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18.言葉にはできない


「ティ、ア……?」

「アトス……」


 視線が絡み合い、互いの間に重い沈黙が落ちる。ティアは視線を床へと向け、あからさまに俺から視線を逸らした。それに気づきながらも、俺は続きの声を発することが出来ない。勇気が、足りなかった。

 

 ――なんで、逸らすんだ。昨日なんで来てくれなかったんだよ。


 そう喉から出かけた言葉は、声になることはない。たったそれだけのことなのに、自分が情けなかった。


「対戦相手が分かったよ。さあ、中央ホールに行こう」

「は、はい。じゃあまたね」


 そう言ってティアは向きを変え生徒会長の横を歩いていく。最後にちらりと振り返った生徒会長と目が合う。

 どうも居心地が悪くなり俺はリアーナの手を引いてティアたちとは反対の方向へと歩き出す。


「まさかティアさんが生徒会長とペアを組んでるなんて……」

「確かにあいつは異質な強さを持っているようだった。声を掛けられただけで分かったよ」


 あの一瞬で感じた強さの奔流。強者ならではのオーラが彼には流れていた。それを感じ取れるのは少数だろうが、俺には確かに分かった。あれは本気でヤバい。もし戦うことになったら、全力で挑まなければ勝利が危うい。


「名前はなんて言うんだ」

「デルト・シンエスタ」

「ということはお前に求婚していたのはデクト・シンエスタか」

「そうですね……あまり思い出したくはありませんが」


 そんな軽口じみた会話をしながら、俺は先ほどの余韻をひしひしと噛み締めていた。

 デルト・シンエスタ。あれは生徒で収まっていい器じゃない。


 そして彼は戦場で――。


 どこかで、あった気がする。あの特徴的な青巒色の髪。どうにも初めて見た気がしない。


「今更ティアが生徒会長と組んでいたからってどうしようもありません。私たちはひとまず、一回戦を勝つことを考えましょう」


 リアーナが励ますつもりなのか、そんなことを言ってくる。しかし頭の中の靄は取れないまま、俺たちは中央ホールへと向かうのだった。




△▼△▼△▼△▼




 全身が強張って歩いているのでやっとだ。あの場から退避したいという強い思いがそうさせたのかもしれない。

 入学当初から最強と言われ続けた俺は、ここまでの震えを感じたことはない。


「あ、あの……デルト先輩?」


 ペアを組んだ混血が何か言っている。見た目が良いから声を掛けたが、混血にもここまでの上物がいるとは驚いた。

 しかし今は構ってやる余裕はない。少しでも早くあの場所から離れたい。その思いだけで、俺は長い長い廊下を歩き続けた。


 戦場にいた時でさえ、あそこまでは見たことがない。いや、一度だけあるか。


 いつも通り、俺が自分の隊の指揮を執っていた時だった。状況は圧倒的にこちらが押していて、高所を取っていたので場所的有利もあった。普通の兵ならば撤退するであろう状況。にもかかわらず。


 その男は一人で突撃を仕掛けてきた。

 一人、また一人と兵士が倒れていくのを見ながら、俺は敵に目を見やる。フードを被っていて顔をよく見えなかったが、背中に刀身を背負い腰に拳銃をつけ、鎧も何も着込まない状態でそいつは味方の兵を狩っていった。

 

