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67 温もり

「お店、開いたんですね」

「ええ。内の旦那様がやりたいならやってみればいいとお金を出してくれたのよ」

「いい旦那様なんですね」

「そうね。私には勿体ないくらいね。結婚を渋っていたのが馬鹿みたいに思える素敵な人よ」

「それはおめでとうございます」

「ありがとう。そこで少し待ってて」

 話ながら奥に通されて、テーブルの席を勧められた。あたしはそこに温和しく座る。

 お店は準備中にしたらしい。

「さあ、これがこの店の商品よ。食べてみて」

 メリラさんが持って来たのは、豚カツ、チキンカツにから揚げ。チーズを加えたり、味付けを変えたりのバリエーションも有る。

「これは……」

「判る? 貴女が作ってくれたものを再現したの。貴女が作ったものにはまだ及ばないんだけどね」

「いただきます」

 豚カツを食べてみる。火はしっかりと通っているのに肉は軟らかく、肉汁が溢れて来る。とても美味しい。

 チキンカツやから揚げも美味しい。バリエーションの品もそれぞれに特徴が有って美味しい。

 メリラさんの料理の腕は本物だ。あたしが作った料理を食べただけで再現して、そこに彼女アイデアも加わえて洗練させている。

「美味しいです。これならあたしが作ったものより美味しいです」

「そうかしら? 馬車で食べたものはもっと美味しかったと思うけど」

「それは、初めてのもので印象が強かっただけかと」

「そう言うものかしら?」

 メリラさんは腕を組んで首を傾げた。

「だけど、どうして豚カツだったんですか?」

 少し責めるような声音が混じってしまった。あたしがプレゼントしたものを元にして商売を成功させているのが少し恨めしい。それに、あたしがまた店を開こうと思っても、商品が被るこの店が有るから、この町じゃ無理だと突き付けられたように感じる。

 まあ、何にも持っていない今のあたしが店を開くなんて、あり得ない仮定なんだけどね。

 そんなあたしを見るメリラさんは険しい顔をする。

 そりゃ怒るよね……。殆ど逆恨みみたいなものだ。

「貴女を忘れないためよ。だって貴女は私の憧れで、大切なお友達なんだから」

「え?」

 予想外の答えだった。

「この料理を作り続ければ、貴女を忘れないで済むわ。この店もそう。思い出せる限り、貴女の店に似せたの」

「あ……」

 涙が出てきた。仮令(たとえ)嘘であっても嬉しい。

「そんなお店で、貴女がやっていたように、のほほんと客を迎えるのが理想なの」

「のほほんですか……」

「そうよ! 貴女はのほほんとしてなきゃいけないのよ! なのに、何でそんな消え入りそうな顔をしているの!?」

「そう……」

 見えますか。と言う部分は言葉にならなかった。メリラさんの目から零れるものに心を奪われたから。

「だから話して。お店が成功寸前だった貴女が、どうしてこんな所でそんな死人のような顔をしているのかを」

「はい……」

 あたしを見据えるメリラさんの目には有無を言わせない力が有る。

 あたしはその目に促されるままに、今までのことを話した。


 話し終えた時、メリラさんに優しく頭を抱き締められた。そして、メリラさんの嗚咽が聞こえた。

「いいわ。貴女1人の面倒くらい私がみるわ。だからずっとここに居て頂戴」

「でも……」

「お願い」

 むしろあたしこそ縋らなきゃならないのに、何故かメリラさんに懇願される。それと一緒に、彼女の暖かい心があたしの冷えた心に染み込んで来る。

 この女性とずっと一緒に、友達で居たい。

 素直に思った。彼女の言葉に肯定を返そうとした。

 だけど瞬間、世界が揺らいだ。

 ぐおん。そんな音が響いた気がする。

『愚かな人間共よ! まずは6つ目の迷宮の攻略をおめでとう』

 頭の中に声が響いた。

『だがしかーし! 邪神復活の阻止だなんて真っ赤な嘘よーん』

 一瞬でイラっとした。

『迷宮が最後の1つになった時にぃ、破壊と創生の神、つ・ま・り、このあたしが顕現するのが真実だったのよぉ。プーックスクスクス。そしてこの世界を全て破壊して新たに創生するのがあたしのお・し・ご・と。あーっはっはっはっ! ねぇねぇ、今どんな気持ち? ねぇ、どんな気持ち? 徒労だったのを知ったのはどんな気持ち?』

