ハロルド・フィンリーという少女(その8)
「お嬢様、残ったケーキはどうされます?」
側にいたケイリーから声がかかる
「他の侍女達に食べたい人がいたらあげて、とても美味しいから」
心の中が寂しさで溢れてくる
多分、フィンリーとしての感情が強いのであろう
涙脆いのもそのせいだ
「お嬢様、今日は天気も良いですし
少し庭を散歩してみては?少しは気分が晴れるかもしれませんよ」
周りの皿を静かにワゴンに乗せながらクレアが言う
他の侍女達に指示を出しながらも此方を気に掛けて動く姿は流石だ
「そうね、足も鈍ってしまうから行ってみようかしら
ご馳走さまでした」と引かれた椅子から降りると早速
足をドアの方へ向ければ
「お嬢様、付き添います」とケイリーが近付いてくる
「大丈夫よ、少し考え事があるから」
やんわりと断りを入れ、食堂を後にする
そして自室の書庫から6冊程本を持ち出し
先程食堂の帰りがけに侍女から貰った麻袋に入れて肩にかけ、片手には紙とペンを持ち、どこか落ち着ける場所を探す
「こうしてみると、本当に広いなぁ
子供の足じゃ全部回るのに2時間くらいかかるんじゃない?」
屋敷の地図は書斎で簡易書きされたものを見た
私やお父様、お母様の部屋があるのが3階
先程食堂があったのが1階、と言うことは1階を目指せば外に出れそう
すれ違う侍女達は物珍しげに此方に視線を向けてはひそひそと噂話をしている
『最近はお嬢様の癇癪が少ないって聞いたけど』
『最近外で走り回らないのは具合がよくないらしく、流行り病にかかってるとか』
『講師に来た男爵達を魔法で伸したって聞いたけど、魔法が制御できないなんて怖いわ』
『あんなに旦那様と奥様は優秀なのにお嬢様があれじゃ苦労するわね』
『ケイリーがお嬢様専属になってくれて良かったわ
コミュニケーションなんてとれなさそうだもの』
生憎耳は悪くない
好き勝手噂話を広める様はどこの世界でも一緒か
侍女達が公共の場で主の娘を貶すなんてあってはならない筈なのに
フィンリーを守ってくれる筈の大人は側にはいてくれなかったのか
貴族の内部事情に心が荒むのを感じた
ここで言い返せば間違いなく彼女達は暇を出されるであろう、そうすれば残りの侍女達に負担がかかる
グッと堪えるのも大事
「あった、階段」
雑念を払いながら数分歩けば、下へと繋がる階段を見つけた
先程は手を引かれて降りたため、すんなり降りることが出来たが小学生程度の自分には歩幅が怖く感じた
手すりを掴みながら降りれば良いのだが生憎両手が塞がっていた
仕方ない、此処はフィンリーの運動神経を信じよう
恐る恐る、階段を降りて行く
何とか2階までは行けた
あともう少し
1階へ繋がる階段を一歩一歩確実に降りていく
「え、嘘」
あと半分というところで足を捻り
咄嗟に身体を回転させ背中から落ちるようにした
頭だけ庇わないと
恐怖で麻袋とペンが離せず
思わず最悪死を覚悟して目を瞑る
軽い身体はふわりと浮いた
「なっ」
驚いた声が背部より聞こえ、誰かに身体を抱き止められたが、そのまま二人で床に倒れてしまう
痛くない、ってことは
抱き止められたまま、顔だけ後ろを振り向くと
間近に少年の顔が見えた
綺麗な顔、緑がかった黄色い瞳に光に当てられホワイトブロンドの髪は癖がなくサラサラしていた
「痛たた、お前、じゃじゃ馬なのも大概にしろよ
って、あれ
眼鏡がない、あれがないとよく見えないんだが」
眼鏡という単語に、身体を慌てて起こすと
2mほど飛ばされた眼鏡を拾い、相手に渡す
「ああ、悪い
ってか、そもそも何であれくらいの落下で着地出来ないんだ
何時も小猿のように飛んでるだろ」
またもやフィンリーが脳筋であったことが彼の発言で立証された、頭が痛い
「おい、黙っててどうした、気味が悪いぞ」
先程の会話から考えるとフィンリーと彼は見知った関係らしい
しかも、言葉使いからするに対等な地位か若しくは上か
だが、公爵の上となると王族しかないが、見る限りお供を連れていない
「ごめんなさい、助けてくれてありがとう、では」
対等な立場と考え、必然的に顔を会わせる機会も多いだろう
ボロが出る前に逃げなくては
床に放置された紙とペン、麻袋を拾うと求めていた外へ向かおうと歩き出す
「ちょっとまて」
腕を後ろから掴まれてしまえば、内心冷や汗が止まらない