表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/71

08 家は買ったけど

 朝か……、起きなくちゃ。よっこいしょ、と。

 え、ここは!? あ……。宿屋に泊まったんだった。見慣れた酒場の仮眠室じゃなかったからドキッとしたよ。

 この宿は安宿ではあるんだけど、素泊まりで3000円。地味に痛い出費だ。だけど、それは忘れて、と。今日は忙しくなるぞ!

「ふん!」

 気合いを入れた。腰の両脇で握り拳を作ってから右腕を振り上げてみた。

 うん、虚しい。やらなきゃ良かった。

 しょうもないことは早々に切り上げて、役所へ向かおう。

「最初に市民権ね」

 そう、市民権が無ければ何も始まらない。家を買えるのは市民だけなんだ。開こうとしている店は持ち帰りの天ぷら屋だから、店舗自体は小さくて構わない。だけど、天ぷらを揚げる場所も必要だよね。近くの野っ原でって訳には行かないじゃない? そんな、どこで揚げたかも判らないものなんて、あたしだって買いたくないもの。


 市民権を得る手続き自体はギルド登録と大差無かった。1000万円を支払うのと、この国の文字での直筆のサインが必要なのとが違うくらいだ。この1ヶ月近くの間に自分の名前くらいは書けるようになっていたので何も問題は無い。そして、ギルドカードに似た市民登録証を受け取るだけ。


 市民権を得るための登録料金は町毎に決まっているらしい。大抵の町は1000万円だけど、人口が極端に少ない町だと100万円くらいの場合も有って、逆に多過ぎる王都なんかだと5000万円にもなっているとか。更に、市民登録と言うだけあって、町毎の登録らしい。違う町に引っ越して市民登録をしようと思ったらまたお金が掛かる訳だ。きっとそれで気軽には住民が移住できないようにしているんだろう。

 そんな訳だから、市民登録は慎重にしないといけない。だけど、今あたしが居る町クーロンスは比較的大きな町のようで、商売を始めるには悪くないらしい。それに、右も左も判らない町に行って商売をするのは少し不安だ。

 だからあたしはこの町に市民登録をした。

 下調べしたのもこの町だったしね。


「市民登録が終わったから、次は不動産屋だー」

 目星を付けていた店舗兼住居の物件を買うつもり。ただ、目星を付けていたと言っても、お金の工面ができる当てが無かったから、張り紙を見て、書かれた住所を頼りに下見しただけだったりする。だから、不動産屋では一応、他の物件についても尋ねてみる。

 やっぱり幾つかは候補になる物件が有ったよ。決める前にそれらの下見だ。

 そして下見した。

 結果はがっかりだったよ。行ってみたら、危ない人達の巣窟のような場所だったり、衛生的にとても残念だったり、人通りが全く無さそうだったりで、天ぷら屋を開くにはどれも問題有りだった。無駄足だ。

 だけど、ものは考えようだよね。他ががっかりだった分だけ安心して最初に目星を付けた物件を買うことができるのだ!

 いや、まあ、そう思わないとやってられない部分もあるんだけどね。

 元々目星を付けていた物件は、中古だけどボロっちくもなく、立地も悪くない。ただ、1500万円だから資金的にはかなりギリギリになってしまう。これが他の物件を見てみた一番の理由。どこかの野っ原に掘っ立て小屋でも建ててしまえば200万円くらいで済むけど、そんな所じゃお客が来るなんて思えない。やっぱり、町の中に店舗を構えなくちゃ。


 なるべく早く入居したかったから、直ぐに売買契約を結ぶ。早い方が宿代が掛からなくていいもの。

 だけど、権利書と鍵を受け取った時にはもうかなり傾いていた。

 とにかく家に急ごう。全財産はずだ袋の中だから、引っ越しの手間はいらない。しかし、寝るためにはそれなりに準備が必要だ。日が沈む前に必要なものを調べて買い揃えたい。

「ここが今日からあたしの家!」

 我が家を前にして、ちょっとだけ浮かれてるあたし。

 買った家は間口が3メートル余り、奥行きが15メートルほどの二階建て。真ん中付近に階段が有って、一階は半分が店舗用、残り半分が台所など。二階は居間と寝室になっている。3人家族が住むのが精々の広さだけど、あたしは独りなんだから広すぎるくらいだ。

 長く人が住んでいなかったようで、中には埃が積もっている。以前住んでいた人が残したらしい食器や壺が幾つかと、ベッドの土台が有る。家具やなんかは普通に全く無い。家具は追々でいいけど、布団は買わないといけないよね。