「この声!」

 ガタン。

 思わず立ち上がって、右手を胸の前で握り締める。

「え?」

 メリラさんが呆然とあたしを見ていた。そして彼女の顔は次第に驚愕のものに変わる。

「どうして!? 今ので、どうして貴女がやる気満々になるの!? さっきまでの死人のような顔は何処に行ったの!?」

 え……? そんなにやる気に満ちてるように見えるの?

 でも、もしかしたらそうかも? だってあたしが辛い思いをした元凶の声なんだ! 一発殴ってやりたい!

「えーと、もしかすると知っている相手かと……」

 話している間に、俄に外が騒がしくなったので、メリラさんと共に外に出る。

 遠くに人影が見える。足下は地平線に隠れていて、頭は雲よりも遙かに高い。

『でも安心してねぇ。迷宮が全部揃ったら神々の最終決戦になってぇ、地上が破壊されるのは一緒だったんだからぁ。だけど、チャンスはあげるわよぉ。1ヶ月以内にクーロンスの迷宮に居るあたしを倒せたら、破壊は免れるからねぇ。それじゃあ、せいぜい頑張ってねぇ』

 やっぱり、あの糞女神だ! そもそもあいつがあたしをこんな世界に連れて来るからおかしくなったんだ! 元の世界での生活は、平凡だったけど、そこそこ幸せでもあったんだから。

「あんの、糞女神!」

「あれが何者なのか知ってるの!?」

「少し因縁の有る相手です」

「因縁って……、そんなので貴女は元気になるの!?」

 そう言って少しむくれるメリラさんはちょっと可愛い。この女性だけは守ってあげたい。

 あ、そっか。この世界にも幸せは有ったんだね……。守りたい人が居るなんてね。

 守ると言っても、メリラさんの命だけ目先で救っても意味が無い。生活できなきゃ、直ぐに生きて行けなくなる。だから生活も守らなきゃいけない。これって、この世界の今を守ることになる。

 不愉快なことも多かった世界だけど、メリラさんのためだものね!

