19.闘いて甲斐あれば
準備室に入ってからかなりの時間が経った。この試験、全校生徒が出ていないとしても流石に人数が多いので自分の番に回ってくるまでが果てしなく長い。俺は最初は少しの緊張感を持っていたが、それも今では皆無になってしまった。
「流石に長いですね……」
「ああ、待ちくたびれた」
ソファにだらんと身を沈ませて座っていた体勢から起き上がり背筋を伸ばす。コキコキと、背骨が鳴る音を聞きながら俺はリアーナのほうへと目を見やる。
リアーナは、一人用の椅子に座り手に持ったレイピアのような先端の細い杖を磨いていた。
「それはどうやって使うんだ?」
興味本位で聞いてみる。
「これは普段は杖と同じ要領ですよ」
杖というのは、魔法が手のひらから放たれる際の魔力を杖に集めることで、本来よりも更に高い威力を出す代物だが、リアーナの言い方から察するにまだ使い道があるらしい。
「それ以外ではどう使うんだ?」
「近接戦闘になった際に、レイピアとして刺突できます!」
どこか自慢げなリアーナを余所に、俺はその武器を見る。鉄合金製のいい出来だ。やはりお嬢様というだけはあるが、まだ持っている手つきが初々しい。あまりに武器に慣れていない。
「その動き、隙だらけじゃないか。俺が少し稽古をつけてやろうか」
「ほんとですか! アトスほどの騎士様に稽古をつけていただけるなんて光栄です!」
目を輝かせてそんなことを言ってくるリアーナ。俺は部隊の隊長をやっていたこともあって、何度か稽古をつけたことがある。その時は稽古をつけている相手に本気で戦い叱咤を受けたので、気を付けよう。
「まだまだ試合までは時間があるだろうからな。じっとしてても鈍る」
軽く準備運動をして、俺は両手を広げる。
「さあ全力でかかってこい」
「あの……武器は?」
「俺がまずいと思ったら出すさ」
そう、それがこの稽古の合格条件。俺に剣を使わせたら二重丸だ。
「……分かりました。遠慮はしませんよ!」
この部屋は広い、十分に戦えるだろう。すると、目の前からリアーナの姿が消える。
「隠蔽魔法とは……そんなのどこで覚えた」
「アトスは寝ていましたけれど、ジャック先生が授業で言っていましたよ」
そう声がかかる。後ろからだ。咄嗟に振り返るも、そこにリアーナの姿はない。
ジャックの奴。こんな悪趣味な魔法を最初から教えていたとは。しかし授業で寝た覚えはない。俺は学園の奴らを見返すためにも、魔法を練習しなくてはいけない。だから寝るわけは無いのだが。
「あいつ、催眠魔法を使いやがったな……」
またの名を、催眠促進魔法。最初であった時に使われた魔法だ。教師が生徒にそんな魔法をつかったなんてばれたら一発触発ものだ。
「ここか」
「!? なんで!」
「最近は魔法探知もできるようになったんだ」
頭上から繰り出されるレイピアでの刺突を回避し、俺は手のひらを合わせて音を出す。
音の反響を聞いて相手の位置を把握する方法。隠密部隊に所属していたからこそ習得している技だ。
反共的に、位置は俺の右上。俺は右へずれて、リアーナの腕を掴むと回して地面へと落とした。背中から落としたので多分大丈夫だろう。
「アトス、あなたは一体何者なんですか……!」
「ただの元騎士で、今は魔法学園の生徒だ」
「語ってくれないというのなら、貴方に実力を発揮させます!」
倒れ込んで体をばねのようにしなやかに置きあげ、一瞬で間合いへと入り込んでくるリアーナ。顔へ向けられたレイピアの攻撃を躱して、俺は身体を後ろへ倒す。
「何をやって――!?」
自ら急に倒れると見せかけて、俺はリアーナのレイピアを蹴り上げる。そのまま宙に浮いたレイピアを取り、俺はリアーナの肩を押して床に押さえつけ。
「俺の勝ちだな」
リア―ナの目の本の先には、レイピアの先端が輝いて見えるはずだ。俺がその気になれば、殺せる間合い。
「全く、これじゃ稽古になりません」
本気はこれといって出していないのだが、リアーナが拗ねているので言うのはやめておこう。
