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21.大立者

 会場内を彷徨い続け、俺はリアーナを探した。

 彼女の為に、というよりは自分の為にの方が大きかったと思う。

 しかし、当然のことながら見つかることはなく俺は一人で戦うことになった。ペアが怪我をしたと繕って、試合に挑む。


「相手は一人だ。油断せずに行けば勝てる」

「分かった。後ろは任せて!」


 そんな健気な相手の話声が聞こえてくる。俺たちには、全くなかった会話だ。

 呆然と立ち尽くす俺に向かって相手の男の方が先陣を切ってくる。


「はああ! 【雷弓ショックアロー】!」

「追撃するよ! 【空剣エアソード


 男子生徒は背中に携えていた弓を引き抜くと、空気中にできた稲妻の弓矢を指して俺めがけて撃ってくる。後ろからはこちらに剣先を向けた無数の剣が飛び込んできている。

 それを綽然と切り裂きながら、俺は力なく魔法を放っていた。


「ヒートブラスト」


 初歩魔法。しかし、リアーナの杖で放っているため威力は絶大だ。身を焼き尽くす灼熱が彼らに襲い掛かる。


「うわあああ!」

「きゃあああ!」


 絶叫が空間を割くように響き渡り二人がその地に腰を落とした。

 俺は巻き起こる煙を斬りながら走って進み、二人の前で剣を構えると。


「立ったら斬る。降参しろ」


 そうぶっきらぼうに言い放ち、憂鬱な気分を吐き出すように空にため息をこぼす。


「なんだあいつ、めちゃくちゃ強ぇぞ」

「混血の癖に生意気だ」

「剣を作るなんて本当に一年か……?」


 様々な声が上がる中、俺は二人に視線を戻し再び言う。先ほどよりも幾らか冷えた声音で、無機質な声音で。


「降参しろ」

「ひっ……分かった。降参する」


 男子生徒が怯えるような声でそう言うと、少し引き気味の審判が旗を上げる。

 それを見て、俺は剣を分解し名前を呼ばれるよりも先に準備室へ歩き出した。一秒でも早くリアーナを見つけ出して、それで――。


 ――それで、どうする?


