12.鷲獅子の終焉
この話は文字数の関係で一話だったものを二つに分けた前半です。あしからず。
彼は剣を握る時、悲しそうな顔をする。それを間近に見て、そんな顔をさせたくないと思うけれど、私にそんな力はなくて。
彼の剣が薙いで行く度に、空間ごと切り裂かれたような鋭い衝撃が起こる。鍛え上げられた剣筋。しかし、その力は彼の本意ではない気がしてならない。どうしても、剣を握らなければいけない理由があったのではないか、と。
しかし、私はただの友人にすぎず、出過ぎた真似はできなかった。彼にそれを聞く資格はない。だから、祈る。彼が、もうあんな顔をしませんように。
――そして、キメラと共に貯水タンクへ落ちていく彼へ、風魔法を放った。
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てっきり架空の存在だと思っていたが。いや、架空の存在だ。しかし、人工的に創られた。
やはり、魔法は凄い。なんだってできる。それが、牙を剥いただけ。
「グリフォン……!」
目の前に優雅に羽を羽ばたかせて浮く存在を見て、俺は神でも見ているような気になった。
それこそ無理矢理にひきつった笑みをしているものの、冷や汗は止まらない。
「そうだ、こいつがかつて魔獣の王とされた真の魔獣。グリフォン。これを創るのにどれだけ時間がかかったと思ってる。剣で斬られた程度で死んでもらっちゃ困るな」
そういって、ジャックはこちらに笑みを浮かべた。その嗤いは、強者が弱者を見下すときのものだ。
「ちっ……!」
クラスの奴らは身体を震わせて座り込んでいるだけであてにならないし、ティアと少年はリアーナの回復に手一杯だ。俺が、一人でやるしかないのか。
「はああ!」
ラピッドブラストの加速を得たまま、突進して衝突する寸前に跳躍。そして頭上を取り天井を蹴って頭に一撃、床に降りてそこから顎へ一撃。
四方八方へ動き回り敵に攻撃をさせないようにするしかない。俺の最大の取柄は速さだ。それを武器に戦うしかない。
「そんな攻撃じゃこいつは倒せないぜ。魔獣の王はそんな甘くない」
するとグリフォンは翼を振る。気を抜けば一瞬で足を取られそうなほどの暴風が、蹂躙する。それになんとか踏みとどまるが、後ろを振り向けば皆壁へ押しやられている。得体のしれぬ化け物に怯え動けない者と、もうすでに気絶して動けない者。ほぼその二択だ。
「どうすれば……!」
唇をかんで、思考に頭を割く、しかしそれにすべての頭を使っている余裕はない。今もグリフォンは攻撃を仕掛けてきていて、俺が逃げたらクラスの奴らにその牙が向けられることになる。
「さぁさぁどうするよ。伝説の騎士さん」
少しづつ少しづつ、追い詰められていく感覚。鋭利な牙が、自分の命を刈り取る牙が、無慈悲に刻々と近づいてくる感覚。それは、まるで拷問のようで、まともな者ならとっくに精神が摩耗しきっている。
「――まだ、全員を助けようだなんて考えてるのか?」
ジャックが、挑発するようにそんなことを言ってくる。
確かに、このままでは助けるどころか、この勝負に勝つこと自体が危うい。
徐々に自己否定に陥る心を振り払うため首を横に振って、俺は剣を見つめる。
――まだ剣は折れていない。剣より先に、心が折れてはダメだ。
自分を鼓舞し、俯いた意思を起き上がらせる。この貰った命、全うさせてもらう。
それが俺が持てる誇りであり、矜持だ。
「まだやるのか。結果なんて見えてんだろうが」
「魔剣レーヴァテイン、こい」
「……! 二刀流か」
もう一つ、漆黒の剣を召喚して俺は両手に剣を構える。
魔法はイメージが大事、なら、こうすることも。
「合成」
「な!? この場で合成魔法を……!」
魔剣レーヴァテインと魔剣レーヴァテインを合わせ、重ねて作る俺の剣。俺が最後の決戦の時に使用した、気血の剣だ。
龍の血で作られたというこの剣は魔獣にこれ以上ない効果を発揮する。
呼吸を意識して、心臓の音を聞く。そして最善の足場を見出して一歩前へ、剣を振るった。
