ハロルド・フィンリーという少女(その10)
身動きが取れない私を余所にトレバーはテーブルに書き散らした紙を一枚取り、読み始める
終わった
頭が可笑しいやつ呼ばわりされ、最悪お父様、お母様にも話がいってしまうかもしれない
相手の表情を見たくなくて俯く
「前世って、本当の話か?」
返ってきた言葉は意外なものだった
「え、」
思わず、俯いていた顔をあげて相手を見つめてしまう
トレバーは何かを考えるかのように一呼吸おいてから話し始めた
「いや、納得は出来てないが、お前の様子が変だから
それに、王宮専属預言者ジョルダンによれば、ヴァリアス国に古くから伝わる伝説には
異世界から転生し、四大精霊に愛された少女が魔獣の暴走による飢餓やヘイル、ベイク、ヴァリアスの戦争を終わらせ、ヴァリアスの王と共にこの国を豊かにしたという話がある
飽くまでも伝説なだけで、今は同盟によって戦争は起こらないし、魔獣も暴走と言っても被害は少ない
あと、その少女は漆黒の髪を持ち、とても愛らしい姿と書いてあるからな、お前ではないな
という訳で、転生という言葉は遥か昔から使われていた、お前が前世の記憶を持ったまま生まれても可笑しくない」
「ご丁寧に説明ありがとう、トレバー卿
で、私がその前世の記憶を持っていたら何かあるの?」
大丈夫、相手はまだ私が、自分の知っているフィンリーだと思っている
早く脈打つ心臓を静めようと小さく息を吐き出す
「前世の記憶は最近目覚めたのか?
明らかに、お前は俺の知ってるフィンじゃない」
「っ、」
トレバーは紙をまとめてテーブルに置くと
確信を突いた言葉と、警戒を強めた視線を此方に投げ掛ける
思わず顔がこわばった
本当のことを話して良いのだろうか
少年がフィンリーを大切に思っていることがひしひしと伝わってくる
少年の知っているフィンリーはもうここにはいない
12年で幕を閉じたのだと
目の前にいるのはフィンリーの皮を被った、違う生き物だと
自分に分が悪いことは分かっている
最悪、化け物と罵られるかもしれない
だが、フィンリーとして生きると決めたなら中途半端にはしたくない問題だ
どうせこの蔦からは逃げられそうにない
覚悟を決めて相手をまっすぐ見つめれば
緑がかった黄色い瞳が同じように此方を見つめる
「本当のことを貴方にだけ話します、トレバー卿」
私は自分が別世界から来たこと
この世界に来る切っ掛けになった、全身黒で覆われた何かについて
目覚めたらこの身体に入っていたこと
前世の記憶が徐々に薄れてきていること
トレバーは時々何かを考えるような素振りをし
決して否定することなく、私の話を聞いてくれた
ひとりで重い秘密を抱えていた私にとって
それだけで、心が軽くなるのを感じた
最後まで話し終わった私は、重荷が降りたように
相手の反応を真っ直ぐ受け止める覚悟が出来ていた
その視線に気付いたトレバーは今までだまっていた口を開いた
「俺の知っているフィンはもういないんだな
にわかに信じがたいが
あいつの意思をお前は大切にしてくれているし、
俺の知らない所でフィンが二度も死ぬのはごめんだ
俺は、フィンリーが生きられなかった未来をお前に紡いで欲しいと思う
だから、お前が俺を必要とするなら手を貸そう」
その言葉にフィンリーとしてなのか、私としてなのか目から涙が溢れた
この世界で初めて出来た、信頼できる人
自分の身体を拘束していた蔦はいつの間にかなくなっており
身体が自然と目の前の少年を抱き締めていた