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16.恋のまじない

 リアーナとの男女試合の申請を無事に終え、俺たちは廊下を歩いていた。


「ほんとに良かったのですか?」

「さっきから何をそんな心配してるんだ?」


 リアーナは何か思うことがあるように物憂げな視線を向けると。


「いや、その......アトスはティアと組むものだと思っていたので......」

「なるほど、な......」


 ここでも出てくる名前はやはりティアだった。俺とティアは周りからどんな風に思われているのだろうか。


「別にこの試合一緒に出ないくらい関係ないだろう。リアーナはクラスも一緒だし、連絡も取りやすい」

「まぁアトスらしいと言えばらしいですけどね」


 そう言ってリアーナは薄く微笑む。しかしどこか歯切れが悪く、まだ何か言いたいことがあるようだ。


「言いたいことがあるなら言ってくれ。そういうのはあまり好きじゃないんだ」

「えっと……ですね。この男女試合は、中間試験という名目ではあるんですが、もう一つ、生徒から注目されていることがあるんです」


 手を顔の前に持ってきてもじもじと忙しなく動かしながら、覗くようにこちらを見て言う。


「実は、男女試合で優勝したペアは結ばれるという噂がありまして……」

「そういうまじない的なものがあるのか」

「簡単に言ってしまえばそうですね。だから皆好きな人とペアを組むなりして、どうにか優勝しようと必死なんです」


 言われて納得した。俺くらいの歳の子はそういう迷信じみたものを信じやすいという。自分に都合のいいことなら、何でも信じる性質というかなんというか。まあそんな感じだろう。


「残念ながら俺はその手のものは全く信じてない」

「そう言うと思いました……」


 呆れるような口調でそう言って、リアーナは手を顎に当て何やら考え事をしている。

 そんな中、俺は不思議な感触を得ていた。形容しがたい感情の奔流が俺に流れ込んできたのだ。そのまじないなどを信じたことはないのだが、ティアのことを考えるとどうももやもやする。先ほどまでは隠れていたそのもやもやがまた現れてきたのだ。きっとこれが俺とティアが試合に出ていて、優勝したら結ばれるといったら全く何も感じていないと思う。どうしてだ。


 どうして、俺はこんなにも苦しい?


「……トス、アトス?」


 名前を呼ばれて意識が現実へと戻る。知らぬ間に目を閉じてしまっていたらしい。目を開けるとリアーナが俺の顔を窺っていた。


「ん、いや。何でもない。その手のものは信じてないが、優勝はしたいと思っている。中間試験で俺の出席番号を上げたいんだ」


 この学園では成績順に出席番号が決まるが、それは後から変更することもできる。ようするに在籍中に良い成績を残せばそれに比例して出席番号も上がっていくというわけだ。俺が目指すのはもちろん一番。その番号で卒業した生徒は宮廷魔術師にもなれるだとか。そして、それがあの大魔法にもつながっている。


「ふふっ、そうですね。頑張って優勝しましょうね」

「ああ、男女試合ではお前がパートナーだ。よろしく頼む」

「ええ、頑張りましょう!」


 その場でリアーナと別れる。

 離れていくリアーナの背中を見ながら、俺は考えていた。


 明日から、中間試験という名の男女試合が始まる。この試合で取る優勝というタイトルには物凄い価値がある。俺の名をこの学園に広げることになるし、まだこの試合で混血が優勝したことはないらしい。だから、俺が一番最初の優勝者になって見せる。


 そう覚悟を決めて、俺は帰路に就く。

 本当は前日なのでリアーナと打ち合わせをしたかったところだが、ティアとの魔法特訓の約束があったため放課後は直ぐに帰ることにした。

 家に帰り自室に入って待っていたが。



 ――その日。ティアは俺の家に来なかった。



 傾いた陽光が窓から差し込んできて、もう待ち始めてから随分と時間が経ったことが分かった。

 ベットに寝転び、天井を仰ぐ。


「まあ仕方ない、か」


 ティアだって明日の準備があるわけで、前日まで俺の特訓に付き合う暇も義理もないというものだ。

 そう思う反面、嘆いている自分がいた。


 約束したのに、なんで来てくれなかったのか。せめて一言今日いけないんだくらいは言うものじゃないのか。

 俺に、愛想を尽かしたか? それが一番怖かった。


 見限られたくない。見くびられたくない。見放されたくない。見捨てられたくない。


 縋るような思いで待って、待って、待ったが。

 結局、待ち望んだ面影は現れなかった。日が完全に沈み。外は静寂と無限に広がる闇に包まれている。


「……もう暖かいか」


 気分転換に外に出て少し家の周辺をぶらつく。ティアと最初にこの時間歩いていた時は肌寒かったものだが、今ではもう半袖で出れるくらいには暖かい。それが少し寂しくもあった。


 少し歩いた先にベンチを見つけ座る。

 周りを見渡しても人一人いない。まるで自分だけが置いて行かれたかのような疎外感を得る。同時に、懐かしさも。


「あの場所では、常に一人だったのにな……」


 なにを今更、寂しいだなんて思っているのか。

 たった一日。来なかっただけなのに。随分と、弱くなってしまった。


 何故、来なかったのか。


 その疑念だけが残ったまま。俺は家に帰った。




△▼△▼△▼△▼




 私は今日。アトスの下へ行くことが出来なかった。

 約束はもちろん覚えていたし、途中まで行こうと思っていたけれど。


 見てしまった。たまたま廊下を歩いていて、中庭の横を通り過ぎようとしていた時だった。

 アトスとリアーナが仲睦まじげに話していて、ダメとは思いつつ聞き耳を立てた。

 

「俺と組もう」


 そうアトスが言うのが聞こえて、私は身体が硬直した。

 そうか。アトスはリアーナと。

 勿論彼だって男女試合の噂は知っているのだろう。。そして、彼の実力なら間違いなく優勝することが出来る。


 そんなの、ほぼ告白みたいなものじゃいか。


 ここで、私が介入する余地がないことを知った。知ってしまった。

 だから、その日はいけなかった。リアーナの居ないところで、彼と話すのはいけない気がして。


 その日のうちに、私はパートナーを決めなくてはいけなくなり。


「なら、私と組みましょう」


 そう声が掛けられて、振り返る。そこには、生徒会長の姿があった。


 この試験は、学年が関係ない。だから、この人とも組める。

 そして、この人なら、もしや彼にも匹敵するほどの力が。


 そんな薄暗い気持ちで、私は申請書に名前を記入するのだった。




女心が難しければ、男心も難しいものですね。

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