32.魂の格
俺の介入する余地がないまま、戦いが進んでいく。
両者無言の戦い。それほど魔法に精通していて、無詠唱でも高レベルな魔法が放てている。魔力が弾ける爆発のような音と、偶に聞こえる服が擦れる音。
速い、速すぎる。音すらも置き去りにする戦闘。異次元だ。
そこに、ふと声が響く、ジャックのものだ。
「あんたは、俺のことを利用するために、今まで育ててくれたのか」
ジャックのその問いに、帰ってくるのは命を刈り取る強烈な魔法だ。
砂、だろうか。砂をまとめた球体がジャックめがけて飛んでいく。それを華麗に躱すと、ジャックは膝をついて。
「はあ、はあ……」
壁に衝突した砂によって、壁に巨大な穴が開く。その砂の一粒だけでも喰らったら人体など呆気なく吹き飛ぶほどの威力だ。
それを躱すのは容易なことではない、神経をすり減らすような集中と、あり得ない程の身体捌きが必要とされる。
防戦一方となっているジャックを見るに、戦力の差は明らか。あと何分守り切れるか、といった感じだろうか。
「おい、聞いてんのか。あんたは、なんで俺を」
「――なら、私に一発攻撃を入れてみろ」
同時に、空気が膨張する音。張り裂けるような破壊の前兆が、耳を貫く。
男、レックの手には、片手に全てを溶かす獄炎、片手には全てを凍てつかせる氷塊が浮かびあがっていた。
なんていう魔力、無詠唱で、ここまでの魔法を。
「――!!」
状況の理解に頭が追い付かない状態で、その魔法がジャックに降りかかる。
物凄い炸裂音、巻きあがる衝撃波の風が俺を壁に押しやり、膝を地につかせた。付かざるを得なかった。
「ッ! 大丈夫か! ジャック!」
その暴風を避ける為に腕を顔の前に出しながら、俺はジャックに声を掛ける。砂塵が巻き起こっていてジャックの姿が見えない。不安が体中を駆け回り、冷や汗がだらだらと垂れている。
もしや、死んでしまったのではないかと。
しかし、そんな不安は杞憂に終わり――。
「あめぇんだよ!!」
レックの背後、完全に死角を突いたジャックが後ろからおそらくジャックが出せるであろう最大火力の炎刃が、レックの胸に刺さる。ごぼごぼと、レックが溶けるするのを見ながら俺は。
「今すぐその場から離れろ!」
俺は咄嗟に走り、ジャックの腕を引いてレックから離れていく。
「てめえ!! なにすんだ! 俺はあいつと、親と決着をつけなきゃいけねえんだ」
「見ろ」
激昂するジャックの腕を引きながら、俺は簡潔に口を開く。
おそらく、その言葉だけですべてわかる。
瞬間、鋭利で凶暴な風の刃がその場で荒れ狂う。
「気付かれたか。上手く演じたつもりだったが」
自分でジャックの炎刃を抜き、口から垂れた血を引いてレックはフードを後ろにあげた。
初めて、ではない。学園内で何度か見たことはあるし、顔を偽っていたということもない。まんまのレックだ。
しかし、その顔は普段の穏やかな学園長からは想像もできないような冷徹な目をしていた。その眼の覇気は、齢など存在を忘れさせる。
「な……俺の攻撃をわざと……」
「ジャック、お前の魔法は次元が低すぎる。あれだけ私が指導したというのに、何故呆れるほど弱いのだ」
ため息交じりの落胆の声。本当に、ジャックの魔法など意に介していない。
「だが、私に一撃を加えたという事実はできた。よって先ほどの問いに答える」
「……なぜ、俺を」
「それはな、お前が次元の超越を成しえる存在だと思ったからだ」
「次元の、超越だと……?」
聞き覚えのない言葉だ。次元とは。
「私が運営するあの学園は、戦争への兵士の育成と同時に、次元の超越を成しえる人物を探す場所でもある」
「!! 再び戦火を斬るつもりか!」
「そう焦るな。まずは説明しよう。私が目指すのは、完璧な魔法の世界。魔力の消費も、体力も、何もかもが卓越した完璧なる魔法の究極形態を作るのが目的だ」
レックは子供のように、酩酊した笑顔を浮かべると床についた自分の血を見ながら。
「そのためには、混血の血が大量に必要だった。混血の血から武器を作り、それを純血の体の一部に融合する。すると、魔力を製造する体の器官が複数の遺伝子の侵入により活発化するんだ。その時点で、遺伝子の侵入に耐えられなかったものは死ぬが」
「そんなことのために、お前は」
怒りで握った拳から血が垂れる。その血すらも、レックはじっと見ていた。
