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69 二つの柱

「やっぱり来たわね」

 迷宮最奥で、女神はあたしを見るなりふんぞり返った。

「あんた、嘘吐いたでしょ!」

「えーっ? 嘘なんて吐いてないしぃ」

 もう、相変わらず癇に障る。

「『邪神の復活を阻止しろ』とか言ってた癖に、嘘じゃない! 大体、あんた自身が邪神ってことになるじゃないの!」

「えーっ。『邪神の復活を阻止しようとしている人間達を手伝え』とは言ったけど、『邪神の復活を阻止しろ』とは言ってないしぃ」

「え?」

 あー、うん。確かに言われてみればそうだったかも? え? でも、ちょっと待って? そしたら……。

「騙されたーっ!」

「あーっはっはっはっはっ!」

 頭を抱えるあたしを女神が指差して笑う。

 ああ、もう、ムカつく!

「ぐぬぬ……」

 すぅぅはあああぁぁ。息を整えて。

「まあ、もう、それはいいわ。それよりこの世界を破壊するってどう言うこと?」

「その通りの意味よぉ?」

「どうしてそんなことをするの?」

「さあ? どうしてかしらぁ?」

 まったく、のらりくらりと!

「止めなさいよ」

「それは駄ー目っ」

 女神は人差し指を立てて、妙に真剣な顔をした。

「どうしてよ!? 壊したって何も無いでしょ!」

 あたしは叫びながら握り拳を振り下ろした。

 そんなあたしを、女神が不思議そうに見る。

「あんたはこの世を儚んでいたんじゃないのぉ? そのあんたが何でこの世界を惜しむの?」

「幸せであって欲しい人が居るのよ! その人を死なせる訳にはいかないわ!」

「ふぅん、だったらあたしを倒すしかないわねぇ」

 女神は妙に不満そうに言った。

「どうしても?」

「どうしても」

「判ったわ。あんたを倒す」

 元より戦うのは覚悟の上だ。

「だったら、表にでやがれ!」


 女神が叫んだ瞬間、あたしは星空の下に居た。周りを見回したら、遺跡のような場所に立っていた。

『ふっふー。一度言ってみたかったのよねぇ』

 女神の声が頭に響いたせいで、どこから聞こえたのか判らない。だから見回す。

 女神は居た。

 だけど何かおかしい。女神の足は地平線に隠れていて、頭は雲の上に有る。身体(からだ)がほんのりと光っているから、夜でもくっきりと姿が見える。

「何、あれ?」

『ふっふー。ほーら、あたしはここよぉ? 倒せるかしらぁ?』

 女神は意地の悪い顔をした。

 いいわよ。やってやろうじゃないの!

 あたしは勢いで拘束魔法を緩めて、魔力を解放した。その瞬間――。

 どうん。

 そんな音ともつかない音がしたかと思ったら、あたしの視線がぐんぐん高くなる。ついには女神の顔を正面に見た。

 瞠目して自分の手を見たら、ほんのりと光っている。周りを見回せば、雲の下に大陸全体が見える。

「何、これ?」

「あー、やっぱりねぇ」

 女神が呆れたように言った。

「『やっぱり』って何か知ってるの?」

「あんたはもう、神に等しくなっちゃったのよぉ」

「どう言うこと!?」

「気付いてたんでしょう? 自分の力がどんどん強くなっていることに」

「それは気付いてたけど……」

「その上で神殺しをして、力を受け継いじゃったからねぇ」

「はあ? あたしはそんなことしてないわよ!」

 この女神はなんてことを言うのだ。

「あー、迷宮の像、あれが神そのものなのよぉ。硬かったでしょ?」

「う、うん……」

 確かに硬かった。だけど、あれが神? あたしが神殺し? え? え? えーっ!?

「迷宮は7人の神がそれぞれ司っていて、生き残りを賭けてお互いに攻略しあうのが神の理なのよぉ。で、クーロンスの迷宮を司っていたあたしが生き残ったって訳ぇ」

「何? そのゲーム感覚」

「あたしが知るわけないでしょぉ」

 あれ? でも、ちょーっと待って。少しおかしくない? どうしてこの女神はあたしをクーロンスに転移させたの? 攻略し合うなら、他の迷宮の近くにするものじゃないの?

「それはそうと、あたしもあんたに言いたいことがあるのよぉ」

「え?」

「あんたって何なのぁ? 折角、力をあげたのに碌でもないことにばかり使ってぇ。自分で自分を追い詰めるようなことばかりして、最後は自殺しようとまでするなんて、ほんと、馬っ鹿じゃないの!?」

「わ、悪かったわね! 元はと言えばあんたのせいじゃないの!」

「他人のせいにしないで!」

 バチーン!

 あれ? 左のほっぺたが痛い。それに、何であたしは右を向いてるの?

 あ、そうだ。この女神に引っぱたかれたんだよ!

「何すんのよ!」

 バチーン!

 ふふん。お返しだ。

「いったいわね!」

 バチーン!

 痛っ!

「こんのぉ!」

「何よぉ!」

 バチーン! バチーン! バチーン! バチーン! バチーン! バチーン!

