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22.負傷者


 走って、走って、走る。

 止まらない。止まれない。止まることなど、もうしてはいけない。常に走り続けるのが、前進し続けるのが俺の誰かとたった一つ共有していて、今まだ内に秘めている矜持だ。


「はあ……はあ……」


 目指す場所は決まっていて、心も足も前へ未来へ進んでいるはずなのにそれに体が追い付かない。

 軋む肺を無理矢理に動かして、浅い呼吸を忙しなく繰り返しながら俺は進む。


 きっとあそこだ。リアーナが、前に語ってくれていた場所がある。自分自身で半ばあそこだと確信していながら、そこだけは絶対的に避けていた。

 蹲っていた俺にリアーナが手を指し伸ばしてくれた場所。リアーナは、俺に花が好きだといっていた。何か嫌なことや嬉しいことがあった時も、ここに来るのだと。

 

 それは、学園内にある中庭。きっと彼女はそこにいる。

 最速を目指すために路地裏に突入し、俺は積み重ねられた荷物を丁寧に避けていく。


「っと」


 スライディングで下にあった微かな隙間を掻い潜り、およそ自分の体の二倍の高さはある積み荷の壁を風魔法で飛び越えた。

 そして、遂に学園が見える。俺は縋る思いで学園の中庭へ走った。


 校門を通り、玄関に靴を投げ脱いで階段を駆け上がる。

 階段を上り切った先にある廊下を走り、そこを右に曲がれば中庭がある。


 あと少し、あと少しだ。


「――」


 そして、辿り着く。


 先ほどまで激しく息切れしていたにも関わらず、呼吸を忘れるほどの空気感。

 美しく花壇には赤い雛罌粟が咲き誇っている。それが、風に靡き揺れ、儚く一枚の花弁が落ちた。


 リアーナは、そこにいた。


 なんとも言い表せない感情だった。

 眠っているのか、目を閉じて、木に背中をもたれかかっている。


「おい、リアーナ。迎えに来た、起きてくれ」


 反応はない。


「俺が悪かった。お前の言葉も聞こうとしないで、全部謝る。だから、顔を上げてくれ」


 反応は、ない。

 それにどうしようもない隔たりを感じてしまって、俺は軽くリアーナの肩を揺らす。


 すると、力の抜けたリアーナの体が傾き、何か生温かい液体が手に垂れた。


「?」


 何が起きたのかもわからないまま、俺は自分の手に目をむける。


「……え?」


 ――。

 ――――。

 ――――――。


 温かい、赤い、えきたい?


 よく見れば、液体は周囲に飛び散り、花までにその被害は及んでいる。

 なんで、そんなものが、リアーナの体から?


「なにかこぼしたのか、リアーナ」


 もう一度肩を揺らす。

 反応は、ない。


 リアーナから微かな吐息が漏れる。そしてどくどくと、脈打ちながらその液体が、流れている。

 胸の部分には、ぽっかりと空いた穴のような跡が残っている。


「…………ち?」


 ち、チ、血。

 血だ。これは、血。流れてはいけないもの。命の源。


「おい、おいおいおい。嘘だろ」


 先ほどまで現実逃避に溺れていた脳が徐々に活動を再開し始め、理解が急速に追い付いてくる。

 眠るように目を閉じて、力なく木に体を預けている。


「り、あーな? 起きろ……起きてくれ」


 静かに、せいぜい延命程度にしかならない治癒魔法をかけつつ直ぐに運ぼうと思っていたのだが。


「……!?」


 杖を通しての治癒魔法は、深く刻まれたリアーナの傷までをも完璧に治して見せた。

 それに自分で驚き、そして俺はその胸元を見やって。


 服が破れ妙に色っぽい点を除けば、異常はなくなっている。その事にひとまず安堵の息を吐いて、俺は再び傷に目を向ける。

 先ほどの傷に俺は見覚えがある。

 何度も受けた攻撃だ。何度も斬った攻撃だ。

 それは、


 ――一点集中型の、魔力砲撃。


 それを、リアーナは受けていた。

 そんな、誰が?


