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65 こぼれたミルク

「とんでもないことをやってくれたな」

 バーツオが迷宮の外で待ち構えていた。予想できなくもなかったけど、まさかだ。

 だって待ち構えるっておかしくない? ずっとここで待ってたの? 丸1日以上膝を抱えて待ち続けるバーツオを想像したら何だか可笑しくなるけどさ。

 それはともかくとして、居るならちょうどいい。用事を済ませてしまおう。

「あ、居たんだ? 強制依頼完了の条件は満たしたから確認をくれない?」

「『居たんですか』ではない! 迷宮はおろか、周辺の魔物まで消えてしまったではないか!」

 バーツオが口角泡を飛ばしながら喚き散らす。産業がどうのとも言ってるけど、一番は自分の評価が下がることがご不満の様子。多分、あたしにちょっかいを掛けて来たのは独断だったんだ。

 そりゃそうだよね。まともな国なら自国で叛乱騒ぎを起こした元第1王子なんて迎え入れたりしない。もしもこの国がまともじゃなかったとしても、元第1王子をあっさり殺してしまうなんてしないだろうし、何より指揮をバーツオなんかに任せないと思う。

 状況的には、元第1王子にあたしのことを吹き込まれたバーツオが、あたしを利用しようとして、邪魔になる元第1王子も殺してしまったってことだ。

 まあ、それはともかく、今は強制依頼の終了条件が満たされたことの方が重要だった。

「だから、確認が欲しいんだけど?」

「そんなものをやると思っているのか!?」

「あれ? くれないの?」

「当たり前だ! 貴様! ただで済むと思うな! そいつの横に居るお前らも同罪だ!」

 バーツオがまた口角泡を飛ばしながら喚く。

 まったく勝手な言い草だよ。こいつが余計な手出しをしなかったら、あたしだって迷宮の攻略なんてしなかったんだ。そんなの全部放り投げて逆恨みするなんて、人としてどうなの?

 バーツオが手振りで指示を出して、兵士達が身構える。それに応えるようにレクバさん達も身構える。ところが兵士達は身構えるだけで動かない。布で口を覆っているから表情がよく判らないけど、躊躇している訳じゃ無さそう。

「痛っ! くそっ、このネズミが!」

 突然、兵士の1人が悲鳴を上げた。手にネズミが齧り付いたらしく、その痛みで何かのビンを取り落とす。

 パリンとガラスが砕ける音がした途端、その兵士が血を吐いた。その兵士を助け起こそうとした兵士も血を吐いて倒れるものだから、残った兵士達は倒れた兵士から慌てて距離を取る。

「毒!」

 レクバさん達も気付いたらしい。あたしは急いで空気を召喚して、あたしとレクバさん達4人を包む。

 突然の風に戸惑うレクバさん達だけど、変化が顕著だったのは兵士達の方。激しく動揺している。きっと、毒のことは知っていたけど、こんなに強いものとは思わなかったんだ。

 バーツオだけ平然としているのは、解毒剤でも使っているんだろうな。兵士達の分はケチったみたいだけど。

 溜め息だ。バーツオの方がよっぽど罪深いじゃないか。

 こんな相手は失脚させるのが一番の対応だろうけど、あたしにはそんなの無理だ。できるのは暴力で脅すだけ。不本意ではあるんだけどさ。こうなったら仕方ないじゃない?

「こうまでするなら仕方ないわね。殺人犯にはなりたくなかったんだけど……」

 ここで一旦言葉を切って、バーツオを睨み付ける。

 ……それほど迫力があるとは思わないけど。

「あんたには消し炭になって貰わなきゃいけないわね?」

 レクバさん達を拘束魔法で保護しながら、火球を出す。それを上空で次第に大きくする。ルーメンミの町並みを覆うくらいまでだ。

 拘束魔法の効果で抑制されているからあたしには判らないけど、今は火球の熱でルーメンミが焼け付くような状態になっている筈。兵士達が汗をだくだく流しながら顔を顰めているのがその証拠だ。

 脅すんだから、このくらいはしなくちゃね。

 さすがに予想を超えていたのか、バーツオがガクガクと震え出して、顔を恐怖に引き攣らせる。意外と臆病らしい。

 あたしは一旦火球を消して、問い掛ける。

「ねえ、どこまで消し炭にする? あんた1人? ルーメンミ全部? それともこの国全部?」

「や……や……、ひ、ひ、ひぃぃぃ! ひーひゃひゃひゃひゃ!」

 バーツオが壊れた。精神が脆かったみたい。精々私腹を肥やすだけのつもりであたしを利用しようとしたのに、町どころか国の命運まで掛かってたことを知って、重圧に押し潰された感じかな?

