プロローグ 4話(完)
賢者タイム
投稿は極力21時にする予定です
書き溜めしている分の投下が終わるまでペースは崩れないと思います
ロージェから脱出してから、俺はひたすら当てもなく歩き続けた。
闇に包まれた林道の中で、俺の不規則な足音だけが小さく響き続けた。
(トマルナ アルケ)
葉の間から漏れる僅かな月光を頼りに、一歩一歩立ち止まることなく俺は歩いた。
「止まったら... 死ぬのかな。俺」
独り言が口から漏れた。全身の筋肉が悲鳴を上げ、休息を欲していた。
(アルケ)
分かっている。ここで倒れた所で、助けは来ない。目が覚めたらベッドに寝かされて、「目が覚めた?」と横で少女が笑いかけてきたりはしない。
仮にそんな心優しい少女に見つかったとしても、倒れた俺に触れた瞬間彼女が死ぬというバッドエンドになるだけだ。
暫く下り坂を歩くと、俺は小さな渓谷に出た。両足を冷たい流水に付けると、パンパンになった両足が冷却され、非常に心地が良い。
(カワヲ クダレ)
脳裏の声に従い、慎重に渓流付近の岩場を下りていく。何と無くだが、脳裏の声は俺の本能か潜在意識を代弁しているように思えた。
せせらぐ川に映る月の澄み切った白さが、俺の目に焼き付いて離れなかった。
(アタマ アゲロ)
言われた通り頭を上げて木々の隙間を覗くと、かなり下流の方にある河原に、石造りの廃墟が見えた。構造からして小さな要塞か、廃城に見えた。
「ツいてるな...」
少なくとも目的地ができた。血を失いすぎて目眩が酷くなっているが、足はまだ動く。歩け、歩き続けろ。俺は自由になったんだ。死んでたまるか。
.........
......
...
粗い砂利を踏みしめながら、俺はかなりの歳月を感じさせる廃墟を見上げた。半壊してもその精巧さが感じ取れる数々の彫刻、朽ちてなお迫力を感じさせる正門。
幾ら風雨に晒されようと、この城は元来の厳粛さを失っていなかった。
「......」
朽ちた扉の隙間から城内に足を踏み入れた途端、俺は数々の違和感に眉を顰めた。
まず、壁に掛けられた松明未だ赤みを帯び、残り火が燻っていた。
今さっきまで誰かが居た証拠だ。
次に、城の床、カーペットは色あせているが、埃一つ付いていない。
更にその清潔なカーペットの上に、足跡と乾いた血痕が複数、城の二階へと続いている。
「ここに住んでいた者が最近、侵入者に襲われた。そしてその侵入者とやらはまだここにいる...」
耳を澄ませると、二階の方から談笑する声が聞こえてくる。
「だぁぁっはははは!何ビビってんだよ、死には死ねぇよ!」
「でもよぉ〜 傷にばい菌入ったらどうするんだよぉ?アンデッドに噛まれたんだぜ?移ったらどぉすんだよぉ!」
「そん時は俺がきっちり引導を渡してやっから安心しろ!」
「冗談はよしてくださいよぉ〜 兄貴ぃぃ!」
足跡は二種類、つまり侵入者は今馬鹿笑いしている二人だけだ。
ふらふらと二階に上がり、焚き火の横で何かの肉を頬張る二人を視界内に捉える。
「うぉ!新手のアンデッドかぁ?!随分とグロい見た目してるなぁ...」
そう言いながら兄貴と呼ばれた男が棍棒を片手に、俺の方に近づいてくる。
「... 俺はここを動かないし何もしない。でもお前らは死ぬ」
「ああ?!てめぇ脳みそも腐ってんじゃねぇの?」
そう言って棍棒で俺の額をどつき、兄貴が倒れた。
「あ 兄貴!!てめぇ兄貴に何を!」
そう言って俺の喉にナイフを当てて、子分(?)も倒れた。
「な?」
使っていて分かったことだが、俺の『呪い』は究極の初見殺しだ。そして逆に一度手の内を明かせば幾らでも対策の余地がある。
今一番気になるのは、ロージェの民衆や衛兵達が俺の『呪い』をどれだけ理解しているのかということだ。
一応脱走時は全て「血」を使ってきた。彼らが俺の『呪い』は『血』によって発動するのだと誤認してくれればいいのだが、もしそうでなかった場合のプランも考えねばならない。
次に俺を移送したゴトーと他の護衛達、そしてクルアコの食堂に居合わせた人達。
そして最も厄介なのは、ブラムトという国に戻ったであろう使節達だ。これら全員を始末すれば、俺の『呪い』を知る者は消える...
