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13.風魔法

 腐敗したような異臭を放つ水の中に身を投じながら、俺は瞑目していた。

 このまま水が流れれば、俺は確実に息が持たず死亡する。命を幾つも終わりへと導いてきた俺には、ちょうどいい最後なのかもしれない。最後の最後、徐々に薄れていく意識の中、死によって分かれた戦友のことを思う。


 ――撃ってくれ。最後の願いだ。


 そう潤んだ瞳で懇願されて、俺は拳銃を頭部へ向けた。その下半身には魔力砲撃を大量に受けていてもう機能していない。のこった両腕で、這いつくばりながら友はそんなことを言ってきた。


 だからせめて、一思いで楽になれるように。


 それが長年連れ添った戦友との別れ。あまりに残酷で途方もないくらい呆気ない永遠の別れ。

 水の中、まともに言葉を発することはできないが、口の形を作った。


 ――もうすぐだ。


 それは戦友へ向けた言葉だった。もうすぐ、そちらへ行ける。

 剣への意識が離れて、剣が消滅する。剣にも見放されて、おれはどうすることもできない。

 一時だけでも、平和な世界に触れることが出来た。もうずっと戦場にいたから、出来ていなかったことが出来た。魔法が、撃てた。それだけでも、十分だ。あの果てしない空に、花を咲かせることはできなかったけど。


 死にたくねぇなぁ。


 水の中だから分からないが、確かに、涙が出たと思う。ごぼごぼと、口の端から気泡が漏れる。肺も締め付けられているようで、もうもがく気力すらもない。あれだけ覚悟を決めていたはずなのに、ここにきて死にたくないと思ってしまう自分が情けなかった。しかし、その情けなさを晴らすことはもうできない。このまま、死ぬのだ。


 諦めて、その身を水の流れに任せようとした時だった。


「ウォルフ!」


 魔法の詠唱が聞こえる。声音で誰と判断するかも面倒くさい。先ほど、ジャックが詠唱した魔法だ。今回もジャックが俺を確実に仕留めるためにはなったんだろう。それで死が早まるのだというのなら、この徐々に息が漏れていく苦しみから解放されるというのなら、はやく、殺してくれ。


 ようやく、戦友の気持ちが分かった。あの時、本当に撃ってよかったのだろうかと俺は何度も自問自答した。眠れぬ夜だってあった。しかし、間違っていなかった。友の願いをかなえてやれたことを、誇りに思う。

 俺も、最後はティアの手で、仕留めて欲しかった。


「――!!」


 水が渦を巻くように流れ始め、俺はその流れに乗じて外へ吹き飛ばされる。


「こほッ! かはっ!」


 苦しかった息が解放されて、呼吸を行えるようになった俺は喘ぐように何度か呼吸をした後、宙に投げ出された状態のまま地上へ目をやった。


「ティア」


 掠れた声で、呟く。さっきの風魔法。それは。


 ――ティアが放った魔法だった。


 ティアが俺の入った貯水タンクへ風魔法を放ち、下水場へ向かいだした水を止めた。まるで竜巻のように回る水は、そのままジャックの方へと向かい。


「アトスを苦しめた報いを、受けなさい!」


 そう言って、ジャックに終焉を迫る水の竜巻。そこに、俺は声を張り上げる。


「ティア! 止めろ!!」

「なっ……どうして!」


 投げ出された身を着地させて、ティアの方へと顔をむけながら。


「ジャックはもう敵じゃない」

「……何を言ってるの!?」

「そいつは操られてたんだ。瞳に魔術の紋章があった」


 それを、俺は拳銃で撃ち抜いた。あの驚異の再生速度。瞳を撃ち抜かれたくらいでは大丈夫だと踏んで俺は撃ったのだが。


「ううおおお!!」


 手で顔を抑えたまま、ジャックは呻いている。魔術の破壊には想像も絶するような痛みが伴う。そのためジャックは今周りの状況を確認する余裕もない。ただいつ終わるかもわからない苦痛に怯えるしかない。