「あんた達! この男を連れて帰りなさい! もし、あたし達に余計な手出しをしたら、今度は本当に消し炭にするからね!」

「は、はいぃぃ!」

 正気を保っていた兵士の1人が上ずった返事をして、他の兵士達に指示を出す。そして、バーツオと共に兵士達は引き上げて行った。

 あたしはホッとした。

 仮にバーツオが壊れもせず、引きもせず、だったとしても、あたしは火球を町に落とすなんてできなかった。引いてくれなきゃ八方塞がりになるところだった。それでも抵抗はするから、手違いで死人が出てもおかしくない。それに、いよいよになったら、やっぱりバーツオだけでも殺さなきゃいけなくなったかも知れないんだ。

 間違って殺人犯になったりするのが避けられて良かったよ……。あんな奴でも殺しちゃったら夢で(うな)されそうだもの。

 結局、強制依頼の確認は貰えず仕舞いになったけど、この国から出て行って戻ってこなけりゃいいだけだ。何とかなるさ。純三さんに味噌や醤油を分けて貰いに来ることができなくなるかも知れないだけさ。

 兵士達は立ち去った。

 彼らを見送ってからレクバさん達を見たら、ミクーナさんは失神していた。他の3人は視線を彷徨わせている。あたしが視線を合わせたら、ビクンとなったりもする。

 明らかに怯えられてる。

 また失敗しちゃった……。こんなに怯えていたんじゃ、きっともう、この人達に会っても今まで通りには行かないよね。ミクーナさんに至っては失神するほどって……。

 だけどまあ、迷宮で同行を認めた時からこうなる覚悟をしてなかった訳じゃない。

「あの……、ミクーナさんによ……、いえ、あたしのことは忘れるように伝えてください」

「あ、あんたは、これからどうするんだ?」

 尋ねるレクバさんは明らかにビクついている。

「今度はもっと南の国に行くつもりです」

「そ、そうか……」

 明らかにホッとした表情をされた。

 まあ、そうだよね……。怖いだろうね……。

「ごめんなさい。これで失礼します」

 あたしは別れを告げて、返事も待たずに走り出す。

 景色がぼやけて見えるのは、きっと気のせいだ。


 南に向かって走った先の荒れ地。所々に小さな塩の山が点在している。だけど塩蟲の姿が全く無い。

 塩蟲が居ないのなら、一休みしよう。座ってこれからのことを考える。

「な、何っ!?」

 ぼんやり荒れ地を見ていたら、いきなり背中から頭の上に何かが駆け上がった。そしてあたしの額をペシペシ叩く。

 頭に乗っている何かを掴もうとしたら、するっと逃げられた。だけどそれが目の前に着地する。

 ネズミ?

 恨みがましそうにあたしを見るネズミ。

「何なの? あんたって……」

 まあ、ネズミが答えられる訳無いよね。

 ネズミは一度だけ小首を傾げるようにして、走り出す。行ったのは塩の山だ。鼻先で塩を突いて、コテンと倒れる。数秒で首をもたげたところからすると、死んだ真似だ。

 何かが頭に引っ掛かった。

 あ! もしかして、あの塩の山って塩蟲の成れの果て? バーツオが迷宮の周囲って言ってたけど、この荒れ地も入ってたんだ……。

 塩蟲が居なくなったのなら、この荒れ地を経由する交易は盛んになるんじゃない? ラジアンガとその近くの町の人達もきっと助かると思う。

 でも、何だろう? あのネズミって、あたしに抗議してない?

 あの塩には毒が含まれてるだけだよね……。

 もしかしてそれがいけないの? 塩蟲が消えたから毒混じりの塩がばらまかれてしまったってこと?

「塩蟲が毒を抑えてたの?」

 尋ねてみたら、ネズミが頷いた。人の言葉が解るの!? 言葉はこの際いいんだけど……。

 それって……、塩蟲を散々殺しておいて何なんだけど、塩蟲はこの世界に必要な存在だったってこと? 塩蟲を根絶やしにしちゃ駄目だったってこと?

 もしそうだとすると、あたしは……。


 ……取り返しの付かないことをしてしまった?


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