 目先には寝室の掃除をしたいけど、掃除道具なんて持っていない。何か残ってないか家の中を探してみよう。隈無くね。

「有った! 箒と雑巾!」

 物置らしい部屋の隅。壊れかけの箒とボロボロの雑巾が埃まみれだけど残ってた。

 ボロっちくても、箒や雑巾が有るのと無いのとでは大違いだ。拘束魔法で保護して使えば、寝室1部屋くらい何とか掃除できるんじゃないかな。


 早速、寝室の窓を開けて、天井の埃を落として……。

 あー、こりゃ駄目だ。落ちてくる埃が盛大過ぎる。このままじゃ、埃まみれになってしまって買い物に行けなくなる。着替えがまだ無いんだ。だから服を汚したくない。まあ、汚したくなけりゃ、着なけりゃいい。掃除をする間だけ服を脱いでればいいってことにはなるんだけど……。

 灯りも無いから窓を開けて採光しなきゃ暗いんだ。閉めたら掃除できてるかどうかも判らなくなっちゃう。だけど開けたら、どうにも外から丸見えな感じだ。

 んー、ここはギリギリの線を狙うしかないかな。

 窓を開けるのをうっすら中が見える程度に留めれば外から覗かれることも無さそうだから、先に埃の粗方を始末するところまで下着姿でやっちゃおう。下着は一応着替えが有るので、埃を被ってもなんとかなる。それに、粗方の埃が始末できてれば、もう変に被ることもなくなる筈だ。

 準備を整えて、天井の埃を落とすところから再開。壁の埃も落とす。風魔法が使えたら窓から埃を追い出すこともできたんだけど、今のあたしには使えないから埃が舞い放題だ。そのせいで息がちょっと苦しい。口で息する訳にも行かないし、鼻に埃が詰まっちゃうしで。

 後は床だけど、箒で掃く間は息を止めるしかない。息苦しくなったら埃の無い所で息継ぎをする。

 ベッドの土台が有るだけの部屋は実に掃きやすい。それがせめてもの救いだ。

 そんなこんなでどうにか一通り掃き終わった。だけど埃が舞い飛んでるから、それが落ちた後でもう1回掃かないといけなさそう。

 だからって、埃が落ち着くのを待っている余裕は無い。先にベッドだけでも拭き掃除だ。

 っと、その前に、身体(からだ)に付いた埃を洗い流して、着替えて、窓を開ける。あー、明るい。

 困ったのは、手持ちに使えそうな桶が無いこと。最初に飲み水魔法で濡らせばいいけど、洗う時はちょろちょろとしか出せない飲み水魔法を使うか、共同洗濯場までダッシュ。だから余分に時間が掛かる。

 ……飲み水魔法で洗うのは嫌なことを思い出しちゃうからダッシュかな。

 ダッシュは1回で済ませたかったけど、3回になってしまった。


 なんとかベッドの雑巾掛けが終わった。でも息を吐いてる場合じゃない。

「次は布団だ」

 寝具店に行かなくちゃ。

 走ったよ。だけど……。

「たっか……」

 寝具の値段を聞いて驚愕だよ。掛け布団、敷き布団、掛布、敷布の4点でもう80万円。高すぎるよ! だけど、他に手に入れる当てもないので諦めて買った。枕は諦めている。

 布団を自宅へと持って帰ったら、また直ぐに防寒着や着替えを買いに行かなくちゃ。

 服はもう古着で我慢したけど、それでもシャツとズボンで10万円。別の店で買った防寒着の30万円と合わせたら、たった3枚の衣類で40万円が消えた。とにかく布地が高いみたいで、日本の感覚からだと10倍以上の値段だから、もう頭がおかしくなりそう。

 ただ、シャツやズボンの値段からすれば防寒着は安いのかも知れない。表面に革、裏地にリネンを使っていて、間に羽毛を詰めたレザーダウンコートで、作りもしっかりしている。シャツの値段と比較してみると、100万円してもおかしくはなさそうに思える品だ。リネンの布地が高価だとこんな風になるのかな?

 その後、鍋や包丁などを買う。

 やっぱり高かった。水桶を2つ、盥、大きめの鍋、小さめの鍋、フライパン、包丁、それとまな板代わりにできそうな板で60万円だ。こうなってくると、乾いた笑いしか出てこない。

 他にも細々したものを買い求めたら、それだけで10万円を軽く超えてしまった。結局、全部で200万円ほどの出費。

 残りは300万円余りしか無い。ここから、営業許可証を得るのに100万円。開店するには天ぷらを揚げる鍋や笊、その他諸々、営業用の道具類を揃えなきゃいけないけど、それもかなりの出費になりそう。店舗の改装もしたかったけど、全然お金が足りない。

「もっとお金を稼がないと開店できないよ……」

 なんだか溜め息だ。まだまだ掃除もしないといけないけど、今日はもう不貞寝しよう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