25.決闘者
準備室に一人立ち尽くし、俺は自分の掌を見つめる。
掌には、見慣れたドックタグが天井からさす照明の光を反射して、一層輝いて見えた。
それが俺に対しての唯一の応援のように思えて、虚しい鼓舞だなと一人嘲る。
次が決勝戦、観客も空気も熱気であふれかえっている。
「行こう。もう、狼狽えていても仕方ない」
そうして、俺は対戦相手に指名したデルト・シンエスタ&ノティア・カースペアと対面するために、長い長い灰色の廊下を歩きだした。
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「一人でこの場に来るなんて、ペアの子はどうしたのかな」
肩を並べる者の居ない俺に、デルトはそんなことを訊いてくる。
分かっているはずだ。リアーナは、誰かに襲われた。その誰かを、こいつは知っている。長年培ってきた鋭利な勘が、そう思って揺るがない。
だが、そんな安い挑発に乗るわけもなく。
「俺一人で十分だから、一人で来た」
「……! 言ってくれるね」
会場全体がざわめく。
生徒会長に啖呵を切るなど、自殺行為にも等しいと。
デルトの後ろに立つティアは、まるで何かに操られているように身じろぎしない。そこに呆然と立っていた。
「君は、ティアさんと仲がいいようだね。戦うのは躊躇われるかい?」
「躊躇う必要がない。俺は、勝つためにここに来た」
そう、腐れ切ったこの生徒会長の性根を、学園を粛清するために。
「へえ、弟と戦っている時も見てたけど、君は強いんだね。強いから、自分が常に上だと思ってる」
どこか自分語りのようなデルトの言葉を、俺は話半分で聞き流す。弟など眼中にない、のだろう。心底呆れながら、デルトは再び口を開く。
「それはいいことさ。自分に自信があればあるほど、人は大胆に立ち回れるようになるのさ」
「……」
「でも、その分、理解してしまった時のダメージが大きい。自分は所詮、とても小さな箱の中での強さを誇っていたのだと」
大胆に両手を広げ、デルトは狂信的に言う。
「今から、君に弱さを理解させてあげよう」
試合開始の音が会場に響き、それと同時にもう一つの爆音が轟く。
「【極氷槍】」
弟であるダクトが放っていた最大級の魔法。それを優に超える大きさ、勢いの氷槍が飛んでくる。狙いも正確で、確実に心臓を狙って来ている。
「魔剣、はあっ!」
短い詠唱で錬成できるようになった剣を握り、俺は氷槍の表面を剣で弾きながら躱す。
確かに斬ろうとしたはずなのに、剣先が滑って斬れなかった。
それほどの魔法の熟練度。熟練度が高ければ高いほど氷の表面は凹凸が無くなっていく。それをあの一瞬の詠唱で、しかも何発も撃ってくるとは、やはりそこらの生徒とは格が違う。
「【龍炎神】」
すると渦を巻く獄炎が場に現れて、蛇のように俺の下へ這い寄ってくる。
それを斬って回避し、攻撃へ転じようとしたときだった。
「これは、追跡型の魔法だ。対象が死ぬまで、追跡の手は止まず、魔法は途切れない」
「ちっ……!」
その斬った炎が、再び合わさって移動を開始する。まるで意思を持ったように巧みに俺の視界から出て、後ろからの死角攻撃。
「っと」
身体を空中で前転させ、空中で回し切りをしその攻撃を斬って回避。次なる攻撃が来る前に動きを封じる。
「【氷壁】」
中央ホールの天井まで届くような高さの厚い氷の壁が炎を沈める。
そして、ようやく攻撃しようと、
「俺の魔法ばかり見て、俺は放置?」
「な――!?」
気づけなかった。みればデルトはすぐ後ろに密着していて、背中に灼熱の痛みが走る。
デルトは手に炎魔法を宿したまま俺を殴ったのだ。
しかし今心配するのはそこじゃない。なにより速い。隠密部隊で活動していた俺だ、そういった敵の動きは把握できるのだが、デルトの場合はできなかった。
「単純な速さ、だったら君には勝てないだろうね」
「……どういうことだ」
心の中を読んだかのようにそう言うデルトに問う。
「俺は、魔法を極めているということさ」
「!?」
また背後を取られた。すっと、音もなく後ろにいるのだ。
これは――。
「隠蔽魔法と、加速魔法を瞬時に!?」
「ああ、そうさ。こいいうのは初めてかな」
まさか、そんな。
魔法の発動が早いということは、イメージが完璧にできており、更には使い慣れていないといけない。
「お前は、一体どこまで……!」
「一心不乱に、最強を求めてきた」
「……?」
唐突に、全ての思いを吐露するように、デルトは語る。
全ての思いだからこそ、そこに一切の糊塗はない。
「俺はね、戦争に出ていたんだよ。そこで、味わった。自分の無力を。最強でいなければいけない俺がだよ」
「戦争とはそういうものだ」
味わうだけなら、きっと俺の方が味わっている。どれだけ自分の無力を悔やんだことか。止まらぬ血を、止めようと思えば思うほど自分の中でなにかが崩れていくのが分かった。
「君も、戦争に出ていたのか」
デルトがそう聞いてくるので、俺は。
「ああ、俺はこっちの国の軍じゃないがな」
「そうか、よくわかったよ」
「? それはどういう……!?」
瞬間、頬を鋭利な風の刃が撫でる。さっと小さな裂傷が出来て、血が滴った。
「君か、君だ。君だったんだな。俺に恥辱を掛けたのは、忘れられぬ屈辱を植え込んだのは!!」
突如落として激昂し、デルトは魔法を乱発する。どれ一つをとっても完成されている。避けるのでやっと、いや完全にはよけきれていない。裂傷が体に増えていく。
「急にどうしたんだ! 俺が何かしたのか!?」
「何をしたも何も、お前は俺にとって一番、憎き相手だっ!」
大声を上げ、魔法を連発するデルト。しかし、流石のデルトでもあれだけ魔法を乱発していては体力が切れる。
ぜえはあと、荒い呼吸をして膝に手をつくデルトを見て絶好の攻撃チャンスだと思い、俺は剣を握り直して突撃しようと。
「【風神劇】」
荒れ狂う暴風が、俺の進行を邪魔する。響いた風鈴の声音。俺は咄嗟に振り返った。
「……」
そう、敵はデルトだけではない。
「そうだ、あいつに撃つんだ。躊躇は要らない。殺す気で」
デルトがティアにそう言うと、ティアは表情を変えないまま魔法を放つ。
「【獄炎火】」
「……ッ! 熱いッ」
傷口を炎が炙り痛みが迸る。
おかげで出血は止まったが、これでは防戦一方だ。
「何かないのか。何か、打開策は」
考える。思考を割いている余裕もないのに、ただ考えることだけに集中して、迫りくる獄炎さえも無視して、結論に辿り着かんと考える。
炎、人数不利、魔法、熟練度、何か、何か。
その全てに対して、対抗できる策。
はっと閃光が走るようだった。頭に、一つのアイデアが落ちる。
そして、俺は懇願した。どうか、成功してくれと。一度はやったことがある魔法だ。あの時と、同じようにうまくいけば。
「グリフォン、お前が必要だ」
一章最後の山場に突入しました!
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