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07 後始末

「へくちっ!」

 うー、くしゃみが出た。もう日も陰ってて肌寒い。服は湿気ったままだけど、これしか着るものが無いので着てしまおう。

 うわー、湿気ってて足が通し難い。

 冷たい。寒い。でも乾くまで我慢しないと。でも風邪引きそう。それでも人としての尊厳だけは守れそうだからホッとした。

 だけどこの後のことを考えたら溜め息しか出ないんだ。日暮れ近いこんな時間から薬草採取をし直すなんて、もう無理。今からじゃ、酒場のウェイトレスの仕事にも間に合わない。今日は稼ぎが無いってことだ。

 それなのに、ウェイトレスをしないから酒場で寝ることもできない。勿論賄いも無い。日頃働いているからってだけで泊めたり賄いを出したりしたんじゃ収拾が付かなくなるから、働いた日に限るように線引きされている訳さ。だからお金を払って宿を取らなければならないし、夕飯もそう。踏んだり蹴ったりだ。

 それもこれもこのトカゲのせいだよね。

「あれ? でも、もしかして、このトカゲって今日の稼ぎの代わりにならない?」

 この肉が食べられるようなら、こんなに大きいんだから防寒着を買える位の稼ぎにはなるんじゃない?

 そうと決まれば早速。

「よっこらせっ!」

 あたしの10倍以上の大きさのトカゲだけど、あたし自身に掛けている拘束魔法を緩めれば持ち上げられた! 凄いぞチート!

 それじゃ、真っ暗になる前には帰れるように頑張ろう。


 頑張って走ったけど、帰り着かなかった。もう日が沈んだ。

 それもこれも出出しで躓いたからだ。転けたんじゃなくて、比喩的にね。トカゲを持ち上げて歩くだけで足が脛まで地面にめり込むものだから、走るに走れなかったんだ。ほら、膝まで埋まる雪の中を走るのって無理じゃない? あんな感じ。

 それでもそのまま暫く頑張ってみたけど、町に着く頃には夜が明けそうだった。そんなペース。足が地面にめり込みさえしなければ走れそうだから余計に悔しいんだ。

 あたしの10倍以上のトカゲを抱えて走れるものかって?

 そこがチートの凄いところで、走れちゃうんだな、これが。勿論、地面に足がめり込まなければだけど。

 だから地面に足がめり込まないようにするにはどうしたらいいのか、うんうん唸りながら考えたよ。そして結論。

 地面を拘束する!

 拘束魔法って拘束したものの強度を上げるじゃない? だったら逆に、強度を上げるために拘束魔法を使うのも有りじゃないかと思った訳。地面を拘束したら地面の強度が上がるって寸法さ。

 そしてこの思い付きを実行したら、めり込まなかった! 上手く走れた!

 だけど、この時にはもう太陽が沈み掛けていたんだ。


 今日はなんだか上手くいかないことばかりで泣きそう。それに、薄明かりの逢魔が時にぽつんと独りで居るなんて、とても不気味。人恋しくなったっておかしくないよね?

 あ、でもそんなこんな考えている間に篝火が見えて来た。多分、町の門前で焚かれてるやつ。

「やっと町が見えたぁ」

 だからと言ったら変だけど、足取りも軽くなった。ちらほらと人影も見える。赤の他人でも人が居たら何だかホッとするよね。もう直ぐ町に帰り着くのを実感できるし。

 でも、あれ? 様子がおかしい。人がわらわらと門から出て来た。兵士とか、武器を持った冒険者とか。あたしの方を見て、指差して何か騒いでる。

 何だか怖くなったから一度立ち止まって……。様子を覗い覗いゆっくりと進んでみてと……。

 あ、突然篝火が増えた。冒険者達の中に幾つも。

 えええ? こっちに飛んで来る? 光ってたの、篝火じゃない。魔法だ!

「きゃあああ!」

 トカゲを前に放り出してしゃがみ込んだ。

 ドカン、ドカン、ドカン。

 殆ど同時に爆音。ちょうど横倒しになったトカゲの陰だったから、あたしは無事だった。

 魔法で攻撃されてるのは判るけど、どうしてあたしが!?

 ドカン、ドカン、ドカン。

 理由を考える暇も与えないとばかりに、次から次に魔法が飛んでくる。火だけでなく、水や風も。風はトカゲの陰にも回り込んで来てチリチリするし、水は飛び散った飛沫が降って来る。

 折角乾いてた服がまたびしょ濡れだよ! 風邪を引いたらどうしてくれるんだ!

 ……。

 漸く魔法が止まった。随分長く感じたけど、2、3分だったのかな。

 だけど、ぼんやりもしていられない。急いでトカゲに登る。町の門前に居る冒険者達の中に火の玉が浮かんでいるのが見える。慌てて大きく手を振る。

「止めて! もう止めてぇ! 攻撃止めてぇ!」

 火の玉が消えた。どうにかあたしに気付いてくれたみたい。何人かこっちに歩いて来てる。

 あたしはもうへなへなだ。トカゲの上に座り込んで、大きく息を吐いた。


 集まって来た兵士や冒険者達が何か言ってる。「これがドラゴンか」「初めて見たぞ」「本物なのか!?」「この大きさなんだから本物も偽物もねーよ!」「どうやってこんなのを倒したんだ!?」。

 散々人に魔法をぶつけて来ておいて、いい気なものだ。トカゲの巨体が全部防いでくれたから良かったけど、当たってたらどうするつもりだったんだ。

 でもまあ話を聞けば、彼らがそうした理由も解らなくはない。町中で暴れられたらどれだけ被害が広がるか判ったものじゃないから、先制攻撃で倒したかったんだって。

 ついでに言うと、そしてこのトカゲを倒したのは結構凄いことらしい。

 そりゃ、そうだよね! この人達の魔法はトカゲの鱗に掠り傷も付けられてないからね! あたしもあの時は食われるか、踏み潰されるかする未来しか思い浮かばなかったもんね!

 だけどさ。ドラゴンって羽が生えているものじゃないんだっけ? このトカゲには羽なんて無いんだけど?


「君さえ良ければ、このドラゴンを3000万ゴールドで買い取るが、どうだね?」

「え!?」

 そんなことを言って来たのは中年男性。冒険者ギルドのギルド長らしい。変な声を上げたのは、そのギルド長と一緒に居る男性だけど、何故だろう?

 それにしても3000万円か……。相場が判らないから高いか安いかさっぱりだ。でもギルド長が言うんだから、きっとそれが相場なんだろう。目先のお金も必要だし、3000万円も有ればお店を開けるかも知れない。

 そうだよ! お店を開けるかも知れないじゃないか!

「3000万ですね!? 売ります!」

「では、ギルドまで来て貰えるかな?」

「はい!」

 ちょっとウキウキする。これで手間ばかり掛かる薬草採取の日々ともお別れだ!

「ギルド長、ほんとにいいんですか?」

「いいに決まっているではないか」

 ギルド長とギルド長に付き従っているらしき男性との奇妙な会話が聞こえた。だけど意味が見えないからこの際放っておく。

 ともかく今はトカゲ……ドラゴン? を運んだのが無駄にならなったことを喜ぼうじゃないか!


 冒険者ギルドでの手続きはあっさり終わった。売買契約書にサインをしたら、直ぐに3000万円も振り込まれた。

 手続きを担当したギルド職員が何か奇妙な表情をしていたのは一体何だったの?

 でもまあ、明日にでも早速、市民登録と店舗購入をするとしよう。ついでに防寒着もね。

 これで冬が越せるぞ!


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