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第04話 火種

 毛矢ホールディングスを見つけてから1ヶ月程経った今日、仁井田はワクワクしながらTDnetー上場企業が決算短信や業績修正などを開示するサイトーを見ていた。


「早く毛矢ホールディングスの決算出ないかな。第一四半期の決算が今日発表予定だし、もしかしたら粉飾認めて下方修正するかもしれないし。いやー、楽しみだな」


 更新ボタンを連打しながら待っていると、目当ての毛矢ホールディングスの決算短信が表示される。急いで内容を確認すると、そこには売上・営業利益が共に前年同期比+40%という素晴らしい数字が並んでいた。


「本当に見た目だけはいいな、でも経常利益は為替の損で変わらずか。そして何が伸びているかと思えば、中国事業が前年比で+50%超え...。ASEAN事業も伸びているけど、これも中国子会社との取引分だから、実質中国子会社が増えただけか」


 画面をスクロールし、他の数字も確認していく。


「資産状況を見ると、現金が大きく減って、売掛金が大幅増加といつも通り。......おい、これだけ売掛金が増えてるのに貸倒引当金が前年と同額!?現金も3ヶ月で大きく減ってるし、この調子だと半年後には現金足りなくなるし、また銀行から借りてこないといけなくなるぞ」


 中国事業をこの調子で成長させるなら、次の四半期決算では更に売上が伸びることになる。これまで通りなら売掛金が増え、現金が減り、銀行から借り入れを増やすことになる。しかし、この調子で売掛金が増えるのに現金が入ってこないということになれば、流石に監査法人も怪しむのではないか。

 もし売上・利益を伸ばさないなら、次の四半期決算は微妙な数字が出てくることになる。次の四半期までに追加融資を受け入れられないと、流石に資金繰りとして厳しくなるため、経営が安定していることをアピールするならこの3ヶ月以内に融資をまとめないといけなくなる。




「......これ、もしかしてチャンスか?この調子なら、次の四半期決算が勝負になるし、銀行が追加融資しないなら粉飾するのも限界。借り入れ増やして回していた自転車創業が止まるなら、今まで隠していたものも露呈するはず。何かあるとしたら次の四半期決算の可能性が高い」


 ifの積み上げではあるが、いつ粉飾が露呈するかという問題に対し、一応なりとも回答が目の前に出てきた。


「もし追加融資を受け入れられたとしたら、その時は損切りするしかないけど、当たれば株価は悪くとも半分以下になるはず。最悪損失10%くらいと見積もっても、リスクリターンはかなり良い。この決算で株価は上がるかもしれないからしばらく様子を見て、株価が上がらないのを確認してから空売りすれば結構いい勝負ができるんじゃないか?」


 次の四半期決算はちょうど3ヶ月後。下方修正する可能性もあるため、ギリギリに空売りするのは避けるとするなら猶予は2ヶ月程度。決算後の動きを見るにしても様子見は1ヶ月くらいで十分だろうが、余計なリスクを回避するなら2ヶ月後から空売りするのがよさそうか。


「よし、これで一応計画は出来た。後は毎日株価やプレスリリースを確認しつつ、タイミングを待つだけだな」





 そして2ヶ月後、満を持して毛矢ホールディングスの株を平均単価1500円で1万株を空売りする。空売りは株を買うよりも危険なこともあり、総額1500万円と全力とはいかず、少なくとも下方修正が出るまでは余裕を持っておく。


「よし、これであとは結果を待つだけだな。これだけ自信がある取引だし、せっかくだからTwitterにこの話書いてみるか。他の人の反応も聞いてみたいし。」


 Twitterに毛矢ホールディングスの業績は伸びているが営業キャッシュフローがついてきていないこと、借り入れがひたすら増え続けていること、貸倒引当金が全く増えていないことなどを書いていく。これまで何度も確認してきたことだけあって、流れるように文章が出てくる。


「ふう、結構長くなったけど、これで書きたいことは全部書けたな。おっ、リツイートしてる人もいるし、割と皆興味ある会社だったのかな?」


 他のアカウントの反応を見ているとリプライの通知が届く。賛成してくれる人がいるのかと思って見てみると、そこには「売り煽りはやめろ」という文字が並んでいる。


「......おいおい、俺が書いてることは決算見れば分かることだぞ。どこが売り煽りだよ」


 どこの誰が言ってきたのかと思い見てみると、相手は億トレ、つまり資産が1億円を超える有名な個人投資家だった。


「有名億トレかよ!雑誌に出てたこともある人だけど、企業分析が自分の強みですって言ってた人じゃないか!しかも毛矢ホールディングス買ってるってブログに書いてるし!」


 まさかそんな人物が毛矢ホールディングスを買っているとは思いもよらず、焦りながら返信する。


「売り煽りとはどういうことでしょうか。決算の分析をしただけで、特におかしいことは書いてないと思います」

「成長企業に対して粉飾だと言うのは風説の流布では?そこまでして空売りで儲けたいのですか?」

「言っていることが分かりません。数字の整合性が取れてないから怪しいと言っているだけです」

「でも、空売りしているんですよね?儲けるために売り煽っているようにしか見えません」

「事実を並べているだけです。あなたも銘柄分析といって、この企業が良いって書いてますよね。それと何が違うんですか」

「私に悪意はありませんよ」

「私にもありませんよ」

「売り煽って他の人に損させるのは悪意では?」

「そんな事言い出したら、あなたが高値で株掴ませるのも悪意ですよね?」

「あなたと一緒にしないで下さい!」



 そして不毛な言い争いが始まる。どうも相手は空売り=他の投資家に損をさせる=悪いことという認識のようで、そもそも議論が噛み合わない。本来なら決算について議論すべきだが、あちらは既に優良企業として株を買っている以上、今更粉飾とは認められないのだろう。

 他のアカウントも参戦し始め、遂にはまとまりがなくなってくる。一部のアカウントは決算の数字を確認し始めており、中には業績の推移が怪しいと結論づける人もいるが、そういった人間はごく少数でほとんどは喧嘩を面白おかしく騒ぎ立てたいだけだ。


 自分にも経験はあるが、投資家という生き物は意外と争い事が好きで、とにかく火種を見つけたら油を注ごうとする傾向がある。金持ち喧嘩せずとは言うが、日本国内で言えば富裕層と呼べる投資家達が毎日のように言い争っているのを見る限り、恐らくそんなものは幻想なのだろう。

 金融資産が1億超え、それどころか10億を超えているような人間達が集まり、ひたすら相手を叩きあう姿は異様な光景として受け取られるだろう。だが困ったことに、これが珍しいことではなくよくある光景というのが更に理解を得難くしている。


 既に争いの種は毛矢ホールディングスから離れ、自分に文句を言ってきた億トレの過去の取引に話題が移っている。昔取り上げていた某社も今回と同じような胡散臭いところだった、前回は株価が上がったらさっさと売っていたが今回はちゃんと引っ張るんだろうな、などと見事に違う方向に争いが発展している。


 幸運にも自分が話題の中心から離れたため、余計なことはせず黙って争いを眺めておく。少なくとも明確な数字が出るまでは水掛け論にしかならず、怪しい・怪しくないを永遠に言い争うだけだ。


 右手で相手を殴るためには、左手で物証を握っておく必要がある。


 「次の決算でこいつらの目を覚ましてやる......」

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