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第03話 出会い

  会社四季報という本がある。日本の上場企業の株価や業績などをまとめた本で、四半期決算が出揃った時期に合わせて3ヶ月に一度発行されている。上場企業が発表する決算短信を見ている人にはあまり意味がないかもしれないが、こういった形でまとまった資料は貴重であり、個人投資家には愛用している人も多い。

 この本を読めば全ての上場企業を確認できるため、普段見ないような企業の業績や株価を確認する際には役に立つ。最近はネットでも似たようなサービスが増えてきているが、紙には紙の利便性があるためネットサービスと兼用するケースが多い。


 従って、ファンダメンタルズ分析の勉強を始めた仁井田 隆史も、四季報を眺めることから始めていた。


 「うーむ、日本の上場企業とか多すぎでは?特に不動産会社とか似たようなところばかりだし、こんなに上場してる必要ないだろ」

 

 日本の上場企業には特定の証券コードが割り振られているが、四季報は証券コード順に掲載されていため、順に読んでいくと同じような企業ばかりが続くことになる。つまり、読んでいて飽きる。


 「どうせどこも大差ないし、不動産と銀行は見なくていいだろ。自動車の部品系も微妙だな......。売上の成長性とか考えると、ネット系サービスやってるところをちゃんと見るべきだろうし。こうしてみると、売上と利益が安定して伸びてる企業って本当に少ないな」


 そうして四季報をパラパラ眺めていたところ、ある企業で目が留まる。


 「えっ、この企業凄いな。今期売上51.5%増加で営業利益は79.0%増加。来期予想は流石にそこまで強くないけど、前期からの成長考えると凄くないか?」


 これはお宝を見つけたのではと思い、四季報に加えて企業のIRページなどを確認していく。 


 「毛矢ホールディングス。福井県発祥で創業100年を超え、地元では名門企業扱いされている。中国事業への化学品、合成樹脂、電子材料などを扱う卸売商社。ほー、老舗企業ってやつか」


 そのまま会社の沿革や業績の変化を確認していく。

 

「若い後継者に代替わりした後、中国に進出。順調に取引規模を拡大し、ここ5年で大幅成長。売上の7割を中国が占めるようになってるから、新経営者に変わって事業転換大成功ってパターンだな。会社って経営者でここまで変わるものなんだね」


 そうして各項目をチェックしていくなか、ある項目に目が留まる。


「......営業キャッシュフローが凄いマイナスになっている?えーと、営業キャッシュフローって会社から出入りする現金のことだし、つまり営業利益に匹敵する現金が出ていってるってことか。しかも今年だけじゃなくて去年も。」


「なんで現金が入って来ないのかと思えば、中国子会社の著しい取引の増加のせいと。商品は売ったものの、まだ代金の受け取りが済んでません、だから現金が出ていく一方ですって書いてあるな......」


売上・利益は大幅成長、しかし代金は未回収で多額の現金が出ていっている。それをどうやって工面しているのかといえば、銀行からの借り入れ積み増し。

 

「.....そんなことがあるのか?でも、俺が知識無いだけかもしれないし、詳しそうな人に聞いてみるか」




 自分の知り合いの中でこういったことに詳しそうな人と言えば、司との話の中でも出てきた変な企業が好きな個人投資家、平井さんしかいない。とりあえず話を聞いてみようとTwitterでDMを送ってみる。

 平井さんのTwitterアイコンは赤緑青の配色をした、実際に存在した海外企業のロゴを利用しているので分かりやすい。著作権的にいいのかと聞いたことはあるが、既に倒産した企業だからセーフと言う回答だった。


「平井さん、すいません教えて欲しいことがあります。毛矢ホールディングスって知ってますか?この会社の決算がおかしいと思うんですけど」


 5分も経たずに平井さんから返信が返ってくる。


「やあ、良い企業に目をつけたね。そこ、間違いなく粉飾してるよ」

「......粉飾?売上とかを誤魔化すアレですか?」

「そうそれ。会社は中国事業が好調って言ってるけど、どう考えても怪しいよね。以前、会社に売掛金溜まってますけど貸し倒れとか無いんですかって聞いたら、今まで貸し倒れは一度もないって回答されたんだよ。だから貸倒引当金もほとんど積んでない」

「えーと、今の売掛金の額考えると、もし代金が回収できない時に備えて手当すると、一気にこれまでの利益が吹き飛ぶってことでいいですか?」

「そのとおり。額が額だから現金足りないし、もし貸倒れが発生したら一発で倒産するね。粉飾決算をやっているところは過去何社もあったけど、営業キャッシュフローが継続して大きな赤字なのは典型的なパターンで、今回は監査の甘い海外子会社を使って誤魔化している。実際、僕の知り合いも何人かはこの会社に注目してるよ」


 つまり高成長企業と持て囃されて株価も上昇しているが、粉飾していて露見すれば倒産する企業が目の間にある。


「凄いチャンスじゃないですか!空売りした後に株価が0になれば大儲けですよ!」

「そうなんだけど、実際にやるのは結構難しいんだよね。それに、空売りは色々な要素があって難しいから、実際に取引する前によく考えてみた方がいいよ」

「なんでですか?どう考えてもバレますよね」

「いつかはバレるんだけど、そのいつかを当てるのが難しいわけ。少なくとも今までは監査法人もこの決算内容を受け入れてるし、会社が粉飾してましたって認めない限りは株価も下がらない」


 会社が嘘をついていたことを認めない限り、これまで報告されてきた業績は修正されない。つまり、この勝負に勝つためには会社が嘘をつき続けられなくなるまでの間、ずっと株を空売りし続ける必要がある。


「それって卑怯ですよね。会社は悪いことやってるって自分で分かっていて、周りもそれを理解しているのに、それでも許されているなんて」

「そうなんだよね。でも、似たような話で、明らかにやる気のない新規事業を発表し、株価が上がったところで株を売り出して資金を手当している会社も沢山あるんだよ。上場企業だからって全てが信頼できる企業じゃないし、取引所も強く規制しないからやった者勝ちになってるのが今の日本市場」

「......」

「この会社もいつかはバレるって理解してるんだけど、それが後半年引き伸ばせるなら間違いなく引き伸ばしてくる。行き過ぎれば流石に監査法人も止めるけど、その力関係がどうなのかは僕らには分からない。これはそういう戦いだよ」

「......悔しいなぁ」

「そうだね。でも仁井田君がこの企業を見つけたのは凄いと思うよ。ファンダメンタルズ分析の勉強を始めたばかりなのに、ちゃんと色々な項目の関係性も見ているし。売上・利益だけ見て企業を判断する人は多いからね。」

「ありがとうございます。この企業をどうするかはちゃんと考えてみます」


 平井さんとの話で分かったことは2つ。1つ目、毛矢ホールディングスを今すぐ空売りするのは危険だ。まだきちんと確認できていないことも多すぎる。

 そして2つ目、良くわからないまま勉強を始めたファンダメンタルズ分析だが、これは間違いなく宝の地図だ。何も理解しないまま闇雲に株を買う人に比べ、自分は隠されている宝を目星をつけて発掘することができる。運に任せた勝負ではなく、地に足のついた勝負ができるということは大きな利点だろう。


 今回の毛矢ホールディングスが空振りに終わったとしても、このまま頑張っていけば次のチャンスは必ず来る。それなら、やることは1つだけだ。


「よっしゃ、この調子で勉強頑張るぞ!」


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