 何をしようとしているのだろうか。見つけ出してどうする? 謝罪か、贖罪か、懇願か、涙流か、決闘か。

 おそらく、そのどれもである。どれもしなくてはいけないことで、だがそれを成すだけの心持がなかった。

 騎士としての矜持をどこに置いてきたのやら、今では見る影もない。


「弱くなってしまったな」


 一人ぼそりと呟いた。

 表面上の平和は、人々に仮初の幸福を与えた。はずなのに俺はどうだ? 終わって、幸せになれただろうか。

 きっと、俺の中でも戦争はまだ終わっていないのだ。どこかで消化不良な思いが山のように連なっている。だからいつか心の防壁が決壊したときに対処しきれない。


『アトス、貴方は貴方のままでいて。それでももし強くなりたいと願うなら、誰かを守るために、強くなって欲しい』


 朧な記憶の中でも特に印象強く残っている言葉。母が戦争に行く前、最後に頭を撫でながら優しく包み込むように言ってくれた言葉だった。

 その言葉通り、俺は戦争で仲間を助ける為に、国民を、全員を助ける為に強くなったはずだ。血も滲むような鍛錬を欠かさず、ただひたすらに剣を振り続けたはずだ。

 その時の純粋な気持ちは、もう得ることはないだろう。


 鬱屈とした感情が、体の奥底の部分にずしりと重く深くのしかかる。


 不甲斐なさに歯を食いしばって、傲慢さに目をつぶって、正しさに背中を向けようとしていた時。

 準備室のドアが、何者かによって叩かれる。


「誰でもいい。入るな」


 そう言い放って、再び瞑目をし始めると。


「相変わらず人間関係は苦手なようだな。アトス」

「……王」


 意外な人物の来訪に目を大きく開き、俺はゆっくり体を起き上がらせる。


「すまんが、二人にさせてもらえるか。この部屋の外で待っててくれ」


 王は複数いる護衛にそう勅命を下すと振り返って俺の方を見た。


「……何で来た。隠れてまで」

「そなたが悲痛な顔をしていたからだな。どうした、あの王城を出ていった時の清々した顔は」

「俺は、平和な世界で生きていい人間じゃない」


 そうだ、もう俺はとっくに常人ではなくなってしまっていたのだ。それなのに普通に縋って、普通に人生を送るなど、到底無理なことだった。必死に足掻いただけ無駄だった。


「そんなことはないだろう。アトス、そなたは零してしまった命しか見ていない。そなたによって救われた命も沢山あるのだよ」

「そんなのは綺麗事だ。俺は命を取っただけだ。その結果、救われる命があったかもしれないが」


 自分に言い聞かせるように俺は重く低く唸る声でそう言って王、レイヒー・サレトリアを見る。

 長く生やした髭を撫でて、レイヒーは言う。


「そなたの最初の目的は何だったのか、覚えているか。騎士団への入団希望所を出した時の、目的を」

「――」


 レイヒーの顔は、一国を背負う王の顔つきになっていた。


「私は覚えている。人を助ける伝説の騎士になる、と書いていた」


 そんな称号は、後付けのまがい物だ。称号だけが独り歩きして大きくなって、しまいには俺自身が潰されている。

 だから、自惚れてはいけない。


「だからなんだ。そんな称号があったところで、無意味だ」

「……本当にそうか?」

「何が言いたい」


 レイヒーは長い息を漏らすと、絢爛な指輪をはめた手で拳を作り、自身の胸へと当てる。


「伝説の騎士という称号は、国民にとって大きな存在じゃないのか。平和の象徴として君は絶大な名声と名誉を持っている。それが国民の支えにもなっていることを、知って欲しい」

「俺はもう、その称号を名乗る資格はない」


 そんな俺の言葉に、レイヒーは首を振ると。


「そんなことはない。そなたっがやったことは消えないし、無くならない。言っただろう、その栄光を、忘れることはないと」


 凍り付いた心に一つ、淡い灯火がぱっとでる。

 緩やかに溶かして、完全に立ち直るまでには時間がかかるけれど。


 もう、動ける。


「俺は、ペアの子を探してくる」

「ふん、そうするとよい。一人で戦う姿は見慣れておるのでな」


 だから、二人で戦う姿を見せてくれと、レイヒーは言う。


「あんた、本当に王なんだな」


 初めて実感した。俺はどこかで王とは名ばかりのものだと思っていたが、どうやら彼は違う。天性の器か。


「なんだそれは。私は王の職務を全うしているよ」

「ああ、分かったよ。それと、最後に忠告だ」

「……?」


 レイヒーは首を傾げこちらを見る。彼とは、まだ話したいことがある。


「この国にはあんたのことを煙たがっている奴らがいるかもしれない、十分に気をつけた方がいい」

「はっはっは。心配ないわい。私はこれでも昔は騎士だったんだ」


 初耳の事実に俺は動揺を隠せない。前々から常人ではないと思っていたが、やはりこの洗練された佇まいには訳があったらしい。


「じゃあ、いく」

「ああ、そなたが行ったら私も去ることにするよ」


 勢いよくドアを開け俺は目的の場所へ引かれるように走っていった。




△▼△▼△▼△▼




 レイヒーは、一人部屋の残され慈しむような目をドアに向けていた。


「アトス、大きくなったな」


 改めてみれば、成長したものだ。初めて見た時はまだ泣き虫の少年だったのが、今では様々な葛藤や苦悩を背負ういっぱしの学園生徒。

 若者の熱気に照らされながら、レイヒーは深く降ろしていた腰を上げる。


「ジェスト、お前の息子は、よく育っているよ」


 寂しげな声音で呟き、右の人差し指にはめた爛々と輝く赤い指輪を眺める。


「私は、もう少しだけ見届けようと思う」


 そして、その指輪をそっと撫でて。


「お前の頼みなど、守る義理はないのだがな」


 ふっと優しく綻び、そう言ったのだった。



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