24.獄道者
リアーナとヤシュアの治癒を終え、丸一日が経過した。
様態は安定していて、目立った外傷も内側の傷もないはずなのに何故だか二人は目を覚まさない。
そのため俺は今日も一人で試合に参加することになり、特に苦戦することもなく明日の最終日まで進出することはできたが。
「ついに明日はデルトと……でも今日は何をしているんだ?」
自宅のリビングで脱いだジャージをそのままに椅子に座り考える。
「ヒートブラスト」
もうすっかりと調整にも慣れた炎魔法をつかって湯を沸かし、俺はコーヒーを淹れて一啜りする。
口の中に広がるコーヒーの風味と苦みを味わいながら、俺は考える。
デルトは、今日は何をしていた?
体調不良、という線はないだろう。
昨日は生き生きとしていたし、昨日の時点から今日休むことは決まっていた。
「ということは、ティアは今日一人で試合を?」
もう一口コーヒーを飲んで、吐息を吐く。
「いや、違うか」
デルトたちは一試合にかかる時間が極端に短く、一日目の時点で二日目の分までの試合が完了しているのだ。
その鬼神ぶりを見て戦う前から降参した者もいるとか。
と考えると、デルトは今日は学校に出なくとも大丈夫なことを計算していた?
「……止めだ。今考えても仕方ない」
どれだけ考えたところで、その結論が出ることはない。本人の口から聞けない以上、こんな考えは無意味だ。
ふと思い立って、俺は疲れて思いからだを動かす。
今日以上に動く日なんて沢山あるのに、何故か体に疲労がすごい。
「はあ……遂に明日か」
明日、デルトと決闘する。
もしあいつが俺を指名してこなくとも、俺が指名してやる。
思い立って、俺は首に下げたドックタグを手に持つ。
すり減るくらいに見つめたこのドックタグ。いつしか俺はこのドックタグに宿っているであろう魂のことを一番近い存在だと認識するようになっていた。
「勝てると思うか」
話しかけても、帰ってくる言葉はない。
いてもたってもいられなくなって、俺はティアと魔法を練習していた部屋に入り魔法の練習をするのだった。
△▼△▼△▼△▼
同時刻、中央ホールから少し離れた最高級宿屋にて。
「あの、本当にいいんですか?」
「いいんだよ。全部僕の奢りだ」
私はペアを組んだデルト生徒会長に国の中でも最高級の宿屋へ招かれていた。
私たちの部屋に並ぶ料理はどれも見たことのないような料理ばかりで、さらに全てがきらめいている。
今日は学校を休んでついてきてもらうといわれて、私は身構えていたのだがどうやら観光地を回ったりとなにやら遊ぶために休んだようだった。
「ほら、食べて」
「は、はい。いただきます」
デルト生徒会長にせかされ、私は試しに一口目の前に置かれた肉料理を頬張る。
甘辛い汁に浸された柔らかい肉の感触が口の中に広がり、まるで溶けるようだ。こんなに美味な料理は生まれて今まで食べたことがない。
「美味しいです! いくらでも食べれちゃいそう」
そんな私の言葉を聞いてデルト生徒会長は微笑むと自分の皿を差し出してくる。
「え……」
「いいよ。俺の分も食べて」
「いや、いいですよ……悪いですし」
「大丈夫だよ。そんなに喜んでもらえるとは、俺も思わなかったな」
言われるがままに私はデルト生徒会長の分まで楽々食べきり、ほっと一息ついていると。
「今日は楽しかった?」
そう問いかけてくる。なぜか視界がぼやける。
町中歩き回っていたので、疲れたのだろうか。
「は、はい……楽しかった、です」
「ならよかったよ。明日の最終日までに中を深めたいと思ってね」
なるほど。そう言うことだったのか、それならもっと手軽なものでもよかったのに。
それこそ、アトスとしたようなことで。
「――」
はっと、思い返す。
「あ、ろす……」
呂律と思考が上手く回らない。そのことに最大の違和感を抱きつつ、私はがくっと椅子から倒れ落ちる。
そのまま、私は意識を落とした。
△▼△▼△▼△▼
「ようやく寝たか。おいお前ら、出てこい」
混血が寝たのを見計らい、俺は周囲を警戒させていた部下である生徒会のメンバーたちを呼び、話す。
「これから計画を開始する。準備は良いな」
「はい」
俺のその言葉に、全員が一斉に頷く。問題はなさそうだ。
どうして今日、俺がこんな混血を連れて街中を歩き回り、最高級の宿屋に泊っているのか。
正直、この混血はいても居なくても関係なかった。
逆にいない方が作戦はもっと早く回っていたかもしれない。
「まあ、こいつはこの後、楽しませてもらうとしよう」
それが今日こいつを連れてきた理由だ。それ以上でも以下でもない。
「こいつが今までに使われてないことを願うがな」
「会長、時間が迫っています。そろそろ目標が一人になる時間かと」
「ああ、もうか」
時計を確認し、俺は部下の一人が差し出してくる杖を手に取る。指紋を残さないように手袋をはめて。
「王が死んだってなったら、さぞ大事件だろうな」