 バチーン! バチーン! バチーン! バチーン! バチーン! バチーン!

「もう、あったま来た!」

 あたしは握り拳を作って、大きく振りかぶって殴り掛かる。

 だけど、女神は無防備なまま微笑みを浮かべる。

 その時、あたしは背筋に冷たいものを感じて、すんでのところで止めた。

「どうして止めたの?」

「どうしてはこっちの台詞よ! どうして避けようともしなかったの!?」

「気付かれちゃったかぁ」

 女神は掌を上に向けて、斜め上を見上げた。

「あんた、まさか!?」

「そのまさかだったらどうするぅ?」

「どうもできないわよ! だけど、あたしには馬鹿だとか言っていながら、なんであんたが死のうとするのよ!?」

「あーあ、きっと今のが最後のチャンスだったのにぃ」

 女神がそう呟いた途端、迷宮の最奥に戻った。女神もあたしも人の大きさだ。

「どうして?」

「人間に聞かせられる話じゃないからぁ」

「あっそう。え? ちょっと待て!」

「どうかした?」

「まさかさっきまでのは、他人に聞こえてたの!?」

「そりゃ、最終決戦なんだからぁ、大陸中の人間に見えるように、聞こえるようになってたわよぉ」

「あ、あ、あ……」

 迂闊だった。あたしから大陸全体が見えていたのだから、大陸中からあたしが見えていた筈だ。さっきの……。

 ああ! 恥ずかしぬ!

「あーっはっはっはっはっ! 馬鹿だ! 馬鹿が居る!」

 また女神に指を指されて笑われるけど、言い返せない。

 悔しい! もどかしい!

「もう、あたしのことはいいのよ! 死のうとした理由を言いなさい!」

 結果、話を逸らして元に戻すことにした。

 すると、女神はそっぽを向く。

「独りぼっちは、もう嫌なの」

「え?」

 ボソッと呟かれた言葉の理解をあたしの脳が拒否している感じだ。

「だから! 独りぼっちは懲り懲りなの!」

「女神なのにどうして!?」

「女神なんて好きで成ったんじゃない」

「女神って生まれたときから女神なんでしょ? 生まれは選べないだろうけど……」

「あたしは、元々人間なの!」

 そう絶叫する女神の目には大粒の涙が光っていた。

「人間って、まさか……」

「そうよ、元々はあんたと同じ転移者よ。迷宮を攻略したら神様になったの」

「はあ? よく判らないんだけど……」

「仕方ないわねぇ。いい?」


 世界と共に7つの迷宮は生まれた。

 それぞれの迷宮を最初に攻略した者は神となる。

 7柱の神が揃った時から神同士での生き残りを賭けた戦いが始まる。

 神は顕現しなければ直接力を行使できないため、戦いは代理戦争を呈する。

 自らが司る迷宮の最奥に成長する神の実体としての像を破壊されると、神は消滅する。

 最後に残った神は絶対神として顕現する。

 もし、神の像が全て完成するまでに決着が付いてない場合は、残った神全てが顕現して最終戦争を行い、最後の1柱が絶対神となる。

 絶対神は世界を破壊と再生を行い、新たな神の誕生を待つ。


 女神が語ったのはそんな感じだ。

「破壊と再生は絶対なの?」

「別にぃ」

 女神はむすーっと口を尖らせながら答えた。

「だったら、破壊なんてしないでよ!」

「嫌よ」

「何でよ!?」

「このまま永久にぼっちなんて、あたしは絶対に嫌!」

「はあっ!? それって関係なくない?」

「関係大有りよ! あたしはもう消えてしまいたいの!」

「だったら、独りで勝手に死になさいよ!」

「それができたら苦労しないわよ! あんたができない自殺を、神のあたしができる筈がないでしょ! なんの為にあんたをクーロンスに転移させたと思ってんの!」

 そう、判らなかったのはそこだよ。絶対神になるつもりなら、自分を危険に晒したりはしない筈。だけど、この女神は自分の司る迷宮の傍にあたしを送り込んだ。それも、純三さん曰く「無敵」と言う力を与えてだ。

 それで考えられるのは……。

「あたしに、あんたの像を破壊させようとしていた……の?」

「そうよ。それなのにあんたったら他の迷宮を潰すんだから、乾いた笑いしか出なかったわよ」

 ついでにその神は積極的に世界の安定を図っていたらしい。あの塩蟲は土壌の浄化を担っていたんだとか。そして、最後に残ったなら、今の世界がずっと続いただろうって。

「それは、何と言っていいやら……」

 思わず頬を掻いた。

「だから、あたしが消えるにはもう、破壊と再生を行ったら生まれてくる新しい神に期待するしか無いの」

「他に方法は無いの!?」

「今からでもあんたがあたしを殺せば解決するわよぉ。だけど、できないでしょぉ?」

 肯定だ。あたしは素直に頷いた。

 何も知らないままなら、像を破壊することはできた筈。実際にやってしまったし……。だけど、この人間くさい、いや元人間の女神を殺すなんてできないよ。

 あたしは膝を付いて項垂れた。

「ねえ、何か無いの? あんたがこのまま生き続けてもいいと思えることって……」

「ひっ、1つだけ、なっ無いこともないけどっ!」

 女神は突然、妙に上擦った声を出した。なぜか顔を真っ赤に染めて、そっぽを向いている。そして、視線だけをチラチラとこっちに送って来る。

 あれ? 妙に可愛いぞ?

