34.本性を現せ
左からの横薙ぎ、背後を取った刺突、股下からの炎魔法、それと同時に繰り出されている右からの袈裟切り。
レックは片手に剣を錬成し、もう片手で魔法を放つ巧みな技を使用し、俺に攻撃を仕向けてくる。
それをすべて避けて、レックが次の攻撃に移るほんの刹那、そこに俺は攻撃を入れた。完璧に首を捉えた一閃だったが。
「ちっ」
魔獣並みの危機察知能力でレックは首を曲げ、それを回避して見せた。
舌打ちをして、俺たちは地面へと着地する。
「魔法なしにここまでやるとは、流石だな」
「魔法なしだからだ、剣に全霊を注げる」
そうか。とレックは軽く相槌をつくと、攻撃の動作をする前に。
「出ておいで、いるのは分かってるんだ」
俺の後ろ、ノティアのいるほうへ声を掛けた。
それを聞いて尚、俺は後ろは向かない。向いてはいけなかった。それが俺が持てる最大限の矜持であり、誇りだ。
裏の人格を理解しているからこそ、俺は今まで鳴りを潜めてきた。
やろうと思えば、戦争の時に体を乗っ取ることだってできた。しかし、俺が望んでいるのはそんなことじゃない。俺は、俺が幸せになればそれでいい。そのために、俺が犠牲になろう。
自己のための、自己犠牲。その歪さを、俺だけが正しく理解している。
「ここに女の子一人で来るとは、大した度胸だ。なにか、特別な事情、または人がいるのかな」
「そ、それは……」
命知らずか、怖気ることもなくノティアはこちらの方へ足を進めている。それが足音で分かった。
それ以上近づけば、おれとの戦闘の攻撃がノティアへ飛び火することがあるかもしれない。だから、俺は強く、警告する。
「ノティア、それ以上近づくな」
「……ッ。そうだよね、私は――」
その続きの言葉が分かってしまって、俺は聞こえなくするようにレックへ攻撃を仕向ける。
強く強く地を蹴って眼前の敵を見据え、剣を振るう。今は、それだけでいいのだ。他のことは、考える必要が無い。大きくゆっくりと息を吸って、再び激しい戦闘が始まる。
その途中、俺には先ほど、ノティアが言いかけた言葉の先が自然と浮かび上がっていた。
――私は、邪魔だよね。
邪魔だったとしたら、どれほどよかったことか。
こんなにも、思い、悩み、苦悩することはなかったんじゃないか。こんなことになったのも、思えば最初はノティアとの一件だった気がする。
「はっ、じゃあ」
勝つしかねえ。
「勝つしかねえので、俺が勝つ」
「いつになっても、人は恋をし恋される。それ自身私は悪いとは思わない。ただ、戦場にそれを持ち込むのは、後で後悔することになる」
レックが大胆な動きで俺へ接近すると、俺の溝を抉るように殴る。
「かはっ!」
内臓が潰れる鈍い音と、込み上げる嘔吐感。派手に体が吹き飛び、背中に壁が衝突して全身の骨に振動が響く。
ただでさえ体の傷を山ほど負っているのに、そこに追撃が来るとダメージが大きい。
正直なと声尾を言えば、先ほどから視界が霞んで見える。目の焦点が合わず、ずっと夢の中にいるような感じだ。
しかし、そんなことを言っている場合ではないし。それにこれ以上の傷を背負って戦ったこともざらにある。弱音などいっていられない。元の人格は魔法も習得しているが、魔力の回復が追い付いていない。この剣を錬成しただけで尽きてしまった。
「……ふん」
無駄な魔力消費を防ぐため、俺は剣を消滅させる。一度消滅してしまったら、もう錬成することはできないが。魔法をつかうことが出来ないのがここにきてあだとなる。
「アトス!!」
何者かがこちらへ歩み寄り、背中に手を回し身体を支えてくる。その何者とは、無論ノティアのことだった。
淡い光が俺の体を包み、気休め程度だが傷が癒えていく。
「やめろ、魔力の無駄だ」
「で、でも! その傷じゃ!」
そう言って、俺はノティアの腕を引き剥がす。どうせ気休め程度なら、魔力の消費は抑えた方がいい。
「アトス、私はアトスが心配でここに……」
「……」
ノティアの気持ちを聞いて、俺は胸が高鳴るのを感じていた。俺が、というよりは元の人格のほうだ。
そのために、俺は言うべき言葉がある。
「お、俺は。お前が求めた人物じゃない」
だってそうだ。おれにはノティアと話し、親しんだ記憶こそあるものの、実感はない。俺からすれば、赤の他人のようなもの。
「え……」
「話している余裕はない。後ろに下がれ、怪我するぞ」
「私も戦うよ!! ッ!!」
ノティアがそう言ったとき、俺とのティアの間を裂くように魔力砲撃が降り注ぐ。弾雨とは、このことか。
後ろを向き、俺はレックへと意識を戻して。
「さあ、まだ勝負は終わらない」