「あたし、行きます」

「待ちなさい!」

 踵を返したところで、メリラさんに呼び止められた。

「でも……」

「もう、1分1秒を争う訳じゃないでしょ? それに、いくら貴女でもクーロンスに行くにはそれなりにお金が必要なのではなくて?」

「あ、うん……」

「まったく、迂闊さは相変わらずね」

「あはは……はあ、ごめんなさい」

 顔が熱くなってしまった。

「とにかく、貴女の持って来た塩を買い取るわ。それなら貴女も心苦しくないでしょう?」

「それは……、はい」

「だけど一応、どうやって手に入れた塩かは教えて頂戴」

「この塩は海水からあたしが作ったものです」

「そう。それなら安心して使えるわね」

 メリラさんはあたしの言葉を全く疑わなかった。


 塩が起きっぱなしの店頭に戻って、メリラさんが塩を確認する。一舐めして、満足そうに微笑んだ。

「代金を持って来るから少し待ってて」

 メリラさんが裏手に行くのをあたしは見送って、改めてメリラさんの店を見る。

 商品にはから揚げや豚カツ以外にも色々有った。いや、そっちの方が多かった。

 全く目に入ってなかった。あたしはどれだけ余裕が無かったんだ……。

「おまたせ」

 戻って来たメリラさんから、110万円が差し出された。

「え……?」

「塩の代金10万ゴールドと、今までのから揚げや豚カツの売り上げの5%の100万ゴールドよ」

「ええ!? こんなに? でも……」

 売り上げにはびっくりだけど、これってメリラさんが稼いだお金じゃないか。受け取り難いよ。

「いいから、持って行きなさい。元は貴女が作ってくれた料理なんだから、そのアイデア料よ」

「ありがとう、ございます……」

 何だか、涙が出て来た。

 お金をポンと出してくれたところを見ると、メリラさんは予め用意してくれてたんだ。それなのに、あたしったら恨みがましく見てしまった。恥ずかしい。

「もう、何泣いてるのよ」

「ごめんなさい……」

「それと貴女、洗い場を貸してあげるから、その薄汚れた身体(からだ)と服を洗いなさい」

「はい?」

「いい? 1時間は掛けてゆっくり洗うのよ?」

「はい……」

 メリラさんの言う通りにしなければいけない気がした。

 魔法を使えば、洗濯も身体を洗うのも、そう時間は掛からない。残った時間は魔法で出したお湯に揺蕩って過ごす。

 風呂桶が無いので水の塊を魔法で維持している。一見、透明な水槽に浸かっているように見える筈だ。

 暖かい。

 口から出る空気の泡を見詰めながら、迷宮以降、同じ事をしても感じることの無かった暖かさを感じた。


 小一時間が過ぎたのを見計らって洗い場から出たら、メリラさんが待っていた。

「その顔だと、やっぱり行くのね?」

「うん」

 メリラさんの目を見て、はっきりと答えた。

「そう。それならこれを持って行って」

「これは……」

 メリラさんが差し出したのは、木皿に盛られた揚げ物だ。揚げ立てのものも有る。

「いつかのお返しよ」

「ありがとう……」

 また涙が出て来た。

「もう、馬鹿ね。何また泣いているのよ?」

「ごめんなさい。大事に食べる」

「大事にせずに、なるべく早く食べてね?」

「あ、そっか」

 たはは、と笑ったら、メリラさんに「もう」と呆れられてしまった。

「それより、貴女が作った料理と味が違う理由が判ったわ」

「うん?」

「貴女、クーロンスでも自作の塩を使っていたんでしょう?」

「うん、そう」

「やっぱりね。塩の味の違いが出来上がった料理の味の差になっていたのね」

「たったそれだけ?」

「ええ、貴女の持ってきた塩を使ったら、それだけで味が近付いたわ」

 どうやら、揚げ立てのものはあたしが持って来た塩を使っているらしい。1時間以上と言われた理由が判った。下拵えからの時間だ。

 だけどちょっと疑問。あたしが作った塩は苦汁(にがり)の成分が混じっているから肉が固くなるんだよね……。

 あ、この町は海に近いから、メリラさんはもっと苦汁が混じった海塩を使っているのかも。

「塩は、岩塩の方がもっと美味しくなるかと」

「そうなの? 今度試してみるわ。そしてきっと貴女の味を再現してみせるわ」

 ううん。それは絶対無理だと思う。だって今でもあたしが作るよりメリラさんが作った方が美味しいんだから。

「……だからまた食べに来て頂戴」

 ……。あたしは答えることができなかった。

 そして、答えられないあたしを見て、メリラさんも目を伏せてしまった。


「それじゃ、行くわね」

「そう、お別れは言わないわよ?」

 メリラさんは軽く瞑目した後、店の前まで見送りに出てくれた。

「またね」

「メリラさん、ありがとうございました」

 あたしはメリラさんに深くお辞儀した。そして、クーロンスに向けて走る。

 メリラさんごめんなさい。予感がするんだ……。きっともう会えない。

 ううん……。予感なんて無くても、女神と戦おうって言うんだ。仮令(たとえ)勝てたとしても、そんな存在は人の世界じゃ暮らせないよね。今まで気付かない振りをしていたけど、異物なんだ。世界を殺すか、世界に殺されるかしかできなくなっちゃうんだ。

 だから、今日食べたから揚げと豚カツの味は、きっと一生忘れない。


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