「それは何? あたしに手伝えること?」

「そ、そうねっ! あんたにしかできないかもねっ!」

 女神の顔が益々赤くなる。何だかあたしまでドキドキする。

「も、勿体ぶらずに、言いなさいよ」

「あ、あんたが……」

「あたしが?」

「あ、あたしと……」

「あんたと?」

「ず……」

「ず?」

「い……」

「い?」

「……のよ」

「のよ? ずいのよ?」

「違うわよ、馬鹿ぁ! あんたがあたしとずっと一緒に居てくれればいいのよ!!」

 少し思考停止。

「もう、呆けてないで何とか言いなさいよ!」

 思考が再起動した。

「でも、どうしてあたしなの?」

「あんたが転移する前のあたしの親友にそっくりだから」

 女神は少し口を尖らせながらモジモジする。

 う……、また可愛いぞ、この野郎! いや、野郎じゃないんだけど。

「そんなに似てるの?」

「うん……。思わず会いたくなって転移させちゃったくらいには」

 あたしの転移の真実が今ここで白日の下に! あたしは怒ってもいいよね!

 だけどさ。全部ぶっちゃけたからか、女神が酷く申し訳なさそうにしていて怒れない! 起こる気が失せてしまった!

 そうしたら、今度は変なことが気になった。

「そう……。だけど、あたしでいいの?」

「むしろ、あんたじゃなきゃ駄目と言うか、何と言うか……」

「どうして?」

「神域では、普通の生き物は長くは生きられないから」

「あたしなら大丈夫だって?」

 女神はこくりと頷いた。

「むしろ、もう神域じゃないとヤバイかなぁ、とか?」

「ヤバイって何が!?」

「さっき、力を解放したでしょ? そのせいで拘束魔法でもあんたの魔力を抑えられなくなってるみたいで、このまま地上に居たら、影響を受けた魔物が凶暴化したり、とか?」

 ちょ……、それは酷くない?

「何よもう、あたしには選択肢が無いじゃない」

「ごめんなさい……」

 このまま地上で暮らそうとしたら、あたしが世界を滅ぼしてしまうことになる。そうしたらあたしは独りぼっちだ。

 目の前の女神を殺したら、あたしが神になって女神の代わりに神域とやらに行くことになる。やっぱり独りぼっちだ。

 女神の望む通りにあたしが女神と一緒に神域に住めば、あたしの独りぼっちも避けられる。

 苦笑するしかない。そして、あたしは女神に手を差し出す。

「何よもう、急にしおらしくなって。でもいいわ。それで丸く収まるのなら……。まあ、宜しくね」

「え? いいの!?」

 女神はキラキラお目々で念を押してくる。

「勿論よ」

「うんうん、宜しくするよぉ!」

 女神はあたしの手を握ってブンブン振った。

 あー、うん、ちょっとだけ痛い。

 だけど、「やったー!」と言ってはしゃぐ女神を見たら、文句も言い難い。暫く好きにさせよう。


「そうそう、これ、渡しとくからぁ」

 興奮が治まった女神から差し出されたものを見たら、ずだ袋。それもあたしが見慣れたもの、あたしがずっと持ってたものだ。

 急いで受け取って中を見てみたら、手放したはずのものが全て揃っている。

 思わず熱いものが込み上げて来た。

「大事なものだったら手放すんじゃないわよぉ!」

「ありがとう。ありがとう。ありがとう……」

 ずだ袋を抱き締めた。視界が歪んで揺れる中、女神の叱責の声すら何だか嬉しい。

「グスッ。だけど、盗みはいけないわよ?」

「ちゃ、ちゃんと対価の魔石は置いてきたわよ!」

 あたしの行く先々で出たネズミ。あれが女神の使い魔だったらしい。そのネズミで品物を回収して、対価も置いたんだとか。

 あたしって、知らない内に女神に助けられてたんだね……。

 焦って弁明する女神の様子に可笑しさが込み上げて来る。

「そう。ふふふふ……」

「も、もう!」

 最初はムカつくだけだと思っていたのに、よく見ればこの女神は結構可愛い。これならきっと上手くやっていける。

「そろそろ行くわよぉ」

「ええ」

 あたしは差し出された女神の手を取った。

 その瞬間、また視線が空高くから見下ろすものに変わった。


『人間達よ! とある盟約の締結により、世界の破壊を猶予することとなった! だが、安心するでないぞ。人間が驕り高ぶることあらば、その時こそ破壊の時となるであろう』


 偉そうに言う女神が何だか可笑しい。ちょっとだけ笑った。

 そんなあたしに女神は少し文句言いたげにしてるけど、その目は笑っている。

 女神から光が溢れる。あたしからも光が溢れる。2つの光が大陸中を照らす。

 そして、あたしは神域に昇った。


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