ハロルド・フィンリーという少女(その7)
食堂へ向かうため
お母様に手引きされながら、初めて部屋を出た
凄い豪邸
赤い絨毯は染みがなく、公爵、公爵夫人が道を歩けば、掃除等の仕事をしていた使用人達がズラリと並び会釈していく
思わず日本の風習で会釈してしまいそうになるが、使用人に頭を下げるなんてことはあってはならないとグッと堪えた
5分ほど歩くと、細かな金細工で出来た大きな扉の前でピッチリと執事服を着こなした老人が立っていた
「旦那様、奥様、お嬢様
食事の仕度は出来ております
どうぞ中へ」
言われるままに中へ入ると、見知った顔が居たため
思わず安堵の声を漏らす
「ケイリー」
空いている方の手でにこやかに手をふると
ケイリーも振り返してくれた
すると、後ろからコホンと咳払いされ
慌てた様子でケイリーは手を引っ込める
「お嬢様、お席へどうぞ」
何が駄目だったのか分からないが、執事が私の行動を窘めるためにわざと咳払いのが分かった
「サム、フィンはまだレディの見習いだ
あまり手厳しくするな」
我が子を庇うように父が困り顔でサムと呼ばれる執事に声をかける
「子供というのは、その時その時で大人が注意をしてさしあげなければ間違ったまま覚えてしまうのですよ」
父と対等に話すサムという執事はきっと使用人の中でも一番偉い人なのであろう
「サムさん、旦那様も奥様もお疲れです
お小言はそこまでにしましょう
私はお嬢様がケイリーにようやっと心を開いてくれて嬉しい限りですよ」
奥にある大きな長テーブルの椅子のひとつ前に立つ
他の侍女達とは違ったメイド服の中年女性が此方を見つめ優しい口調で答える
「そうよ、クレアの言うとおり
サムのお小言は置いておいて、私もお腹が空いて限界なのよね」
おっとりとした口調で母が言えば
クスクスと4人の笑いが起こる
正直、私のせいで場の空気が悪くなるかと思って不安であったが4人には信頼関係があるのかお互いのやり取りを気にしていない様子であった
用意された椅子に
父はサムの引いた椅子へ
母はクレアと呼ばれた侍女の所へ
残る私はケイリーの待つ椅子へ座った
そしてこそっとケイリーが
「お嬢様申し訳ありませんでした、今日は母に助けられました」と耳打ちした
なるほど、確かにクレアもオレンジ色の髪であり、目元などはよく見れば似ていた
食事が始まればマナーは洋式と同じであり安心した
家族で談笑する姿はやっぱり懐かしさを覚える
「そういえば、明日はフィンの誕生日だが
サム予定はどうなってる?時間は作れそうか?」
サムはその言葉に困ったような顔になり、胸元から出した紙を開けば
「お嬢様のお誕生に旦那様、奥様も出席出来るように仕事量を調整したのですが、先程、貴族委員会の方よりスワンプで起きた魔獣被害の調査に当たって欲しいと連絡が」
「あそこは、オースティンがいるじゃないか」
「それが、スワンプ公爵閣下でも手に終えないらしく」
「あそこはこの時期、梅雨が来る前に食物を収穫するから魔獣被害は心配だわ」
何やら難しい顔をして3人は話し込んでいた
5分ほど経っただろうか、お父様が此方を見れば
すまなそうに
「フィン、すまない
お誕生日を祝って上げたかったんだが仕事が入ってしまった
明日早朝にでも出発する予定だが、誕生日プレゼントを渡せないな
仕事が終わって帰ってきたらプレゼントを一緒に買いに行こう
お誕生日会はここで働く皆が行ってくれるから安心して良いよ」
そう言うと、お父様、お母様はデザートに手をつけないまま、サムと共にこの場を後にする
大人な私は忙しいなら仕方ないと思えるけど
彼女は、フィンリーはどうだったのだろう
サム(60)
10代の頃よりスオン公爵に仕えてきた
家を大事に思う余り、頭が固い発言をしてしまう
子供とあまり過ごさなかった為か、子供の扱いが苦手
クレア(50)
ケイリーの母、メイド長
5人の子供を育てたこともあり、要領がよく他の侍女から慕われている
口うるさいサムもクレアには敵わないとか