「魔術の、紋章……?」

「ああ、主人の命令に逆らえなくなる契約だ。戦争の時に使われていた術式だが、まだ使うやつがいるとはな」

「そんな……!」


 爆弾を持たせて、死を前提とした突撃。それを強要するために使われた術式だ。ジャックはふらふらと覚束ない足取りで立つ。


「魔剣レーヴァテイン」

「……」


 静かに魔剣を召喚し、俺はジャックへと剣を向ける。リアーナの生命維持。それは今少年が一人で背負っている。


「ジャック、お前の再生能力が宿った治癒魔法をリアーナにかけてくれないか」

「……たりめえだ。生徒を殺すわけにはいかねぇ」


 そう言って、ジャックはふらつきながらもリアーナの下へ歩みより治癒魔法をかけた。

 すると、致命傷にもなりえたはずの傷が見る見るうちに消えていく。魔法はイメージが大事だが、どう足掻いてもできないことだってある。その一つが治癒魔法。自分の回復能力を超えた治癒は施せない。だがジャックは違う。


「誰にその魔術を埋め込まれた」


 俺はジャックにそう問いかける。治癒魔法をかけているジャックの背中は、酷く儚げに見えた。


「信じたくねえが、こうなっている今信じるしかねえ」

「誰だ」

「ほぼ確定だ。分かった。分かっちまった。知りたくなかった」


 問いを重ねるが、頭を抱えて必死に今を否定しようとするジャックは答えを口に出さない。今も相当な痛みが迸っているはず。しかしそれよりも強く、ジャックの中では思うことがあるのだろう。


「……そいつは混血を嫌っているのか」


 問いを変えて、俺はそんなことを聞く。名前を言えば確定的なものになってしまうだろうから、あえて逸らした。


「ああ、根っからの純血至上主義だ。昔からそうだったんだが、それで混血から恨みを買って恋人を殺されてる。それで純血至上主義に拍車がかかって……負の連鎖だ」

「お前は、そいつと仲がいいのか」

「仲がいいって言葉じゃっ語れない。俺はあの人から沢山のことを教わったし、貰った。どれだけ純血至上主義だとしても、こんなことはしねえって信じてたんだ……」


 その瞬間、ジャックの部屋で見た写真を思い出す。幼いジャックに、もう一人の若い男。もしかしたら、と俺は思うが口には出さなかった。ジャックが言うまでは、抑えていた方がいい。


「俺はお前らに、何をした……?」

「……グリフォンは死んだ」


 これだけの事実で、ジャックにはその事の重さが分かるだろう。


「そうか、グリフォンが完成するようなことにまでなっちまったか」

「ああ」

「それでお前を殺しちまったかもしれねえんだな、俺が言えることじゃないかもしれねえが、ありがとよ」


 そうして、ジャックはティアへ感謝の言葉を述べる。ティアはどう反応すればいいのかわからず狼狽えているが。


「お前らの名前を、改めて聞いてもいいか」


 ジャックがそう言って、初めて顔を上げた。魔術という呪いがない彼の顔は、晴れやかだった。

 もう、称号を隠す必要はないだろう。ばれてしまっているし、今になって、自分のしてきたことに誇りを持てた気がする。悪いことだけじゃなかったと、そう思えた。


「俺は隣国の元騎士、アトス・ベルゴーン」

「……! 私はノティア・カース」


 ティアは俺が名乗った後少し驚きの表情を作った後、名乗る。後ろにいるクラスメートも、ざわめいている。それもそうだ、最も憎むべき対象がここにいるのだから。


 でも、俺は負けない。俺はこの学園の腐った思考を変える。今後、俺みたいな扱いを受ける人を少しでも減らしたい。


「そうか、本当にすまなかったな。俺は、教師として失格だ」

「こうして誰も死なずに済んだ。それでいい」

「やっぱり、騎士様は違うな」


 ジャックは、くしゃくしゃになった煙草の箱から一本の煙草を取って魔法で火をつけた。そして、煙を吐き出すと。


「生きてさえいれば、どうにでもなる。俺も、自分の罪を贖える」

「そんなこと考えなくていい」


 目を閉じて笑みを浮かべてそういった。

 

 風魔法によって死の淵に立たされ、風魔法によって助けられた。やはり魔法は、人を助けるためにある。時に凶器としてその猛威を振るうが、それを斬るのが俺の役目。何度だって、俺の魔法・・で斬ってやろう。

 魔法を学ぶためにここに来たのだから。そして、いつかは――、



 空に咲く花と共に、戦友の元へ散る。



 それが出来たならば、俺はきっとこの罪を贖うことが出来る。







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