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63 絵本

 翌朝起きたら、予想通りにドラムゴさんが番をしていた。

 今の時間ははっきりとは判らないけど、多分午前5時半くらいの筈。毎日同じ時間に起きていたら、自然と目が覚めるようになってしまうもの。眠ったのは3時間くらいだと思う。

 時計が無くて、太陽も星も見えない迷宮の中じゃ、完全に予想でしかないけど。

「おはようございます」

「もう起きたのか?」

「はい。朝食の用意をするから、それまでドラムゴさんも休んでて」

「そう言われてもだな」

「無理にとは言いません」

 疲れていても不安に思ってたんじゃ、休まらないだろうからね。

「そうか」

 ドラムゴさんはホッとしたように言った。

 あたしは米と鍋を取り出して、米を磨ぐ。磨ぎ汁は部屋の隅の凹みに捨てる。

 迷宮の部屋や通路の所々に在るこの凹みに何かを捨てたら、しばらくすると何故か消えてしまうのだ。凹みは微妙に周囲より低い場所で、床に流れた水も凹みに流れるようになっている。

 磨ぎ終わったから炊飯。だけど竈が無かった。先に気付いてたら用意したのに。

 仕方がないので、一旦鍋を脇に避ける。土魔法で出した土に水を掛けて捏ねて、焼き固めて日干しレンガっぽいものを作って積み重ねる。その上に避けていた鍋を置く。

 玄米だから炊く時は拘束魔法で圧力を掛けながら。鍋は5人の2食分なんてとても炊けない大きさで、お弁当用と朝食用に2回に分けないといけない。だから、悠長に水に浸してなんていられないのだ。

 炊飯している傍らで、干し肉や干し野菜でスープを作る。

 全部でこれだけ。煮るか焼くしかできない状況で干した食材ばかりなのだから、煮る以外の調理法は無いに等しい。

「いい匂い……」

「起こしちゃいましたか。すみません」

「いいのよ。もう起きる頃合いだし」

「直ぐに朝食の用意ができるので、もう少し待ってて」

「そう、悪いわね」

 ミクーナさんはまだ少し眠そうに腰を落ち着けた。

「どうしたの? ドラムゴ。変な顔をして?」

「そう見えるか? そうだろうな。俺は今、猛烈に困惑している」

「何が有ったのよ?」

「見ていれば判る」

 そんな会話が聞こえて来た。何を見るのかな?