今後の計画を脳裏に浮かべながら、俺は静かに焚き火の横で腰を下ろた。あのバカ二人が残していった酒を千切った布に振りかけ、そのまま傷口を塞ぐ。
アルコール度数は不明で殺菌作用の有無は知らないが、何も付けないよりはマシだろう。
右手については、骨の混じったひき肉と表現するしかなかった。前腕部を骨ごとナイフで切り落として焚き火で切り口を焼くと、やっと出血は止まった。火を使った拷問はそこそこ受けてきたつもりだが、やはり自分の肉が焼ける匂いを嗅いでいると腹が減る。
ーーカタッ ーー
手足の手当てを終え、背中に刺さった矢を抜くのに苦戦していると、背後の施錠されたドアの向こうから小さな音が聞こえた。
すぐさまドアから距離を取り、子分(?)から拝借したナイフを構える。
ーーカタンーー
また音が聞こえた。確実にドアの向こうに何かがいる。
静かにドアの錠を外し、ゆっくりとドアを開けようとすると...
ーーバタァン!ーー
勢いよく蹴り飛ばされた扉から、角材を持ったメイド姿の少女が飛び出てきた。
「出て行け!ご主人様の城から出て行け!!」
目を瞑って少女はひたすら距離を詰めてくる。構えは隙だらけだが、流石の俺もこの子を見殺しにはしたくない。
「ま、待て!」
闇雲に角材を振り回す少女に俺の声は届かないようで、包帯で自由を奪われた両足でまともに後退することができない。
「話を聞いて... 」
ーーバキッーー
角材の先端が横顔に当たる。少女は死ぬ。そう思った俺は奥歯を噛みしめたが、一向に角材の勢いは消えない。
「ふへ?」
情けない声を発しながら俺は角材に殴り飛ばされ、仰向けになって床に倒れた。
ーードスッ ズサッーー
「......ゴフッ」
床に倒れた勢いで、背中に刺さった矢が釘のように体内に打ち込まれ、そのうちの一本は肺を突き破ったようだ。
血を吐きながら、俺の意識は薄れていく。年端もいかぬ少女の角材に殺される。俺はこんな情けない死に方をするのか... やっと... 自由になれたのに...
.........
......
...
眼を開けると、見慣れない天井が視界に映る。俺はベッドに寝かされているようだ。
「あの、目が覚めましたか?」
横に座っている人物が申し訳なさそうな笑顔を作る。
片目の眼球がなく、僅かに裂けた口元に生々しい縫い痕がある以外、至って普通な可愛い女の子だ。
「......アンデッド?」
バカ2人の会話を思い出す。アンデッドに噛まれた云々の話をしていた記憶ががある。それに確かに死んだ奴なら俺に触れても死なない筈だ。元から死んでるのなら辻褄が合う。
「怖がらないんですね」
「......」
「先程はすみませんでした。混乱していたもので...」
そう言ってメイド姿の少女は深々と俺に向かって頭を下げた。
「傷が治っているようだが...」
「ポーションを飲ませましたので」
メイドが小声で「80年前に保証期限切れてましたけど」と言ったことを俺は聞き逃さなかった。
「それと右腕の方ですが...」
メイドが言い淀んでいることは分かる。肘から先がなくなっているのだろう。眼が覚めてから右手だけ感覚がないのだ、それくらい察しはつく。
「気にしないでくれ。手当てに感謝する」
そう言って半身を起こして辺りを見回すと、ここが寝室であることを理解する。朝日に照らされるカーテンが静かに揺れ、窓の外から鳥のさえずりが聞こえてくる。
「朝食、どうしますか?」
「人間用のものを頼む」
何か気に障ったのか、少し不快そうな顔をしてメイドが部屋から出ていく。それを見送って、俺は右手を上げてみる。
肘から先が消えた自分の手を見ていると、妙な喪失感に襲われる。
ふとロージェでの出来事を思い出す。恐怖に染まる瞳で俺を見つめる民衆、断末魔をあげる暇もなく死んでいく衛兵......
(モットヤリタイ)
ーーパリィンーー
運んできた水を落として、メイドが慌てて俺から目をそらす。知らず識らずの内にまたあの笑みを作ってしまった様だ。
「すまない、思い出し笑いだ」
こんな思い出し笑いをするのは狂人くらいだろうな...