「ギャアァァァァァァァァァ!!」
「グリフォンに傷が!! キュア!」
今まで浅い傷しか入らず、直ぐに自然回復されていたが、気血の剣は届く。これなら、行ける。最初に狙うは、ジャックだ。傷をつけられるようになっても回復されてしまえば意味がない。俺は息を止め、心臓すらも止めて足を動かした。
残像が映るほどの速度。これが俺の最高速度。一時は音速を超えるともされた伝説の騎士の技量だ。
「お前は、今俺がどこにいるか分からないだろう」
「はは。馬鹿げた速度だ。それにその剣技、常人じゃねえ」
「もともと、あったはずの普通なら戦場に置いてきた」
あの命を落としかけた日に、もう。
「あ――」
ジャックの腕が吹き飛ぶ、そして後ろから襲い掛かってきたグリフォンに幾度と刺突を喰らわせる。臓物の全てがその機能を果たすことが出来なくなるほどに破壊したはずなのに、グリフォンは尚、その巨躯を地には降ろさなかった。それが自分の誇りであるかのように、俺を鋭い眼光が射抜く。こいつが王と言われた理由が、少しでも分かった気がした。
「俺の腕を斬りやがって……ゆるさねえ」
ジャックが起き上がり、その腕を抱えてこちらを睨んでくる。抱えた腕は、もう切断されていない。
そして、見えた。ジャックの瞳に、魔術の紋章が刻まれていることに。魔術は魔法とは違う。魔力を持っていなくても誰もが出来る契約の形。ジャックは、何者かと契約を結んでいる?
「お前、自分の身体も……!」
「ああそうさ。俺は自分の治癒能力を最大限まで引き延ばしてる」
「化け物め……」
攻撃の手を止めないグリフォン。それを躱しながら、俺は剣へ意識を集中させる。
そっと息を吐くように、風にのせて剣を横薙ぎに人振り払う。
「ギィィィィィィィィィィィィィ!!」
グリフォンの身体に無数の裂傷が出来て、鮮血が飛び散る。その傷は何をもってしても癒えない。この気血の剣で魔獣につけた傷は、絶対に刻み込まれる。悪魔の剣だ。
「な……! 再生、しない……!」
「グリフォンはこれで攻略できる」
「ふざけるなッ! 俺は何度もお前についての本を読んで、戦場で、実物だって見た! その時、そんな剣は……!」
「お前も、戦争に出ていたんだな」
心の中の疑問が晴れる。ずっと感じていた違和感があった、ジャックの目つきや、態度がおよそ常人のそれではない。それがようやくわかった。
「この剣は、俺が最後の決戦の日に使った剣だ。俺が所属していたのは隠密部隊だから、分からなかったんだろう」
「伝説の騎士様が隠密部隊? 笑わせてくれるな」
「嘘じゃないさ、その途中、隠密部隊にあるまじき程派手にやらかしただけだ」
嘘じゃない。本当の話だ。今も、俺はその影響の余波を受けている。
制服の裏、隠し持った拳銃。鉄で出来たその拳銃には俺と共に歩んだ道を表す傷が無数にある。
「ターゲットオン」
引き金を引いた、その弾はジャックの瞳に刺さる。
「うがああああ! 目があああ!」
「治してみろよ? 再生するんだろう?」
主人が傷つけられたことを察知したのか、全身に血を纏ったグリフォンは死をも覚悟したような突進攻撃を仕掛けてくる。
「遅い」
そのグリフォンの上に乗り、俺は頭上から剣を振るう。心臓を切り裂いて、グリフォンの動きが明らかに鈍くなった。死の直前、その命の灯火は最大の明かりをともす。
俺を乗せたまま、グリフォンは下水場へ向かう水の溜まった、上まで登り、そのまま力尽きて落ちていく。
マズい、このままだと貯水タンクへ落ちる。流石に空中ではその実を重力に任せる以外できない。しかしグリフォンに死体を蹴って落ちるのを回避しようとするが。
「ウォルフ!」
片目を抑えたまま、俺に向かって風魔法を撃ってくるジャック。その風魔法は、貯水タンクの方への風だ。
「ッ!」
なんとか剣でそれを受け軽減するが、完全に威力を止めることはできない。そして、俺は貯水タンクへ落ちた。
「チェックメイトだ」
ジャックがそう言って、下水場へ水を流す際に使うレバーを下に降ろした。