 それはともかく、ご飯が炊き上がった。

「お皿が有ったら出してください」

「判ったわ」

 ミクーナさんとドラムゴさんはそれぞれにお皿を出してくれた。まだ寝ているレクバさんとフォリントスさんの分のお皿も一緒だ。

 あたしはご飯をお皿によそって鍋を空にして、再度米を磨いで炊く。今度のは、お弁当にするおにぎり用だ。

「話に聞いていたけど、中々やるわね」

「パッと見はな」

「どう言うこと?」

「1時間くらい前からずっとあの調子だ」

「えっ? ちょっと待って?」

「どう見る?」

「ま、まあ、あの程度の火力だったら、1時間くらいならできるんじゃないかしら?」

「お前、若干手が震えてるぞ?」

「き、気のせいよ」

「まあ、そう言うことにしておいてやるが、もう1つ気付かないか?」

「気付くって何を?」

「この部屋は暑くないと思わないか?」

「そうね。それがどうかしたの?」

「あれだけ火を燃やしているんだぞ?」

「え? まさか」

「他に考えようが有るか?」

「あー、んー。ねぇ代理人さん? そこで火を燃やしながらこの部屋を冷やしていたりする?」

「あ、はい。少し冷やさないと暑くなるから」

 振り返ってミクーナさんを見ると、ミクーナさんは頭が痛そうに額に手を当てて俯いていた。

「あの、どうかしました?」

「いいえ。私の価値観が少し崩れただけよ」

「はあ……?」

「魔力さえ有れば、夢が広がるのね……」

 ミクーナさんはしみじみと呟いた。

 おにぎり用のご飯が炊けるまでにはまだ時間が有る。レクバさんとフォリントスさんに起きて貰って朝食といこう。

 ミクーナさんに2人を起こして貰う間に、あたしはスープをよそう。5人分のスープをよそい終わるまでに2人は起き出して来た。

「寝起きがいいんですね?」

「こんな所で寝ぼけてたら命に関わるからな」

「あー、それは失念していたかな」

「呑気すぎるぞ?」

「野宿は初めてだから……」

「おいおい、何処のお嬢様だよ。クーロンスから来たんじゃなかったのか?」

「宿に2、3日泊まるくらいならお金も大丈夫だったから」

「2、3日? 2、3ヶ月の間違いじゃないのか?」

「クーロンスからファラドナに来る途中は1泊しただけかな」

「はあ!? どうやって2日ぽっちで来られるんだ?」

「走って?」

「〃「はあ!?」〃」

 4人の声が揃った。

「それより、食事にしましょう。冷めちゃうので」

「お、おう」

 4人は物言いたげだったけど、そこは一線級の冒険者だ。食事を優先してくれた。

「迷宮で暖かいものを食えるとは思わなかったな」

「いつもは堅パンと干し肉を囓るだけだからな」

「火は使わないのかな?」

「燃料を持ち歩くくらいなら食料を増やした方がいいし、魔法はなぁ……」

「いざと言うときに魔力切れじゃお話にならないから、殆ど水を出すだけよ」

「それだけでも水を持ち歩かずに済む分、随分助かってはいるんだけどな」

「その優しさが今は辛いわ……」

「お、おう」

 レクバさんが申し訳なさげに頭を掻いた。

「それにね、お湯を作るにしても効率を考えて直接水を温めるのよ。代理人さんみたいに鍋の下から火球で加熱するなんて、普通はしないのよ」

「でも、それじゃ、火加減が判らないんじゃ?」

 あたしも直接暖めるのを試したことが有るけど、加減が判らなくて断念したのだ。

「判らないわよ? だけど効率には代えられないから、経験と勘で補うのよ」

「す、すみません……」

「何で謝るの?」

「何となく?」

「そう」

 それっきりミクーナさんは黙り込んでしまった。

 その後は黙々と食事を進めて、食後におにぎりを作って、鍋を洗って、出発だ。


 道の途中、どうせ判ることだから、あたしはあたしの力をぶっちゃけることにした。

「ここを攻略するまでには判ってしまうことだから先に話します。この迷宮の魔物の強さがクーロンスのものと同程度であれば、少なくとも90階までの魔物なら、あたしは全て蹴り1発で倒せます」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺達4人でも82階を諦めたんだ。それなのに90階だって?」

「はい。だけど、クーロンスには90階まで1人で行けるらしい人が他に3人は居るので、そんなに珍しくはないのでは?」

「3人!? まさかランク2か!?」

「はい。その通りでランク2の人達です。おかみさん……じゃなくてリドルさんと、ギルダースさんとエクローネの3人」

「え!? リドル!? リドルってあの?」

「『あの』と言われても……」

 ミクーナさんがさっきまでの気落ちした様子から打って変わって興奮しているけど、あたしには何のことやらだ。

「だから『閃光』よ!」

「あー、そんな二つ名が有るとか、人に聞いたことが有ったような?」

「もしかして、代理人さんは閃光のリドルに会ったの!?」

 ミクーナさんは握り拳を合掌するように胸の前で合わせて、目をキラキラと輝かせている。

「はい。おかみさんは旦那さんと一緒に酒場を経営していて、あたしはそこで暫く働いていたから」

「ほんとに!?」

「勿論」

「きゃーっ! 実在したんだ!」

 ミクーナさんがぴょんぴょんと跳ねて有頂天だ。他の3人はその様子を生暖かく見ている。

「あの、ミクーナさんはどうしたんですか?」

 レクバさんに少し顔を寄せて、少し声を潜めて尋ねてみた。

「『閃光のリドル』を描いた絵本がこいつの宝物だと言ったら、何となくでも判って貰えるか?」

 あー、はい。憧れの人なんだ。

「もしかして、子供の時だけじゃなく今でも?」

 レクバさんは大きく頷いた。

「ねえ! ねえ! レクバ! 絶対クーロンスに行きましょうね!」

「おう」

 ぴょんぴょん跳ねるようにしながらレクバさんに抱きつくミクーナさんに、レクバさんは達観したような顔になった。

「ご本人はかなり豪快で気持ちのいい人ですけど、結構お年は召してますよ?」

「そこら辺は大丈夫だと思う」

 そう言いながら、レクバさんは今一つ自信が無い様子。

「クーロンスで酒場と言えばリドルさんご夫妻経営のお店のことになるみたいなので、行けば直ぐに判るとは思います」

「うん、うん。きっと行くわ!」

 レクバさんに言ったつもりだったが、ミクーナさんがあたしの手を握って答えた。顔が近い。

「喜んで貰えて幸いです?」

 自分で言っていながら、その微妙な台詞に最後は疑問形になってしまった。

「ねえ! ねえ! リドルのこと、もっと教えて!」

「は、はい」

 ミクーナさんは、まだ興奮冷めやらぬ様子。歩きながら話す程度なら、まあ問題ないかな。

「おかみさんで一番印象深いのは、移動の時にはいつも走っていることかな? それがまた速くて、人混みもすいすい擦り抜けて」

「何で? 何で走るの?」

「鍛練の一貫だとか」

「そうなの? じゃ、私も走る!」

「あの、止めといた方が……」

 憧れの人を真似したいのは判るけど、魔法士がおかみさんの真似をしてもと思う。

「止めとけ。直ぐに音を上げるだけだ」

「魔法士のやることじゃない」

「無理すんな」

「何よ、みんなして……」

 ミクーナさんはむくれるけど、止めておいた方が無難だよね。おかみさんの真似は、チートのあたしでも大変だったんだから。

「それより、これ、おかみさんに貰ったものです」

 あたしはおかみさんに貰ったナイフを見せた。

「ほんとに?」

「はい」

 あたしがナイフを「刃を見てもいいですよ」と手渡すと、ミクーナさんは鞘から抜いて、目を輝かせて刃を見詰めた。

「凄い! 良いなー、良いなー!」

「良かったら差し上げますよ」

「ほんとに!? 良いの!?」

「はい。あたしにはもう使う機会は無いでしょうから」

 今までも使う機会がなかった。実際には有ったのかも知れないけど、咄嗟に出せたりはしていない。出せなければ無いのと一緒だ。

「わーい! リドルが持っていたナイフだー!」

「すまんな。大事なものじゃないのか?」

「えーと、きっと大事にしてくれる人に持っていて貰った方がナイフも幸せだと思うので」

「大事にすることだけは保証できる」

 その後、ナイフを貰った経緯や、ギルドでの一件などなども話した。

 そして、おかみさんの話が一段落すると、暫くは黙々と歩いた。


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