「い、いえ... すぐ片付けますので」
暫くして、食事を載せたプレートをサイドテーブルに置くと、メイドは部屋の入り口付近の椅子に腰を下ろした。
朝食のメニューはかなり古そうな麦パンとサラダ、干し肉が入ったスープだった。豪勢とは言えないが、監獄で食べ続けた家畜の餌と比べれば天と地の差だ。
「ごちそうさま」
そう言ってベッドから降りると、予想以上に体が軽い。メイドが言ってたポーションの効果なのだろうか。
「名前を聞いてなかったな。俺はジェドだ」
「...ロベリアと呼んでください」
「1人でここに住んでるのか?」
「私はご主人様がお帰りになるのを待ち続けているのです。ご主人様がいつ帰ってきても良いように掃除をしているのです」
「ちなみに... 何年くらい?」
「今日で192年5ヵ月と13日です」
「......」
「ご主人様は必ず帰ると仰いました。だから私は待ち続けます。ご主人様の帰る場所を守り続けます」
「失礼かもしれないけど、君の主人って人間?」
「そんな訳ありません!ご主人様は由緒正しき純血種ヴァンパイアです!」
反応からしてロベリアはあまり人間に好感を持っていない様だ。
「変なことを聞いたな、謝る」
謝罪を受け取ったのか、ロベリアは小さく頷いた。
「世話になったな。もう出ていくよ」
そう言ってボロ切れを羽織ろうとする俺を制して、ロベリアは真新しい服を差し出す。
「...助かる」
「お送りします」
俺が寝ていた部屋は二階の一番奥の様だ。その他の部屋は天井が崩れているか壁に風穴が空いてるかで、とても快適には過ごせそうにない。
階段を降りると、昨日まであった靴の汚れや血痕は綺麗に消えていた。ロベリアが掃除したのだろう。
「見送りはここまででいいから」
そう言ってドアノブに手をかけようとする。
ーードン ドンーー
向こう側からのノック音に手がすくんだ。
「御免」
開かれた扉の向こうから、錆に覆われた鎧を身に付けた人物が現れる。
「ようこそ、ラインクラード様... 今日はどういった要件で?」
後ろから事務的なロベリアの声がする。どうやらこの異様な姿の鎧騎士は客人の様だ。
「此れで 百個目 契約 満了した」
鎧の下から赤く透き通ったテニスボール大の球体を取り出すと、俺を無視してそれをロベリアに渡す。
「...... 確かに、受け取りました。城主ハイド様に代わって契約解除を行なってもよろしいでしょうか?」
さっきと同じ態度で話すロベリアだが、俺はその声に僅かな寂しさを感じた。
「頼む」
重厚な鎧の下から響く声は無機質で、空洞から吹き抜ける隙間風の様に乾いていて、抑揚がなかった。
そう言って胸部装甲を外すした男を見て、俺は目を丸くした。
中身が、ないのだ。鎧の中は空洞になっていて、そのまま背面装甲の裏側が見えている。
「某何用だ」
視線が気になったのか、ラインクラードが俺に話しかける。
「いや、さっきの赤い玉は何だろうと思ってな」
そう訊くと、ラインクラードは鎧の中からさっきの物より2回り小さな球体を取り出し、俺に見せた。
「ブラッドオーブ 人間の 命の 結晶 我の 糧」
胸部装甲の裏にある小さな魔法陣に手を当てながら、ロベリアは補足する。
「そして貴方が飲んだポーションの材料でもあります」
それを聞いて俺は少々驚いた。ポーションの材料は薬草など自然由来のものだという先入観があったからだ。
俺の考えを察した様に、ロベリアは続ける。
「人間は皆、ポーションは植物から出来ていると思っている様ですが、薬草の凝縮物ごときに何故にあれほどの治癒能力があると信じられるのです?」
魔法陣に手を当て、ロベリアはその縁に沿って手を滑らせていく。
「ポーションの本質は他者の命を取り込み、自らの命とすることなのです。特に長命な者ほど良い結晶を生じさせます、数が多くそこそこ長生きする人間はポーションにぴったりな生物なんですよ」
ロベリアの言葉に偽りは感じられなかった。寧ろこの説明の方が、俺にはよっぽど自然に感じられた。
ーーシュゥゥーー
ロベリアの手元にあった魔法陣が淡く光を放つと、灰となって四散していった。
魔法が解かれた胸部装甲を両手に、ロベリアはラインクラードの前に立った。
「第三の騎士 ブラムトのラインクラード、契約は果たされました。貴方に自由を与えます」
受け取った胸部装甲を胸に嵌めると、ラインクラードは体を軋ませながロベリアに深々と一礼した。
「願わくば 今一度 ハイド殿と 剣を交えたかった」
「...... 寂しくなります」
「復讐を 果たせば 戻る」
そう言って扉に向かって歩き出したラインクラードを見送りながら、ロベリアは呟いた。
「結局貴方も、故郷を焼くのですね」
故郷を焼く...? ラインクラードはブラムトへ行くつもりなのか。まさに渡りに船だ。
「待ってくれ!」
呼び止められたラインクラードは、ゆっくりとこちらに兜を回転させる。
「......?」
錆で埋まりそうな兜の隙間を見つめて、俺は口を開いた。
「付いて行っても良いか?」
俺の暴挙に驚いたロベリアが焦った顔で俺に向かってくる。
「貴方少しは弁えなさい!ラインクラード様は...」
「... 良かろう」
呆気を取られるロベリアの横を通り、錆に覆われた巨体が俺の前で立ち止まる。
「人の姿の 異形よ... 我は 某の正体を 見定める」
そう言って歩き出したラインクラードの連れられ、俺も廃城をあとにした。
鎧を鳴らして歩く鎧騎士を眺めていると、彼を覆う錆が異様に赤黒いものだと気付く。
「我が錆の元は 血」
振り向きもせず、独り言の様にラインクラードは続ける。
「友の血 敵の血 無辜の血 全てが こびり付き 錆となり 我を 苛む」
相変わらず乾いた抑揚のない声だが、俺には彼の言葉が、途轍もなく重く苦しそうに聞こえた。
狂者タイム
プロロローグ 完!
次からは
「ゲテモノフレンズを集めて砂漠の国を滅ぼそう」
編がスタートォゥ!
ゾンビメイドちゃんのビジュアルだけど黒髪セミロングで紺色のメイド服着てるゾ!体型はキュッx3