「ジャック、お前はその器だ。現に私がいろいろといじくったその体でも今生きている」
ジャックが戦闘の時に見せたあり得ない程の回復速度。自分でやっていたものだとばかり思っていたが、それはレックの仕業によるものだったのか。そこで、最悪の想像が俺の頭をよぎる。
「おい、おまえは。何故、サレトリア君主国と戦争をした……」
「? そんなの、混血の血が欲しかったからだ。戦争の火種を作るのは実に簡単だったよ、賢人会のメンバーはもともと六人。その一人が隣国へ出向いた際に暗殺し、隣国の責任にした」
「レック!! お前はッ!」
怒りで声を震わせながら、俺は剣を作ろうとして。
「まだ話は終わっていない。黙って聞いていろ」
俺の足元に何かが迫る。
「!? これは!」
「私の"言霊"だ。魂の格に違いによって相手を縛ることが出来る」
レックが言っていた、次元を超えるというのは、あながち口だけではないのかもしれない。
こんな魔法、見たことが無い。いや、そもそも魔法なのか? 感じ取れる魔力はない。つまり、これは。
「君も察知しているだろうが、これは魔力を消費しないれっきとした魔法だよ」
「お前、自分自身さえも」
「ああそうさ。私は自分にも可能性を見出している」
どこか懐かしむような顔を思い浮かべ、レックはジャックのほうへと向かい合うと。
「ジャック、今から適性の試験を受けるか? 魔術を、再び刻んでもらうが」
「ッ! 何を!!」
余裕の絶えないレックのおどけた口調。直前のジャックとの死闘もまるでなかったように、レックは嗤う。やはり、ジャックに魔術を仕込んでいたのも正体はレックだ。
「俺は、もうあんたとは手を組まねえ。親とは、もう二度と名乗るな」
「冷たいな。目的はあったとはいえ、私はジャック、お前を真剣に育てていたというのに」
「黙れ!! 本当はお前は! 恋人の復讐がしたいだけだろ!!」
ジャックが激発、レックに言葉をぶつける。その言葉を聞いて、今まで一度たりとも笑顔を崩さなかったレックの眉がぴくりと動いた。
「……恋人は混血に殺されたが、それは関係ない。なんでもかんでも結び付けようとするのはお前の悪い癖だ」
「ああそうかい。恋人が殺されたから、あんたは混血に恨みを持って、混血の住む隣国に戦争を仕掛けたんじゃないのか」
「違うと、言っているだろう!!」
長い息一つ、レックは吐いて両手を大きく振る。空気が振動し、身動き一つとれないまま俺はそれを見届ける。あまりにも刹那な攻撃。迎撃態勢など、取れるはずっもない。ジャックの後ろに回り、レックは首を掴むと。
「それ以上言ったら殺す。いくらお前が器だといっても、器ならほかにもいるんだ」
「くはっ……! デルトと、俺以外、にか……?」
「ああ、そうだ。最高の器がいる」
そうして、更に強く、ジャックの首を握るレック。マズい、マズいマズいマズいマズいマズい。
このままでは、ジャックが。
しかし、体は動かない。レックに言霊を掛けられてから、寸前たりとも動かないのだ。
つくづく、肝心な時は動けないと自分で思いつつ。そんなことを思う余裕もとうとうなくなってくる。
「彼だよ、彼。アトス君。彼には最高の血が流れている。さぞ、武器にしてみれば高品質なものが作れるはずだ」
「れっ、くぅぅぅぅぅぅ!! 俺の生徒に、てを、だす――」
「黙っていろ。おまえはもういらない」
レックはジャックを地面へ叩きつけると、そのまま地面に埋もれるジャックの頭をふみつけ。
「終わりにしてやる」
動けない。動くには、力足りず。及ばない。いつも、一歩足りない。なんで、俺は。
動け、動け動け動け動け。
「つくづく、哀れな奴だったな」
手刀を作り、レックはそれを振り上げると。
「動け」
なんとか口を開き、魂の格差を埋めて、俺は足を動かし。
転瞬、俺の刃がレックの腕を止める。きんと、甲高い音がなって火花が舞う。
「んな!? 私の言霊を」
「魔剣」
もう一太刀、片手に魔剣を錬成してレックの腹をつく。
これも通らない。きんと音がして、弾けて後ろへのけ反る。
「ふふ、器は簡単に手に入らないという訳か」
「俺は、戦いにここに来た」
俺は、剣を合わせた。
魔剣レーヴァテインを合成すると、出来るのは気血の剣。龍の血から作られたその剣は、魂すらも、切り刻む。
あいてが血で戦うのなら、こちらも血で戦うのみ。
心のどこかから、こんな声が聞こえた気がした。
『血を、血で汚せ』




