01.念願の学園生活
「よってサクライト鉱石は簡易的な光源に適しており、出歩く際は持ち運ぶように」
今日はレクリエーションなどを除いて学園生活の初日。初めての魔法授業なので、期待に胸を膨らませて登校をしたわけだが。
「おい、アトス起きなさい。寝るんじゃない」
「へ、あ、あぁ。すいません」
まさかの誰でも知っているような道具の説明や、この学園の歴史についての解説。あまりの退屈さに、俺は眠気を抑えきれずに眠ってしまっていたらしい。名前を呼ばれて起き上がる。隣の席からは、初日からかよという冷ややかな視線が向けられた。
レクリエーションでも思うように会話は弾まず、友達はゼロだ。それが余計に眠気を促しているのかもしれない。
「このサングリア学園でやる気のない生徒は直ぐに退学処置となる。気を付けろ」
サングリア学園。それがこの学園の名前だ。世界規模で見ても最高峰の魔法の学校で、入学できる生徒はほんとの一握りだとか。まあかくゆう俺が裏口入学なわけなので、完全に全員が魔法のトップレベルではなさそうだが。
「ゴホン、では気を取り直して。明日から、早速魔法の実戦授業が始まる。内容は各先生によるだろうが、私の授業では個々人の正確な魔法の実力把握のため魔法を打ってもらうので、心の準備をしておけ」
そんな先生の言葉に、俺は顔を上げる。まだ魔法を打ったことなど一度もないのだ。いきなりそんなことを言われても困る。
しかし、この学園に入学するということは魔法が打てないなど考えもしないことで、打てることが基本。絶対に、明日までに何かしらの魔法を習得しなければいけない。
「そもそも魔法って、どうやって打てばいいんだよ……」
暫しの沈黙を置いた後。
「あ、そうだ」
先生が教室から出ていったのを確認すると、俺は図書室へ向かう。もう今日の授業はない。図書室で魔法に関しての本でも読むことにしようと思い立ったのだ。
まだ不慣れな学園の構図に戸惑いながらも、俺は図書室に入って本を探す。
「えっと……ここらへんか」
「――貴方、こんなところでなにをしているのかしら」
ちょうど、『初心者魔法講座』という本を見つけた時だった、その本を引き抜いた本棚の先に、一人の女生徒を囲うようにして複数の女生徒が群がっているのを見つける。
「お前、その瞳の色に髪の色。混血だろ? ここは純血しか来ちゃ行けねえんだ。悪ぃな」
「そんな、ここは学園の生徒ならだれでも……」
「ァアン? 純血の私に逆らおうってか! その薄汚れた血をどうにかしてからにしなよ!!」
そして、女生徒は複数人に蹴られ始める。見ているだけで不快な風景だ。
咄嗟に俺は背中に手を伸ばすが、そこには剣はなく。
「ダメだ。今の俺じゃ……」
彼女を救うのに、到底力が足りない。魔法は使えないし、得意とする剣はない。しかし、放っておくこともできずに。
「おい、やめろ。彼女をもう蹴るな」
「今度は誰だぁ!? って、お前も混血じゃねえか。きたねえ血同士、助け合ってんのかよ」
リーダー格の女生徒がそう言うと、取り巻きの連中らがクスクスと笑う。それは、人を見下す屑の笑い声だった。
連中をみれば、連中は淡い紫がかった髪に紫紺の瞳。煌めく黄色の髪に黄金色の瞳。などと髪と瞳の色が一致している。
しかし、俺と彼女はそれが一致していない。彼女は美しい白髪を肩まで下げていて紺碧色の瞳。俺はというと――。
「お前、その黒い髪に赤い瞳。隣の国の奴らじゃねえか。散々戦争でこっちを破壊してくれた奴らが、よくこれたもんだ」
「それは、もう終わった話だろう……」
戦争は、もう十分だ。あの血だけが無意味に流れるのは、もう二度と見たくないし、俺の手によって流すのも嫌だ。思い出すだけで背筋に冷や汗が垂れる。だから俺は剣を捨てたのだ。
「なにが? 終わった話? 死んだ人は戻らねえし、無かったことになんてできねえんだよ!」
そう言って、俺は腹を思いっきり蹴られる。そして、頬に冷たいものが突き刺さった。目を見開き、俺はその場で寝返りを打つ。
魔法だ。命を刈り取る意思はなくとも、明確に俺を狙った魔法。戦場での光景がフラッシュバックして、俺は戦闘隊形を取りそうになるが、なんとかそれを抑える。
この学園では、騎士というのは隠して過ごしたいのだ。
「軽く氷魔法で遊んでやっただけでその反応。お前相当弱ぇな?」
ゲラゲラと、嘲笑われる。一度他人を自分よりも弱者だと認識してしまえば、その迫害は止められず。次の蹴りが俺の背中に直撃した。
「出しゃばってくんな雑魚が! お前なんか殺してやりてえくらいだ!」
「そこ! 何をやっている! 今すぐにやめなさい!」
そこに、図書室長の先生が現れる。
それを見て先ほどまで俺をいたぶっていた奴らは走って逃げていくが、先生は追う足を止めずそのまま走っていく。残された俺と同じ混血の彼女は顔を合わせた。
整った顔つきだ、顔は未だ幼さが残っているが、その顔立ちからは想像できない程胸は発達している。
「なんで、来てくれたの? こうなるって、簡単に分かる」
「そりゃあ……そうだな。だけど、見過ごすよりもずっとこっちの方がよかった」
痛みには慣れているし、大した攻撃でもない。ただ、抵抗できないのが癪だが。
「それは……」
首をかしげる彼女を余所に、俺は汚れたブレザーの制服を手で払う。そして一度襟を整えると身体を起こそうとして。
「これ、つけといて」
彼女がカバンから絆創膏を取り出すと俺の頬にできた傷へつけてくれる。何個か数が入っていたので、この傷が普段は彼女についているということだろう。
「ありがとな。俺の名前はアトス・ベルゴーン」
視線だけで彼女の名前を訊く。すると彼女はおどおどしながらも、ゆっくりと答えてくれた。
「わ、私はノティア・カース。私こそありがとう」
名前を訊いて俺は満足すると、『初心者魔法講座』の本を借りようとして。
「あ、先生居ねえから借りれないじゃん」
結局、俺はそのまま肩を落として帰路に就くのだった。