ハロルド・フィンリーという少女(その1)
「こんなの、ないわよ!」
声と同時に上体が軽やかに起き上がる事が出来た
目の前には優美かつ繊細な作りで出来た家具の数々が広がっておりヨーロッパ18世紀末にでも来てしまったかのような錯覚を覚えさせられる
未だ頭が霞がかった状態で、全てに疑問を持たざるを得ない
ふと、視界の隅で椅子にもたれ掛かり眠っているように見える人物に目を向ける
髪を纏め上げ、白いエプロンに汚れひとつないかしこまった服は日本でも見たことがある
「なんで、メイドさん?」
という、独り言にメイドらしき人物が顔を上げて此方を見つめる
オレンジ色の髪に薄茶色の瞳、年齢は20代後半かな?
と此方も慣れぬ出来事に不躾な視線を送ると
「フィンリーお嬢様、お目覚めになったのですね!少し、失礼します!お身体はもう辛くないのですか?」
短い距離なのに勢いよく走って来ては、別の人物の名前を呼びながら一度断りを入れて私の手や顔を触る
子供のような扱いも受け、我慢ならないとばかりに
「私はフィンリーお嬢様とか言う人じゃありません!
人違いです、私の名前は あ、れ、思い出せない」
思い出そうとすると頭の中の霞が酷くなる
「お嬢様は歴っとしたハロルド公爵様のご令嬢です
ささ、熱で7日間も寝ていたのですからお身体を拭いて、身体に優しい野菜スープでも飲みましょう」
色々言いたいことはあるのに、身体が思ったよりダメージを受けているらしく考えが鈍くなる
そのままベッドに逆戻りしてしまう
害のある人物ではなさそうなので大人しくピッチャーで汲まれたお湯とベースンでの清拭を受け入れる
不思議と裸を見られる羞恥心がなかった
「このお湯、いい匂い」
身体を拭かれる度に香る、ジャスミンのような甘い香り
「気付かれましたか、フィンリーお嬢様のお誕生日にとアルバート陛下より頂いた花の液を抽出して植物油と混ぜた香ですよ」
エッセンシャルオイルみたいなものか
って、今大事なこと言わなかった?
「アルバート陛下って、王様ってこと?」
なんとなく本などで階級などの情報は知っていたが
まさか、王様が出てくるなんて
「左様でございます」
何を当たり前なと言わんばかりに返答されてしまう
いつまでこの茶番は続くのだろう
せっかく生き返ったのにお母さんもお父さんもいない
「会いたいよ、お母さん、お父さん」
てきぱきとした様子で絹で出来たブラウスに着替えさせられるが、異国に独り置いてきぼりにあったような不安に頬から涙が伝う、いい大人が泣くなんて
「お嬢様も寂しいのですね、奥様も旦那様もお嬢様がお目覚めになったことを手紙に書いて出したので明日帰って来られますよ」
それを聞いて安心してしまったのか
再び私は意識を手放した
不思議な夢を見た
プラチナブロンドの長い髪の少女が手を縛られ目隠しされたまま
何もない荒れ果てた鉱山の前に放り出される
洞窟の中から真っ黒い赤い瞳をした龍が現れると、彼女を連れてきたローブを纏った者達が悲鳴を上げ一目散に逃げる
それを見届けた龍は人間の青年へと姿を変えてこう言うのだ
「憐れな少女よ、我の供物として捧げられたのか
生憎だが我は人間は食わぬのだ、馬鹿な人間どもが勝手に自分達を補食対象だと思い込んでいるだけでな
ここに2000年もいると退屈にもなる、どうだお前を此処から逃がしてやる代わりに我を共に連れていってくれぬか、魔力も十分にありそうだし依り代としては申し分ない」
が、何時までたっても返事はない
龍は人形を保つのが苦手なのか震える指先で
目の前の少女の目隠しを外すと
目を丸くした
何故なら、少女は片眼をくり貫かれ、また耳からは出血している、人間の体温には程遠い冷たい指先を輪郭をなぞるように滑らせるとびくりと肩を震わせた、そのまま指先で力のない口を無理矢理開かせると歯は抜かれ、舌は切り傷がたくさん付けられており話せたものではなかった
このままでも後数時間で息絶えるであろ
せっかく我を自由にしてくれるものが2000年ぶりに現れたと思ったのに
「ならば、お前の依り代も見つければよいのか
ただ人間を転生させたことがない故、失敗するかもしれん
どうせ、遅かれ早かれ死ぬ運命だ、お前の命預かるぞ」
その後は、大きな魔方陣が現れ辺りが白い光に包まれたところで目が覚めた
ケイリー(28)
ハロルド公爵家侍女その1
オレンジ色の髪に薄茶色の瞳であり、何事にも動じない性格
既婚者であり、ハロルド家お抱えの庭師の夫がいる
子供はいないがフィンリーを娘のように思っている
ヘイルとヴァリアスの中間の鉱山…昔は活発に採掘が行われていたが、2000年前から魔物が沢山住み着いてしまったため、今は誰も立ち寄らない