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36.それぞれの矜持

「私は負けない、か」


 ここまで、レックを縛り付けるものは何だ? 恋人の仇は、恨みは、ここまで大きいものか。だとしたら、レックはよほどの愛妻家になっただろうと、一人思い。そして、ここで殺さなければいけない。


「そうだ。私は必ず目的を果たさなければいけない。そうして、私は次元を超える」

「なんで、魔法を極めようと思う」


 それに、レックは大きく息を吸ってから。


「私は誓ったんだ。恋人と、グレシアと。一緒に魔法を極めようと。そして、いつまでも、私たちは……!」


 しゅんとうな垂れたかと思えば、気を取り直すようにレックは顔を上げ、そのまま跳躍。一瞬で、俺の頭上へ到着し、容赦のない一撃を入れ込んでくる。

 響くのは破壊と破壊と破壊の音。それだけだ。


「おい、どうする。動きが速すぎて追えない」


 ジャックが俺と背中を合わせながら、警戒態勢を取ってそう言ってくる。

 そして、ふと自分が団長と言われていた時を思い出し。あの時は、毎日のようにこう聞かれていた。団長、どうすればと。


「ジャックは魔法を撃って視界を撹乱するんだ。その隙に二人でレックを挟む。挟めたら、一斉に魔法を連発だ」

「ああ」


 団長としての振る舞いを見せ、短く作戦を伝えるとジャックが床に魔力砲撃を連発。粉塵が巻き起こる。


「そう来たか。だが策はある。見えない部分ごと焼き払ってしまえば、生き残れるか」


 レックが粉塵が起こる部分全ての獄炎を叩き込み、煙が炎に焼かれて黒煙に変わる。その黒煙は、俺たちの死を知らせるもの、ではない。


「今だ! ジャック!!」

「「【空剣エアソード】」」


 左右から両方の連打魔法。何本もの剣がレックめがけて行きかい、レックに刺さってその速度を落とすか剣と剣同士でぶつかってその速度を落とすかで剣の雨が止まる。


「……こんなものか?」

「……」


 絶句。あまりに異常な防御力。いや、防御力とは言わない。

 特化した獄炎の温度により、敵の攻撃を焼き、自分の攻撃を行う。攻撃は最大の防御というが、まさにそれを具現化したようなレックの存在を、俺たちはひしひしと肌で感じ取っていた。


「天をも焼き尽くす我が業火。その身と後悔をもって味わうといい」


 口調が一変し、レックが先ほどの何倍もあるような灼熱の炎。今度は色が赤色ではなく、青色にその色を変化させている。

 そして、それがその身を焦がさんと勢いを上げて襲い掛かる。


「そのままキエロ!!」


 おそらく、これは。


「イフリートに呑まれていやがるな」

「おいおい、冗談よしてくれ」


 ジャックが思ってもいないかのように笑い。見栄を張るように嘲た。

 俺はそれを見過ごしながらも炎を躱し、同時に目の縁が勝手に熱くなっていくのを感じていた。頬に雫が垂れる。


 それは、嘘偽りのない純粋な涙。パッと出た感情ではない、長年の悲哀のような涙。


「これは……」

「人間はオロカだ……我々の主君が、人々にブンメイをもたらした。しかし、人間はそれをアクヨウし、我々までをも迫害し封印した。この恨み、決して消えることはないぞ人間!!」

「……ダメだ。イフリートが完全に主導権を握ってる」


 もうレックの意志はあそこにない。しかし、イフリートは涙と共にこうも言う。


「この男も、人間に深いニクシミを抱いている。この憎悪、そう簡単に消せるものではないぞ」

「ちっ」


 レックの体中を取り巻く炎が激しく燃え盛る。その際、レック自身もダメージを負うことになる。イフリートとの融合が、まだ完全に出来ていない。だからこそ、叩くとしたら今。勝機を見出すのも今だ。