今日の目標は、隣国の王であるリヒト―・サレトリア。
こいつが居なくなれば、君主国である隣国の体勢は一気に崩れる。その隙に攻め込めば、隣国などひとたまりもないだろう。
「歓迎されていないことを知りながら、のこのこと来るとは。頭がどうにかしてるんじゃないか」
もうすぐ、目標である王がこの宿屋に到着し、一人で用意された部屋に入る時間。この宿屋の経営者を脅し、俺の部屋を隣にするようにしてある。
隠蔽魔法を使って潜り込み、音もなく殺してやる。
「俺は、憎いんだよ。あの戦争で、俺は最強の座を失った」
アイツが居なければ、忌々しい隣国さえなければ、俺はずっと最強で入れたのに。
俺が最強であることは、いわば世の摂理だ。俺には神が付いている。勝利の女神は俺に微笑んでいる。
いつどんな時でも、上に立つのは俺、下にうずくまるのは俺以外の奴だ。
今日王を殺して、明日謎の覇気を感じる一年を殺す。完璧だ。俺が、最強であるための完璧な計画。
「来ました」
「ああ、足音で分かる」
無防備にも王は一人で廊下を歩いてきて、その威厳さを失わずに自室へ入っていく。
俺は瞬時に隠蔽魔法を使い姿を消して王の部屋の前へ行き、透過の魔法で扉をすり抜けた。
犯罪に多用されたため禁止された魔法だが、今回に至っては使わせてもらおう。
そして、裏を取ることに成功。後は魔力砲撃を撃つだけだ。
そして放とうとしたときだった。
「私が気づいていないと思ったか?」
「――かっ!」
手首を掴まれ、地面へ叩きつけられる。
咄嗟に体を転がしてその場から離れ起き上がり、俺は杖を前面に押し出した。
「動くな! その命が惜しければなあ!」
「そなたのその目、体からは殺意が漏れすぎだ。そんなものでは隠れることも、嘘を吐く事も出来ん」
「なにを――!」
王が会話で気を取られている間に俺は構わず魔力砲撃を放ち、そのまま追い打ちをかけようとしたのだが。
「甘い。そんなものでは元騎士の私は殺せぬぞ」
「なっ!?」
魔力砲撃を手で弾かれて、俺は前進していた身体を殴られる。
そのまま壁に激突し、王に胸倉を掴まれて。
「その年でよく頑張った方だろう。しかし甘い。私はお前よりも若く、飛び出た才能を知っている。自惚れ図精進することじゃな」
「それは、そっちの方じゃないかな――」
「なに? ――!?」
今まで王と戦わせていた俺は俺が作り出した囮だ。
模範魔法で作り出した幻影に、王はまんまと騙された。
王が胸ぐらを掴んでいた俺の虚像が消え、後ろに本体である俺が現れ王の背中を蹴った。
なすすべなく王はそんぼ地面へ押しやられ、俺に顔を踏みつけられる。
「はは、いい気味だな。そこから少しでも動いたら殺す」
杖の先端を王に向け、俺は笑みを浮かべた。
そんな、優越感に浸っている時。
「ちょっとおいたが過ぎるんじゃいないかい。生徒会長さんよぉ」
「ちっ、その声は」
「ああ俺だ。学園の汚れ仕事のジャックだよ」
影から音もなくジャックは飛び出し、俺に背後を取った。
「俺を殺すのか? 教師が、生徒の俺を?」
「その気になれば、殺したっていいんだぜ」
「ふ、笑わせるな」
――お前が、俺のことを殺せるわけがないだろう。
自力が違う、こんなたかが教師と、戦いになる筈が無い。
「なんなら、試してみるか?」
「いや、やめておくよ。今日は引く」
気が付けば後ろは王にとられ、部下たちも王の護衛にやられていく。
「引くといっても、簡単には見逃せねえ」
「使いたくなかったけど、まあいいや」
「!?」
俺が指を弾いて音を鳴らすと、この場にいる俺以外の全員が硬直状態になる。
魔力の流れを止めて当てられた者の時間までをも掌握する魔法だ。彼らは一歩も動けないだろう。
このまま殺せばいい話なのだが、この魔法にはデメリットもあり、それは攻撃が出来なくなる。というのも、攻撃を当てても時間が止まっているため傷にならないのだ。だからこれは一時的な足止めにしかならない。
戦いの最中、宿屋の他の客や、俺のことを見て何処かへ走って立ち去る王の護衛を見た。こいつらに構っていてはその護衛に報告され、俺の計画が水の泡になってしまう。だからこその足止め。
「お前らは明日の試合が終わるまでこのままここに居ろ」
そう言って、俺はその場から立ち去る。あの状態では、声を発することもできない。王の部屋を魔法で鍵をかけ、誰にも入れないように細工し俺は足を進める。
計画が途中で邪魔され、あまりいい気分ではない。
「逃げた護衛を見つけたら、そいつは殺そう」
圧倒的力の前では、ただひれ伏すのみだ。死だって拒否はできない。
もうすっかり日が落ちた夜闇の中に溶け込み、俺は逃げた護衛を探す。
あいつらを放置してまで追いかけるのだ。はやめに見つけたいところ。
「さて、どう殺すか」
俺は杖を手に取った。
※
その当日、行方不明者が五名出た。
内未だ発見数、零。
居なくなったという結果だけが残り、真相は闇に紛れた。
 