 尋常じゃない軽やかな身のこなし、目で追えぬ速度、かろうじて見えたのは剣が振られる残像。弧を描くような鋼の一閃だけだった。

 鮮血が跳ね、俺の顔に味方の血が付着する。見えない敵に咄嗟の対処などできるはずもない。俺は呆気なくそいつに斬られた。


 目が覚めると街の集中治療室に運ばれていて、辺りを見渡せば味方達も寝そべっている。


 ――死人は誰一人いなかった。


 そんな夢物語のような実話。

 その時に感じた絶望を、俺は片時も忘れていない。忘れられるわけがない。


 ふと、目の前の混血が戦場で見たそれに並ぶであろう少年と話しているのを思い出し、俺は口を開く。


「えっと、ノティアちゃんだったかな。さっき話してた子とは、仲がいいの?」

「え、まあ。仲がいいといわれれば、はい……」


 微妙に語尾が弱まっているが、まあいい。今はあの少年をどう"狩る"かが重要だ。

 勝手に照らし合わせるのは申し訳ないが、彼には俺の復讐をさせてもらおう。起き上がれないくらいにずたずたに、顔を上げられないくらいボロボロに。そうすれば俺はあの時の屈辱を晴らすことが出来る。そのためだけにただひたすら鍛錬を続けてきた。そして、再び最強の称号を手に入れることになった。誰もを見下せる、蹴落とせる称号を。

 薄暗い感情が、俺の中に流れ込んできているのが分かった。今までもそうしてきたが、今回はいつもとは一味も二味も違う、きっと楽しい戦いになる。今の俺はもう、あの時とは違う。


「でも、どうして急にそんなことを……?」

「それはね、俺が生徒会長であり、最強だからさ」

「……?」


 まるで何を言っているか分からないといった感じで混血は頭にはてなマークを浮かべている。

 だからそんな混血にも、分かりやすいように。


「才能ある若い芽は、先に潰しておくんだよ」


 そう言ってやった。




△▼△▼△▼△▼



 中央ホールには外からでもわかるほど熱気が集まっていた。生徒だけでなく一般の人まで入れる試験なので覚悟はしていたが、まさかここまで人がいるとは思わなかった。入口への道の両端も人で溢れかえっていて、どこか最後の王との面会を思い出す。そんな道を進みながら、俺たちは困惑していた。


「リアーナお嬢様! 応援してますぞ!」

「マクレーア家は毎年いい試合を見せてくれますからな」


 口々にそんなことを言う人々。忘れていたが、リアーナは貴族だ、悪い意味でも注目を集めてしまうか。しかし庶民から親しまれているのを見て、良い貴族なのだろう。

 そんなことを持っていると。


「おい、リアーナお嬢様のペア。混血じゃないか?」

「おいおいお、嘘だろ。高貴な御方があんな奴と」


 もう幾度と聞いた混血への差別発言。それはどうやら学園内だけではないらしい。もともと俺がいた国は貴族以外ほぼ混血なので、外の街にまでこんなにも混血批判が広まっているのならジャックの言う通りもう一度戦争が始まるのも嘘ではないのかもしれない。まあ、今も冷戦状態と何ら変わらない状態だといってしまえばそれまでだが。


「すいません。アトス」

「いいんだ。慣れてる」


 小うるさい外野の声を流しつつ、俺たちは中央ホールへと入っていく。そして『生徒はこちら』と書かれた看板の矢印の指す方向の通りに進んでいく。すると長い廊下にいくつも扉が設置されていて、見れば各生徒の名前が控えられている。


「準備室か」

「そのようですね。開戦までまだ時間がありますし、部屋で休んでいましょう」

「ああ、えっと……あそこだな」


 俺たちの名前が張られている部屋を見つけ、扉を開ける。

 座り心地の良さそうなソファに荷物を置く用のロッカー。洒落たランタンまで設置されていてとても準備室といった感じではない。


「あの、着替えますので……」


 部屋の内装に俺が感心しているうちに、リアーナは大方荷物の整理や着替えの準備まで完成していたらしい。

 顔を赤らめてもじもじとしている。これに関してはここで着替えるよう指示した学園側の問題だろう。


「悪い。出てるからそのうちに着替えておいてくれ」

「でも、外には人が沢山います。あ、あの……後ろを向いていてください」

「……分かった」


 確かにあまり気乗りはしなかった。それを察知してくれたのか、リアーナは後ろを向いているだけでいいと言ってくれているのでお言葉に甘えることにした。


「んっ……」


 何故か艶めかしい声を漏れている。そして衣服の擦れる音。

 悶々とした気分になりながら、俺は瞑目を続けるのであった。











次回、一回戦開始!!


気に入っていただけましたらブクマ、感想、評価のほうよろしくお願いします。

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