33.届かぬ手
「なんで、お前は動けるんだ!! 私の言霊を、破ったというのか!!」
「俺は、自分の守りたいものの為に戦う。だから、それに必用な覚悟を持ち合わせただけだ」
驚愕の表情を浮かべ、俺の刃を腕で受けているレックは後ろげ大きくのけ反っている。
しかし、その事の異常さにはこちらも驚かされている。なぜなら、レックは平然と俺の剣を、腕で止めているのだから。
俺自身が思っていた予想図は大きく異なる。
「お前、何を」
「私の身体は鉄よりも固い硬度になっている。たかが君の太刀筋では斬れない」
顔を歪ませて、再び余裕の表情を作るレック。俺の剣を腕で弾き、レックはもう片方の腕で魔法を放つ。
魔力砲撃だ。それも威力の桁が違う。このまま受ければ、間違いなく死ぬ。
「ッ!!」
咄嗟に身を回転させ、俺は魔力砲撃を回避する。建物が振動するほどの威力。レックは異次元の強さだ。
これで、レックが言っていた次元の超越。魔力を消費していないのだとしたら、勝ち目などほぼなく。
「いや、考えちゃダメだ」
そんな後ろ向きな精神を黙らせて、俺は剣を正面に構える。視界を真っ二つに斬る流動的な赤が流れる剣は、まるで生きているかのようで、いや、生きている。
グリフォンには及ばないものの、別の面で魔獣の王と呼ばれる龍の血は、決して蒸発することも、固まることもない。
その地に素手で触れれば皮膚など簡単に溶け、その体を蝕んでいく。それを剣にする技術にはいささか驚いたものだ。
これは、不確定要素の多い勝負法だ。
この、龍の血でできた剣をレックの体内に入れる。すると、レックが適合しない限り、龍の血がレックの身体を蝕み、強化された体を元通りに、あるいは破壊してしまうかもしれないが。
どちらにせよ、その方法が最善のように思われる。
問題は、どうレックに近づき、血を入れるか。先ほどまでの接近話として、安易にレックに近づけない。こちらは魔力がほぼ残っていないし、剣を作るので精いっぱいだ。
デルトとの戦いで消耗しすぎた。後先考えない俺の悪い癖だ。
「ボケっとしてると、ジャックが死ぬぞ」
そう言って、レックはジャックに魔力砲撃を放つ。意識を失った状態で倒れている状態。自分で回避はしてくれない。
俺が、助けるしかない。
「やめろ!!」
ジャックの前に立ち、剣でそれを受け止める。物凄い威力に、剣を持つ腕が震えた。しかし、その剣を下げることはできない。
「うらあああああ!」
全力で剣を振るい、レックの魔力砲撃を弾いた。しかし、代償は大きい。
来ていた学園の白を基調としたジャージは破れ汚れ、腕を覆う部分が無くなっている。足元はその威力の凹み、足もがたつく。なにより苦しいのは、全身に負った火傷だ。
見え張った啖呵を切って、飛び出してきたは良いが体は悲鳴を上げている。
苦しい、痛い、寂しい、そんな負の感情が俺の中で確実に芽生えてきているのが分かった。
「はじいたか、だがもはやこれまで。君は、もう余力を残していない。私と戦おうというのに、そんなお粗末な状態で来るんじゃなかったな」
「くっ、は……」
鼻からあふれた血をジャージをめくって拭い、再び意識を集中させる。
いまは、全霊を注ぐしかない。
その時だった。
「まともに動けてすらいねえじゃねえか。こんな傷負ったくらいで、へこたれてんじゃねえよ」
「……何を言っている」
レックが目を鋭くし、俺に問う。しかし、当の俺にもよくわからなかった。
そのまま、意識は緩やかに落ちて。
「はあ、ようやく体の主導権を得たぜ、苦労するな。裏の人格は」
「……君は、そうか。そうだったのか、君がデルトを」
そんなレックの問いに、俺は首を大きく縦に振り。
「ああそうだ。俺があいつを倒した。あんたの教え子らしいが、教育が足りてなかったな」
「くく、面白いことを言ってくれる。どうにもおかしいと感じていたんだ、さきほどまでのアトス君が、デルトを倒せる筈が無いとね」
「そりゃ鋭い考察だな。ほんとのところは、元の人格の方が強いわけだが」
「……なに?」
レックが声を低くし、俺を見る。睨まれたとしても、本当のことだ。元の人格に裏の人格が勝てるわけがないだろう。ただ、今のあいつが弱いのは。
「人目を、気にしているから。だから弱い。本性を出したら、引かれるんじゃないか、嫌われるんじゃないか、軽蔑されるんじゃないかといった思いが渦巻いてる」
それは、裏の人格である俺だからこそ分かることであった。
一人、準備室に残され、それまではもやがかかっていた孤独がはっきりと姿を現した。自分を抱きしめてくれる存在が居ないことを、嘆いていた。
「こいつは悲しんでいたよ、それから一段と弱くなった」
「くだらない思いだ」
「くだらないって、その一言で終わらせたらそれでおしまいだ」
「お前も、アトスであるのは変わらない。そういう思いがあるのか?」
その問いに、一瞬の硬直が生まれる。なんと答えればいいのか、分からなかった。
「俺は、戦うために生まれた人格だ。だからそんな思いが生まれることはない」
「そうか、君は煩悩が無いから、強いんだな」
「そういうことになる。俺は、戦闘を楽しめる」
お互いに、奇妙な間が落ちた。笑みを浮かべ、同時に地を蹴る。
――戦闘開始。
△▼△▼△▼△▼
辿り着いた中央本部は、もぬけの殻だった。扉を開けてすぐの広間から長く続く廊下は焼け広がっていて、焦げた跡以外何もない。一足遅かったかと、私の中で焦燥感が走る。
焦燥感につい足が速くなり、いつしか全力での疾走に変わっている。
瞬間、爆轟が響き、立て己が大きく揺れる。聳え立つ柱にしがみつき、なんとか転倒は避けたが。
「今のは」
遂に不安が限界に達し、ようやくたどり着いた廊下の先にある巨大な扉を開く。
すると、
「なにが、起こっているの……?」
何かが、そこで戦っている。しかし、その姿が一向に見えない。目視することが出来ない。
次々と壁に穴が開き、そこにいるのかと思えばまた次の場所に穴が開く。
「なかなかやるようだ」
「……! お前もな」
私に気づいているのか気付いていないのか、突如二人の姿が現れ、互いに荒い息を繰り返している。
学園長の顔が正面に見え、その前に立っている人物の背中は。
「アトス!!」
間違いがなく、アトスの背中だった。身に着けたジャージはボロボロになり、巻きつけている包帯も焼け焦げている。
伸ばしかけた手も空振りに終わり、戦闘の続きが始まる。
一瞬だけ、目が合った気がした。そして、何かを言った気がする。
△▼△▼△▼△▼
後ろに、誰かがいる。その誰かは、この中にいる人格が探し続けた人物で。
だから、今は振り向かない。だって、それは。
「その出番は、俺じゃねえ」
 