「ジャック! 行くぞ!」

「魔法をできるだけ撃て!」


 ジャックに言われた通り、俺はイフリートの炎の鎧を破壊すべく魔法を連発する。

 相性的に考えれば、水魔法を撃った方がいいのだがイフリートの炎が強すぎるため意味をなさない。よって、俺が撃つべく最善な魔法は。


「【爆陣円断サーテリア】」


 瞬間、円状に爆発が轟き、一瞬で静まる。この魔法は、音と一瞬の爆発で相手の五感を削ぐ技だ。


「ムダだ。我は神の使い。神は絶対だ!!」

「オラオラァ!!」


 そこに、叩きこむようにしてジャックが氷魔法を放つ。しかし、それはイフリートが腕を振り払っただけで消滅させられてしまった。無論、それだけで終わるほど無策ではなく。


「なっ!?」

「気づかなかったか? お前が放った炎は、今までの分全部俺が吸収してた」


 ジャックの手から信じられない程の火力が飛び出し、さしものイフリートもその火力に後退せざる追えない。

 その隙を俺が付く。


「はあ!!」


 刺突の後の横薙ぎ、イフリートの炎を巻き込んで、その子を描くような銀色の一閃が世界を彩る。

 そして、完全にこちらに意識が向いた状態で。


「今だ!! ティア!!」


 ティアに伝えていた作戦。それは俺とジャックが相手の意識を集中させるから、その隙に裏へもぐりこみ出来るだけ効果力な魔法を放つこと。


 もとはと言えばレックを想定してのことだったが、イフリートになっても狙う位置は変わらない。

 イフリートがレックと融合し、現状はイフリートの核はレックの心臓にある。だが当たり前だが、核はガードが固く。より強固な炎で守られている。しかし、それも表面だけ、裏である背中からの攻撃は想定されていない。つまるところ、裏からの本気の一撃で、心臓を撃ち抜くことが出来る。


「【獄氷槍アイススピア】!!」


 ティアが得意とする氷魔法。しかも近距離での一撃。


「かはっ!!」


 氷魔法がレック兼イフリートの心臓を貫通し、そのままレックが地を這うようにして倒れ、盛大に吐血する。

 そのまま、イフリートは。


「何故、何故なぜなぜなぜなぜワタシが、滅びなくてはイケナイ!!」

「消える時くらいは黙って消えやがれ」


 ジャックが辛辣に、そう言って出血している腕を振る。そうすると、レックの前に血が垂れた。

 

「マンシンするな人間。我々の魂は貧弱な人間とは違い巡り巡って戻る時が来る。その時が、お前のサイゴだ」


 そう捨て台詞はいて、レックを取り巻く炎が消える。そして、皮膚が真っ黒に焦げたレックがその場でもう一度吐血する。しかし驚異的な再生速度だ。その隙にも、皮膚は戻りつつあり更には胸に空いた穴までも少しづつ縮まってきている。


「とどめをかけろ!! ジャック!!」


 俺自身も満身創痍で、膝を血に付き額から垂れた血で片目が見えない。そんな惨めな体勢のまま、吠える。


「ここはお前がやるべきだ。お前が、最後に」

「……分かってる。分かってるんだ」


 でも、とジャックは言ったきり固まる。義理とはいえ、長年父として親しんできたレックの最後をやれと、そう言われてジャックは動けない。先ほどまでの憤慨はどこかへ行き、目の前が真っ白になっているようだった。


「何やってる。あの再生速度を見ろ、もうじき万全の状態に戻る」

「ああ、ああ。分かってる。やるよ、やらなきゃいけないんだ。俺がやるべきなんだ」


 自分に言い聞かせるようにそう言って、ジャックは蹲るレックの前に立ち、そして魔法を展開し。


「戦場では、感情的になった者が負けだ」


 一瞬のその猶予が、命の有無を決める。

 レックが立ち上がり、入れ替わるようにジャックが倒れた。それも、派手に血を跳ねさせて。


「レックゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!」


 目を鋭くさせ、満身創痍のまま襲い掛かる。その直前にティアが止めに入り。


「駄目だよアトス! アトスも感情的になってる。このままじゃ……」


 危うく、全滅もあり得るかもしれない。

 そんな思考が頭を冷やしていく。長く、一つ息を吐きふらつく視界を自分の頬を叩いて無理矢理に覚まし。


「ありがとうティア。多分これが最後の衝突になる。俺の剣戟を、見届けてくれ」

「……うん。絶対に、帰ってきて」

「約束だ」


 俺の体の状況を考えるに最後の衝突だと、そう言ったのだがいつの間に俺はそこまで強くなっていたのか。ティアは俺が勝つことを信じてやまない。だとしたら、その期待にこたえなくては、惚れた女の前では、恰好づけさせてもらおうじゃないか。

 

「もう分かっているだろう。私の魔法に君は勝てない」

「それは、やってから決める事だ」


 レックがジャックの返り血を指で取って自分の傷口に塗る。それ自身は、何も効果のないことだけれど。

 きっと、彼なりのまじないみたいなもの。自分の身体を改変し続けた男の、訳の分からない行動だ。

 しかし、それは俺の『鬼の袈裟切り』にも共通する部分があって。つられるように俺は左手で右腕の手首を掴み、斜めに下した。


「伝説の騎士。アトス君、君は時は違えど、いつかはこうして対面しなくてはいけない相手だったのだろう。私の本能がそう言っている。今後、私の計画の為にも、君はここで排除する」

「そうか」


 短く答える。極度の集中。呼吸すらも忘れて、俺は地を蹴る。

 本当の意味での最終決戦が、今始まった。

 



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