そしてレイピアを地へと置いてリアーナに跨っている状態から立ち上がろうとしたときだった。
「そろそろ試合の時間で――」
試合だと告げに来た生徒が、ドアノブに手をかけたまま硬直している。
「ま、まさか。可能性はあると思ったが、目撃するとは……」
「い、いやまて! 違うんだ! これはそういうんじゃ!」
あらぬ誤解をされているようなので、俺は直ぐに否定のポーズをとるが、生徒はそれに反応を見せずに。
「可能性はあると思ってたんだ。だけど現場を目撃することになるとは……」
「だから、違うんだ!」
「あ、あの……」
「あぁ、すまん」
否定するのに必死でリアーナの上から起き上がるのを忘れていた。直ちに起き上がり、俺は再び抗議しようとすると。
「ささ、試合ですので各自杖をもって会場の方へと上がってください」
生徒はかけていた眼鏡をくいっと上げると、いたって真面目な顔で言った。完全に勘違いされたままだが、もう気にする暇もない。
「杖はもってないんだが……」
気を取り直してそうリアーナに言う。魔法は確かに練習していたが、杖など使おうと思ったことがない。俺は魔法で剣が作れるし、あまり需要を感じないのだ。
「試験でそれは大変ですよ、私の予備がありますので、一応持っていてください」
「お、助かる」
リアーナがカバンから杖を取り出し、渡してくる。それを受けとって、俺は初めて握る杖の感触を噛み締める。
渡された杖は木製で、気独特の温もりを感じることが出来る代物だ。予備とは言っていたが、リアーナが持っているものなのでそこらのやつではないのだろう。それが初めて握った俺でもわかった。
「この国の中心にある千年樹から取った木材を使用しています。長年熟成された魔力がしみているので、アトスの魔力が通る際にかなり威力を底上げしてくれるかと。
俺は感嘆の息を漏らす。
「おお、凄いな。あまり杖には詳しくないが、いい杖だってのは分かる」
おそらく一般の人からすれば眉唾物。有難く使わせてもらおう。
「さあ、行きましょう」
「おう、勝つぜ」
そう言って、俺はリアーナへ拳を向けた。拳と拳を合わせる挨拶だが、リアーナはそれを不思議そうに見つめている。
「こうやってするんだよ」
俺はリアーナの手を取り握らせて拳を合わせる。こちらの国にはあまりこういう文化がないから知らないのは仕方ないか、そう思いつつもどこか寂しい思いはあった。
「これは、どういう意味のものなんですか?」
上目づかいで聞いてくるリアーナに、俺は答える。
「これは互いを鼓舞する感じの挨拶だな。がんばろうって、そういう意味だ」
「なるほど……分かりました。頑張りましょう!」
「おう!」
自動で扉が開いて、会場への道が現れる。
コンクリート製の灰色で包まれた四角い廊下。上には照明が設置されていて、その光がやけに眩しい。
コツコツと、自分たちの足音が響くのを聞きながら進んでいく。互いに口は開かない。緊張が、走っている。
「おお……」
視界が開ける。周りは見渡せば溢れんばかりの人、人、人。
物凄い熱気が空間を支配していた。おそらく先ほどの試合が白熱していたのだろう。その分、俺たちのハードルは上がっている。
反対側の廊下から歩いてきていたガイザ達と目が合う。彼らも、覚悟は十分といった表情。
「弟子の話、忘れてないだろうな」
「ああ、忘れていないさ。俺に勝てば認める」
「そのために俺は練習を重ねてきたからな」
やる気満々のガイザから、視線を隣のフレアのほうへと移す。
鋭い眼光が、俺を射抜く。尋常じゃない程の憎しみや恨みを感じる。
俺はこれほどまで思われるようなことをしていたのだろうか。
どうにも何か引っかかるが、まあいい。やるしかあるまい。
「それでは、試合を開始します」
審判が掌を上にあげる。
そこに魔力の塊が出来た。これが空へ打ち上げられたら試合開始だ。
「三、二、一……」
――ゼロ。
魔力のはじける音と、人々の歓声が上がって試合の幕が開けた。