 犯人を特定すべく、俺はリアーナの背中に腕を回し抱きかかえて胸のあたりに掌を向ける。

 魔力特定。その流れる魔力で誰のものかわかる。


「……まだ触れたことのない魔力だ」


 しかしそれは触れたことのある魔力限定で、触れたことのない魔力は特定することが出来ない。

 何者かの刺客が送られてきたか。


「とりあえず、今は保健室に運ぶべきだ」


 リアーナを抱えて、保健室へ運ぼうとした時、思いだす。今日は試験のため保健室が中央ホールへと移動している。

 治癒魔法は一時的な外傷を消すだけだ。根本的な治療にはならない。いち早く、刺激なく運びたいのだが。


「仕方ない。あれを使おう」


 かなりの集中力を使うが、それが一番早く、丁寧な運び方だ。


 魔法はイメージが大事。俺が誰よりも鮮明に想像できるのは、剣だけではない。剣で斬ったものも、俺の手にはまだ感触が残っている。要するに、構造を把握している。


「グリフォン、もう一度その姿を」


 俺の手によって切り刻まれた魔獣を、俺は召喚しようとしている。要領は剣と同じだ。イメージして、後は魔力を放つだけ。


「はああああ!」


 すると地面に巨大な魔法陣が描かれてそこから羽の生えた、獅子の顔の魔獣が現れる。


「……よく来た。グリフォン」

「グルァ」


 誇り高き魔獣の王。その威厳は絶大である。天に届くかのような大きな羽を羽ばたかせて、グリフォンは俺に頭を下げた。

 服従の姿勢。その力量差を知っているからこそする魔獣の本能的従属。


「お前の力を貸してくれ」


 そう言って俺はグリフォンの上に乗ると上空へと浮遊する。

 そして中央ホールの方へと指をさした。賢い魔獣だ。これだけで意味は分かる。


「あそこだ」

「グォン」


 華麗にグリフォンは羽を振って移動を始める。油断していたが、物凄い速度だ。その羽を掴んでいなければ振り落とされる。

 瞬く間に中央ホールへと到着し、着地へと効果をしていく。


「な、なんだあれ!?」

「あれは、グリフォンじゃねえか!?」

「見ろ! 上に誰か乗ってるぞ!!」


 人々がこちらを眺めながら驚きに腰を抜かしている。しかしそれに構っている暇はない。


「お、おい! お前!」

「悪い、急いでるんだ」

 俺はリアーナを抱えたままグリフォンから降りると保健室へと走る。


「急げ、急げ俺」


 胸の疼きを抑えながら、俺は急いだ。

 保健室はもうすぐそこだ。


 そして保健室手前まで着くと、最初に保健室のドアへ群がる生徒たちが目に入った。


「……何があったんだ?」


 こちらは急用故、どいてほしいのだが、保健室の先生も何故か荒げた声を出している。


「みんなどいて! ことを逃せばこの子は死んじまう!」

「……死ぬ?」


 集る生徒たちの波をかき分けながら、俺は進む。

 そして、目の前移動式のベットに横にされ酷い出血と傷を負っている人物がいた。


 それは、俺に対してどこまでもお節介で優しかった少年。ヤシュア・ボールドだ。


「大丈夫か!? ヤシュア!」

「おいあんた退き……その子、どうした?」


 保健室の先生が見幕を鋭くして言う。流石保健の先生だけはある。一目見ただけで外傷のないリアーナの異変に気付くとは。


「彼女も深い傷を負ってます。なんとか治癒魔法で応急処置はしましたが、このまま放置しておけば危ない」

「あんた、その治癒魔法の腕……回復術師にも匹敵するよ」

「そんなことはいいんです。早く二人に処置を」


 そう言うと保健室の先生は深くうなずいて顔つきを変える。


「あんたも入りなさい。緊急処置を始める」

「分かりました。やれるだけのことは」

「ああ、頼むよ」


 そうして、囲むように群がる生徒たちを余所に、俺と先生は二人の治療を開始した。

 

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