レックがそう言って、魔法を放つ姿勢を作る。そうパンパンと高威力な魔法を撃たれても困る。だから、一つ対策をした。
「ふん、なるほどな」
「魔道具だ。お前が魔法をつかう際、二割が俺に流れ込んでくる」
元の人格が用意していた魔道具。魔道具とは、もとから魔力の込められた代物で、魔力を消費せずに使うことが出来る便利な道具。俺はそれを使用し、レックにある意図を繋げておいた。その意図は特殊な意図でできており、レックの魔力を吸い取る。それが俺に流れ込んでくるのだ。
「その程度、私には関係ないさ。それに、君は魔法を使えない」
「ああ、そうさ」
薄く笑い、レックはさらに魔力を込めて魔法を作ると。
「【業火神】」
「!?」
厖大な熱が、その場に集まる。集まって、一塊になり、形を宿していって、出来上がったのは。
「炎をつかさどる精霊だ。お前が試合で使っていたグリフォンが魔獣の王だとしたら、これは神。世の理すらも捻じ曲げる、不条理そのものだ」
イフリートがそっと息を吐くようにその場で手を振りあげる。
それだけで、周りが焼け野原になった。そして、余熱を帯びた熱風が襲い掛かる。
「! なんて熱量!!」
火傷に響くような痛みが走り、俺はその場に膝をつく。流石に、これ以上の戦闘は無理か。
負けるのか? このまま何もできずに。
「キュア!!」
すると、再び俺のかっらだを淡い光が包み込む。
「おまえ……回復魔法はもう」
「だめ!! 止めってって言われても止めないから! このままじゃアトスが」
そう言って、懲りずに魔法を放ってくるノティア。なんとか立てるようになり、俺は立ってジャージを脱ぐ。
焼け焦げたジャージはもう衣服の意味をなさないし、来ていても邪魔なだけだ。再び戦おうと、立った時だった。
「アトス!!」
強く名前を呼ばれて、後ろから抱きしめられる。柔らかな感触と、甘く優しい匂いに包まれる。
あぁ、これが元の人格が求めていた温もりか。
そんな感慨を抱き、俺は身動きを取ることが出来ない。いや、動こうとしていなかった。
「アトス!! もう一人で戦うのは止めて! 私も、頼ってよ!」
「俺は、ちが――」
瞬間、イフリートの獄炎が俺たちを焼いて、灰にしようと。
「――すまねえ。少し眠っちまった」
ジャックだ。ジャックが、その獄炎を身にまとう炎刃で相殺していた。
「まだ生きていたか。愚かな器だな」
「死に様くらいは選びてえからな。ここで死ぬわけにはいかねぇんだ」
そうして、ジャックはその首の骨を鳴らすと、俺たちに少しだけ振り向いて言う。
「俺が時間をかせぐ、お前らは逃げろ」
「……ッ」
そんな、教師みたいなことを言わないでくれ。
ジャックの見せた顔は、生徒を思う教師そのもの。そんな子、今まで一度たりとも見せたことなかったのに。
それきり、戦闘が始まる。俺の時よりも激しい戦闘だ。巻き起こる風と響く振動がそれを伝えてくる。
「アトス、ジャックが先生が作ってくれた時間。逃げよう」
「いや、ダメだ」
強く否定する。
「なんで!!」
「俺が、レックを倒す」
それは俺の意志でもあり、俺の意志でもある。今も、がんがんと聞こえてくる心の声だ。
「ありがとよノティア。俺は初めて、人の温もりを今日知った」
「ぇ……?」
か弱い返答だ。掠れたような、泣きそうな声。
「今までずっと、戦い以外何も知らなかった。知りたくもなかった。だから元の人格が理解できなかったんだ。どうして、お前はそんなに弱いのかと」
「……」
きっとノティアには、何を言っているのか分からないだろう。だけどそれでいい。
「どうにも、俺はここまで見たいだ」
「!? それって!」
立ち上がった俺に、地面に腰を下ろした状態のノティアが手を伸ばしてくる。それに穏やかな笑みを浮かべて返し、そして。
「ティア」
人格交代。
ティアの手を取りそれをこちらへ寄せる。ティアがそれに応え立ち上がり。二人横に並んで、俺は言う。
「もう俺は一人じゃないって、そう思えた。それはティアの御陰だ」
「あ、とす……」
「一緒に、戦ってくれるか?」
目を見つめて、はっきりと。
「うん!」
そして、『鬼の袈裟切り』を俺はして。少しは楽になった体を動かし。
「さて、伝説の騎士の実力を見せてやろうか」
もう気にする必要はない。たとえそれで関係がどうなろうとも、今、この瞬間をみんなで生き抜くために。
薄く、冷徹に嗤った。
後数話で一章完結です!
少々忙しく更新が遅れてすいません!!
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らすとすぱーと!!




