ故に、そこからの日々の全てを俺は剣に注いできた。

 才覚vs努力。この勝負は均衡状態にある。


 左斜め下に袈裟切りをし、それを躱したレックが隙を突いて横薙ぎをしてくる。なんとかその攻撃を剣で受け止め流す。そして再び斬りかかり。


 こんな勝負がどれくらい、続いただろうか。レックは魔法をお使おうとせずに、剣だけで戦っている。


「どうして魔法をつかわない?」

「君程度なら、今の私には剣だけで十分だ」


 そう言ってレックが再び剣を振る。しっかりと、躱したはずだったが。


「な」


 浅くだが、頬に傷が入り血が垂れる。


「何をした」

「剣の波動だよ。おっと言っとくが、これは魔法じゃない。私の技量だよ」


 言ってくれれば、それなりの対策と傾向がつかめるものだ。

 俺の脳内には、不思議と剣が繰り出す波動とやらが、鮮明に映し出されていた。レックが剣を振るうたびに、通常よりも大きく体を動かさなくてはいけない分、不利ではある。

 しかし、俺は徐々に気分が高まるのを感じていた。戻ってきている、あの時の感覚が。鈍りになまった体が、覚醒をはじめ、脳もそれに追いついてきている。


 ――今なら、あの技も、使えるかもしれない。


 母との記憶は、脳内にかすかに残る朧げなものでしかない。しかし、その朧げな中でも確かに存在するのが。その技を教わった記憶。

 我が家に代々伝わるという、秘技。


 しかし、それを使用するには極度の集中と、自己犠牲の覚悟、同時に愛する者が居ないと、出来ないと言っていた。

 その伝わる秘技は、もはや机上の空論ではないかと思う者を多かったそうだ。


 というのも、我が家に代々伝わるは良いものの、それを使用できる血筋にもかかわらず使用できる者がいない。ただ書物にはそう記されているだけで、実際に目にすることが出来なかったから、人々はそれを疑った。


 結局、母も誰も家族全員。その秘技を使うことなく戦場で散ってしまった。

 その後に、その技を使うことに成功したというのだから皮肉なものだ。


「考え事をしている暇はないぞ」


 意識が現実に引き戻され、レックの斬撃が俺を襲う。


「分かっていないのか? 君たちは私を殺せる絶好のチャンスを逃したんだ」


 次々と繰り出されるレックの攻撃を受けるのに精いっぱいで、それ以外のことが出来ない。何とか剣で攻撃を受け流してはいるが、これがいつまで持つかは正直なところ未知数。

 はやく状況の打破に。


 と考えていた矢先、決定的に一つの動きが遅れた。するとどうなるか、必然的にレックの攻撃が入ることになり、それは死を意味していて。


「――【風神劇ウェルブレム】!!」

「ッ! 鬱陶しい!!」


 そこに、ティアの補助が入り何とか死を免れる。

 素早く視線だけで感謝を伝えつつ、俺は攻撃へ転じようと剣を前に構えて。


「!?」


 居ない。先ほどまでいたはずのレックの姿が無い。冷や汗が背中に垂れて、俺はティアの方を向き。


「まずはお前から片づけてやる!」


 ティアにレックの攻撃を防げるだけの力はまだない。ましてや魔法特化のティアは、近接戦にめっぽう弱い。

 間に合わない。間に合えない。逸る心ばかりが先行して、体がそれに追いつかない。

 たった数メートルの距離であるはずなのに、それはとてつもなく遠く感じる。


 救えた命に手が届かない感覚は、いつも絶望とセットにある。

 その絶望を、俺は何度感じてきたことか。何度味わったことか。そして幾度と後悔の涙を流して、屈辱と共に剣を振るった。


 それでも尚、届かない領域がある。


 まるでスローモーションかのように世界がゆっくりと動いている。ティアの細く白い腕に、レックの剣が少しづつ入り、赤が飛びだす。

 このまま、俺は、俺は。


 ――。

 ――――。

 ――――――今。


「――」


 我が家に伝わるその秘技は、空間を操作することが出来る。

 簡単に言えば、時間を停止する。


 その代償は大きく、命を削り、世界に大きな影響を与えることになる。

 しかし、もう、命をこぼしたくない。


「ッ……!」


 レックが、何をする事も出来ないまま俺の方を眼球だけで睨む。何をしたのか、といった目だ。

 そっと剣を持ち直し、歩きはじめ。


 その歩みは、どんな疾走よりも速い。

 俺は時間という概念から炙り出た。だからこそ、世界は均衡を保つために時間を止める。そこでは、俺だけが動ける歪んだ空間が出来上がる。


「お前は今まで何千、何万もの命を奪ってきた」


 時間が止まっている今、聞こえるかは分からない。しかし、言ってやる。


「その代償を、お前一つの命で償えるとは到底思えない」


 心の中を吐露するように、大胆に激しく。


「お前には、地獄がお似合いだ」


 そして、剣を大きく振りかざす。

 そこで俺は空間操作を止め、動きを開始する。


 ティアにしてみれば、突然にレックが倒れたようなもの。驚愕を顔に浮かべている。

 背中に負った傷は、気血の剣によりしっかりと刻まれている。龍の血が、その体に流れ込んでいるはず。


「う、うがあァァァァ!!」


 苦しみにもがき、地面を這いずり回るレック。ここまでの傷を負い大量の出血をしているにもかかわらず動けているのはやはり常軌を逸している。


「この、狂人が」

「なにを…したッ!! この、私があああ!!」


 執念で立ち上がろうとするも、レックの身体は徐々に龍の血に蝕まれ、崩壊が始まっているため起き上がろうとした最中に膝が折れて倒れる。


「言うならば、俺の隠し玉、だ」

「好みをもって実感したんだ、分かる。お前は、時を」

「ああそうだ」


 もう半ば立ち上がることを諦めたのか、レックは仰向けになって半壊状態の天井を仰ぐ。


「それこそが、私の求めていたものそのものだといってもいい。次元の超越。君は、どうやってそれを」

「――そんなの、分かんねえよ。でも、一つだけ分かることがある」


 黙って、レックは目を閉じる。


「仲間を助けたいって、そう思えることがなによりも必要なことだ」

「そう、か……。かはっ」


 血塊を思うがままに吐き出し、口に端に浮かぶ血泡を衣服の袖で拭い、そして長く息を吐くと。


「グレシア。君との約束は、今でも忘れていない」

「――」

「いつか魔法を極めて、ふたりで旅をしようと。そう誓って」


 もう長くないことを悟ったか、レックはそれきり口を閉じて、そっと一冊の本を取り出し。


「そこに全てが書かれている。ジャックに渡してくれ、頼む」

「ジャックは、お前が斬ったんだろう」


 しかし、ジャックを見るに今は気絶しているだけの状態。致命傷は避けるように傷が入っている。


「君こそ今後の魔法界に必要な逸材だ。この勝敗も、当然の物なのかもしれないね」

「……」

「最後に、言い魔法が見れたよ」

「あれは、魔法じゃない」

「ふっ、そうだった」


 遂に体の崩壊は胸部まで進行していて、話すことすら出来なくなって目を閉じる。

 それこそ、いつもの穏やかな学園長の顔になり、目を閉じた。死にゆく者の最後を、汚すことは誰にもできない。それがどれだけ悪人だったとしても。だから俺やティアは、黙ってそれを見ていた。


 そしてゆっくりゆっくりと、風の前の塵になって、レックは空へ舞っていく。


 残ったのは、そこに置かれた古びた本と、着る者を無くしてぱたんと落ちる服だけだった。

 



 

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