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09.死の遊戯会 上

 魂さえ漂白するような無数の白が夜闇の中に降り積もり、足場は悪く体温は奪われ続けて兵士たちのやる気も削がれつつある。

 そんな夜、俺は最前列から皆の前を歩いていた。俺が引き連れているレイヒー部隊。王の名から取られたその軍隊は精鋭揃いで、我が国の最大戦力にして隠密部隊。剣、銃、槍、使えるものは何でも使う、野蛮な奴らの集まりだ。

 その日の目的はなるべく敵の支配域まで侵入し、情報の獲得、戦力の鹵獲、殲滅だった。


「団長。このままでは凍死しています。今宵はここまでにして安全な場所を確保し暖を取るべきかと」

「他の奴もそうか」


 その言葉を聞いて、それぞれの兵士が首を縦に振る。確かに気温は零度を下回っているし、体力も枯渇している。


「……分かった。休憩にする」


 そして周りを木々に覆われた地盤の固い場所を見つけると、焚火を焚いて夕食の支度を始める。

 一人は薪を拾いに、一人はそれを乾かし、一人は食料の調理を始める。

 それを見届けて、俺は地図を開いた。目的の場所までの距離を正確に把握したかったのだ。すると、その地図に穴が開いた。


「かッ!!」


 魔法だ。一点集中型の魔力砲撃を受けた。肩に穴が開き血が漏れる。それを強引に手で止血しながら、俺は身を回転させる。


「全隊員、戦闘隊形を取れ! 敵襲だ!」


 そんな俺の言葉に、返ってくる声はない。


「まだ気づかないのか? もうお前の味方はいない」

「……!!」


 その時目に映り込んだ雪の色は、赤だった。国の最大戦力が一瞬のうちに消える。

 全部、兵士たちの血で染まった赤い雪。先ほどまで確かにそこにいた命は、呆気なく潰えてしまった。


「俺の隊員を殺した代償は、重いぞ」


 これでも精鋭揃い達だ。急襲にも拘らず何人かの敵兵を仕留めている。その実績を目にしながら、俺は腰に携えた剣を抜いた。


「暗殺に特化した軍隊だ。直前まで暢気にしていたな」

「隠蔽魔法か」

「その存在を知っていてなお、こんな愚行に出たのなら心底呆れるな」


 その言葉が引き金だった。俺は地を蹴って前進する。そして剣先を前に突き出しながら衝突しようとして。


「速いが、動作が単純だ」

「お前は、こちらの戦術を一つも理解していないようだ」

「な――!?」


 先ほども言った。使えるものは何でも使う野蛮な奴らだと。その筆頭ともあるべき俺が、そんな分かりやすい術を使う筈が無い。

 剣を地面へ突き刺して身を回し、そのまま跳躍して木の枝へ着地。瞬時に軍服の裏に隠していた拳銃を抜き取り発砲した。


「ぐはっ……!」

「終わりだ」


 そして木の枝から降りて、俺はふたたび剣を握り直した時だった。


「はああああ!!」


 後ろから迫りくる別の兵に気づけなかった。戦場では一秒でも反応が遅れれば命が危うい。だから、俺はそこで死を覚悟したはずだった。しかし。


「もう止めてください――ぶはっ!」


 突如として目の前に身を飛び出し、俺へ放たれた魔法を代わりに受けた。

 大量の血を吐いて、その兵は倒れる。そして、漏れるような息を口から漏らして、言った。


「これ以上彼を集団で襲うのは止めましょう。大佐が撃たれた弾の位置を見てください、致命傷ではない。彼はもともと、殺す気で撃っていませんでした」


 だが、そんな声は届かず。


「お前なにを言っている! こいつは我が国の領土まで侵入してきた敵だぞ! 生かす猶予はない!」

「しかし、まだ子供です……」

「この争いに齢は関係ない。ただ、人を殺す覚悟があるかないかだ」


 そのまま、兵は味方に魔力砲撃を受け、死亡した。味方でさえも躊躇なく殺すその様は、感情のない殺戮機械のように思えた。同時に、生き延びなくてはと思った。

 死んだ兵は命を落としてまで、二度とない命を削ってまで俺を庇ってくれた。だから、俺は生き延びなくてはいけなかった。

他の者もそうだ。リヒト―部隊の仲間たちの分まで。


「俺は覚悟がある。人を殺す覚悟が、ある」

「ほう? そのようには到底思えなかったがな」


 この手で、何人の命を取ってきたことか。そうさ、俺の手は汚れている。汚れ切っている。だから、気にすることはない。


「……お前を、殺す」

「やってみろ」


 激しい衝突が始まる。




△▼△▼△▼△▼




 目覚めの感覚は、海底の底から浮かび上がってくるような、そんな感覚。

 パチン、と大きな音がして、身体を揺さぶられているのが分かった。


「おい、起きろガキ」

「……はッ!!」


 ばっと身体を起こし、俺は自分の心臓に手を当てる。どくどくと、強く上下を繰り返して、今も鼓動を撃っていた。


「はあ、はあ……」


 身体中びっしりと汗をかいていて、息切れがすごい。そして目の前には、俺を眠らせた男が立っている。


「ようやくお目覚めか」

「……最悪の目覚めだ」

「当たり前だろ。俺がお前に干渉して夢を見せたんだ」

「なっ!?」


 先ほど俺やリアーナに見せた睡眠促進魔法と言い、この男は底知れない。魔法での戦闘に慣れているというかなんというか。


「お前、何者なんだ?」

「ははッ、変な質問だな」


 男は鼻で笑って、口にくわえた煙草を革袋の中に捨てた。


「俺はちょうど今の授業。魔法戦闘術担当のジャック・フォルスだ。そういえばまだ自己紹介もしてなかったな」

「教師、なのか……?」

「俺がそう見えないってか? これだからガキは」


 俺を一瞥し、男はふたたび煙草を口にする。辺りを見渡せば、薬草や魔法に関しての書物、ビーカーなどの実験道具も置いてある薄暗い部屋だ。こんな場所は学園の地図にも書かれていなかったはず。


「ついでに説明しておくが、ここは地下にある俺の秘密基地さ。ご招待してやったよ」

「なんの用だ」

「なあにお前と少し話がしたかっただけさ」


 奇妙に笑って、ジャックと名乗った男はこちらへ歩み寄る。

 そして、俺を蹴った。唐突なことに反応し切れず、俺はそのまま床に倒れる。そして、足を顔の横に置いたまま言う。


「お前が出した剣。ありゃ確かに魔法だ。あれだけの高等魔法、どうやって会得した」

「……あれは偶然の産物だ。何か方法があるわけじゃない」


 するとジャックはあからさまに機嫌を悪くして鼻を鳴らす。あれだけの戦闘が行われていて止めなかったのは、こいつが原因か。こいつは教師という立場でありながら傍観し続けていた。


「お前、強いんだろ? 俺と勝負しようぜ」

「しない。本当に危ない時にしか使わない」

「そうか。なら今がその危ない時だってことを、教えてやった方がいいな」

「……なんだと?」


 すると、ジャックは薄汚い机の上に置いてある砂時計を手に持った。


「この砂時計。なにの時間を指しているかわかるか?」

「分かりやすく言ってくれ」


 鋭い目つきに、俺も睨みで応答する。ジャックは両手を上げると子供のような無邪気な、しかし悪意に満ち溢れた笑顔を作った。


「わかったわかった。これはな」

「ああ」


 ゆっくりと、ジャックの口から語られるのは。


「お前のクラスメートが、死ぬまでの時間だ」




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